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第二章 空き部屋は放したくない⑧
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「え、団地って、そんなにあやかし多めなの?」
由梨は、頭を抱えた。
「多めねぇ。都会のワンルームよりはだいぶにぎやかよ」
お千代が、のんきに答える。
「エレベーターのランプに狐?」
「そうです。いつもご利用ありがとうございます」
狐が、営業スマイルで言った。
「チラシから妖怪?」
「はい……過重労働の末に生まれました……」
ポスティング妖怪が、弱々しい声で答える。
情報量の多さに、由梨は完全に混乱していた。
「ちょっと待って、一回整理していい? あたし今、変なドラマの合間に変なCM見せられてるみたいな気持ちなんだけど」
「大丈夫。そのうち慣れるから」
凛が妙に落ち着いた声で言う。
「最初は私も、エレベーターに狐いるとか意味分かんなかったけど、二日目には普通に挨拶してたし」
「順応早すぎじゃない?」
「団地歴が長いので」
それは自慢なのか、それとも悲しい事実なのか。凛自身にも分からなかった。
お千代が、湯のみにお茶のお替りをつぎながら口を挟んだ。
「藤堂さん」
「あ、はい」
「さっき四〇二での話、聞いてたわ」
お千代は、静かに続ける。
「部屋、だいぶ機嫌を直してた。あなたがいるなら、あそこはきっとまた『いい部屋』になるわ」
由梨は、少し照れたようにうつむく。
「……ありがとう、ございます」
「それと、提案なんだけど」
お千代は、さらっと爆弾を投げてきた。
「凛、どうせ一人じゃ手が回らないから、手伝ってもらったら?」
「え」
「え?」
凛と由梨の声が重なる。
「えっと、手伝うって……」
「団地のこと。人間とあやかしの橋渡し。掃除と巡回と、たまのトラブル対応」
お千代は、まるで「スーパーのレジ打ちやってみない?」くらいのテンションで言う。
「時給は安いけど、まかないもつくし、家から職場までゼロ分って魅力でしょう?」
「いやいやいや、軽い感じで異世界バイト募集しないでください!」
凛が叫んだ。
「異世界ではないよ。ここ、思いっきり現代日本だし」
狐が横から口を挟む。
「まぁ、確かに『人の世界』と『あやかしの世界』の境目ではあるけどね」
「境目バイトって何!? ブラック臭しかしない!」
由梨が全力でツッコむ。
「……どうする?」
凜はおそるおそる尋ねた。「確かに一人では手が回っていないので、由梨が加わってくれれば嬉しい」という気持ちと、「こんな世界に由梨を引きずり込んでいいのか」という気持ちが、半々ぐらいだ。
由梨はしばらく黙ってから、苦笑いを浮かべた。
「正直、ちょっと怖い」
「うん、わかる」
「でも、面白そうでもある」
それは、凛が昨夜、布団の中でひそかに思ったことと同じだった。
「仕事もやめちゃったしなー」
由梨は、遠くを見るような目で言った。
「こっち戻ってきたけど、何していいかわかんなくてさ。……あやかし相手にキャアキャア言ってるのも悪くないかも」
「悪くない? ほんとにそう思う?」
そうツッコミつつも、凛の胸はちょっとだけ高鳴っていた。
昔、自分を団地で追いつめた相手が、今度は自分と一緒に団地を走り回る。あの頃とは、立つ場所が違う。力関係も違う。何もかもが、変わっている。
由梨は、勢いよく立ち上がった。
「じゃあ、あたしも『見習い』やる。管理人見習い・見習い?」
「見習いの見習い?」
「パシリ?」
狐がぼそっと言った。
「うるさい!」
由梨は、狐にスリッパを投げた。スリッパは狐の額をすり抜け、なぜか天井のどこかに吸い込まれて消えた。靴鳴らしが、ぱたぱたと嬉しそうに走り回る音が、頭上から聞こえる。
風鈴の精が、楽しそうにチリンと鳴いた。
それは、新しい物語の始まりを告げる音だった。
由梨は、頭を抱えた。
「多めねぇ。都会のワンルームよりはだいぶにぎやかよ」
お千代が、のんきに答える。
「エレベーターのランプに狐?」
「そうです。いつもご利用ありがとうございます」
狐が、営業スマイルで言った。
「チラシから妖怪?」
「はい……過重労働の末に生まれました……」
ポスティング妖怪が、弱々しい声で答える。
情報量の多さに、由梨は完全に混乱していた。
「ちょっと待って、一回整理していい? あたし今、変なドラマの合間に変なCM見せられてるみたいな気持ちなんだけど」
「大丈夫。そのうち慣れるから」
凛が妙に落ち着いた声で言う。
「最初は私も、エレベーターに狐いるとか意味分かんなかったけど、二日目には普通に挨拶してたし」
「順応早すぎじゃない?」
「団地歴が長いので」
それは自慢なのか、それとも悲しい事実なのか。凛自身にも分からなかった。
お千代が、湯のみにお茶のお替りをつぎながら口を挟んだ。
「藤堂さん」
「あ、はい」
「さっき四〇二での話、聞いてたわ」
お千代は、静かに続ける。
「部屋、だいぶ機嫌を直してた。あなたがいるなら、あそこはきっとまた『いい部屋』になるわ」
由梨は、少し照れたようにうつむく。
「……ありがとう、ございます」
「それと、提案なんだけど」
お千代は、さらっと爆弾を投げてきた。
「凛、どうせ一人じゃ手が回らないから、手伝ってもらったら?」
「え」
「え?」
凛と由梨の声が重なる。
「えっと、手伝うって……」
「団地のこと。人間とあやかしの橋渡し。掃除と巡回と、たまのトラブル対応」
お千代は、まるで「スーパーのレジ打ちやってみない?」くらいのテンションで言う。
「時給は安いけど、まかないもつくし、家から職場までゼロ分って魅力でしょう?」
「いやいやいや、軽い感じで異世界バイト募集しないでください!」
凛が叫んだ。
「異世界ではないよ。ここ、思いっきり現代日本だし」
狐が横から口を挟む。
「まぁ、確かに『人の世界』と『あやかしの世界』の境目ではあるけどね」
「境目バイトって何!? ブラック臭しかしない!」
由梨が全力でツッコむ。
「……どうする?」
凜はおそるおそる尋ねた。「確かに一人では手が回っていないので、由梨が加わってくれれば嬉しい」という気持ちと、「こんな世界に由梨を引きずり込んでいいのか」という気持ちが、半々ぐらいだ。
由梨はしばらく黙ってから、苦笑いを浮かべた。
「正直、ちょっと怖い」
「うん、わかる」
「でも、面白そうでもある」
それは、凛が昨夜、布団の中でひそかに思ったことと同じだった。
「仕事もやめちゃったしなー」
由梨は、遠くを見るような目で言った。
「こっち戻ってきたけど、何していいかわかんなくてさ。……あやかし相手にキャアキャア言ってるのも悪くないかも」
「悪くない? ほんとにそう思う?」
そうツッコミつつも、凛の胸はちょっとだけ高鳴っていた。
昔、自分を団地で追いつめた相手が、今度は自分と一緒に団地を走り回る。あの頃とは、立つ場所が違う。力関係も違う。何もかもが、変わっている。
由梨は、勢いよく立ち上がった。
「じゃあ、あたしも『見習い』やる。管理人見習い・見習い?」
「見習いの見習い?」
「パシリ?」
狐がぼそっと言った。
「うるさい!」
由梨は、狐にスリッパを投げた。スリッパは狐の額をすり抜け、なぜか天井のどこかに吸い込まれて消えた。靴鳴らしが、ぱたぱたと嬉しそうに走り回る音が、頭上から聞こえる。
風鈴の精が、楽しそうにチリンと鳴いた。
それは、新しい物語の始まりを告げる音だった。
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