【完結】初恋のアルファには番がいた—番までの距離—

水樹りと

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第5章 健吾side

第二話

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 健吾の記憶は八年前に遡る。


 県立高校の生徒会室。
 傾いた西日が窓から差し込み、机の上に散らばった書類を金色に染めている。
 副会長として文化祭の準備に追われる健吾の前で、尚が電卓を叩きながら呟いた。
「健吾、予算書の計算、これで合ってる?」
 書記として几帳面に数字を整理する尚の姿には、いつも頼もしさを感じていた。
「ちょっと見せて」
 健吾が隣に座り、書類を覗き込む。尚の文字は丁寧で読みやすく、計算も正確だった。
「完璧だね。いつもありがとう」
「いえいえ、僕も楽しんでやってるから」
 そんな時の尚の笑顔には作り物めいたところが微塵もなく、純粋な屈託のなさがあった。

 生徒会の仕事は多忙を極めたが、充実していた。
 副会長として健吾は会長を支えながら、書記の尚や他のメンバーと連携して裏方の仕事に従事することが多かった。
 チーム内の結束は良好で、もう一人のアルファである会長とも対立することはなかった。

 健吾と尚が初めて会話したのは、二年生の秋頃だ。
 副会長と書記という立場で連携する機会は多く、二人の距離は自然と縮まっていった。
 放課後の生徒会室で二人だけになることも珍しくなくなった。

 健吾とのコンビネーションは抜群だった。
 健吾がアイデアを出せば、尚がそれを実現可能な形に落とし込んでくれる。健吾の大雑把な部分は、尚の細やかさが見事に補完した。
「本当に助かるよ。俺、細かい作業苦手だから」
「僕は細かい作業は得意だけれど、全体を見るのは苦手だから、お互い様だよ」
 そんな会話が自然にできる関係だった。互いを認め合い、対等に向き合える友人だった。

 親交が深まったきっかけは、映画と音楽への共通の関心だった。
 ある昼休み、健吾が一人で映画の挿入歌を聴いていた時、尚が声をかけてきた。
「何聴いてるの?」
「『Reload』っていう曲。セバスチャン・イングロッソの」
「ちょっと聴かせて」

 イヤフォンを外して音楽を流すと、尚の目が輝いた。
「これって『フレンチアルプスで起きたこと』で使われてたよね?」
 興奮気味に尋ねる尚に、健吾は驚いた。
「そう。尚も見に行ったの?」
「うん。こういうミニシアター系、観るの?」
「結構好きで。でも、お小遣いが限られるからそんなに頻繁には行けないけど」
「分かる。僕も月に一回くらいしか行けない」
 それから二人は映画談義に花を咲かせた。

 互いに一人で映画館に足を運ぶタイプで、同年代には珍しい共通点だった。
「今度『フランシス・ハ』見に行こうと思ってるんだ」
 健吾が言うと、尚の表情が明るくなった。
「モノクロの映画だよね。僕も気になってた」
「面白そうだよね。評判も良かったから見てみたくなって」
「うん。見たら感想を教えて」
 こうして、映画を観た後に感想を交換するのが二人の習慣となった。

 映画について語り合える相手に出会えたのは初めてだった。
 好みが似通い、会話は弾んだ。尚の感想はいつも的確で、健吾に新たな視点を与えてくれた。

 やがて、より個人的な話題にも触れるようになった。
 尚の家族のこと、健吾の家族の話。
 尚の父親は転勤族で、幼少期から引っ越しを重ねてきたという。北海道から九州まで、全国各地を転々としてきた経歴があった。
「大変だったでしょ?」
 健吾が尋ねると、尚は少し陰りのある表情を見せた。
「慣れるのは得意になったけど、長く続く友人関係には憧れがあるかな。健吾は、ずっと同じ場所で育って羨ましいな」
「でも尚の方が、色んな場所を知ってて面白そうだけどな」
「そうかなぁ。でも、やっぱり一つの場所に根を張って生活するっていうのに憧れがある」
 そんな尚の寂しげな表情を見た時、健吾の胸に何かが締めつけられるような感覚が走った。
「高校では長く付き合える友達を作れるといいね」
 健吾がそう言うと、尚は心底嬉しそうに頷いた。
「ありがとう。健吾とは、卒業してからも友達でいたいな」
 その時の尚の笑顔を、健吾は今でも鮮明に記憶している。


 オメガとアルファという属性の違いも、当時はさほど意識していなかった。
 クラスは分離され、修学旅行の部屋割りにも配慮がなされていたが、生徒会活動においてはそうした区別は無関係だった。能力と人格で互いを評価する関係だった。
 尚は穏やかで責任感が強く、知性にも優れていた。同時に、映画について語る時に見せる熱のこもった表情や、時折披露する辛辣な批評など、多面的な魅力を備えていた。
「あの映画の監督、前作の方が良かったと思わない?」
 そんな率直な意見を遠慮なく交わせる関係だった。

 三年になると、受験の話題が増えた。
 健吾は関東の大学を第一志望としていたが、共通試験で期待した結果を得られず、関西の大学を受験することになった。
「第一希望は諦めるの?」
「諦めるというより、実力不足だったからね」
「残念」
「まあね。親が浪人は許可してくれないから、まずは関西で頑張ってみる」
 尚はいつも健吾の将来を応援してくれた。健吾も同様に、尚の進路について真摯に相談に乗った。
「尚は第一希望、合格おめでとう」
「ありがとう」
「経済系に進むと思ってた。経理とか得意だったから」
「得意だけれど、興味があるのは情報系なんだ。就職も強そうだしね」
「確かに人材不足って言ってるもんな」
 得意分野と関心分野は必ずしも一致しない。尚は自身の将来を冷静に見据えており、健吾はそんな尚を尊敬していた。
 卒業が近づくにつれ、二人の間には言葉にならない寂寥感が漂うようになった。
 関東と関西。物理的な距離が生まれることは不可避だった。

 その頃の尚の表情を、健吾は今でも覚えている。
 屈託なく笑う姿に、幼い頃に隣家に住んでいた少年の面影を重ねていた。純粋で真摯で、信頼に値する友人。

 そんな関係が、あの事故によって一変してしまうとは、その時は想像することもできなかった。
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