美味しい料理で村を再建!アリシャ宿屋はじめます

今野綾

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熱々干しぶどうとリンゴのパイ

熱々干しぶどうとリンゴのパイ

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 ジョゼフの事件があって数日後、レオが仕事場にしている塔へと行こうとしていた時、ボリスがレオを引き止めた。そこにアリシャも呼び寄せてこんな提案を持ちかける。

「家は明日からでも住めるようになります。それで俺はちょっと考えたんですけど──」

 三人のいる宿屋の広間には南側と東側に窓がある。その東側の窓を指して言う。

「あの窓を潰すことになりますが、あそこに大きな暖炉を作ったらどうかと思うんです。食事をする時も快適になりますし、雪の中訪れた客は暖をとりたいはずですから」

 ボリスの案にレオがヒゲを扱いて窓をジッと見つめていた。

「煙突をあそこから出したいってわけだな」

「はい。石造りの壁はむやみに手を加えないほうがいいでしょう。ならばいまある窓を利用するのがいい」

「確かにそれはそうだな。嵐が来たときの避難所として考えたとき、料理用の炉だけではあまりにも事足らないと思ってはいたが──」

 そこでレオはアリシャを見下した。アリシャは何の話を振られるのかわからず、そんなレオを見上げていた。

「アリシャ。費用は掛かるが暖炉はあったほうが良い。これは君が支払いをすべきだと思う。宿屋の儲けはアリシャのものだ。宿屋を整備するのは宿屋の主人の仕事だ」

 もちろん、避難所にする時は皆に何かしら払ってもらうとレオは付け加えた。

 アリシャもレオのように顎を擦って考えてみた。今でも食事中に肌寒いことがある。例えば雨続きの夜とか、晴れ渡る前の早朝とか。まだ火を入れるほどではないが、これが真冬になればかなり寒いはずだ。

「費用はいかほどかかりますか?」

 ボリスが少し言いにくそうに「五十銀貨くらいかな」と、答えた。それはアリシャには目にした事もない高額な金額だが、感覚的には妥当なのではないかと感じた。実際、レオは高すぎるとも安すぎるとも言わなかった。

「少し時間が掛かるけど、払えると思います……たぶん」

 それほど、アリシャの作る料理は好評で、リリーの店に出した物も相当な悪天候でなければ早々に完売するらしい。食材は格安でドク一家から調達できるし儲けはかなりあった。

「俺も宿屋のツケがあるしね。そこは全然ゆっくり払ってくれたらいいし。それともう一つ」

 今度は料理部屋が付いている西側の壁をボリスは指す。

「あそこにカウンターを。それと壁に棚を作ってリリーの店みたいなのをしたらいいと思うんだけど」

 今はガランとしている場所で、カウンターを作っても邪魔にはならないだろう。それに確かに村に店があるのは何かと助かるが──。

「でも、私は店番は出来ないわ。収穫の手伝いをしたりして食材を安くしてもらっているし。それに、リリーさんの所に置いてもらっている以上に作るのは難しいかも」

「んー、店番はアヴリルにやらせて欲しいんだ。今は動けているが、腹が大きくなったら動くのは難しいだろ? それに子供が生まれてからもなかなか動けないから」

 ふむ。と、ドクが相槌を打つと悪くないと言った。

「アヴリルとて金が欲しいだろうからな。手数料だけじゃ然程さほど金にはならんが、ないよりマシだ。いずれ村に妊婦や幼子を抱えた母親が出来たら、今度はその人に店番をやってもらえば良い。宿屋に店があれば旅人も助かるだろうしいい提案だ」

「あのー、でもリリーさんが気を悪くしませんか?」

 散々世話になっておいて急に品物を卸さなくなるのも気が引けた。

「自前で店を持つとなったら仕方ないことだと諦めるであろう。まぁ、でも世話になったのは確かだから一番よく売れる傷薬は少し持っていくとするか」

 レオが傷薬をリリーの所に少し卸すならアリシャは時々甘い物を卸すことに決めた。レオにそう告げたら、そう伝えておこうと言ってくれたので交渉は任せることにした。

「じゃあ、明日から暖炉を作るよ。前金に少し貰えると俺も助かるんだけど。エドやユーリを雇えるし」

「でも……払えるのは一銀貨くらいよ。私も仕入れ用に必要だから。この前、掛け布団用のカバーを買ったばかりで持ち合わせがないの」

「そういうことなら私が用立てよう。十銀貨アリシャに貸そう。それをボリスに支払うといい。私にはボリスへの支払いが済んでから返してくれればいいから」

 二人がほぼ同時に助かりますと言うものだから苦笑して、レオはヒゲを捻った。

「記録しておこう。なんなら、それの管理もアヴリルに頼むか。文字と計算は出来るかな?」

「はい。出来ます」

 そこでアリシャはユーリとの会話を思い出してお節介だと思いながらも聞きたくなってしまった。

「レオさん。実はルクとユーリ兄弟は学んだことがないみたいで、どちらも読み書きが出来ないみたいなんです。あと計算も。冬の間、教えていだけませんか?」

 ああ。とレオは返して二人が読み書きが出来ないことには気が付いていたと話した。

「ではナジと相談してみよう」

 アリシャは快諾して貰えたことに胸を撫で下ろした。計算が出来ないと取引相手に騙されてもわからない。それは悲しいことだ。

 話がまとまり、アリシャは村の外れにあるリンゴ園に向かった。前日に今日はリンゴ狩りをするから来るようにとドクに言われていたのだ。

 秋は深まってきたはずなのに、ここのところなんだか生温い空気に覆われている。夏の終りの方が涼しかったほどだ。いつもの年より寒くないので作業は楽だが、なんだか調子が狂ってしまう。

「おう! リンゴがリンゴ狩りか?」

 カゴを持って麦畑の斜面を上がっていくと、途中でエドに追いつかれた。しかも、からかわれてちょっとむくれる。

「もう! いつも赤いみたいに言わないで!」

 いつも赤いだろと断言するから、アリシャは腹が立って持っていたカゴを頭から被った。

「これで見れないでしょ!」

「お前、馬鹿だなぁ。転ぶぞ」

 確かに前はほとんど見えない。編み目の隙間からぼんやりと地形なんかは見えるが、まるで酔ったときみたいに全ての輪郭が定かではなくなった。
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