あやかし団地 管理人見習い日誌

双月ねむる

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第二章 空き部屋は放したくない⑤

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「ちょっ……!」

 凛は尻もちをつき、由梨は段ボールを抱えたまま、ぎりぎりで踏みとどまった。

「……ほらね、こういう部屋なのよ」

 お千代だけがバランスを崩さず立っている。さすがベテラン管理人だ。

「今、明らかに中から閉めましたよね? 誰もいないはずですよね?」

 由梨が震える声でお千代に食ってかかった。お千代はゆったり肩をすくめた。

「『誰も』の定義によるわね」
「いやいやいや、どういうこと!?」

 由梨の悲鳴が、四階の廊下に響きわたった。
 それは、これから始まる混乱の、序章に過ぎなかった。


 その後も、四〇二号室は徹底的に入居者を拒絶した。

 ドアを開けようとしても、勝手に閉まる。そんなドアをこじ開け、閉まらないように楔をかますのは、四人がかりだった。その時点で凛はもうへとへとだった。

 ドアを開けることに成功したので、ようやく荷物の搬入にかかる。
 しかし、玄関に脱いだ靴は、なぜか廊下へ飛び出していく。床に荷物を置くと、ドアへ向かって勝手にずりずり移動していく。
 それは、まるで誰かの強い意志が働いているかのようだった。

「ちょ、ちょっと! うちの段ボール! 勝手に歩かないで!」

 由梨が慌てて追いかける。
 段ボールの箱が一人でにズルズルと床を滑っていく様子は、ホラー映画というよりは、シュールなコントだった。凛は半分笑いそうになりながら、同時に恐怖も感じていた。

「り、凛! そこの押さえて!」
「無茶言わないでください!?」

 半泣きになりながら、凛も箱にしがみつく。

 結果、人間たちと荷物が、部屋の真ん中でもみ合うというカオスな絵ができあがった。傍から見たら、何をやっているのかまったくわからないだろう。

「やけに家賃が安いと思ったら。ここ、心霊現象が起きる部屋だったのね!」
「……お部屋、今からでも変更しますか」
「そうはいかないっ! ここの家賃でなきゃ払えない!」

「この部屋、こんな感じなのよ。毎回」
 お千代がため息混じりに説明する。
「ここに長く住んでた家族がいてね。仲のいい、団地らしい四人家族だったんだけど……ある日、引っ越しちゃったの」

 その瞬間、部屋の空気が、少しだけひんやりした気がした。
 温度が、二度ほど下がったような感覚。それは気のせいではない。
 凛はぶるっと身を震わせた。

「ここは、その家族が好きで好きで仕方がなかったのよ。笑い声も、テレビの音も、夕飯の匂いも……ちゃぶ台の位置も、カーテンの色も、ランドセルの置き場も。ここは、その家族のすべてを覚えてた」

 お千代の静かな声が続く。

 凛は、部屋を見渡した。
 何もない空間なのに、確かに「そこに誰かの生活があった」という痕跡が、かすかに残っているような気がした。壁の一角に、うすく日焼けした四角い跡。そこには、きっと写真か何かが貼ってあったのだろう。

「それなのに、急に空っぽになった」

 お千代の声が、少しだけ沈んだ。

「……忘れられるのが、怖かったのね、この部屋は。……だから、新しい人が来るたびに、手放さないように、追い出しちゃうの。ここにいた家族を『永遠』にしておきたくて」

 その言葉に合わせるように、天井の蛍光灯がチカチカと明滅した。
 まるで「そうだ」とうなずいているみたいだ。
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