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逆さま
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森の中を散歩したい。そう告げると、ヴェルは少し離れたところをついてきた。
歩きながら、ヴェルの言葉の意味を考えていた。
ヴェルのことは、たぶん、一目見た瞬間からもう好きだった。
本来なら、俺は見知らぬ精霊を恐れるべきだったのかも。
孵りたてのひなのように、刷り込みされてしまったことを、ヴェルは気にしている。
俺の選択肢を奪ったんじゃないかって。
刷り込みというなら、イシャズのときだって同じだ。家族を失って、居場所をなくした俺を助けてくれた人だから。
でも、無条件に好きになったわけじゃない。
文字の読めない俺に本を読んでくれたことも、つまみ食いして一緒に𠮟られたことも、川釣りも――ぜんぶが大切な時間だった。
イシャズには、俺のことなんて忘れて幸せになってほしいけど、きっと無理だろうな。
彼は優しいから。
比べてしまった負い目から、俺はチラッとヴェルのことを盗み見た。
でも、おかげで彼が何を言いたいのかわかった気がする。
時間をかけて、互いをよく知ってから好きになりたかったってことなのかな。
「人間みたいなこと、言うんだな……」
ちょっと意外で、胸がキュッとなった。
だけど一方で、人間であるはずの俺は、刷り込みじゃダメなのかと内心で首を傾げている。
俺たち、逆さまなんじゃないのか?
森の中をしばらく歩くと、どこからか小鳥が飛んできた。ツピツピ鳴く声に聞き覚えがある。
「ひょっとして、この間遊びに来てくれた子?」
手を差し伸べて指に止まらせると、彼は「ツピピ」と返事をしてくれた。
すると、遠くから見守っていたはずのヴェルがずんずん近づいてきて、小鳥に凄んだ。
「近い」
小鳥が逃げなかったことからして、本気じゃない。
だから俺も安心して笑った。
「ほら、ひとつわかったよ」
「うん?」
「ヴェルが、俺のこと独占したいって思ってくれてること」
ニヤッと笑いかけると、ヴェルは恥ずかしそうに目をそらした。
うん、少年ヴェルも可愛いな。
「私が……狭量のようではないか」
「違うの?」
ほら、小鳥も賛成するように「ツピ!」って鳴いている。
俺は小鳥を乗せた指をそっと自分に近づけた。
「じゃあ――ちゅーする?」
ふざけてみせると、ぐいっと引っ張られた。
小鳥の羽ばたく音が聞こえた。
短いキスのあと、ヴェルはぎゅっと俺を抱きしめて、幾分気まずそうに言った。
「……認める」
「……う」
「うん?」
「うわああああ!!」
俺は慌てて彼を押しのけた。
「どうした、ルアーカ!」
「なんか、すごい罪悪感が!」
「なぜ?」
「だって、ヴェル、今――見た目が子供だからっ!」
ヴェルはすっと真顔になった。
「早急に解決するべきだな」
ヴェルは俺を鷲掴みにして飛び立った。
普段のヴェルより一回り小さいせいか、若干飛び方がゆっくりしている。
どこへ行く気か尋ねたいが、答えてくれないともう知っている。
森を超え、川を越え、どこかの村の上空を通過して、ヴェルが降り立ったのは煙の上がる火山だった。
でもただの火山じゃない。たっぷりとした魔力を感じる。
火口のふちに俺を下ろして、彼は人の姿になった。
灰色のどろどろがぐつぐつ沸き立って、今にも焼けた石が飛び出してきそうだ。
「まさか飛び込む気……」
嘘だと言ってほしい。けれどヴェルの横顔には笑みが浮かんでいて、川に飛び込む子供のようにはしゃいでいるようにさえ見えた。
「でも、ヴェル!」
「私を誰だと思っている。危険などない。すぐに戻るから、いい子で待っていろ」
彼はふわりと笑って、飛び降り、次の瞬間巨鳥に姿を変えた。
マグマはヴェルを飲み込んで、一瞬鮮やかなオレンジに燃え上がり、扉を閉ざすようにまた灰色に変わった。
俺はハラハラしながら火口をのぞき込んだ。
落ち着かなくて火口のふちを行ったり来たりした。
このまま戻ってこなかったらどうしよう……。
不安が押し寄せた。
俺にとってのヴェルは、暖かな暖炉のようであり、ふかふかの毛布のようでもある。
イシャズや村の人がどれだけ親切にしてくれても、一人になると寒くてたまらなかった。
でも、彼といると、もう寒くない。
危険はないと言っていたけれど、心配でたまらない。
「ヴェル……、早く帰ってきて」
呟いたとき、火口が盛り上がり、ヴェルが飛び出してきた。
明るいオレンジ色に輝く不死鳥は、なんだか神々しかった。
涙なんて出てこない。ただただ笑顔だけがこぼれた。
彼は人の姿になって、俺の隣に降り立った。
出会ったころと同じ、青年の姿のヴェルがそこにいた。
「おかえり、ヴェル」
「ああ、ルアーカ。ただいま」
「ヴェル! 俺、やっぱりヴェルが好きだよ!」
勢い込んで告げると、ヴェルが目をパチパチさせた。
「魔力のせいとかそんなの知らない、関係ない! やり直すことなんて、どうせできないんだ」
目が綺麗とか、羽の中があったかいとか。俺を呼ぶ声が優しくて好き、とか。そんなんで別にいいだろ。難しいこと考えなくてもさ。
「好きになった理由なんていらない! 今更俺からヴェルを取り上げないでよ!」
彼は苦笑して――。その割に、熱く長く口づけた。
ああ、腰が砕けそうだ。
と、足を後ろに引いたとき足元が小石一つ分崩れた。
ヴェルが支えてくれたけど、火口に向けて落ちていく石を呆然と見送って、どれほど危険な場所に立っていたのか思い出す。
「帰ろうか」
「そうだな」
ヴェルは俺を鷲掴みにすると、すごい速さで飛んだ。
目も口も開けられないほどだったけど、俺も心の中で「行っけー!」とヴェルを急かした。
大慌てで巣に帰り、入り口のすぐ近くで、どちらからともなく口づけた。
「ルアーカ」
熱っぽいまなざしで俺をのぞき込むヴェルの背後で、小精霊たちがわくわくした様子で俺たちを見物していた。
「あ!」
ヴェルは俺の視線に気づいてふっと笑う。
「私は別に構わないが、私のひなが恥ずかしがるからな。二人きりにしてくれ」
そうして俺を抱きかかえ、寝床へといざなった。
歩きながら、ヴェルの言葉の意味を考えていた。
ヴェルのことは、たぶん、一目見た瞬間からもう好きだった。
本来なら、俺は見知らぬ精霊を恐れるべきだったのかも。
孵りたてのひなのように、刷り込みされてしまったことを、ヴェルは気にしている。
俺の選択肢を奪ったんじゃないかって。
刷り込みというなら、イシャズのときだって同じだ。家族を失って、居場所をなくした俺を助けてくれた人だから。
でも、無条件に好きになったわけじゃない。
文字の読めない俺に本を読んでくれたことも、つまみ食いして一緒に𠮟られたことも、川釣りも――ぜんぶが大切な時間だった。
イシャズには、俺のことなんて忘れて幸せになってほしいけど、きっと無理だろうな。
彼は優しいから。
比べてしまった負い目から、俺はチラッとヴェルのことを盗み見た。
でも、おかげで彼が何を言いたいのかわかった気がする。
時間をかけて、互いをよく知ってから好きになりたかったってことなのかな。
「人間みたいなこと、言うんだな……」
ちょっと意外で、胸がキュッとなった。
だけど一方で、人間であるはずの俺は、刷り込みじゃダメなのかと内心で首を傾げている。
俺たち、逆さまなんじゃないのか?
