34 / 36
アドレ、慌てる!
しおりを挟む
台所にて
「おええええーーー!」
唐揚げ鍋の前で、突然メイベルが顔をしかめ、しゃがみこんだ。
「メ、メイベル!? どうした!」
アドレが真っ青になって駆け寄る。
「油が……ムカムカして……唐揚げが揚げられません……」
「な、なにぃ!? 唐揚げが!? いや、それよりお前が!」
「医者を! すぐに医者を呼べ!」
侍女長の号令で使用人たちが大慌てで走り出す。
⸻
医者の診察
「ふむ……」
医者はメイベルの脈をとり、優しく問いかける。
「最近、食べ物の匂いで気分が悪くなることは?」
「はい……油を見ると、ちょっと……」
「食欲は?」
「野菜とか果物なら……」
「……」
医者がちらりとアドレを見る。
アドレは不安そうに固まっていた。
「殿下――いえ、公爵様。ご心配なく」
「治らない病なのか!?」
「いいえ、むしろ……おめでたい話ですな」
「……は?」
「ご懐妊です」
⸻
医者の診察後
「……ご懐妊です」
その言葉が落ちた瞬間、部屋の空気が一変した。
「……は?」
アドレは眉間に皺を寄せたまま、医者の顔を凝視していた。
「な、なにを……? いや、間違いだろう。うちのメイベルが……?」
「間違いありません。つわりの症状に合致しております」
医者が穏やかに断言する。
「つ、つわり……!? ……お、おい、メイベル! 本当に……?」
⸻
メイベルの反応
「えへへ……あら、ま」
メイベルはのんきに笑い、ぽん、とお腹を軽く押さえた。
「わたしも今聞いたばかりですし……“唐揚げ揚げられない病”かと思ってました」
「病じゃない! いや、そうじゃなくて! お、おまえっ……俺に一言もなく……っ!」
「だから、今知ったんですってば」
にこにこと答えるメイベル。
⸻
アドレの混乱
「ちょ……待て待て待て! いや、俺は聞いてないぞ! そんな……その……っ」
アドレは顔を真っ赤にし、歩き回る。
「し、仕事はどうする? いや、そもそも食事は? 油の匂いがダメなんだろ!? じゃあ、唐揚げは……いや唐揚げどころじゃない、栄養は? 寝室は? 空気は? 水は? 医者! 医者は毎日来るべきだ! いや、それじゃ足りないか!? 薬は? 薬は飲んでいいのか!? なにか……なにか……!」
「アドレ様、落ち着いてください」
侍女長が慌てて声をかけるが、まったく耳に入っていない。
「いや、落ち着けるわけがあるか! これは一大事だぞ! 俺は父になるのか!? ……父!? 父だと!? ……いや、まだ心の準備が……っ」
「アドレ様……父になるの、いやなんですか?」
メイベルが小首をかしげる。
「いやだなんて言ってない! むしろ……むしろ……っ!」
アドレの顔がさらに赤くなる。
「うれしいに決まってるだろうがぁぁぁぁっ!」
⸻
公爵家の反応
その叫びと同時に、廊下の向こうから使用人たちのどよめきが聞こえてきた。
「奥様、ご懐妊ですって……!」
「ついに……ついにお世継ぎが……!」
「唐揚げがダメになった時点で気づくべきでしたわ!」
「いやそこ!?」
アドレは勢いよく突っ込みを入れ、頭を抱えた。
「おい……なんで唐揚げが基準なんだ……」
⸻
メイベル にへらへら!
