『義妹に婚約者を譲ったら、貧乏鉄面皮伯爵に溺愛されました』

夢窓(ゆめまど)

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変わった令嬢(アドレ独白)

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酔っぱらい令嬢

夜。
メイベルは枝豆を皿に盛り、発泡酒の栓をプシュッと開けた。

「これっ!これっ!これっ!」
ごきげんに頬を赤らめ、グラスを掲げる。

そして、いつものように――始まった。

「はぁ~♪ はぁ~♪ はぁ~♪ もうひとつおまけではぁ~♪」

居酒屋の酔っぱらいそのものの歌声が、伯爵家の古びた屋敷に響き渡る。

そこへ足音。
廊下を抜けて現れたのは、鉄面皮の伯爵令息、アドレ。

扉を開け、目に飛び込んできた光景に固まった。

枝豆。
発泡酒。
そして、歌いながら踊る“公爵令嬢”。

「……はぁ?」

アドレは絶句した。

「公爵令嬢だろ! なんで枝豆と発泡酒なんだ!?」
「ふぇっ……? え、えへへ、アドレさまぁ~! 一緒に飲みますぅ~?」

「いや、どこから出した!? さっきまでなかっただろう!」
「んー? それは、えっと……えへへ、秘密ですぅ~♪」

枝豆をつまみながら、また歌声が上がる。

「はぁ~♪ はぁ~♪ はぁ~♪」

アドレは額を押さえた。

(……終わった。
我が家に来たのは、天使でも令嬢でもない。
――酔っぱらいの女だ)


翌日の衝撃

翌朝。
メイベルは、ケロリとした顔で洗濯物を干していた。
陽ざしを受けて、しゃぼんの泡がきらきら光る。

「やっぱり、お日様が一番ですよね~!」

伯爵家の中庭に響く、のんきな声。
その動きは手慣れていて、どう見ても「上流令嬢」の所作ではなかった。

さらに――掃除。
箒を持って、鼻歌まじりに廊下を走り回る。

(……なんだ、この光景は)
アドレは額に手を当てた。
「公爵令嬢」という言葉と目の前の姿が、どうしても一致しない。

そしてメイベルは、くるりと振り返って言った。

「ちょっと市場に行ってきますね!」

「なっ……市場!? 公爵令嬢だぞ!?」

慌てて後を追う。
市場の人ごみをかき分け、やっと見つけた時。

「――この枝豆、もうちょっと負けてもらえませんか?」

にこにこと枝豆を手に、値切り交渉をしているメイベルの姿があった。

「……」

鉄面皮のはずのアドレも、つい口をあんぐりと開けるしかなかった。

(……伯爵家に来たのは、やはり天使でも令嬢でもない。
……庶民の化身だ)


枝豆の行方

値切り成功で手に入れた枝豆を、メイベルは得意げに抱えていた。

「えへへ、これで今夜もおつまみ確保です!」

そう言うと、彼女は腰のあたりをごそごそ……そして――すっ、と枝豆の袋が消えた。

アドレの目の前で、まるで空気に溶けるみたいに。

「……は?」

「よし、準備オッケーです!」
にこにこと笑うメイベルは、何事もなかったように両手をパンパンと払った。

「ま、待て。今……どこにやった?」

「え? どこって……えへへ、秘密です~♪」

「秘密って……っ」
アドレは低く呻き、眉間を押さえた。

昨日の枝豆。
発泡酒。
そして今日の値切り交渉。

――どこから出しているんだ。

(……やはり、この女……ただの公爵令嬢ではない)

だが、メイベルは気づかない。
「次は鶏肉ですね! 唐揚げ食べたいですもん!」と、元気いっぱいに駆け出していった。

アドレは慌てて後を追いながら、胸の内で叫ぶ。

(……魔女だ。やっぱり魔女だ!)