森の中をしばらく歩くと、どこからか小鳥が飛んできた。ツピツピ鳴く声に聞き覚えがある。
「ひょっとして、この間遊びに来てくれた子?」
手を差し伸べて指に止まらせると、彼は「ツピピ」と返事をしてくれた。
すると、遠くから見守っていたはずのヴェルがずんずん近づいてきて、小鳥に凄んだ。
「近い」
小鳥が逃げなかったことからして、本気じゃない。
だから俺も安心して笑った。
「ほら、ひとつわかったよ」
「うん?」
「ヴェルが、俺のこと独占したいって思ってくれてること」
ニヤッと笑いかけると、ヴェルは恥ずかしそうに目をそらした。
うん、少年ヴェルも可愛いな。
「私が……狭量のようではないか」
「違うの?」
ほら、小鳥も賛成するように「ツピ!」って鳴いている。
俺は小鳥を乗せた指をそっと自分に近づけた。
「じゃあ――ちゅーする?」
ふざけてみせると、ぐいっと引っ張られた。
小鳥の羽ばたく音が聞こえた。
短いキスのあと、ヴェルはぎゅっと俺を抱きしめて、幾分気まずそうに言った。
「……認める」
「……う」
「うん?」
「うわああああ!!」
俺は慌てて彼を押しのけた。
「どうした、ルアーカ!」
「なんか、すごい罪悪感が!」
「なぜ?」
「だって、ヴェル、今――見た目が子供だからっ!」
ヴェルはすっと真顔になった。
「早急に解決するべきだな」
ヴェルは俺を鷲掴みにして飛び立った。
普段のヴェルより一回り小さいせいか、若干飛び方がゆっくりしている。
どこへ行く気か尋ねたいが、答えてくれないともう知っている。
森を超え、川を越え、どこかの村の上空を通過して、ヴェルが降り立ったのは煙の上がる火山だった。
でもただの火山じゃない。たっぷりとした魔力を感じる。
火口のふちに俺を下ろして、彼は人の姿になった。
灰色のどろどろがぐつぐつ沸き立って、今にも焼けた石が飛び出してきそうだ。
「まさか飛び込む気……」
嘘だと言ってほしい。けれどヴェルの横顔には笑みが浮かんでいて、川に飛び込む子供のようにはしゃいでいるようにさえ見えた。
「でも、ヴェル!」
「私を誰だと思っている。危険などない。すぐに戻るから、いい子で待っていろ」
彼はふわりと笑って、飛び降り、次の瞬間巨鳥に姿を変えた。
マグマはヴェルを飲み込んで、一瞬鮮やかなオレンジに燃え上がり、扉を閉ざすようにまた灰色に変わった。
俺はハラハラしながら火口をのぞき込んだ。
落ち着かなくて火口のふちを行ったり来たりした。
このまま戻ってこなかったらどうしよう……。
不安が押し寄せた。
俺にとってのヴェルは、暖かな暖炉のようであり、ふかふかの毛布のようでもある。
イシャズや村の人がどれだけ親切にしてくれても、一人になると寒くてたまらなかった。
でも、彼といると、もう寒くない。
危険はないと言っていたけれど、心配でたまらない。
「ヴェル……、早く帰ってきて」
呟いたとき、火口が盛り上がり、ヴェルが飛び出してきた。
明るいオレンジ色に輝く不死鳥は、なんだか神々しかった。
涙なんて出てこない。ただただ笑顔だけがこぼれた。
彼は人の姿になって、俺の隣に降り立った。
出会ったころと同じ、青年の姿のヴェルがそこにいた。
「おかえり、ヴェル」
「ああ、ルアーカ。ただいま」
「ヴェル! 俺、やっぱりヴェルが好きだよ!」
勢い込んで告げると、ヴェルが目をパチパチさせた。
「魔力のせいとかそんなの知らない、関係ない! やり直すことなんて、どうせできないんだ」
目が綺麗とか、羽の中があったかいとか。俺を呼ぶ声が優しくて好き、とか。そんなんで別にいいだろ。難しいこと考えなくてもさ。
「好きになった理由なんていらない! 今更俺からヴェルを取り上げないでよ!」
彼は苦笑して――。その割に、熱く長く口づけた。
ああ、腰が砕けそうだ。
と、足を後ろに引いたとき足元が小石一つ分崩れた。
ヴェルが支えてくれたけど、火口に向けて落ちていく石を呆然と見送って、どれほど危険な場所に立っていたのか思い出す。
「帰ろうか」
「そうだな」
ヴェルは俺を鷲掴みにすると、すごい速さで飛んだ。
目も口も開けられないほどだったけど、俺も心の中で「行っけー!」とヴェルを急かした。
大慌てで巣に帰り、入り口のすぐ近くで、どちらからともなく口づけた。
「ルアーカ」
熱っぽいまなざしで俺をのぞき込むヴェルの背後で、小精霊たちがわくわくした様子で俺たちを見物していた。
「あ!」
ヴェルは俺の視線に気づいてふっと笑う。
「私は別に構わないが、私のひなが恥ずかしがるからな。二人きりにしてくれ」
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