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第4章
53.ヴァルブルク王国へ ~出立前夜~
しおりを挟む実験場から戻った翌朝セシルは熱を出してしまい、ランツベルクを出発することができなかった。
「ケント、ごめんね……。」
セシルが毛布から顔だけを出してしょんぼりしながら謝る。
ケントはそんなセシルにニカっと笑いながら答える。
「気にすんな。こっちこそすまん。まだ子供なのにあんなきつい戦いが続いた後で負担がないわけないよな。翌朝出発なんて無茶だった。だから今はゆっくり休め。なあに、爺ちゃんは大丈夫だ。待ってくれるさ。なんせ元勇者だしな。」
「うん、ありがとう。」
セシルがそう言うとケントがセシルの頭をくしゃくしゃと撫でた。
そういえばケントは疲れてないのだろうか。
「ケントは大丈夫なの?」
「ああ、俺は大丈夫だ。風邪なんかひいたことないからな。」
「ふーん……。」
「あ、今なんか考えなかった?」
「え。う、ううん、なんにも!」
本当はあまり一か所に長居はしたくない。暗殺者に居場所を特定される危険性が増すからだ。
でもだからこそ万全な状態で迎え撃てるように体調を整えておかないといけないのだと思う。
ケントはというと部屋までセシルの食事を持ってきてくれたあと、昼と夜どこかへ出かけていく。どこへ行っているのか聞いたら、どうやらくまちゃんラーメンへ通っていたらしい。あの熊のおじさんと仲良くなったんだそうだ。だからケントの昼食と夕食は最近はいつもラーメンなんだって。羨ましい。
2日ほどで熱は下がったのだけど、大事を取ってしばらくはゆっくりと休養を取ったほうがいいだろうということになった。
確かにちょっと疲れていた。ミアさんのためとはいえ今まで休養らしい休養も取らずに次々に町から町へ移動を繰り返していた。
そして今回の戦いは体だけでなく精神的にもダメージが大きくて、正直ゆっくりできたことはありがたかった。
熱が下がってからはセシルもケントと一緒にラーメンを食べに行くことができて満足した。『くまちゃんラーメン』のラーメンはとても美味しかった。
結局ランツベルクを出発できたのは、セシルが熱を出してから5日後のことだった。
早朝にランツベルクを出て翌日の深夜にはヘルズフェルトへ到着することができた。
「セシル、大丈夫か? 宿に入ったらしばらくはゆっくり休めよ。」
「うん、ありがとう。」
ランツベルクで熱を出してからケントは少し過保護気味だ。気を使われてばかりだとなんだか居心地が悪くなる。だからなるべく元気に振る舞うようにしている。
ヘルズフェルトでギードさんの家を訪ねた。
「おお、お帰り! ランツベルクどうだった? 怪我はしなかったか?」
にこやかに歓迎してくれたギードが開口一番尋ねてくる。よほどセシルたちのことを心配してくれていたのだろう。
ミアは元気になってからも下宿という形でギード宅に世話になっているそうだ。気心も知れているし2人にとっては妹みたいなものだからともに暮らすのが自然なんだそうだ。
「ケント~、久しぶりにゃあ~。ゴロゴロ。」
ミアはケントを見るやいきなり抱きついてくる。彼女が彼にすりすりと頬を寄せるが、彼は懸命に引き剥がそうとする。
「やめれ! 俺はお前のことは子供にしか見えないんだってば!」
「むぅ~。それならそれで妹属性として可愛がってほしいにゃ。」
「はぁ? なに、妹属性って。こらっ、やめれって!」
なんだかこの光景も見慣れてきた。そんな二人のやり取りを見ながら、ふとギードに聞きたいことがあったことを思い出し尋ねてみる。
「ギードさん、少し前に王国に行かれたんですよね?」
「ん? ああ、神殿で門前払いにされたがな。」
「その……。王国でクロードという50才くらいの男性を見かけてないですか? 元勇者の。」
