1 / 36
義妹が婚約者の交換をお願いしてきた!
しおりを挟む公爵家の長女として育った私――メイベル・エヴァンズは、幼い頃に母を亡くしている。
父は早々に再婚し、継母とその連れ子の義妹、シレーヌを家に迎えた。
シレーヌは美しい少女だった。
金色の巻き髪に宝石のような瞳。愛らしい仕草で父に甘え、社交界では「花のように愛される令嬢」と評判だ。
──けれど、学問も礼儀も身につかず、勉強嫌い。
愛されていれば、それで勝ちだと思っている節がある。
そのシレーヌが、ある日、私の部屋へずかずかとやってきて言い放った。
「お姉さまの婚約者、麗しい伯爵家の三男坊ヘンリー様、私の方がお似合いですわ」
思わず、手にしていた本を閉じる。
伯爵家の三男……たしかに見目は整っている。けれど中身は空っぽ、勉強も仕事も身につかず、ただ社交場で着飾っているような派手な男だ。
──正直、退屈な相手だと私も思っていた。
「代わりにお姉さまには、わたしの伯爵家の長男の方を差し上げます。学者ばかりしていて退屈そうな方ですし」
「……」
シレーヌの母、つまり継母も横で頷いている。
「ええ、それがよろしいでしょう。あなたは見目も麗しいし、公爵家の顔として相応しいわ。
姉であるあなたは、本ばかりで、愛されるには退屈すぎますから」
──なるほど。
この人たちは勘違いしている。
公爵家を継ぐ権利は、母の血を引く私にしかない。
婿養子として迎えられるのは、三男坊ではなく……伯爵家の長男。いいかもしれないです。婿養子は出来がいい方がいいですし、
私は内心でため息をつき、しかし微笑みを崩さず答えた。
「……ええ、わかりました。あなたが望むなら」
シレーヌは勝ち誇ったように笑った。
けれど、その笑顔の裏で、彼女はまだ気づいていない。
──その選択が、自分の未来を没落へと導くことを。
どうせシレーヌに何を言っても無駄だ。
愛されていると信じて疑わない彼女には、理屈も現実も通じない。
だから私は、口を閉ざす。言うだけ無駄だとわかっていたから。
それに──正直な話をすれば。
私の婚約者だったラリーは、あまりにアホで。
いつも着飾っては鏡ばかり覗き込み、学問の一つも頭に入らない。
婚約破棄できないかと、本気で悩んでいたのだ。
そう考えると、むしろ都合がよかったのかもしれない。
「アドレ様、ね……」
伯爵家の長男。
いつも本に囲まれていて、社交場では滅多に姿を見ない学者肌だと聞く。
退屈そうだと思ったけれど──。
あの、うつけのラリーよりは、きっと何倍もましだろう。
私はそっとため息をつき、ふと胸の奥に小さな興味が芽生えるのを感じていた。
数日後、父の執務室に呼ばれた。
そこには公爵家付きの執事が控えていて、きっちりと頭を下げる。
「メイベルお嬢様。伯爵家のご長男──アドレ様につきまして、公爵家の本家より“合格”の印可が下りました」
「あら」
私は瞬きをした。
本家から直々に、アドレ様を婿養子として認めるとの知らせ。
つまり──公爵家を継ぐための道は、きちんと整ったわけだ。
ところが横にいた継母は、こともなげに微笑んだ。
「まあ。ややこしいことは省いてしまえばよろしいのではなくて?
