聖女の孫だけど冒険者になるよ!

春野こもも

文字の大きさ
54 / 96
第4章

53.ヴァルブルク王国へ ~出立前夜~

しおりを挟む

 実験場から戻った翌朝セシルは熱を出してしまい、ランツベルクを出発することができなかった。

「ケント、ごめんね……。」

 セシルが毛布から顔だけを出してしょんぼりしながら謝る。
 ケントはそんなセシルにニカっと笑いながら答える。

「気にすんな。こっちこそすまん。まだ子供なのにあんなきつい戦いが続いた後で負担がないわけないよな。翌朝出発なんて無茶だった。だから今はゆっくり休め。なあに、爺ちゃんは大丈夫だ。待ってくれるさ。なんせ元勇者だしな。」

「うん、ありがとう。」

 セシルがそう言うとケントがセシルの頭をくしゃくしゃと撫でた。
 そういえばケントは疲れてないのだろうか。

「ケントは大丈夫なの?」

「ああ、俺は大丈夫だ。風邪なんかひいたことないからな。」

「ふーん……。」

「あ、今なんか考えなかった?」

「え。う、ううん、なんにも!」




 本当はあまり一か所に長居はしたくない。暗殺者に居場所を特定される危険性が増すからだ。
 でもだからこそ万全な状態で迎え撃てるように体調を整えておかないといけないのだと思う。

 ケントはというと部屋までセシルの食事を持ってきてくれたあと、昼と夜どこかへ出かけていく。どこへ行っているのか聞いたら、どうやらくまちゃんラーメンへ通っていたらしい。あの熊のおじさんと仲良くなったんだそうだ。だからケントの昼食と夕食は最近はいつもラーメンなんだって。羨ましい。

 2日ほどで熱は下がったのだけど、大事を取ってしばらくはゆっくりと休養を取ったほうがいいだろうということになった。
 確かにちょっと疲れていた。ミアさんのためとはいえ今まで休養らしい休養も取らずに次々に町から町へ移動を繰り返していた。
 そして今回の戦いは体だけでなく精神的にもダメージが大きくて、正直ゆっくりできたことはありがたかった。

 熱が下がってからはセシルもケントと一緒にラーメンを食べに行くことができて満足した。『くまちゃんラーメン』のラーメンはとても美味しかった。
 結局ランツベルクを出発できたのは、セシルが熱を出してから5日後のことだった。




 早朝にランツベルクを出て翌日の深夜にはヘルズフェルトへ到着することができた。

「セシル、大丈夫か? 宿に入ったらしばらくはゆっくり休めよ。」

「うん、ありがとう。」

 ランツベルクで熱を出してからケントは少し過保護気味だ。気を使われてばかりだとなんだか居心地が悪くなる。だからなるべく元気に振る舞うようにしている。




 ヘルズフェルトでギードさんの家を訪ねた。

「おお、お帰り! ランツベルクどうだった? 怪我はしなかったか?」

 にこやかに歓迎してくれたギードが開口一番尋ねてくる。よほどセシルたちのことを心配してくれていたのだろう。
 ミアは元気になってからも下宿という形でギード宅に世話になっているそうだ。気心も知れているし2人にとっては妹みたいなものだからともに暮らすのが自然なんだそうだ。

「ケント~、久しぶりにゃあ~。ゴロゴロ。」

 ミアはケントを見るやいきなり抱きついてくる。彼女が彼にすりすりと頬を寄せるが、彼は懸命に引き剥がそうとする。

「やめれ! 俺はお前のことは子供にしか見えないんだってば!」

「むぅ~。それならそれで妹属性として可愛がってほしいにゃ。」

「はぁ? なに、妹属性って。こらっ、やめれって!」

 なんだかこの光景も見慣れてきた。そんな二人のやり取りを見ながら、ふとギードに聞きたいことがあったことを思い出し尋ねてみる。

「ギードさん、少し前に王国に行かれたんですよね?」

「ん? ああ、神殿で門前払いにされたがな。」

「その……。王国でクロードという50才くらいの男性を見かけてないですか? 元勇者の。」

 ギードは40才くらいだと聞いた。彼ならおじいちゃんの顔を覚えているかもしれない。

「え? いや、見かけてないが……。彼を探しているのか?」

 ギードの問いかけは当然の反応だ。どう答えようとしばし逡巡する。

「ええ。その、ギードさんはクロードさんの顔を見たことがあるんですか?」

「ああ、もちろんだ。俺が子供のころ憧れていた人だからな。他国の人ではあるがその武勇伝はこの国にまで聞こえてきたもんだ。その剣技は飛び抜けていて右に出る者はいないと言われていたが、その一方でとても信義に厚い方だというのもよく聞いていた。懐かしいなぁ。」

