7歳の侯爵夫人

凛江

文字の大きさ
100 / 100
エピローグ

エピローグ

しおりを挟む
コンスタンスの傷が癒え、ヒース侯爵邸に戻る日になった。

馬車で迎えに来たオレリアンは、だが、王都の邸には寄らず、そのままコンスタンスを連れてヒース領を目指した。

冬季休暇に合わせ、妻との二度目の蜜月を領地で過ごすために。

言うまでもなく一度目の蜜月での妻は7歳であったが、今度こそ、文字通り『本当の夫婦』になるため励むつもりだ。

二度と『白い結婚』を理由に離縁を迫られたりしないように。



王都の街を抜ける時、コンスタンスが刺繍に使う糸を買って行きたいと言いだしたため、2人は馬車を降りた。

ヒース領ではよくデートをしたが、王都の街をこうして2人で歩くのは初めてである。

オレリアンはコンスタンスの手を握り、2人仲良く街を歩いた。

彼の手は妻の手作りの手袋で覆われ、また妻の手は、最近夫が贈った可愛らしい手袋で覆われている。

妻の手首には痛々しい傷跡が残っているため、オレリアンは手首の部分が少し長めの手袋を贈ったのだ。


糸を買ったついでに喉を潤して行こうと、オレリアンは妻を隣にある小さなカフェに誘った。

2人は向かい合って座り、飲み物やケーキを注文する。

「あら、美味しい」

「どれ…、ああ本当だ。美味いね。
ほらコニー、こっちもどうぞ」

2人は仲の良い恋人同士のように、お互いのケーキをつつき合って食べた。


オレリアンは昨日まで、ルーデル公爵家で療養中だった妻を毎日訪ねていた。

仕事の帰りなら一緒にお茶を飲み、非番の日なら庭に出てピクニックをしたりフィルと遊んだり。

記憶が戻って想いを通じ合わせてもまだどこかしらぎこちなかった2人の仲は、それによってどんどん近づいていった。

コンスタンスはコロコロとよく笑うようになった。

『貼り付けたような笑顔』だと思っていたことは、もう遠い昔の話だ。

そんな妻の『心からの笑顔』を生涯かけて守りたいと、オレリアンは心に誓う。



カフェの窓から外を眺めていたコンスタンスが、突然小さく笑った。

「ん?どうした?」

オレリアンもつられて外を見る。

「そういえば私ね、昔、ここで立ち往生している馬車を助けている男性を見かけたの」

「ふうん?」

「雨で濡れるのも厭わず手を貸して…、すごく好青年だったわ。
しかも、馬車に乗っていたのはとても綺麗な女性だったの。
彼女は青年にお礼を言って…、彼はすごく照れていて…、2人、見つめ合っていたわ」