婚約者交換なさってはいかが?」
「そうですわ!」とシレーヌが手を打った。
「私ならラリー様のように見目麗しい方こそお似合いですし、
お姉さまはアドレ様のような退屈そうな方がぴったりですわ!」
……あらあら。
彼女たちは、まるで都合のいいように解釈しているらしい。
シレーヌが望んでも、ラリー様やアドレ様が承知するとは限らないのに。
けれど──反論するだけ無駄だろう。
私は涼しい顔を崩さず、静かに口を開いた。
「そう。あなたがそれでいいなら、私は構わないわ」
シレーヌは勝ち誇ったように笑った。
けれどこの瞬間、彼女は自分の立場を投げ捨てたのだと、私は内心でひそかに思っていた。
父は相変わらず政務で忙しく、屋敷にはいなかった。
代わりに執事が淡々と告げる。
「伯爵家ご長男アドレ様からは『どちらでも構わない』とのご返答をいただいております。
三男ラリー様は……美しいシレーヌ様との婚約、たいへん喜んでおられるとのことです」
……あら。
その場が一瞬で沸いた。
シレーヌはぱっと顔を輝かせ、継母も満足げにうなずく。
「ご覧なさい! やはり、私こそがラリー様にふさわしいのですわ!」
「ええ、そうね。アドレ様はどちらでもいいと仰っているのだし」
……なるほど。
無関心なアドレ様と、喜んで浮かれるラリー様。
この組み合わせなら、確かに“交換”は成立する。
私は肩をすくめ、静かに笑った。
「ええ、そう。あなたがそれでいいなら、私は構わないわ」
シレーヌは勝ち誇った笑みを浮かべた。
けれど、その笑顔の奥に、すでに没落への種が潜んでいることを──彼女はまだ知らない。
81
あなたにおすすめの小説
聖女の座を奪われてしまったけど、私が真の聖女だと思うので、第二の人生を始めたい! P.S.逆ハーがついてきました。
三月べに
恋愛
聖女の座を奪われてしまったけど、私が真の聖女だと思う。だって、高校時代まで若返っているのだもの。
帰れないだって? じゃあ、このまま第二の人生スタートしよう!
衣食住を確保してもらっている城で、魔法の勉強をしていたら、あらら?
何故、逆ハーが出来上がったの?
無能だとクビになったメイドですが、今は王宮で筆頭メイドをしています
如月ぐるぐる
恋愛
「お前の様な役立たずは首だ! さっさと出て行け!」
何年も仕えていた男爵家を追い出され、途方に暮れるシルヴィア。
しかし街の人々はシルビアを優しく受け入れ、宿屋で住み込みで働く事になる。
様々な理由により職を転々とするが、ある日、男爵家は爵位剥奪となり、近隣の子爵家の代理人が統治する事になる。
この地域に詳しく、元男爵家に仕えていた事もあり、代理人がシルヴィアに協力を求めて来たのだが……
男爵メイドから王宮筆頭メイドになるシルビアの物語が、今始まった。
【完結】 笑わない、かわいげがない、胸がないの『ないないない令嬢』、国外追放を言い渡される~私を追い出せば国が大変なことになりますよ?~
夏芽空
恋愛
「笑わない! かわいげがない! 胸がない! 三つのないを持つ、『ないないない令嬢』のオフェリア! 君との婚約を破棄する!」
婚約者の第一王子はオフェリアに婚約破棄を言い渡した上に、さらには国外追放するとまで言ってきた。
「私は構いませんが、この国が困ることになりますよ?」
オフェリアは国で唯一の特別な力を持っている。
傷を癒したり、作物を実らせたり、邪悪な心を持つ魔物から国を守ったりと、力には様々な種類がある。
オフェリアがいなくなれば、その力も消えてしまう。
国は困ることになるだろう。
だから親切心で言ってあげたのだが、第一王子は聞く耳を持たなかった。
警告を無視して、オフェリアを国外追放した。
国を出たオフェリアは、隣国で魔術師団の団長と出会う。
ひょんなことから彼の下で働くことになり、絆を深めていく。
一方、オフェリアを追放した国は、第一王子の愚かな選択のせいで崩壊していくのだった……。
【完結】破滅フラグを回避したいのに婚約者の座は譲れません⁈─王太子殿下の婚約者に転生したみたいだけど転生先の物語がわかりません─
江崎美彩
恋愛
侯爵家の令嬢エレナ・トワインは王太子殿下の婚約者……のはずなのに、正式に発表されないまま月日が過ぎている。
王太子殿下も通う王立学園に入学して数日たったある日、階段から転げ落ちたエレナは、オタク女子高生だった恵玲奈の記憶を思い出す。
『えっ? もしかしてわたし転生してる?』
でも肝心の転生先の作品もヒロインなのか悪役なのかモブなのかもわからない。エレナの記憶も恵玲奈の記憶も曖昧で、エレナの王太子殿下に対する一方的な恋心だけしか手がかりがない。
王太子殿下の発表されていない婚約者って、やっぱり悪役令嬢だから殿下の婚約者として正式に発表されてないの? このまま婚約者の座に固執して、断罪されたりしたらどうしよう!
『婚約者から妹としか思われてないと思い込んで悪役令嬢になる前に身をひこうとしている侯爵令嬢(転生者)』と『婚約者から兄としか思われていないと思い込んで自制している王太子様』の勘違いからすれ違いしたり、謀略に巻き込まれてすれ違いしたりする物語です。
長編ですが、一話一話はさっくり読めるように短めです。
『小説家になろう』『カクヨム』にも投稿しています。
私を虐げた人には絶望を ~貧乏令嬢は悪魔と呼ばれる侯爵様と契約結婚する~
香木陽灯
恋愛
「あなた達の絶望を侯爵様に捧げる契約なの。だから……悪く思わないでね?」
貧乏な子爵家に生まれたカレン・リドリーは、家族から虐げられ、使用人のように働かされていた。
カレンはリドリー家から脱出して平民として生きるため、就職先を探し始めるが、令嬢である彼女の就職活動は難航してしまう。
ある時、不思議な少年ティルからモルザン侯爵家で働くようにスカウトされ、モルザン家に連れていかれるが……
「変わった人間だな。悪魔を前にして驚きもしないとは」
クラウス・モルザンは「悪魔の侯爵」と呼ばれていたが、本当に悪魔だったのだ。
負の感情を糧として生きているクラウスは、社交界での負の感情を摂取するために優秀な侯爵を演じていた。
カレンと契約結婚することになったクラウスは、彼女の家族に目をつける。
そしてクラウスはカレンの家族を絶望させて糧とするため、動き出すのだった。
「お前を虐げていた者たちに絶望を」
※念のためのR-15です
※他サイトでも掲載中
【完結】追放された私、宮廷楽師になったら最強騎士に溺愛されました
er
恋愛
両親を亡くし、叔父に引き取られたクレアは、義妹ペトラに全てを奪われ虐げられていた。
宮廷楽師選考会への出場も拒まれ、老商人との結婚を強要される。
絶望の中、クレアは母から受け継いだ「音花の恵み」——音楽を物質化する力——を使い、家を飛び出す。
近衛騎士団隊長アーロンに助けられ、彼の助けもあり選考会に参加。首席合格を果たし、叔父と義妹を見返す。クレアは王室専属楽師として、アーロンと共に新たな人生を歩み始める。
【完結】幽霊令嬢は追放先で聖地を創り、隣国の皇太子に愛される〜私を捨てた祖国はもう手遅れです〜
遠野エン
恋愛
セレスティア伯爵家の長女フィーナは、生まれつき強大すぎる魔力を制御できず、常に体から生命力ごと魔力が漏れ出すという原因不明の症状に苦しんでいた。そのせいで慢性的な体調不良に陥り『幽霊令嬢』『出来損ない』と蔑まれ、父、母、そして聖女と謳われる妹イリス、さらには専属侍女からも虐げられる日々を送っていた。
晩餐会で婚約者であるエリオット王国・王太子アッシュから「欠陥品」と罵られ、公衆の面前で婚約を破棄される。アッシュは新たな婚約者に妹イリスを選び、フィーナを魔力の枯渇した不毛の大地『グランフェルド』へ追放することを宣言する。しかし、死地へ送られるフィーナは絶望しなかった。むしろ長年の苦しみから解放されたように晴れやかな気持ちで追放を受け入れる。
グランフェルドへ向かう道中、あれほど彼女を苦しめていた体調不良が嘘のように快復していくことに気づく。追放先で出会った青年ロイエルと共に土地を蘇らせようと奮闘する一方で、王国では異変が次々と起き始め………。
【完結】婚約破棄された令嬢リリアナのお菓子革命
猫燕
恋愛
アルテア王国の貴族令嬢リリアナ・フォン・エルザートは、第二王子カルディスとの婚約を舞踏会で一方的に破棄され、「魔力がない無能」と嘲笑される屈辱を味わう。絶望の中、彼女は幼い頃の思い出を頼りにスイーツ作りに逃避し、「癒しのレモンタルト」を完成させる。不思議なことに、そのタルトは食べた者を癒し、心を軽くする力を持っていた。リリアナは小さな領地で「菓子工房リリー」を開き、「勇気のチョコレートケーキ」や「希望のストロベリームース」を通じて領民を笑顔にしていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる