聖女の孫だけど冒険者になるよ!

春野こもも

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第7章

89.帰宅

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 翌日の朝セシルはクロードと一緒に宿屋を出た。そしてザイルの町の冒険者ギルドへと足を運んだ。セシルにとっては数か月ぶりだったからかなんだか懐かしさを感じる。
 その日はなぜか冒険者が多く、中にはクロードのことを見て驚くベテラン冒険者もいたようだ。それを見てクロードは本当に有名人なんだとつくづく実感した。

 そんな冒険者の間をすり抜けて受付カウンターへ向かう。そこには以前と同じくレーナが立っていた。彼女はセシルの姿を見て目を瞠る。

「レーナさん、お久しぶりです!」
「まあ、セシルさん。お久しぶりです。今日はケントさんはいらっしゃらないんですか?」

 レーナはいつも淡々としていて無表情な印象があった。だけど今日はセシルを見つけて嬉しそうな顔をして対応してくれた。だがセシルはレーナの問いにどう答えようかと言葉を詰まらせる。

「……実はケントとは王都で別れたんです」
「そうだったのですか……」

 レーナはセシルの表情を見てそれ以上は何も聞かなかった。すると横からクロードがレーナに尋ねる。

「クロードといいます。ケヴィン……ギルドマスターは居るかな?」
「クロードさんですね。居ります。呼んでまいりますので少々お待ちください」

 レーナはそう言って一度その場を離れた。しばらくすると通路の奥からレーナと一緒にギルドマスターのケヴィンが出てきた。そして彼は出てくるなりクロードの姿を見て驚く。

「クロードさん! 無事だったんですね!」

 ケヴィンは190センチほどもあるその大きな体躯でずいっと素早く近寄ってきた。そしてクロードの手を両手でガシッと掴みブンブンと振る。

「また会えるなんて! 今日はなんて嬉しい日なんだ!」
「ケヴィン、痛いぞ……」

 ケヴィンはクロードの手を片手で握ったままレーナに向き直り興奮したように話す。

「レーナ、こちらはクロードさんだ。王国の先々代の勇者だ!」
「「「ええっ!!」」」

 あわわ、ケヴィンの声が大きいからレーナだけじゃなくて周囲の冒険者まで驚きの声をあげている。もう公表レベルだ。
 周囲の冒険者がケヴィンの言葉を聞いて感嘆の声をあげる。憧れるようにうっとりと見る冒険者がいる。そして自分は興味ないといった振りをしながらちらちらと見る冒険者もいる。
 そんな冒険者たちを余所目に、セシルとクロードを交互に見てケヴィンが尋ねてきた。

「それで、セシルさんはクロードさんとどういう関係なんですか?」

 ケヴィンの質問と同時にその場に居た全員の視線がセシルに集まる。するとクロードが何の躊躇いもなくあっさりと白状した。

「私の孫だ」
「「「「はぁーーー!?」」」」

 セシルは赤くなって縮こまるしかなかった。それを聞いたレーナがまるで腑に落ちたと言わんばかりに口を開く。

「どおりで……セシルさんがやたら強かったり、Bランクの魔物をけろっとした顔でここへ持ち込んだりした理由が分かりましたわ」
「Bランクだと!? なるほど……納得だな」

 ケヴィンもレーナに同意して頷き合っている。恥ずかしい。いくらもう隠す必要がないからってこんなに大勢いる場所で公表しなくたって……。
 そんなセシルをよそにクロードはさらに止めを刺した。

「それだけじゃない。私の妻は聖女だ。だから聖女の孫でもある」

 それを聞いたその場の全員が口をあんぐり開けて言葉を失った。クロードを横目でちらりと見るととっても得意げな顔をしている。孫自慢が過ぎる。もう穴があったら入りたい……。

「勇者と聖女の孫……ハイブリッドのスーパーエリートですな」

 なんだかケヴィンが訳の分からない感想を呟いていた。それを聞いたレーナも何度も頷いていた。

 そのあとギルドマスターの部屋に通されて、しばらくクロードとケヴィンが昔話に花を咲かせていた。その話を横で聞いていたが、2人の話は結構面白かった。そうして1時間ほど話したあとクロードはケヴィンに別れを告げる。

