『義妹に婚約者を譲ったら、貧乏鉄面皮伯爵に溺愛されました』

夢窓(ゆめまど)

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イアン、あざとかわいい

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(尋問とイアン)

 牢にずらりと並ぶ皿。
 唐揚げ――それも山盛り。

「さあ、好きなだけ食いたかったら、言え!」
 アドレの冷たい声と共に、囚人たちの口から次々と秘密が吐き出されていった。

「側妃が……!」
「財務省が……!」
「貴族の名簿は……!」

 油の匂いと悲鳴が交錯し、唐揚げは今日も“悪魔の証言料”だった。



 その光景を震えながら見ていた少年がひとり。
 側妃の息子、イアン。

「……本当に……母上が……?」
 蒼白になりながら、兄アルバートの方を見上げる。

「イアン。もう隠し立てはするな」
 兄の厳しい眼差しに、イアンは震える唇を噛んだ。

 やがて、絞り出すように声をあげた。
「……兄上。僕は、兄上に忠誠を誓います。
 ……母ではなく……兄上に」

 その決意に、アルバートの瞳がわずかに揺れる。



 その夜。
 兄の隣で、イアンは初めてビールのカップを手にした。
 唐揚げを一口、かりっと噛む。

「……っ!? おいしい……!」
「ふふ。そこで一口ビールを飲んでみろ」
 アルバートが笑って差し出す。

 ごくり。
 小さな喉が泡を通し、目をぱちくりさせるイアン。

「……! あっ……すごい、唐揚げが……もっと食べたくなる……!」

「はは。そうやって大人になっていくんだ」
「えっ……じゃあ、これって……僕の大人の儀式?」
「そうだ」

 嬉しそうに笑ったその顔は、まだ幼くて、あざといほど愛らしかった。

 唐揚げを食べてほっぺを赤くしながら、イアンは私の前に駆け寄ってきた。

「メイベル様ぁ……!」

 上目遣いで見上げて、両手を胸の前でちょこんと合わせる。
 つぶらな瞳がうるうると揺れた。

「ぼ、僕も……猫ポーチ、欲しいです……」

「えっ」
 私は思わず手を止める。

 イアンは恥ずかしそうに指先をつん、と突き合わせた。

「ね……? ダメですか?
 ぼく、唐揚げいっぱい食べて、ちゃんと兄上を助ける大人になりますから……」

 甘えるような声に、私の心臓が跳ねた。
 アドレでさえわずかに眉をひそめ、殿下も思わず吹き出す。

「……あざとすぎる……」
 フリードリヒが低くつぶやいたが、耳は赤かった。

 私は顔を真っ赤にして、とうとう観念した。

「……オカンアートですけど……文句言いませんね?」

「はいっ! かわいいから欲しいですっ!」

 無邪気な笑顔に、会場中の心臓が同時にドキドキと跳ねた。



猫ポーチを手にして大はしゃぎのイアン。
 小さな肩にちょこんと掛け、ぐるりと回ってみせる。

「見てください! 似合ってますか?」

 無邪気な声に、周囲からくすくす笑いが漏れた。
 あざとさ全開なのに、誰も嫌な気持ちにならない。
 むしろ場がふわりと和んでいく。

 そんな弟の様子を見て、アルバートは肩を落として小さく苦笑した。

「……ずるい弟だな」

 誰に言うでもなくつぶやいたその声は、どこか安堵を含んでいた。

 メイベルが首をかしげる。
「殿下?」

「……あいつが“母ではなく兄を選んだ”と口にした時、私は胸が詰まった。
 だが、こうして笑っていられるなら……それでいい」

 アルバートはグラスを軽く揺らし、ぽつりと付け加えた。
「……弟は、あまりに可愛すぎて心配になる。だが――誇らしい」

 その言葉に、イアンはぱっと振り返り、頬を赤らめながら駆け寄った。

「兄上っ! 僕、ちゃんと大人になりますから!
 唐揚げも、ビールも、ポーチも……全部、大事にします!」

 アルバートは思わず吹き出し、弟の頭をくしゃりと撫でた。

「……やれやれ。本当にずるい弟だ」


王宮の奥。
 香ばしい匂いが漂い、惻妃は皿の前で蒼白になっていた。

「……っ、もう……やめて……」
 ふらふらと椅子にしがみつき、ついに叫ぶ。
「私が……! 全て仕組んだのは私です! 殿下を……王位から退けようと……!」

 その告白に、大広間は凍りついた。

 こうして側妃は罪を認め、修道院へ幽閉されることとなった。
 側妃派も、財務省の不正も一掃され、事件は決着した。



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