『悪役令嬢に仕立て上げられたけど、猫カフェを開いたら辺境伯が通ってきます』

夢窓(ゆめまど)

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猫と子供と、小さなお客さま

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カフェの玄関先で、なにやら小さな気配がした。

扉を開けると、そこには、
麦わら帽子をかぶった子どもたちが3人、そわそわと立っていた。

「……あの、ここの、白い猫さん……いますか?」

ノアくんが、少し恥ずかしそうに言う。

その後ろで、三毛猫のミミィが、ちゃっかり彼の肩に乗っていた。



「シャルルに、会いに来てくれたの?」

私が問いかけると、みんな一斉にうなずく。

「昨日、パン屋のとこで見かけて……可愛くて……!」

「この子たち、みんな、シャルルに懐いてるの」

イネちゃんが指差す先には、
黒猫のテオ、三毛のミミィ、茶トラのラグルが、カフェの窓辺にちゃっかり並んでいた。



私は、小さく笑ってドアを開けた。

「……よかったら、どうぞ。猫たちは、今日もご機嫌よ」

「いいんですか!?」

「でも、大声と追いかけっこは禁止です。静かにね」



シャルルは、子供たちに囲まれながらも、どこか誇らしげにしていた。
そして、新しい猫たちも、それぞれの居場所を見つけるように、椅子やクッションの上で丸くなる。

ああ、ここはもう、
“私の部屋”じゃなくて、“誰かが帰ってくる場所”になり始めているのかもしれない。

子どもたちが帰ったあと、私はシャルルを膝に乗せながら、ふと思った。

この部屋に、たくさんの猫と、子どもたちの笑い声があふれていたこと。
それが、とても不思議で、嬉しくて――少しだけ、くすぐったかった。



そこへ、いつものように、シナモンロール持って、静かにバルツアー様がやってくる。

彼はいつも通り、黙って椅子に座り、
いつも通り、シャルルが膝に乗ってくるのを待つ。

紅茶を出すと、ふっと、彼が呟いた。

「……ここは、やはり落ち着きますね。
 猫たちが、いい雰囲気を作っているのでしょう」



私は少し考えてから、ぽつりと告げる。

「……子どもたちが、“猫カフェ”って呼んでたんです。
 “シャルル”って、名前にすればいいのにって――」

「いい名前です」

即答だった。

驚いて彼を見ると、バルツアー様は、珍しく、柔らかく笑っていた。

「猫の名前でもあり、ここの顔でもあり――
 そして、あなたが“守ったもの”の象徴ですから」



私は静かに頷いた。

「……じゃあ、決まりですね。
 猫カフェ シャルル、営業は不定期、飲み物はその日の気分で」

「私は、常連として通わせていただきます」

「家賃の代わり、ですね?」

「……いえ。理由は、もう少し、個人的です」



その言葉に、私は何も言わず、ただお茶を差し出した。

シャルルが、またふわりと喉を鳴らす。

この店の“看板猫”として――
今日も、しっかりと、役目を果たしている。




「ソフィアぁああああ!!」

また来た。

玄関を開けると、そこには――
再び、土まみれでスライディング土下座をキメる王子・ハロルドの姿があった。

「もう一度! 本当にもう一度だけ! 聞いてほしい!」

「……シャルル、もう一匹拾ってきたと思っていい?」

猫はぷいとそっぽを向いた。



その時だった。

馬車がもう一台、静かに止まった。

降りてきたのは――見覚えのある、けれど少し精悍さを増した横顔。

「お父様……?」

「ソフィア」

グレイウッド公爵、私の父。

その横には、バルツアー様とよく似た落ち着いた雰囲気と
威厳のある静かな怒りがあった。



「……セレナは、追い出した」

「!」

「もとは逃げた前妻の娘だ。かわいそうだと思って、置いていたが――
 お前を追い出したと聞いてな、許せなくなった」

「……」

「家の宝飾品を持ち出そうとした。……とんでもない娘だったよ」

シャルルが、にゃあと一声、低く鳴く。
あれはきっと、“ざまぁ”の意味。



「ソフィア」

父の声は震えていた。

「……帰ってきてくれ。
 私が、間違っていた。
 娘を、何一つ守ってやれなかった。
 父として……本当に、悪かった」



私はしばらく、口を閉じていた。

それから、隣に立つバルツアー様を見上げ、
そっと微笑んでから、父に向き直った。

「――ありがとう、お父様。
 でも、私はここで……自分の足で、生きていけます」



父は何も言わなかった。

ただ頷いて、「あの猫、可愛いな」とぽつりと言った。

「……連れて帰っては、だめか?」

「だめです」

シャルルがまた“にゃー!”と叫んだ。



王太子は、なぜかまた土下座のままで凍っていた。
まだ「間に合うはず……」と呟いていた。

まだ間に合うね。
だったらいいけどね。



『落とし前は、王家で』


土埃を上げるほどの勢いで、
一人の男が門の石畳に頭を擦りつけていた。

ハロルド王子――かつての“王太子”。
だが今は、王家からも見放された存在。

 

「申し訳ありませんでした……!
すべて私の不徳と誤りでした……!
ソフィア様に……そして貴家に、取り返しのつかぬ無礼を……!」

声が震え、額はすでに赤く擦りむけていた。

ゆっくりと重たい足音が近づく。

グレイウッド公爵、その人だった。

 

ハロルドが顔を上げる。
希望を求めるような目で。

しかし、公爵は一瞥すら与えず、
吐き捨てるように言った。

 

「……まだいたのか」

 

その声に、空気が凍る。

ハロルドの口が震える。

「せめて……お詫びだけでも……!」

 

公爵は冷たく、そして静かに告げた。

「落とし前は、王家でつけてもらう。
うちの娘を、誰よりも守るべきだった“王子”が、
一族の誇りを踏みにじったその責は……我々が受け取る筋ではない」

 

ハロルドの顔から、血の気が引いた。

「そ……そんな……」

 

公爵は一歩、彼の脇を通り過ぎ、背を向ける。

「――あとは、王家の問題だ。
私には、おまえと話す理由も、時間もない」

 

言葉が、絶たれた。



門が閉まり、
重い音が、まるで判決のように響いた。

王子は、地面に突っ伏したまま、動けなかった。

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