廃城の泣き虫アデリー

今野綾

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石工リル

石工リル③

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 きれいなドーム型にパン生地を整えて布巾を被せ振り返ったカリーナが、目を細めて「あらあら」と微笑んだ。アデリーがテーブルに突っ伏して寝てしまっているのだ。

 そこへダグマとリルが厨房へと入ってきた。食事を終えたあとにどこを優先的に直すのか話し合うために、廃城を見てきたのだ。

「上水道が一番先、次に大砦、その次に──」

 話しながら入ってきたリルに、カリーナは人差し指を立て口に充てて「シーッ」と静かにするように身振りで示した。

「アデリーが寝ちゃったんだよ。赤ちゃんみたいじゃないか。可愛いったらないね」

 小声で言うカリーナに、ダグマがそっとアデリーの顔を覗き込んだ。突っ伏して寝ているが、顔が僅かに右を向いているので寝顔が見えていた。

「神経使ってるし疲れたんだろ。俺が部屋まで連れて行こう」

 それにはカリーナもリルも驚きを隠せなかった。アデリーはもう子供ではない。寝ている子を抱き上げてベッドに連れて行くことはあっても、アデリーくらいの人間は暫くしてから起こすのが普通だ。カリーナは直ぐに嬉しそうにアデリーの近くにあった皿を下げた。

「そうしてくれるかい。アタシらと一緒に暮らすことにだって苦労してるだろうに、この子はなんにも文句も言わずに頑張ってて……心配になるんだよ」

 そっとイスから掬うように抱き上げたダグマにアデリーは身動ぎしたが、そのまままたスヤスヤと寝入ってしまった。

「どういう事?」

 何も知らないリルにダグマは歩き出しながら「よくある話だ。領主の娘だったらしいが、色々あってここに流れ着いた。それだけだ。それと、大砦より浴場を先に直してくれ」と告げる。

 これにカリーナが素っ頓狂な声を上げた。

「浴場!?」

 慌ててリルがカリーナの真似をして、人差し指を立て静かにするように促した。

「カリーナ、声が大きい」

「いやだって、浴場だろ? 昔の人が入っていたとかいう」

 大都市には大浴場の遺跡があるというのは誰しも知っていることだった。そこで古のの人々が体を清め、時には酒を飲み、社交場になっていたのだということだった。

「大きくはないけどここの隣の空き部屋が浴場なんだよ。よく出来てる」

「あれか。てっきりムダに広い洗濯場かと思ってたわ」

 リルとカリーナが興奮しつつも、小声でやり取りしているところにダグマが足を止めて振り返った。

「清潔にするというのは薬湯を飲むより体に良いと聞いたからな。実際、凍えるような寒い夜は湯に浸かった方がよく寝られる。俺は古傷もあるし、丁度ここには薬師も居るから、湯治が出来るなら寿命が延びるってもんだ。じゃあ、その話はまた明日な」

 二人は素直に挨拶しダグマ達を送り出すと、再び顔を見合わせて話しだした。

「浴場かぁ。こりゃ凄いところに来ちまったわ」

 カリーナはリルを手招きして、二人で隣の部屋へと移動した。

 戸も直していないせいで、月明かりが差し込んでいる。浴場といえば確かにそう見えなくもないが、ここは直し甲斐がありそうなほど石が崩れてしまっていた。

「あそこの隣と繋がってる部分見えます?」

 リルが厨房と浴場を隔てる壁を指さした。明かりを持ってきていないので、カリーナにはリルが指している箇所が具体的には見えていなかった。

「こう暗くちゃね……」

「明日見たらいいですよ。隣の厨房でお湯を作って流せるようになってるんです」

「へぇ。アタシはてっきり浴場の下で火を炊くのかと思ったよ」

 それにはリルが違う場所を指さした。浴場の端のほうにある小さな炉だ。

「炉もあるますけどね。たぶんだけど、厨房と鍛冶場で火を使ってないが、点けている時にその遊んでる火で湯を湧かせるようにしていたみたいです。一度ある程度温めておきゃ、炉で沸かすのも楽ですし」

 カリーナは口笛を吹いた。あまりにも効率が良くて感嘆していた。
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