【完結】初恋のアルファには番がいた—番までの距離—

水樹りと

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第4章

第五話

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 梅雨が明けて間もない日曜の昼下がり、河川敷のバーベキュー会場は朝から雲ひとつない青空に包まれていた。
 太陽が容赦なく照りつけ、アスファルトからは陽炎が立ち上る。
 映像研究会とスポーツサークルのメンバーたちが汗を拭いながら、テントの設営や炭火の準備を進めている。

「真帆は?」
 智也が帽子のつばで額の汗を拭いながら周りを見回す。
「体調不良で来れないって。昨日の夜から熱があるらしい」
 蛍が日陰で水を飲みながら説明すると、智也は残念そうに頷いた。
「そっか。楽しみにしてたのに。桜庭のことも気になってただろうし」

 準備が整い、バーベキューが始まった。
 炭火のはぜる音と肉の焼ける香り、冷えたビールの泡音、学生たちの笑い声が河川敷に響く。

 蛍は桜庭と一緒に食材の配分を調整していたが、ふと桜庭の視線が別の方向に向いているのに気づいた。
 その先には、あの日体育館で見かけた神崎という学生がいた。
 今日も少し離れた場所で、紙皿を手に一人静かに立っている。
 他のメンバーとはあまり交わっていないが、桜庭が気にかけているのがよく分かる。

「神崎くんって、いつもああなの?」
 蛍が小声で聞くと、桜庭は振り返った。
「ああ、人見知りなんだと思う。でも、いいやつだよ」
 桜庭は柔らかく微笑みながら言う。

 午後の日差しが強くなる中、蛍は木陰で水分補給をしながら会場の様子を眺めていた。
 初対面同士でも自然に会話が生まれ、前回の秋のイベントよりもずっと打ち解けた雰囲気になっている。
 企画した甲斐があった。
 空には入道雲がもくもくと立ち上がり、時折吹く風が汗ばんだ肌を冷ましてくれる。


 夕方近く、西日が河川敷を斜めに照らし始めた頃、使用済みの調理器具を片付けるため、蛍は備品倉庫に向かった。
 プレハブの小さな建物は、日中の熱気がこもって息苦しい。
 まな板を手に倉庫に入ると、見覚えのある背の高い学生がいた。

(あれ……)

 鼻腔をくすぐるわずかな香り。
 甘くて重い、アルファ特有のフェロモン。
 蛍の気配に気づいた神崎が振り返る。

「神崎くん、まな板持ってきたけど、どこに置けばいい?」
「奥の棚っす」

 神崎の短い答えが響いた直後、蛍の身体に異変が起きた。


 最初は軽いめまいのような感覚だった。
 それが一瞬で波となって全身を襲う。
 突然膝の力が抜け、手に持っていたまな板が指の間をすり抜ける。
 まな板が床に落ちる鈍い音が、狭い倉庫に響いた。


(何、これ?)

 心臓が激しく鐘を打ち、全身に熱波が駆け抜けた。
 まるで高熱を出したような感覚だが、それとは明らかに違う。

 体温が急上昇し、皮膚の表面に汗が浮く。
 息が荒くなり、肌が異常に敏感になって、服の繊維がちくちくと針のように刺さって感じる。

 視界がぼやけ、思考が霧の中に沈んでいく。身体の奥から湧き上がる、制御できない渇望。
 目の前にいるアルファから発せられるフェロモンが、蛍の理性を溶かしていく。
(まさか、ヒート?)
 なぜこんな場所で、こんなタイミングで。
 抑制剤を服用していたのに。
 パニックに近い状態で、蛍は倉庫の奥の暗がりに身を寄せた。積み上げられた段ボールに背中を預け、荒い呼吸を整えようとする。
 喉の奥が渇き、全身が火照る。

 下腹部に鈍い痛みのような感覚が生まれ、それが波のように強くなったり弱くなったりを繰り返す。手足が震え、立っていることさえ困難になる。


 目の前にいるアルファが、恐ろしいが、同時に強烈に惹かれる存在に見えた。
 本能が、このアルファを求めろと叫んでいる。
 理性では拒絶したいのに、身体は正反対の反応を示していた。
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