廃城の泣き虫アデリー

今野綾

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石工リル

石工リル④

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 二人は厨房まで戻ってきて、リルは上水道が壁の高い所を流れていたと指さした。見上げたカリーナは確かに幅の狭い棚のようになっているのを確認した。

「ここを水が通っていたのかい? そう言われると隣の部屋から部屋に繋がってるねぇ。しかしこれじゃあ場所が高すぎやしないかい?」

 見上げるほどの高さに水が流れていたら、どうやって使うのかカリーナにはわからなかった。

「一箇所区切れている所があるでしょう? あそこは木で細工した水路にしてあったはずです。下から引くと木の水路が外れて下に落ちて、大きめの瓶か桶に貯めたんでしょうね」
「で、必要ない時は木の細工を戻して水を流すのか。こりゃたまげたわ。昔の人ってのはアタシたちより遥かに頭が良さそうだ」

 リルは見上げるのを止めて、カリーナに顔を向けた。

「カリーナは瓶《かめ》も焼けますよね?」

 どうやらダグマから陶器を作れる話を聞いてきたらしい。

「ああ、もちろんだけど……大きさにもよるわね。あんたが石を積み上げたほうがいい水槽ができるように思うよ。大きい瓶は移動させるのも大変だしさ」

 それを聞いてリルはブツブツと計算しだす。

「でも上水道作って、水槽作って、浴場直して、大砦直して。どれだけ月日がかかるのやら」
「あんた、ここに住むんじゃないのかい?」
「え、そんなに長く住んでていいんですかね?」

 お互い驚いたまま顔を見合わせた。カリーナはてっきりリルが住み着くものだと思っていたし、リルはリルでロセが来るまでの間の事だと思い込んでいた。

「あんたが犯罪者で追われている身じゃなければいいんじゃないかねぇ。まぁ、ダグマに聞くといい」

 そこでリルが視線を泳がせたので、カリーナが怪訝そうな顔をした。

「あんた……犯罪者なのかい?」

 声を潜めて問うカリーナに、リルがハッとして手を横に振った。

「いやいや、そうじゃないけど。ただ、ダグマってなんて言ったらいいのか──空気に圧倒されるっていうかさ」
「まぁ、ありゃ普通の人じゃないだろうね。話しやすい雰囲気ではあるが、元々は兵士かそういった類の者だろうよ」

 さっきまでアデリーが座っていたイスを見つめたリルが「でも、優しいところもありそうだし、聞いてみるかな」とボソボソと言った。

「そうだよ。始めは取っ付きにくい気がしたけど、話してみれば全然なんてことないよ。面倒見もいいし、アタシはダグマって男がかなり好きだわ。あんた、ロセと本当に幼なじみなのかい? まるで性格が違うじゃないか。あの子はなんにも考えずここに住むって決めてたよ」

 幼なじみでも性格は正反対なんだとリルは言う。

「ロセは感情的になりやすいし、何事も簡単に決めちゃうからな。だから心配してたし、気にしてたんだ」

 そこでカリーナは意味ありげな表情でニヤリとした。

「気にしていた? そりゃ、恋してますってことでいいかい?」
「あー……、まぁ恋はしてないけど。嫁に貰ってやろうとは考えてたかな」
「あれを貰ったら苦労するよ。ま、わかってて言ってんだろうよ。さてと、寝るとするか。リルはそこのベッドだね。んじゃ、おやすみ」 

 最後に含み笑いを溢しながら、カリーナは火を持って厨房から部屋へと向かっていった。

「わかってるさ。既に振り回されてるんだから」

 独りごちるリルは、厨房の端にある場違いなベッドへ寝転がった。仰向けで天井をしばらく眺めて居ると、幼き日の事が蘇ってくる。
 黒死病で毎日死者が出る悪夢のような日々。ロセはリルの家に預けられ、ロセの唯一の肉親であった祖父を泣きながら追おうとした。薬師だったロセの祖父はこの後直ぐに街を追放されている。黒死病を治せなかったという理不尽な理由で。
 重い記憶によって、いつしか夢の世界へと旅立っていた。









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