やばいポーチ

市場の買い物は続いた。
パン、野菜、果物、調味料。
メイベルは次々と両手に抱え――そのたびに、ぽんっとポーチに消していく。

「よーし! これで今夜は豪華にできます!」

「おいっ……!」
アドレは慌てて後を追い、商人に代金を払って回った。
荷物を受け取ろうとしても、彼女の手にはもう何も残っていない。

周囲の視線に気づいたアドレは、低い声で囁いた。

「……お前、何やってる。人前でそれを使うな」

「えっ、でも便利ですよ?」
メイベルは首をかしげる。

「便利とかじゃない! あんなポーチ……どう見ても普通じゃないだろう!
もし怪しまれたら……貴族だけじゃなく、国中の目を引くぞ」

「はわわわ……っ」
ようやくメイベルの顔が青ざめた。

アドレはため息をつき、両手いっぱいに袋を抱えながら言った。

「……俺が支払う。荷物も俺が持つ。
だから――人前でポーチは使うな」

「……はいっ」

素直にうなずいたメイベルの横顔に、なぜかアドレの胸は少しだけ軽くなった。

(……公爵令嬢どころか、ただの庶民娘。
だが――守らねばならん、と思わせるのはなぜだ……?)


魚を捌く公爵令嬢

屋敷に戻ると、メイベルは袖をまくり上げて台所に立った。
市場で買った大きな魚をまな板に置き、包丁を構える。

「さてと……お魚、今日は揚げましょうか!」

――ザクッ。

「……」
アドレは扉に立ち尽くしていた。

(……今、目の前で、公爵令嬢が……魚を捌いた?)

ためらいもなく、次々にウロコを落とし、内臓を取り、流水で洗い流していく。
その手際は迷いがなく、慣れすぎている。

「よしっ! あとは衣をつけて、揚げるだけです!」

油のはねる音が広がり、台所に香ばしい匂いが立ち込めた。
しばらくして皿に盛られたのは、黄金色に揚がったサクサクの白身魚。


「アドレ様、どうぞ!」

夕飯、アドレは無言で箸を取り、ひと口。
――外はカリッと、中はふわり。
舌に広がる旨味に、思わず声が漏れた。

「……うまい」

自分の口から出たその言葉に、アドレは一瞬固まった。
食事に味を感じなくなって久しい。
それを思い出させたのは――目の前で魚を揚げる“公爵令嬢”。

メイベルはにへらっと笑って、もう一切れを差し出した。

「よかったぁ! これ、私の得意メニューなんですよ!」

(……なんだ、この女は。
……やはり、変だ)


とりあえず目が離せない

魚を揚げて、頬を赤くして「おいしいですか?」と笑うメイベル。
その姿を見ていると、アドレの胸の奥で何かがざわつく。

(……目が離せない。
なんでだ……料理をしてるだけだろう?)

けれど、揚げ物を前にキラキラと目を輝かせる姿は、どんな宝石よりも眩しい。

(魔女の、自覚はないのか?)

本人はただの家庭料理のつもりなのだろう。
だが――唐揚げひとつでみんなを虜にし、
枝豆と発泡酒で自分を翻弄し、
魚のフライで人の心を取り戻させる。

(……やはり、規格外すぎる)

アドレは深く息をつき、目の前の令嬢をじっと見つめた。

「……メイベル」
「はい?」
「……俺の前から、絶対に離れるな」

彼女は意味をわかっていないようで、首をかしげてにへらっと笑った。

「えへへ、わかりましたぁ! アドレ様のごはん係ですからね!」

(……やっぱり自覚がない。だからこそ、余計に恐ろしい……)

――こうして“魔女メイベル”の伝説は、ここから始まった。


結婚なんて、正直……誰でもよかった。
愛情なんかより、まずは領民を飢えさせないことが大事だった。
持参金目当てだと陰で囁かれてもかまわなかった。
あの時は、それしか選べなかったんだ。

――でも。

メイベルが嫁に来てくれてから、まるで宝くじでも当たったように、運が開けていった。
俺はずっと、誰からも手を差し伸べられず、ただ踏ん張るしかなかった。
けれど、彼女は笑顔で隣に立ち、当たり前のように俺を支えてくれる。

気がつけば、俺は救われていた。

今の俺にあるのは――感謝と、そして尽きぬ愛だけだ。
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