「へぇ…、って、え?」

オレリアンは眉間に皺を寄せてコンスタンスの顔を見た。

彼女は夫に向かってニッコリ微笑んでいる。

「あの時私ね、2人が恋に落ちる音を聞いた気がしたの」

「それは…、多分気のせいだな」

オレリアンは明後日の方を向いた。


「俺だって…、舞踏会ではいつも仲睦まじい様子の王太子と婚約者を見てたけど?」

オレリアンがつまらなそうに言い返すのを、コンスタンスは笑顔で聞いている。


オレリアンにとっても、コンスタンスにとっても、たしかにあれは恋だった。

でも、あの恋が実らなかったからこそ、今の幸せがあるのだと思える。


「まぁでも…、厳密に言えば私の初恋はオレールかもしれないわ。
だってたしかに私は、7歳の時貴方に恋をしたのだもの」

そう言ってコンスタンスはコテンと小首を傾げた。

「そんな可愛い顔したって…、騙されないよ」

「ふふっ、可愛いの?」

2人の時間に慣れてきたコンスタンスは容赦なく可愛い言葉や仕草を繰り返すため、オレリアンはいつも押され気味だ。

だが、それも彼にとっては楽しい。

だからってやられっぱなしでいるつもりはないが。

オレリアンが
「まぁ俺だって…、ファーストキスはコニーだしね」
などと言ったから、コンスタンスは目を丸くした。

「え?だって、貴方には恋人が…」

「たしかに結婚を前提に付き合ってはいたけど、相手だって貴族の令嬢なんだ。
婚約前に手を出したりしないよ」

やはり彼は頭の天辺から足の爪先まで生真面目な騎士様だ。

オレールらしいと、コンスタンスは目を細めて夫を見上げた。

頬を染め、
「…嬉しい」
と呟く様はあまりにも可愛らしく、カフェの中じゃなければ抱きしめてしまっただろう。

「でもまぁまさか…、奪う方じゃなく奪われる方だとは思わなかったけどね」

オレリアンが悪戯っぽい目で笑う。

そういえば『7歳のコンスタンス』は、自分から彼にキスしたんだった。

なんともな7歳だった。

まぁ、見た目は大人だったけれど。


「私だって、オレールが初めてだったわ」

コンスタンスが呟く。

王太子とは10年間も婚約者同士だったが、ダンスやエスコートの折に腰に手を回す以上の触れ合いはほとんどなかった。

王太子も婚約者とはいえ、婚姻前の公爵令嬢に手を出すようなことはなかったのである。


「じゃあ、これから2人でたくさんの初めてを経験していこう」

オレリアンが差し出す手に自分の手を乗せ、コンスタンスが笑顔で頷く。

「とりあえず…、馬車に戻ったら2回目のキスをしてもいいかな?奥様」

「ええ、よくってよ、旦那様」

戯けるように答えたが、コンスタンスの顔は真っ赤だ。

「じゃあ、その予行練習」

そう言うとオレリアンはコンスタンスの左手を持ち上げ、その手首に口づけを落とした。

この生涯消えないであろう傷跡は、彼女が王太子よりオレリアンを選んでくれた証であり、宝物であるから。



ヒース領に戻った2人は、領内の小さな教会で結婚式を挙げた。

今回は誰にお膳立てされたわけじゃなく、2人の意思で式を挙げたかったから。

王都からはルーデル公爵夫妻とエリアス、そしてオレリアンの親兄弟が駆けつけ、使用人や領民も見守る中、2人は永遠の愛を誓った。

花嫁は祝福する人々に満面の笑顔で手を振り、花婿はそんな花嫁を愛おしそうに見つめる。

幸せそうな2人に、見学者は皆当てられっぱなしであったと言う。



その後ー。

時々、領内の泉や野原で、裸足で駆け回る侯爵夫妻が見られた。

そんな時、奥様はいつもお下げ髪にブルーのリボンをつけていて、侯爵はそんな奥様を軽々と抱き上げてはしゃいでいる。


数年後、侯爵は近衛騎士の職を辞して領地経営に専念することにした。

もちろんその傍らにはいつも奥様が寄り添い、仲睦まじい姿が見られた。

そんな侯爵夫妻の微笑ましい姿は、2人の間に子供たちが生まれても全く変わらなかったと言う。

善政を敷き、気さくな領主夫妻は末永く領民に慕われた。



やがて、ヒース領内ではまことしやかに一つの伝説が生まれた。


恋人から贈られた青いリボンをつけた女の子は、必ず幸せになると。

因みにリボンをつける時は、お下げ髪だとなお良いらしい。


                                                             fin.



*これにて完結です。
ここまでお付き合いいただいて
ありがとうございました。

しおりを挟む
感想 62

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(62件)

なお
2025.06.02 なお

とっても素敵なお話でした。このお話に出会えて良かったです。

2025.06.02 凛江

なお様
嬉しい感想ありがとうございます♪
とっても励みになります♡

解除
hiyo
2025.05.30 hiyo

優しくてホロリとするお話でした。
丁寧に描かれる物語がとても心に響きました。

素敵な素敵な物語を有難うございました。

2025.05.30 凛江

hiyo 様、あたたかいお言葉ありがとうございます。
素敵な物語と言っていただいて本当に嬉しいです♡

解除
turarin
2024.10.08 turarin

ひどいオット過ぎて、絶対許さん!と思ったのに、記憶が全て戻った時のベッドでの会話は、つい、ほろっと涙腺が緩みました。
たいてい、絶対、許せない私の気持を動かす作者様、大したものです!すっかりやられました。おまけにイケメンだし!
そして、やらかした人達も、みな心根はいいんだなあっていうのもほっこりです。
あ、でも、あの義母と元恋人はちょっと、でしたねwww。

夜ふかししてしまいました。
あ〜なんか充実したひとときでした。
おやすみなさい!