ギードは40才くらいだと聞いた。彼ならおじいちゃんの顔を覚えているかもしれない。
「え? いや、見かけてないが……。彼を探しているのか?」
ギードの問いかけは当然の反応だ。どう答えようとしばし逡巡する。
「ええ。その、ギードさんはクロードさんの顔を見たことがあるんですか?」
「ああ、もちろんだ。俺が子供のころ憧れていた人だからな。他国の人ではあるがその武勇伝はこの国にまで聞こえてきたもんだ。その剣技は飛び抜けていて右に出る者はいないと言われていたが、その一方でとても信義に厚い方だというのもよく聞いていた。懐かしいなぁ。」
ギードの瞳が子供のようにきらきらとする。自分のことじゃないのにくすぐったい感じがする。まだおじいちゃんが元勇者だと決まったわけでもないのに。
「それでギードさんは彼の髪の色と目の色は覚えてますか?」
「んー、もう30年も前の話だからな。自信はないが俺の記憶違いじゃなければ髪も目も黒かったと思うぞ。今は分からないけどな。」
もしかしてと思っていたけどおじいちゃんは異世界人だったのかもしれない。もし王国が代々勇者を召喚していたんだったらおじいちゃんだけが違うという可能性は少ないもの。
ケントはギードの話を聞いて驚いているようだ。セシルだって驚いている。
勇者かもしれないと聞いたときにもしかしたらと薄々は予想していたけど。おじいちゃんの本当の名前は別にあるのかもしれないな。
「あいつら昔からああいうことやってたんだな。」
ケントが吐き捨てるように言う。
それにしてもおじいちゃんの特徴が分かったのは僥倖だ。髪と目が両方黒い人なんてそんなに多くはないもの。でももうおじいちゃんは50だし白髪が混じってる可能性もあるよね。変装のために見た目を変えている可能性もある。外見だけにあまり拘らないようにしたほうがいいかもしれない。
「今日はうちで夕飯食べていくんでしょ? 張り切って準備するからゆっくりしていってね。」
ビアンカが嬉しそうに話す。なんだか歓迎されているようでとても嬉しい。世話になりっぱなしなのは申し訳ないのでビアンカに申し出る。
「あの、わたしも手伝います。」
「そう? じゃあお願い。ミアも手伝ってね。」
「うぅ? 料理がまずくなってもいいなら手伝うにゃ。」
「……テーブルの準備しといて。」
「わかったにゃ!」
わきわきしながらミアが準備を始めた。彼女の耳が楽しそうにピコピコと動いている。なんだか不安だ。
そんな二人をギードは微笑ましげに見る。ケントはギードとこれまでの冒険話に花を咲かせている。そんなゆったりとした空気がなんだか幸せに感じて、ずっとこんな時間が続いたらいいなとそう思った。
セシルたちは夕食の料理を囲みながらこれまでの話とこれからの話をした。今ギードたちは再びギルドの依頼を受けながら冒険者として生活しているらしい。
ミアが病床にあった時は市井で短い就業時間の仕事を見つけ、彼女の世話をすることを重視して生活していたようだ。
だが彼女が回復してからはまた冒険をしようと皆で話し合って決めたらしい。ギルドの依頼をこなして収入を得るという。これからはダンジョンにもまた潜れるようになると感謝された。
セシルたちは明日王国へ旅立つことをギードたちに伝える。
かつて王国へは行けないと言っていたケントのことをギードたちは心配していたけど、ケントは「大丈夫だ」と言って笑いとばす。
セシルはそんなケントに申し訳ないと思いつつ、それでも前を向いて進むしかないと決意を新たにする。
明日は王国へ向けて立つ。追っ手を差し向けてくる国へ自ら近づくことは不安だが、おじいちゃんと会うためならどんな危険も撥ねつけてみせる。おじいちゃん、待っててね。
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