 ギードの瞳が子供のようにきらきらとする。自分のことじゃないのにくすぐったい感じがする。まだおじいちゃんが元勇者だと決まったわけでもないのに。

「それでギードさんは彼の髪の色と目の色は覚えてますか?」

「んー、もう30年も前の話だからな。自信はないが俺の記憶違いじゃなければ髪も目も黒かったと思うぞ。今は分からないけどな。」

 もしかしてと思っていたけどおじいちゃんは異世界人だったのかもしれない。もし王国が代々勇者を召喚していたんだったらおじいちゃんだけが違うという可能性は少ないもの。
 ケントはギードの話を聞いて驚いているようだ。セシルだって驚いている。
 勇者かもしれないと聞いたときにもしかしたらと薄々は予想していたけど。おじいちゃんの本当の名前は別にあるのかもしれないな。

「あいつら昔からああいうことやってたんだな。」

 ケントが吐き捨てるように言う。
 それにしてもおじいちゃんの特徴が分かったのは僥倖だ。髪と目が両方黒い人なんてそんなに多くはないもの。でももうおじいちゃんは50だし白髪が混じってる可能性もあるよね。変装のために見た目を変えている可能性もある。外見だけにあまり拘らないようにしたほうがいいかもしれない。

「今日はうちで夕飯食べていくんでしょ? 張り切って準備するからゆっくりしていってね。」

 ビアンカが嬉しそうに話す。なんだか歓迎されているようでとても嬉しい。世話になりっぱなしなのは申し訳ないのでビアンカに申し出る。

「あの、わたしも手伝います。」

「そう? じゃあお願い。ミアも手伝ってね。」

「うぅ? 料理がまずくなってもいいなら手伝うにゃ。」

「……テーブルの準備しといて。」

「わかったにゃ!」

 わきわきしながらミアが準備を始めた。彼女の耳が楽しそうにピコピコと動いている。なんだか不安だ。
 そんな二人をギードは微笑ましげに見る。ケントはギードとこれまでの冒険話に花を咲かせている。そんなゆったりとした空気がなんだか幸せに感じて、ずっとこんな時間が続いたらいいなとそう思った。



 セシルたちは夕食の料理を囲みながらこれまでの話とこれからの話をした。今ギードたちは再びギルドの依頼を受けながら冒険者として生活しているらしい。
 ミアが病床にあった時は市井で短い就業時間の仕事を見つけ、彼女の世話をすることを重視して生活していたようだ。

 だが彼女が回復してからはまた冒険をしようと皆で話し合って決めたらしい。ギルドの依頼をこなして収入を得るという。これからはダンジョンにもまた潜れるようになると感謝された。

 セシルたちは明日王国へ旅立つことをギードたちに伝える。
 かつて王国へは行けないと言っていたケントのことをギードたちは心配していたけど、ケントは「大丈夫だ」と言って笑いとばす。
 セシルはそんなケントに申し訳ないと思いつつ、それでも前を向いて進むしかないと決意を新たにする。

 明日は王国へ向けて立つ。追っ手を差し向けてくる国へ自ら近づくことは不安だが、おじいちゃんと会うためならどんな危険も撥ねつけてみせる。おじいちゃん、待っててね。



しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

聖女やめます……タダ働きは嫌!友達作ります!冒険者なります!お金稼ぎます!ちゃっかり世界も救います!

さくしゃ
ファンタジー
職業「聖女」としてお勤めに忙殺されるクミ 祈りに始まり、一日中治療、時にはドラゴン討伐……しかし、全てタダ働き! も……もう嫌だぁ! 半狂乱の最強聖女は冒険者となり、軟禁生活では味わえなかった生活を知りはっちゃける! 時には、不労所得、冒険者業、アルバイトで稼ぐ! 大金持ちにもなっていき、世界も救いまーす。 色んなキャラ出しまくりぃ! カクヨムでも掲載チュッ ⚠︎この物語は全てフィクションです。 ⚠︎現実では絶対にマネはしないでください!

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】 【一次選考通過作品】 ---  とある剣と魔法の世界で、  ある男女の間に赤ん坊が生まれた。  名をアスフィ・シーネット。  才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。  だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。  攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。 彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。  --------- もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります! #ヒラ俺 この度ついに完結しました。 1年以上書き続けた作品です。 途中迷走してました……。 今までありがとうございました! --- 追記:2025/09/20 再編、あるいは続編を書くか迷ってます。 もし気になる方は、 コメント頂けるとするかもしれないです。

刷り込みで竜の母親になった私は、国の運命を預かることになりました。繁栄も滅亡も、私の導き次第で決まるようです。

木山楽斗
ファンタジー
宿屋で働くフェリナは、ある日森で卵を見つけた。 その卵からかえったのは、彼女が見たことがない生物だった。その生物は、生まれて初めて見たフェリナのことを母親だと思ったらしく、彼女にとても懐いていた。 本物の母親も見当たらず、見捨てることも忍びないことから、フェリナは謎の生物を育てることにした。 リルフと名付けられた生物と、フェリナはしばらく平和な日常を過ごしていた。 しかし、ある日彼女達の元に国王から通達があった。 なんでも、リルフは竜という生物であり、国を繁栄にも破滅にも導く特別な存在であるようだ。 竜がどちらの道を辿るかは、その母親にかかっているらしい。知らない内に、フェリナは国の運命を握っていたのだ。 ※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」にも掲載しています。 ※2021/09/03 改題しました。(旧題:刷り込みで竜の母親になった私は、国の運命を預かることになりました。)

婚約破棄された上に国外追放された聖女はチート級冒険者として生きていきます~私を追放した王国が大変なことになっている?へぇ、そうですか~

夏芽空
ファンタジー
無茶な仕事量を押し付けられる日々に、聖女マリアはすっかり嫌気が指していた。 「聖女なんてやってられないわよ!」 勢いで聖女の杖を叩きつけるが、跳ね返ってきた杖の先端がマリアの顎にクリーンヒット。 そのまま意識を失う。 意識を失ったマリアは、暗闇の中で前世の記憶を思い出した。 そのことがきっかけで、マリアは強い相手との戦いを望むようになる。 そしてさらには、チート級の力を手に入れる。 目を覚ましたマリアは、婚約者である第一王子から婚約破棄&国外追放を命じられた。 その言葉に、マリアは大歓喜。 (国外追放されれば、聖女という辛いだけの役目から解放されるわ!) そんな訳で、大はしゃぎで国を出ていくのだった。 外の世界で冒険者という存在を知ったマリアは、『強い相手と戦いたい』という前世の自分の願いを叶えるべく自らも冒険者となり、チート級の力を使って、順調にのし上がっていく。 一方、マリアを追放した王国は、その軽率な行いのせいで異常事態が発生していた……。

前世は不遇な人生でしたが、転生した今世もどうやら不遇のようです。

八神 凪
ファンタジー
久我和人、35歳。  彼は凶悪事件に巻き込まれた家族の復讐のために10年の月日をそれだけに費やし、目標が達成されるが同時に命を失うこととなる。  しかし、その生きざまに興味を持った別の世界の神が和人の魂を拾い上げて告げる。    ――君を僕の世界に送りたい。そしてその生きざまで僕を楽しませてくれないか、と。  その他色々な取引を経て、和人は二度目の生を異世界で受けることになるのだが……

二人分働いてたのに、「聖女はもう時代遅れ。これからはヒーラーの時代」と言われてクビにされました。でも、ヒーラーは防御魔法を使えませんよ?

小平ニコ
ファンタジー
「ディーナ。お前には今日で、俺たちのパーティーを抜けてもらう。異論は受け付けない」  勇者ラジアスはそう言い、私をパーティーから追放した。……異論がないわけではなかったが、もうずっと前に僧侶と戦士がパーティーを離脱し、必死になって彼らの抜けた穴を埋めていた私としては、自分から頭を下げてまでパーティーに残りたいとは思わなかった。  ほとんど喧嘩別れのような形で勇者パーティーを脱退した私は、故郷には帰らず、戦闘もこなせる武闘派聖女としての力を活かし、賞金首狩りをして生活費を稼いでいた。  そんなある日のこと。  何気なく見た新聞の一面に、驚くべき記事が載っていた。 『勇者パーティー、またも敗走! 魔王軍四天王の前に、なすすべなし!』  どうやら、私がいなくなった後の勇者パーティーは、うまく機能していないらしい。最新の回復職である『ヒーラー』を仲間に加えるって言ってたから、心配ないと思ってたのに。  ……あれ、もしかして『ヒーラー』って、完全に回復に特化した職業で、聖女みたいに、防御の結界を張ることはできないのかしら?  私がその可能性に思い至った頃。  勇者ラジアスもまた、自分の判断が間違っていたことに気がついた。  そして勇者ラジアスは、再び私の前に姿を現したのだった……

追放された最強賢者は悠々自適に暮らしたい

桐山じゃろ
ファンタジー
魔王討伐を成し遂げた魔法使いのエレルは、勇者たちに裏切られて暗殺されかけるも、さくっと逃げおおせる。魔法レベル1のエレルだが、その魔法と魔力は単独で魔王を倒せるほど強力なものだったのだ。幼い頃には親に売られ、どこへ行っても「貧民出身」「魔法レベル1」と虐げられてきたエレルは、人間という生き物に嫌気が差した。「もう人間と関わるのは面倒だ」。森で一人でひっそり暮らそうとしたエレルだったが、成り行きで狐に絆され姫を助け、更には快適な生活のために行ったことが切っ掛けで、その他色々が勝手に集まってくる。その上、国がエレルのことを探し出そうとしている。果たしてエレルは思い描いた悠々自適な生活を手に入れることができるのか。※小説家になろう、カクヨムでも掲載しています

処理中です...