『義妹に婚約者を譲ったら、貧乏鉄面皮伯爵に溺愛されました』

夢窓(ゆめまど)

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結婚式

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 鐘の音が鳴り響き、王都の大聖堂に集まった人々が一斉に振り返る。
 扉が開かれ、光の中を歩み出たのは――純白のドレスに身を包んだメイベルだった。

 背筋を伸ばし、微笑を浮かべるその姿は、まさに「完璧な公爵夫人」。
 会場は息を呑み、次いで大きな拍手に包まれた。



 祭壇の前に立つアドレは、鉄面皮のまま彼女を迎える。
 だが、メイベルの手を取った瞬間、わずかに口元が緩んだ。

(……私、ここまで来たんだ)
 メイベルは胸の奥でそっと呟く。
 質素な伯爵家の台所から、居酒屋で笑っていた日々から――。
 今、堂々と公爵家を背負う立場へと歩み出している。



 誓いの言葉を終え、アドレが花嫁を抱き寄せた瞬間。
 会場の人々は目を見張った。
 鉄面皮のはずの新公爵が、はっきりと笑っていたのだ。

「……やはり俺には過ぎた妻だ」
 小さく囁くその声は、メイベルだけに届いた。

「えへへ……もう、今さらです」



 盛大な祝福の中――
 メイベルは完璧な公爵夫人として、アドレは公爵として。
 ふたりの新しい未来が始まった。

 花々で飾られた大聖堂に、人々の祝福の声が満ちていた。

結婚式が済んで、

「公爵家の未来を、この場で示そう」
 厳かな声で、公爵本家の当主フリードリヒが立ち上がる。
「公爵家の継承は、我が従妹メイベルの夫――アドレに託す!」

 会場がどよめき、祝福の拍手が沸き起こる。

 その隅で――シレーヌが固まった。

「……へっ?」

 真っ白になった顔で立ち尽くす。
「ど、どうして……!? 公爵家は……私が……! 私の婚約者が……継ぐはず……!」

 周囲の貴族が冷ややかに視線を逸らす中、アドレは静かにメイベルの手を取った。

「……有能な妻と共に歩む。
 それが――新たな公爵家だ」

 その言葉に、シレーヌの絶叫は、祝福の鐘にかき消されていった。


披露宴の席。
 大きなウェディングケーキが運び込まれ、会場が拍手に包まれる。

「では、ご新郎ご新婦によるファーストバイトを!」
 司会の声に、人々がどっと沸いた。



 フォークにケーキを乗せ、メイベルは緊張気味にアドレを見上げる。

「……あ、あーん、してください」

 会場の視線が一斉に集まる中、アドレは鉄面皮のまま口を開いた。
 ふわりと甘いケーキを頬張り――わずかに表情が緩む。

「……甘いな」
「ケーキですもの!」



 次はアドレの番。
 大きめにすくったケーキをフォークに乗せ、無言で差し出す。

「ちょっ、大きいですってば!」
 慌てるメイベルに、会場から笑いが起きる。

 仕方なく口を開けると、アドレは静かに――でも確実に、彼女の口に運んだ。



 頬いっぱいにケーキを頬張りながら、メイベルはむくれる。
「……アドレ様、からかってます?」

 鉄面皮のまま、彼はぽつりと囁いた。
「……おまえが可愛いからだ」

 その一言に、メイベルの顔は真っ赤になり、会場はさらに大盛り上がりだった。



ケーキと会場の反応

 フォークに小さなケーキを乗せ、メイベルが差し出す。

「……あ、あーん、してください」

 会場はどっと沸いた。
「まぁ! 公爵夫人が照れてる!」
「鉄面皮のご当主が……ほんとに食べた!」

 拍手と歓声に包まれながら、アドレは黙って口を開け、ケーキを受け入れた。
 その無表情のまま、ほんの一瞬だけ目尻が緩んだのを、見逃さなかった人々が息を呑む。



 次はアドレの番。
 大きめに切ったケーキを無言で差し出すと、会場から笑い声が上がる。

「わっ、大きすぎる!」
「殿方、やりますな!」

 慌てて口を開けるメイベル。もぐもぐと頬いっぱいにケーキを頬張る姿に、さらに笑いと拍手が起こった。



 むくれる彼女を見て、アドレは鉄面皮のまま低く囁く。
「……おまえが可愛いからだ」

 一瞬の沈黙。
 次いで――。

「きゃあああああ!」
「言ったぁぁ! 鉄面皮が! 甘い!!」
「これは本当に惚れてるわね!」

 会場は歓声と拍手で揺れた。




結婚式前
フリードリヒから


フリードリヒは、手元の書類を軽く叩いて言った。

「公爵家の仕事は、結婚してからだ。
 だが結婚すれば、これまで以上に仕事は増える。
 だから――アドレ殿、結婚したら公爵家に入ってもらう」

 アドレは黙って頷く。



「屋敷も移ってくれ。
 執事と侍女長はそのまま残すが……義母と義妹に息のかかった連中は全員解雇する」

 きっぱりとした言葉に、メイベルは思わず目を見開いた。

「……えっ」

「おまえの居場所は整える。
 台所もリフォームさせる。……まあ、忙しくなるから、たまに作る程度でいいだろう」



「……っ!」
 メイベルの胸は一気に熱くなった。

(……私の“台所”を、ちゃんと残してくれるんだ……!)

 公爵家の干渉は子供の頃から慣れている。
 だけど今度は――アドレ様と一緒に歩んでいける。

 そう思った瞬間、知らず知らずに頬がほころんでいた。




 人々の拍手と祝福に包まれながら、式は幕を閉じた。
 華やかな宴の準備で慌ただしい大広間から離れ、メイベルはアドレとふたり、控え室へと向かう。

「……疲れただろう?」
「いえ、とても幸せです」

 答えながらも、緊張がほどけてふらりとよろける。
 すかさずアドレの腕が腰を支えた。



「……やはり、俺の妻は人前でも完璧すぎるな」
「ふふっ、公爵夫人ですもの」

 にこりと笑った瞬間――ぐいと抱き寄せられる。

「……だが、俺の前では違っていい」
「えっ……」

 唇に落とされた口づけは、式場で交わした誓いよりもずっと熱を帯びていた。



「……アドレ様っ、人が来ちゃいます……!」
「構わん。もう俺の妻だからな」

 耳元で低く囁かれ、メイベルの頬は真っ赤に染まる。
 華やかな結婚式の後の、誰にも見せないふたりだけの時間。

 鉄面皮の公爵は、この時ばかりは――誰が見ても「溺愛する夫」の顔をしていた。

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