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第5章 健吾side
第一話
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健吾は研究室で論文を読みながら、あの時の蛍の表情を思い出していた。
自分が尚との関係について説明した時、蛍の瞳に浮かんだ複雑な感情。
驚き、困惑、そして……同情だっただろうか。
研究室のドアがノックされた。
「芦原くん、時間ある?」
指導教授の声だった。
「はい、大丈夫です」
教授が入ってきて、健吾の向かいに座った。
「今年も学部生の研究室配属の希望調査があってね。それで、よく研究室に遊びに来てる白石くんが、うちの研究室を第一希望にしてくれてるよ」
「蛍が?」
「そうそう、蛍くん。彼、とても熱心に研究内容について質問してくれてるし、いい子だよね」
教授は嬉しそうに話した。
「蛍は入れそうなんですか?」
「うん。成績もいいし、入れると思うよ」
「そうですか」
安心するとともに、健吾は複雑な気持ちになった。
蛍が自分の研究室を希望してくれているのは嬉しいが、同時に責任も感じる。
「研究熱心な子が来てくれるのは嬉しいね」
「そうですね」
「今年も君に何人か見てもらおうと思ってるからよろしくね」
「はい」
教授が去った後、健吾のスマートフォンが振動した。尚からのメッセージだった。
『お疲れ様。今度の週末、時間ある?』
健吾は画面を見つめたまま、しばらく返事を打てずにいた。
週末に会うのは、二か月ぶりになる。
電車で一時間程度の距離だが、最近は互いに忙しく、なかなかスケジュールが合わなかった。
『大丈夫。何時頃がいい?』
返信を送ってから、健吾は深いため息をついた。
尚に会う時、いつも胸の奥に重いものが沈んでいる。
罪悪感と責任感が複雑に絡み合った、名前のつけられない感情。
尚は優しい人だ。
決して健吾を責めることはない。それが余計に、健吾の心を重くした。
蛍に話した通り、尚とは高校の同級生で、同じ生徒会の役員だった。
健吾が副会長、尚は書記だった。役員になる前から、尚の存在は知っていた。
アルファもオメガも絶対数は少ない。だが、お互いの存在は目印を付けたかのように分かってしまう。
だから、少ない、という実感は正直あまりなかった。
尚を見た時も、オメガだと思ったが、それ以上の感情はなかった。
それが一生の関係になってしまうのだから人生とは分からないものだ。
週末、健吾は尚の住む駅のそばで待ち合わせた。
改札前で尚を見つけた時、健吾は相変わらず胸が締め付けられるような思いになった。
黒い髪、穏やかな表情、中性的で繊細な顔立ち。どこか蛍に似ている。
「お疲れさま」
尚が小さく手を振る。
「尚もお疲れさま。仕事、忙しそうだね」
二人は駅近くのカフェに入った。
いつものように、他愛のない会話から始まる。尚の職場の話、健吾の研究の話。
「健吾は相変わらず研究に没頭してるみたいだね」
尚がコーヒーカップに口をつけながら言った。
「まあ、そんなところかな。最近は後輩の指導のことも考えなきゃいけなくて」
「後輩?」
「来年度、うちの研究室に配属される学生がいるんだ。優秀な子でね」
健吾は蛍のことを思い浮かべながら話した。
「それは楽しみだね。健吾、教えるの上手そうだし」
健吾は尚の表情を観察していた。
「研究は順調?」
「いや、なかなか難しいね。論文の査読が通らない」
「修正すればいいんじゃないの?」
「そうだけれど、なかなかその修正が難しくて」
「そうなんだ」
尚の表情から感情は読めない。
「尚は? 仕事はどう?」
「相変わらずだよ。最近は新しいプロジェクトに参加することになって」
尚の表情が少し明るくなった。
「どんなプロジェクト?」
「医療系のシステム開発。病院の電子カルテシステムの刷新なんだけど、セキュリティ周りを担当してる」
「へえ、それは重要な仕事だね」
「うん。患者さんの個人情報を扱うから、責任重大で」
仕事の話をしている時の尚は、普段より生き生きとしている。
「大変そうだけど、やりがいがありそうだね」
「そうなんだ。チームのメンバーも良い人たちで、久しぶりに充実してる」
その言葉に、健吾は少し複雑な気持ちになった。
「チームリーダーも理解があって、オメガだからって特別扱いされることもないし。実力で評価してくれる」
尚がそう言った時、健吾は初めて尚の職場での立場について考えた。
オメガとして働くことの難しさを、自分はあまり理解していなかったのかもしれない。
「それは良い職場だね。前の部署では大変だったの?」
「まあ、色々あったかな」
尚の表情が少し曇る。
「健吾も何かあった?」
「いや、さっき言ったくらいのことしかないよ」
「そう? なんか……」
「何か変?」
「気のせいだったかも」
そんな会話を続けながら、健吾はふと思った。