「それじゃ、セシルが世話になることがあったらよろしく頼むぞ」
「任せてください。お孫さんは私が責任をもって見守ります!」

 そう言って再びガシッと握手を交わした。なんだか大ごとになって申し訳ない。

 そのあとレーナにも挨拶をして冒険者ギルドをあとにした。それからすぐにザイルの町を出た。




 馬を走らせながら魔の森へ向かう途中でセシルはクロードにぼやく。なにもあんな公衆の面前で暴露しなくてもよかったのに。

「わたし、もう恥ずかしくてザイルの冒険者ギルドへは行けないよ……」
「何を言う。俺はお前が他の冒険者に絡まれないようにするためにだな……」

 それもう手遅れです。すでにてんぷら経験しました……。
 でもそんなことを言ったらクロードはその冒険者を探し出して平然と復讐しそうな気がする。怖いので言わないでおこう。

 やがて馬に跨ったまま森へ入り、道なき道を走らせた。狭い場所では馬から降りて歩き、日が傾いたら野営をした。そして2日ほどで森の奥まで辿り着いた。セシルが育ったその隠れ家への結界を越えて、ようやく我が家へ帰り着くことができた。

 セシルはその懐かしい風景の中にミーナの姿を探す。
 すると彼女が家の中からから出てきた。多分セシルたちの気配が分かったのだろう。そしてセシルとクロードの姿を見て泣きそうな顔で笑った。

「おかえり、セシル、クロード……」
「ただいま、おばあちゃん!」
「ただいま、ミーナ。長い間、すまなかったな……」
「クロード……よく無事で!」

 クロードも泣きそうな顔で笑みを浮かべてミーナを見つめていた。
 彼女は最初にセシルを抱き締めて涙を流した。そしてそのあとまるで10年という長い年月を埋めるようにクロードと2人抱き合っていた。
 セシルは彼の馬とマリーを連れて少しだけその場を離れ、2人だけにしてあげた。




 その日の夕食時、初めて3人で食べる食事は格別に美味しかった。小さな家の中のテーブルを囲んでこれまでのことを話す。
 旅のこと、ケントのこと、王都でのこと。そしてエメリヒと会って話したことをミーナに克明に伝えた。
 すると彼女はそれを黙って聞いたあと、ゆっくりと話し始めた。

「セシル、私のせいで怖い思いをさせてすまなかったね。昔エメリヒは私に対しては優しかったんだよ。幼い頃から面倒を見てくれた。当時8才だった私を神殿へ連れてきたのは彼じゃなかったから、可哀想に思ってくれてたんだと思うよ」

 何かを思い出しながら悲しそうに話すミーナの目は少し潤んでいた。彼女とエメリヒだけの思い出でもあるのだろう。
 ミーナが連れてこられた時にエメリヒは20才になったばかりだったと言っていた。そして神殿ではまだ力がなかったとも。その言葉から察するに、彼女が聖女になったのは彼の意志ではなかったようだ。
 だからといってエメリヒのしたことは許せないけど。

「セシルはもっと我儘になっていい。俺が帰ってきたからには10年分、いや目一杯甘えていいぞ」

 クロードが眉尻を下げてにっこり笑ってセシルに話す。彼の最初の印象が徐々に崩壊してきている気がする。

「まったく今からこんなに爺馬鹿じゃ先が思いやられるよ」

 ミーナが大きな溜息を吐き肩を竦める。セシルは思わずうんうんと頷く。

「おい、いいだろう? 今までできなかったんだから気が済むまで孫孝行させてくれ」
「駄目とは言ってないさ。セシル、明日は私と一緒に狩りにいこうか?」
「待て待て! そこは10年分の親睦を深めるために俺と釣りにだな……」

 なんだかへんてこな争いが始まった。セシルはそんな2人を見て嬉しかった。ミーナもクロードも幸せそうだ。こんな光景が見られる日が来るなんて――それがセシルにとっては一番嬉しいことだった。

「おじいちゃん、おばあちゃん。朝早くおじいちゃんと釣りに行って、その後おばあちゃんと一緒に森で狩りをしよう」

 セシルは幸せのあまり、自然と飛び切りの笑顔を2人に向けていた。

(お父さん、お母さん、天国で見てる? 2人はわたしを甘やかそうって必死だけど、わたしが2人の何倍も祖父母孝行してあげるから。そして幸せにしてみせるからどうか見守っててね)

 今は亡き両親にこれからの自分たち家族の幸せを誓う。今この光景を見ていたらきっと喜んでくれるに違いない。

 そして、きっとケントもセシルたちの様子を見たら喜んでくれたに違いない。もう一度彼と会って話したい……。

 セシルは顔も思い出せない両親と、日本へ帰ってしまったケントを想う。そして幸せを噛みしめながら目の前の2人の掛け合いをずっと眺めていた。



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