メイベルはそんな夫を見上げて、にへらっと笑った。
「でも……よかったですね。これで、唐揚げジャンキーの殿下が押しかけても、口実ができますよ。“妊婦に唐揚げを揚げさせるな”って」
「いや、それよりお前の体調が最優先だろ!」
アドレは再び大声を上げ、そして両肩をぎゅっと抱きしめた。
「絶対に俺から離れるな。お前も、子も、命に代えても守る」
その真剣な声に、メイベルは目を丸くし――
次の瞬間、にこっと笑って。
「えへへ……わかりました。だって……母親ですもんね」
「もうひとつのおめでとう」
メイベルの懐妊騒ぎが収まらぬうちに――
王宮から、もう一つの知らせが舞い込んだ。
「……ララベル様も、ご懐妊とのこと!」
報せを聞いた瞬間、アドレがぽかんと口を開け、メイベルは「えええっ!?」と跳ね上がった。
「え、え!? ララベル様って、殿下の……?」
「はい、殿下とララベル様、こちらと同じ時期に……」
使者が言い終わるより早く、メイベルは両手をぱぁっと打ち鳴らした。
「わぁぁぁ! おめでとうございますっ! 殿下もララベル様もっ!」
⸻
唐揚げとお祝い
その日の夕方、公爵家と王宮をまたいで、ちょっとしたお祝いの席が開かれた。
しかし――
「……で、殿下。どうして唐揚げを三皿も前に置いているんです?」
「決まっているだろう! 唐揚げは祝いの必需品だ!」
「……いや、妊婦の前で山盛り唐揚げはどうなんですか……」
アドレが呆れ顔で突っ込む横で、メイベルとララベルは顔を見合わせ、くすくす笑い合った。
「ねぇララベル様」
「はい、メイベル様」
二人の視線がふわりと交わる。
「「……もうひとつのおめでとうですね」」
同時に口にしたその言葉が、会場を柔らかく包み込んだ。
⸻
アドレは真っ赤になって怒り、殿下は唐揚げを抱え込みながら大騒ぎ。
でも、二人の妃殿下が幸せそうに笑う姿に、誰もが納得した。
「――これは国にとっても最高の“吉兆”だ」
そう囁かれた夜、
公爵家と王宮には、二重の祝福が静かに広がっていった。
「おええええーーー!」
唐揚げ鍋の前で、突然メイベルが顔をしかめ、しゃがみこんだ。
「メ、メイベル!? どうした!」
アドレが真っ青になって駆け寄る。
「油が……ムカムカして……唐揚げが揚げられません……」
「な、なにぃ!? 唐揚げが!? いや、それよりお前が!」
「医者を! すぐに医者を呼べ!」
侍女長の号令で使用人たちが大慌てで走り出す。
⸻
医者の診察
「ふむ……」
医者はメイベルの脈をとり、優しく問いかける。
「最近、食べ物の匂いで気分が悪くなることは?」
「はい……油を見ると、ちょっと……」
「食欲は?」
「野菜とか果物なら……」
「……」
医者がちらりとアドレを見る。
アドレは不安そうに固まっていた。
「殿下――いえ、公爵様。ご心配なく」
「治らない病なのか!?」
「いいえ、むしろ……おめでたい話ですな」
「……は?」
「ご懐妊です」
⸻
医者の診察後
「……ご懐妊です」
その言葉が落ちた瞬間、部屋の空気が一変した。
「……は?」
アドレは眉間に皺を寄せたまま、医者の顔を凝視していた。
「な、なにを……? いや、間違いだろう。うちのメイベルが……?」
「間違いありません。つわりの症状に合致しております」
医者が穏やかに断言する。
「つ、つわり……!? ……お、おい、メイベル! 本当に……?」
⸻
メイベルの反応
「えへへ……あら、ま」
メイベルはのんきに笑い、ぽん、とお腹を軽く押さえた。
「わたしも今聞いたばかりですし……“唐揚げ揚げられない病”かと思ってました」
「病じゃない! いや、そうじゃなくて! お、おまえっ……俺に一言もなく……っ!」
「だから、今知ったんですってば」
にこにこと答えるメイベル。
⸻
アドレの混乱
「ちょ……待て待て待て! いや、俺は聞いてないぞ! そんな……その……っ」
アドレは顔を真っ赤にし、歩き回る。
「し、仕事はどうする? いや、そもそも食事は? 油の匂いがダメなんだろ!? じゃあ、唐揚げは……いや唐揚げどころじゃない、栄養は? 寝室は? 空気は? 水は? 医者! 医者は毎日来るべきだ! いや、それじゃ足りないか!? 薬は? 薬は飲んでいいのか!? なにか……なにか……!」
「アドレ様、落ち着いてください」
侍女長が慌てて声をかけるが、まったく耳に入っていない。
「いや、落ち着けるわけがあるか! これは一大事だぞ! 俺は父になるのか!? ……父!? 父だと!? ……いや、まだ心の準備が……っ」
「アドレ様……父になるの、いやなんですか?」
メイベルが小首をかしげる。
「いやだなんて言ってない! むしろ……むしろ……っ!」
アドレの顔がさらに赤くなる。
「うれしいに決まってるだろうがぁぁぁぁっ!」
⸻
公爵家の反応
その叫びと同時に、廊下の向こうから使用人たちのどよめきが聞こえてきた。
「奥様、ご懐妊ですって……!」
「ついに……ついにお世継ぎが……!」
「唐揚げがダメになった時点で気づくべきでしたわ!」
「いやそこ!?」
アドレは勢いよく突っ込みを入れ、頭を抱えた。
「おい……なんで唐揚げが基準なんだ……」
⸻
メイベル にへらへら!
メイベルはそんな夫を見上げて、にへらっと笑った。
「でも……よかったですね。これで、唐揚げジャンキーの殿下が押しかけても、口実ができますよ。“妊婦に唐揚げを揚げさせるな”って」
「いや、それよりお前の体調が最優先だろ!」
アドレは再び大声を上げ、そして両肩をぎゅっと抱きしめた。
「絶対に俺から離れるな。お前も、子も、命に代えても守る」
その真剣な声に、メイベルは目を丸くし――
次の瞬間、にこっと笑って。
「えへへ……わかりました。だって……母親ですもんね」
「もうひとつのおめでとう」
メイベルの懐妊騒ぎが収まらぬうちに――
王宮から、もう一つの知らせが舞い込んだ。
「……ララベル様も、ご懐妊とのこと!」
報せを聞いた瞬間、アドレがぽかんと口を開け、メイベルは「えええっ!?」と跳ね上がった。
「え、え!? ララベル様って、殿下の……?」
「はい、殿下とララベル様、こちらと同じ時期に……」
使者が言い終わるより早く、メイベルは両手をぱぁっと打ち鳴らした。
「わぁぁぁ! おめでとうございますっ! 殿下もララベル様もっ!」
⸻
唐揚げとお祝い
その日の夕方、公爵家と王宮をまたいで、ちょっとしたお祝いの席が開かれた。
しかし――
「……で、殿下。どうして唐揚げを三皿も前に置いているんです?」
「決まっているだろう! 唐揚げは祝いの必需品だ!」
「……いや、妊婦の前で山盛り唐揚げはどうなんですか……」
アドレが呆れ顔で突っ込む横で、メイベルとララベルは顔を見合わせ、くすくす笑い合った。
「ねぇララベル様」
「はい、メイベル様」
二人の視線がふわりと交わる。
「「……もうひとつのおめでとうですね」」
同時に口にしたその言葉が、会場を柔らかく包み込んだ。
⸻
アドレは真っ赤になって怒り、殿下は唐揚げを抱え込みながら大騒ぎ。
でも、二人の妃殿下が幸せそうに笑う姿に、誰もが納得した。
「――これは国にとっても最高の“吉兆”だ」
そう囁かれた夜、
公爵家と王宮には、二重の祝福が静かに広がっていった。
23
あなたにおすすめの小説
殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!
さくら
恋愛
王太子アルベルト殿下の婚約者であった令嬢リリアナ。けれど、ある日突然「裏切り者」の汚名を着せられ、殿下の寵愛を失い、婚約を破棄されてしまう。
――でも、リリアナは泣き崩れなかった。
「殿下に愛されなくても、私には花と薬草がある。健気? 別に演じてないですけど?」
庶民の村で暮らし始めた彼女は、花畑を育て、子どもたちに薬草茶を振る舞い、村人から慕われていく。だが、そんな彼女を放っておけないのが、執着心に囚われた殿下。噂を流し、畑を焼き払い、ついには刺客を放ち……。
「どこまで私を追い詰めたいのですか、殿下」
絶望の淵に立たされたリリアナを守ろうとするのは、騎士団長セドリック。冷徹で寡黙な男は、彼女の誠実さに心を動かされ、やがて命を懸けて庇う。
「俺は、君を守るために剣を振るう」
寵愛などなくても構わない。けれど、守ってくれる人がいる――。
灰の大地に芽吹く新しい絆が、彼女を強く、美しく咲かせていく。
婚約白紙?上等です!ローゼリアはみんなが思うほど弱くない!
志波 連
恋愛
伯爵令嬢として生まれたローゼリア・ワンドは婚約者であり同じ家で暮らしてきたひとつ年上のアランと隣国から留学してきた王女が恋をしていることを知る。信じ切っていたアランとの未来に決別したローゼリアは、友人たちの支えによって、自分の道をみつけて自立していくのだった。
親たちが子供のためを思い敷いた人生のレールは、子供の自由を奪い苦しめてしまうこともあります。自分を見つめ直し、悩み傷つきながらも自らの手で人生を切り開いていく少女の成長物語です。
本作は小説家になろう及びツギクルにも投稿しています。
【完結】追放された私、宮廷楽師になったら最強騎士に溺愛されました
er
恋愛
両親を亡くし、叔父に引き取られたクレアは、義妹ペトラに全てを奪われ虐げられていた。
宮廷楽師選考会への出場も拒まれ、老商人との結婚を強要される。
絶望の中、クレアは母から受け継いだ「音花の恵み」——音楽を物質化する力——を使い、家を飛び出す。
近衛騎士団隊長アーロンに助けられ、彼の助けもあり選考会に参加。首席合格を果たし、叔父と義妹を見返す。クレアは王室専属楽師として、アーロンと共に新たな人生を歩み始める。
虐げられた聖女は精霊王国で溺愛される~追放されたら、剣聖と大魔導師がついてきた~
星名柚花
恋愛
聖女となって三年、リーリエは人々のために必死で頑張ってきた。
しかし、力の使い過ぎで《聖紋》を失うなり、用済みとばかりに婚約破棄され、国外追放を言い渡されてしまう。
これで私の人生も終わり…かと思いきや。
「ちょっと待った!!」
剣聖(剣の達人)と大魔導師(魔法の達人)が声を上げた。
え、二人とも国を捨ててついてきてくれるんですか?
国防の要である二人がいなくなったら大変だろうけれど、まあそんなこと追放される身としては知ったことではないわけで。
虐げられた日々はもう終わり!
私は二人と精霊たちとハッピーライフを目指します!
婚約破棄された伯爵令嬢ですが、辺境で有能すぎて若き領主に求婚されました
おりあ
恋愛
アーデルベルト伯爵家の令嬢セリナは、王太子レオニスの婚約者として静かに、慎ましく、その務めを果たそうとしていた。
だが、感情を上手に伝えられない性格は誤解を生み、社交界で人気の令嬢リーナに心を奪われた王太子は、ある日一方的に婚約を破棄する。
失意のなかでも感情をあらわにすることなく、セリナは婚約を受け入れ、王都を離れ故郷へ戻る。そこで彼女は、自身の分析力や実務能力を買われ、辺境の行政視察に加わる機会を得る。
赴任先の北方の地で、若き領主アレイスターと出会ったセリナ。言葉で丁寧に思いを伝え、誠実に接する彼に少しずつ心を開いていく。
そして静かに、しかし確かに才能を発揮するセリナの姿は、やがて辺境を支える柱となっていく。
一方、王太子レオニスとリーナの婚約生活には次第に綻びが生じ、セリナの名は再び王都でも囁かれるようになる。
静かで無表情だと思われた令嬢は、実は誰よりも他者に寄り添う力を持っていた。
これは、「声なき優しさ」が、真に理解され、尊ばれていく物語。
【完結】捨てられた薬師は隣国で王太子に溺愛される
青空一夏
恋愛
王宮薬草棟で働く薬師リーナは、婚約者ギルベルト――騎士見習いを支え続けてきた。もちろん、彼が大好きだからで、尽くすことに喜びさえ感じていた。しかし、ギルベルトが騎士になるタイミングで話があると言われ、てっきり指輪や結婚式の話だと思ったのに……この小説は主人公があらたな幸せを掴む物語と、裏切った婚約者たちの転落人生を描いています。
※異世界の物語。作者独自の世界観です。本編完結にともない題名変えました。
たいした苦悩じゃないのよね?
ぽんぽこ狸
恋愛
シェリルは、朝の日課である魔力の奉納をおこなった。
潤沢に満ちていた魔力はあっという間に吸い出され、すっからかんになって体が酷く重たくなり、足元はふらつき気分も悪い。
それでもこれはとても重要な役目であり、体にどれだけ負担がかかろうとも唯一無二の人々を守ることができる仕事だった。
けれども婚約者であるアルバートは、体が自由に動かない苦痛もシェリルの気持ちも理解せずに、幼いころからやっているという事実を盾にして「たいしたことない癖に、大袈裟だ」と罵る。
彼の友人は、シェリルの仕事に理解を示してアルバートを窘めようとするが怒鳴り散らして聞く耳を持たない。その様子を見てやっとシェリルは彼の真意に気がついたのだった。
公爵令嬢は皇太子の婚約者の地位から逃げ出して、酒場の娘からやり直すことにしました
もぐすけ
恋愛
公爵家の令嬢ルイーゼ・アードレーは皇太子の婚約者だったが、「逃がし屋」を名乗る組織に拉致され、王宮から連れ去られてしまう。「逃がし屋」から皇太子の女癖の悪さを聞かされたルイーゼは、皇太子に愛想を尽かし、そのまま逃亡生活を始める。
「逃がし屋」は単にルイーゼを逃すだけではなく、社会復帰も支援するフルサービスぶり。ルイーゼはまずは酒場の娘から始めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる