『悪役令嬢に仕立て上げられたけど、猫カフェを開いたら辺境伯が通ってきます』

夢窓(ゆめまど)

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震える王子

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王宮の奥。
王子ハロルドは、報告を受けた直後だった。

「……グレイウッド家のご子息たちが、王都に向かっているそうです」

報告に来た侍従が、声を震わせる。
ハロルドは、無理に笑おうとして失敗した。

「で、でも。あれは、ただの追放だったし。正式な処罰じゃ――」

「……王子、お忘れですか?」

その場にいた王妃が、低い声で口を開いた。

「ロイドとアランは、“戦場にいた”のよ。
命を張って、この国を守っていた。
その最中に、彼らの妹――ソフィアを、黙って辺境に追放したの」

「……」

「しかも罪もなく。家の名誉を貶めた上に。
あれを『ただの処分』と言える人間は、いないわ」

 

ハロルドの喉がごくりと鳴った。
膝に力が入らない。

「で、でも……王族としての正当な判断で……!」

 

王妃は小さく息を吐いた。
それは、怒りよりも深い、あきらめに近い。

「言っておくけど、私はもうあなたを庇えない。
誰も、手助けなんてしないわよ。怖くて」

「え……?」

 

「“戦場にいる者の家族”を、黙って追放するなんて――
それがどれだけ恐ろしい行為か、あなただけがわかっていないの」

「っ……」

 

「ロイドもアランも、ただの“兄”じゃない。
部下を持ち、命令を出す。戦場で生き抜いてきた“武人”よ。
そんな者たちが、妹の無実で追放を知ったとき――」

 

「誰が止められると思う?」

 

王妃はハロルドを見た。
その瞳に、怒りも憐れみもなかった。

ただ――「自業自得」だけがあった。

「……首が繋がっている今のうちに、決めなさい」

 

ハロルドは、その場で崩れ落ちた。

指は震え、冷たい汗が背中をつたう。
もう、誰も笑っていなかった。


 王子、震える。処分の想像が止まらない』

王妃からの言葉を聞いたあと、
ハロルドは完全に青ざめていた。

「……え……? ロイド兄さんとアラン兄さんが……来るの?」

返事はない。
誰も助けてくれない。
侍従は視線を逸らし、王妃は腕を組んで沈黙していた。

 

ハロルドはその場で崩れ落ちた。

「ま、まさか……廃嫡……? されるのか……?」

ひとりで勝手に思考が暴走する。

「いや、待てよ……。廃嫡って、そんなに痛くはないかも……
でも、それですむわけが……」

ごくりと喉を鳴らし、震える唇を押さえる。

「……あの人たち、武器持ってくるよね?
え、あ、まさか、アソコ……切られる……?
いや、そんなの……!! 男として終わる!!」

 

「それは、王家がすることでしょう」
王妃が淡々と言った。

「ソフィア様はもう、そんなことに関わる立場じゃありません。
あなたに罰を与えるのは、王家の責任。……当然でしょう?」

 

「し、死んで……お詫び……!?
死んで……っ!?
いやだあああああぁぁぁぁああああああ!!!!!」

悲鳴が、廊下の奥まで響き渡った。

 

王妃は顔に手を当てた。
「この子、ほんとうに……王族だったのかしら」と呟きながら。

そして小声で付け足す。

「……いっそ、アソコだけで済めばいいけどね」

 

その頃、王都の門を抜けるニ人の男たちがいた。

剣を持つでもなく、騎馬でもなく。
ただ静かに、しかし確実に、**処刑より恐ろしい“圧”**を持って歩いてくる。

「“話し合い”で済むとは思ってないよな?」
アランが呟いた。

ロイドは無言で頷き、

「……跪かせる価値があるかも、問うてみましょう」

 

――王子ハロルド、その時、部屋から出られず失禁。

仕方なく、王子の処分は王家に委ねられる。

王宮の評議の間は、冷たい空気で満ちていた。長テーブルの上には、裁定を記す書類と、王家の印章が並ぶ。王妃は椅子にもたれ、指先で印章の箱を弄りながら、静かに言った。

「判断は王家に託されたわね。どうします? 生かす? 殺す? 親子の情はないけど、これからの公爵家との付き合いを考えると……ぽちっとな、かな」

その軽い口調に、侍臣たちの背筋が凍る。


老宰相が王妃に尋ねた。

「……公爵令嬢ソフィア様は、この場には?」

王妃はため息をつきながら、冷静に答えた。

「来ないわよ。
あの子、こう言ったの。
“裁きは王家の責任で。私はもう、彼を見届ける立場にはいません”って」

 

ざわめく評議の間。

重臣のひとりが呟く。

「……王太子妃候補にあれだけの仕打ちをしたから、
顔を見せず、言葉もなく……それが、最も重い拒絶だな」

 

その言葉に、ハロルドはまた一段と青ざめた。
来てくれたら、何か赦しの言葉があると思っていたのかもしれない。

だが、
ソフィアは来なかった。

王子の断罪を見届ける必要も、怒りをぶつける価値すら、
もう彼女には――なかったのだ。



『王子のその後──王家の名を捨て、名もない暮らしへ』

正式な処分が決まった日、
ハロルドには“王子”という肩書が剥がされた。

廃嫡。爵位剥奪。婚姻・公職の永久停止。
そして――王家との縁切り。

 

「これより先、そなたは“ハロルド”ただそれだけ。
王家は、おまえを血族とは見なさぬ」

王の言葉に、王妃も何も言わなかった。
彼女の冷えきった視線が、最後の別れだった。

 



行き先は、国の北端にある開拓村。
農地整備と炭焼きの村で、兵士の訓練所の支援も担う、
言わば、王都と縁遠い“働く男の地”。

 

最初に命じられたのは、朝4時からの畑の石拾い。
それも、誰より早く始めて、誰より遅くまで残ること。

 

「元・王子が土まみれで……」
最初は囁かれたが、数日後には誰も振り返らなくなった。

 

白い手は日焼けし、
ふらついた足元も、徐々に根が張るように強くなった。

彼は泣かず、喚かず、
ただ黙々と土を掘り、汗を流した。

 



夜、粗末な寝床で月を見上げながら、
ときおり呟くのは――

「……名前、呼ばれてたな。あの時……“殿下”じゃなくて、“ハロルド様”って」

 

ソフィアの冷たい視線も、兄たちの怒気も、
そして、母の“絶望の沈黙”も、
何度も思い出す。

 

だが、それを誰かに語ることはない。

もう、王都には帰らない。
戻る家も、名も、身分も――ないのだから。

 

それでも彼は、毎朝陽が昇る前に起きる。

そうして、誰に見られることもなく、
名もなく、誇りもなく、
それでも、今日も生きる。

 

それが、王子ハロルドの“その後”だった。


 
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