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第7章
81.王国の英雄
しおりを挟むハイノと一緒に城へ入る。セシルにとって城は初めてだ。
だが入ってすぐにその異常な状態に気がついた。エントランスに人が溢れていたのだ。怪我人やその治療にあたる人たちでごった返している。彼らの身なりから判断すると王都民だろう。城を王都民に解放したということなのかな。
そしてその中にはエリーゼの姿もあった。彼女は率先して都民の治療にあたっている。他の治癒士に指示を出しつつ自分は重症の怪我人を優先してみているようだ。忙しそうにしているようなので声をかけるのはやめておこう。
ケントの容体を見にいったあと自分も手伝わせてもらおうか。そう考えながら軍の救護室へ足早に向かった。
軍の救護室に到着し部屋を見渡すと10個くらいあるベッドが全て怪我人で埋まっていた。治療にあたる人も数多くいて皆忙しそうに動いている。そしてその一番奥には……。
「ケント……」
ベッドに横たわったその姿を見て思わず彼の名前を呟く。
生気のない顔色は普段のケントのものとは思えないほど青白く、その呼吸は酷く弱々しい。今にも命の灯が消えそうだ。
そんな彼の様子に少なからず衝撃を受ける。予想はしていたものの実際目にするとかなりきつい。
普段の彼の陽気で溌剌とした姿を知っているからこそ余計に目の前のその姿が痛々しくて見るに堪えない。
「ケントっ!」
視界がぐにゃりと歪む。溢れ出てくる涙を堪えることができない。ケントの蒼褪めた顔を見て嗚咽を漏らす。
「うっ、うっ……!」
「セシル……」
ハイノが自分を呼ぶ声が聞こえる。その声から痛々しそうにセシルを思う気持ちが伝わってくる。そして温かい手が背中に添えられた。
ベッドの脇に跪きケントの手を両手で取り自らの額に付ける。
(どうか神様……。ケントを連れて行かないでください。彼を助けてください)
セシルは涙を流しながら心から何度も繰り返し祈った。ケントが再びその目を覚ましてくれることを。そして自分に笑いかけてくれることを。もう一度彼の笑顔を見るためなら自分はどんなことでもすると。
だがこうしていつまでも泣いてはいられない。彼のためにも行動しなくては。
ひとしきり泣いたあとでゆっくりと立ち上がりハイノの方を向く。やはりかなり心配させてしまっていたようで、彼もなんだか泣きそうな表情でセシルを見ていた。心配させてごめんなさい。
「もう大丈夫です」
セシルはなるだけ気丈に振る舞う。ケントを心配しているのは自分だけじゃない。
「そうか……ケントのことは私も手を尽くすから」
「はい、ありがとうございます」
ハイノが切なそうな顔でセシルにそう話してくれる。
彼の気持ちが嬉しかった。自分以外にもこんなにケントを心配してくれる人が居る。ケントを思う人はセシルだけではないのだ。
セシルは涙を袖で拭いハイノににっこりと笑った。
そのとき突然後ろから声をかけられる。
「ああ、ここに居ましたか。ケントさんはどうですか……?」
部屋へ入ってきたのはワタルだった。彼も心配そうにケントを見下ろす。
ワタルを見てふと思う。彼の黒い髪と黒い瞳はケントとそっくりだ。この世界の人間は髪や目の色が皆違うものだが、異世界人……日本人は髪と瞳の色が皆黒いのだろうか。
ふとベッドに横たわるケントに目をやれば、いつの間にか変装の道具が外れ本来の黒髪に戻っていることに気がついた。髭もない。戦いの最中に落としたのだろうか。異世界人ということが周囲の人にばれているかもしれない。
「ああ、相変わらずだ……」
「そうですか……」
ハイノが痛ましそうに答えるとワタルが沈痛な表情を浮かべた。彼もまたケントの身を案じてくれているのだ。セシルはその事実が嬉しかった。
突然ワタルはセシルに向かって深々と頭を下げる。ケントと同じ黒髪がさらりと顔に落ちる。なんだかとても真剣な様子だ。
そんなワタルの態度に驚いてしまう。一体どうしたのだろう?
「セシルさん、貴方のお陰でこの国も王都の民も救われました。ありがとうございます」
その言葉に対しワタルに何と返そうかと言葉を詰まらせていると、別のところから知らない人が話しかけてきた。茶色の短髪のがっちりとした190センチはあろうかという長身の男だ。年齢は40才手前くらいだろうか。顔がちょっとだけ怖い。
「貴女がセシルさんでしたか。私はこの国の将軍でバルトと申します。」
バルト将軍……ああ、あのケントに馬を盗ら……託した人か。
以前ケントも言っていたけど、いかつい外見の割にとても真面目で優しそうな人だ。人は見かけによらないね。
「貴女があの悪魔を倒されたと聞きました。貴女のようなか弱い少女があの恐ろしい悪魔を倒すなんて信じられませんが、どうやら事実のようですね。私からもお礼を言わせてください。本当にありがとうございました」
大きな大人の男性2人に深々と頭を下げられて恐縮してしまう。セシルは皆で戦ったあとに止めを刺しただけだ。ハイノやワタル、そしてケントの助けがなければ勝てなかった。
セシルのお陰などと言われるのは烏滸がましすぎる。
「2人とも頭を上げてください。ワタルさんは一緒に戦っていたでしょう? わたしは止めを刺しましたが、ハイノさんにワタルさん、そしてケントの力がなければディアボロスには勝てませんでしたよ。わたしだけの手柄みたいに言うのは止めてください」
そういうセシルの肩にハイノがぽんと手を置く。優しそうにその青い瞳を細めてセシルに微笑んでいる。
「セシル、お前だけでとは言っていない。皆分かっている。だがお前の力がなければ勝てなかったのは事実だ。それにお前は英雄として扱われるべきだ」
そんなことを淡々と言ってのけるハイノに驚愕する。思わず目を見開いて彼を凝視してしまう。
「え、英雄~~っ!?」
素っ頓狂な声を発してしまったセシルにハイノはにこりと笑いながら大きく頷く。他の二人もうんうんと頷いている。
セシルはもう訳が分からない。一体どういうこと?
「この国は今まで神殿の力が強く、実権を握っていたのは神殿のトップであるエメリヒだった。これまで数十年にわたり奴が徐々に力をつけ、今ではほぼ王族の発言権はないと言ってよかったのだ」
「そうだったんですか」
ハイノが真剣な表情で説明してくれる。
じゃあおばあちゃんやケントに追っ手を差し向けていたのは、王国というよりも神殿のトップであるエメリヒだったということなのかな。
エリーゼにかけられていた呪いにしても、聖女と勇者を神殿に囲い込んでいたことにしても、そう考えると確かに腑に落ちる。
そしてハイノが腹黒そうな笑みを浮かべながら再び口を開く。
「だからこれまでのくだらないしきたりを撤廃するために発言権の強い者の存在が必要なのだ。王に直接意見を通せる者がな」
それを聞いてセシルは背中に冷たい汗が流れるのを感じる。要するに王に意見ができる英雄になれということか。
なるほど……自分が意見することで救われる人が大勢いるんだね。それならやってやろうじゃない!
「ハイノさんの言いたいことは分かりました。わたしにやれるだけのことはやります。」
「流石セシル。話が早いな」
ハイノが満足そうに笑顔で頷いた。
そういえば気になっていたことがあったのだった。意識を失っていたエメリヒは今どこにいるのだろうか。
「ところでエメリヒさんはどうなったんですか?」
セシルの質問に今度はバルトが口を開いた。その表情は険しい。
「エメリヒは軍で捕らえて今は地下牢に収監しています。近いうちに裁判が開かれるでしょう。奴は捕縛したときは意識がなく、今死なれては困るので治癒士に治療にあたらせています。そして魔封じの手枷を嵌めていますので奴は二度と魔法を使うことができません」
「そうですか……。もしかして死刑になったりするんでしょうか?」
バルトにそう言ってからはっと気がつく。そして口に出してしまったことを後悔した。
エメリヒの処遇については自分が口を出していいことではない。差し出がましいことを言ってしまった。取り消すべく口を開こうとすると先にバルトに説明される。
「裁判の判決次第ですが、まず奴自身の意志で王都民を傷つけた訳でないことは判明しています。だが危険を生じる可能性のある邪悪な悪魔を召喚したのは奴自身です。王都を危険に晒し、そして結果多くの都民に死傷者を出した。恐らく死刑の判決が出るでしょう。そして神殿への信頼も今や地に堕ちています」
「そう、ですよね」
当然と言えば当然の報いなのかもしれない。殺された人の遺族はその怒りを悪魔を召喚したエメリヒへ向けるだろう。でも例えエメリヒが処刑されこの世から居なくなっても、悲しみがなくなりはしないだろうけど。
そこで突然ハイノが口を開く。
「それじゃ、セシルには英雄になってもらうとするか。なあ、ワタル、バルト」
「「ええ」」
3人ともとてもイイ笑顔をしている。腹は黒そうだが。
なんだか気恥ずかしいけど英雄になる本当の理由は誉めそやされるためじゃない。古いしきたりを撤廃してこの国をよくするためだ。それが叶えばケントもエリーゼさんも救われるものね。
待っててね、ケント。すべてのしがらみから解放してあげる。そしてケントが目を覚ました時に心から笑えるように全力を尽くす。
セシルは眠り続けるケントに「また来るね」と声をかけて3人とともに謁見の間へと向かった。
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