高校時代はもう少し自然に話せていた気がする。いつからこんなに堅い雰囲気になったのだろう。
自分が尚との関係について説明した時、蛍の瞳に浮かんだ複雑な感情。
驚き、困惑、そして……同情だっただろうか。
研究室のドアがノックされた。
「芦原くん、時間ある?」
指導教授の声だった。
「はい、大丈夫です」
教授が入ってきて、健吾の向かいに座った。
「今年も学部生の研究室配属の希望調査があってね。それで、よく研究室に遊びに来てる白石くんが、うちの研究室を第一希望にしてくれてるよ」
「蛍が?」
「そうそう、蛍くん。彼、とても熱心に研究内容について質問してくれてるし、いい子だよね」
教授は嬉しそうに話した。
「蛍は入れそうなんですか?」
「うん。成績もいいし、入れると思うよ」
「そうですか」
安心するとともに、健吾は複雑な気持ちになった。
蛍が自分の研究室を希望してくれているのは嬉しいが、同時に責任も感じる。
「研究熱心な子が来てくれるのは嬉しいね」
「そうですね」
「今年も君に何人か見てもらおうと思ってるからよろしくね」
「はい」
教授が去った後、健吾のスマートフォンが振動した。尚からのメッセージだった。
『お疲れ様。今度の週末、時間ある?』
健吾は画面を見つめたまま、しばらく返事を打てずにいた。
週末に会うのは、二か月ぶりになる。
電車で一時間程度の距離だが、最近は互いに忙しく、なかなかスケジュールが合わなかった。
『大丈夫。何時頃がいい?』
返信を送ってから、健吾は深いため息をついた。
尚に会う時、いつも胸の奥に重いものが沈んでいる。
罪悪感と責任感が複雑に絡み合った、名前のつけられない感情。
尚は優しい人だ。
決して健吾を責めることはない。それが余計に、健吾の心を重くした。
蛍に話した通り、尚とは高校の同級生で、同じ生徒会の役員だった。
健吾が副会長、尚は書記だった。役員になる前から、尚の存在は知っていた。
アルファもオメガも絶対数は少ない。だが、お互いの存在は目印を付けたかのように分かってしまう。
だから、少ない、という実感は正直あまりなかった。
尚を見た時も、オメガだと思ったが、それ以上の感情はなかった。
それが一生の関係になってしまうのだから人生とは分からないものだ。
週末、健吾は尚の住む駅のそばで待ち合わせた。
改札前で尚を見つけた時、健吾は相変わらず胸が締め付けられるような思いになった。
黒い髪、穏やかな表情、中性的で繊細な顔立ち。どこか蛍に似ている。
「お疲れさま」
尚が小さく手を振る。
「尚もお疲れさま。仕事、忙しそうだね」
二人は駅近くのカフェに入った。
いつものように、他愛のない会話から始まる。尚の職場の話、健吾の研究の話。
「健吾は相変わらず研究に没頭してるみたいだね」
尚がコーヒーカップに口をつけながら言った。
「まあ、そんなところかな。最近は後輩の指導のことも考えなきゃいけなくて」
「後輩?」
「来年度、うちの研究室に配属される学生がいるんだ。優秀な子でね」
健吾は蛍のことを思い浮かべながら話した。
「それは楽しみだね。健吾、教えるの上手そうだし」
健吾は尚の表情を観察していた。
「研究は順調?」
「いや、なかなか難しいね。論文の査読が通らない」
「修正すればいいんじゃないの?」
「そうだけれど、なかなかその修正が難しくて」
「そうなんだ」
尚の表情から感情は読めない。
「尚は? 仕事はどう?」
「相変わらずだよ。最近は新しいプロジェクトに参加することになって」
尚の表情が少し明るくなった。
「どんなプロジェクト?」
「医療系のシステム開発。病院の電子カルテシステムの刷新なんだけど、セキュリティ周りを担当してる」
「へえ、それは重要な仕事だね」
「うん。患者さんの個人情報を扱うから、責任重大で」
仕事の話をしている時の尚は、普段より生き生きとしている。
「大変そうだけど、やりがいがありそうだね」
「そうなんだ。チームのメンバーも良い人たちで、久しぶりに充実してる」
その言葉に、健吾は少し複雑な気持ちになった。
「チームリーダーも理解があって、オメガだからって特別扱いされることもないし。実力で評価してくれる」
尚がそう言った時、健吾は初めて尚の職場での立場について考えた。
オメガとして働くことの難しさを、自分はあまり理解していなかったのかもしれない。
「それは良い職場だね。前の部署では大変だったの?」
「まあ、色々あったかな」
尚の表情が少し曇る。
「健吾も何かあった?」
「いや、さっき言ったくらいのことしかないよ」
「そう? なんか……」
「何か変?」
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高校時代はもう少し自然に話せていた気がする。いつからこんなに堅い雰囲気になったのだろう。
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