2024.10.09 凛江

turarin 様、嬉しい感想をありがとうございます😊
この話はファンタジー2作目で、私にとっても思い入れがある作品です。最近新作なども書いてなかったのですが、いただいた素敵な感想をきっかけに、久しぶりに読み返し、初心にかえってみようかな、と思います❣️
ありがとうございました♪

解除

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

夫に相手にされない侯爵夫人ですが、記憶を失ったので人生やり直します。

MIRICO
恋愛
第二章【記憶を失った侯爵夫人ですが、夫と人生やり直します。】完結です。 記憶を失った私は侯爵夫人だった。しかし、旦那様とは不仲でほとんど話すこともなく、パーティに連れて行かれたのは結婚して数回ほど。それを聞いても何も思い出せないので、とりあえず記憶を失ったことは旦那様に内緒にしておいた。 旦那様は美形で凛とした顔の見目の良い方。けれどお城に泊まってばかりで、お屋敷にいてもほとんど顔を合わせない。いいんですよ、その間私は自由にできますから。 屋敷の生活は楽しく旦那様がいなくても何の問題もなかったけれど、ある日突然パーティに同伴することに。 旦那様が「わたし」をどう思っているのか、記憶を失った私にはどうでもいい。けれど、旦那様のお相手たちがやけに私に噛み付いてくる。 記憶がないのだから、私は旦那様のことはどうでもいいのよ? それなのに、旦那様までもが私にかまってくる。旦那様は一体何がしたいのかしら…? 小説家になろう様に掲載済みです。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

〖完結〗王女殿下の最愛の人は、私の婚約者のようです。

藍川みいな
恋愛
エリック様とは、五年間婚約をしていた。 学園に入学してから、彼は他の女性に付きっきりで、一緒に過ごす時間が全くなかった。その女性の名は、オリビア様。この国の、王女殿下だ。 入学式の日、目眩を起こして倒れそうになったオリビア様を、エリック様が支えたことが始まりだった。 その日からずっと、エリック様は病弱なオリビア様の側を離れない。まるで恋人同士のような二人を見ながら、学園生活を送っていた。 ある日、オリビア様が私にいじめられていると言い出した。エリック様はそんな話を信じないと、思っていたのだけれど、彼が信じたのはオリビア様だった。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

記憶が戻ったのは婚約が解消された後でした。

しゃーりん
恋愛
王太子殿下と婚約している公爵令嬢ダイアナは目を覚ますと自分がどこにいるのかわからなかった。 眠る前と部屋の雰囲気が違ったからだ。 侍女とも話が噛み合わず、どうやら丸一年間の記憶がダイアナにはなかった。 ダイアナが記憶にないその一年の間に、王太子殿下との婚約は解消されており、別の男性と先日婚約したばかりだった。 彼が好きになったのは記憶のないダイアナであるため、ダイアナは婚約を解消しようとするお話です。

騎士の妻ではいられない

Rj
恋愛
騎士の娘として育ったリンダは騎士とは結婚しないと決めていた。しかし幼馴染みで騎士のイーサンと結婚したリンダ。結婚した日に新郎は非常召集され、新婦のリンダは結婚を祝う宴に一人残された。二年目の結婚記念日に戻らない夫を待つリンダはもう騎士の妻ではいられないと心を決める。 全23話。 2024/1/29 全体的な加筆修正をしました。話の内容に変わりはありません。 イーサンが主人公の続編『騎士の妻でいてほしい 』(https://www.alphapolis.co.jp/novel/96163257/36727666)があります。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。