王太子に婚約破棄されたけど、私は皇女。幸せになるのは私です。

夢窓(ゆめまど)

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妖精姫は、そっと微笑む――婚約破棄は華麗に

「婚約申請と、とつぜんの国家機密」

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― :正式婚約申請とその波紋 ―

「――というわけで、公爵家として正式に、リリベッタとの婚約を申請したいと思う」

公爵ハリス・シュタインハルトが、重厚な封蝋付きの文書を差し出した日。
その報せを受けて王家から飛んできたのは――

「……ギデオンか。予想通り、いや予想以上に早かったな」

現れたのは、あの堅物で知られる王太子付きの側近ギデオン・ヴェルクナーだった。
額には汗。衣服には軽く砂埃。さっきまで全力で馬を走らせていたのだろう。

「ええ、飛びました。物理的に、馬で」

落ち着いた声でそう言うと、ギデオンはきっちり整えられた外套を脱ぎ、ハンカチで汗を拭きながら、書斎にずかずかと入ってくる。

「それでは、提出された内容を確認させていただきます」

机に文書を広げると、ギデオンの目が真剣な光を帯びる。

一字一句を静かに追い、印章の正当性、文面の整合性を丁寧に確認し終えたあと、彼は手元の書類を閉じ、目を上げた。

「では、あらためて確認させてください。
このたび、リリベッタ様とハリス様は、正式に婚約される――そう解釈してよろしいのですね?」

「もちろんだ。公的にも私的にも、すでにお互いの合意のうえで進めている。私の側からは何ひとつ揺るがない」

ハリスはそう言ってまっすぐな視線を返す。迷いのない瞳に、ギデオンはひとつ、咳払いをした。

「……これは私がどうこう申し上げる立場ではないのですが……」

「なんだ?」

「……正直に申し上げますと――かなり、難しい案件かもしれません」

「なに?」

思わずハリスは椅子から立ち上がる。
机に両手をつき、視線を鋭くしたその様子に、ギデオンは珍しく「うーん、うーん」と何度も額に指を当てて唸った。

「……説明いたします。ただし、少々長くなりますが、よろしいでしょうか?」

「当たり前だろ! 話せ!」

「理由を話せ。まさか、また政治的なややこしい事情でもあるのか?」

ギデオンはぴたりと口を閉じたかと思えば、さらりと口を開いた。

「実は私――隣国、すなわち皇国のスパイです」

「……は?」

「王太子殿下の言動は、定期的に、外交報告として詳しく皇国に上げております」

「ちょ、待て待て、なにそれ、え、スパイ? 報告って、どういう意味で?」

「そして、リリベッタ様も皇国の王女陛下です。……ご存じなかったのですか?」

「ええええええーーーーっ!?」

ハリスは頭を抱えた。
その横でギデオンは、まるで明日の天気でも語るかのような落ち着きで話を続ける。

「リリベッタ様は、先の革命でこちらに“保証人質”として預けられていたお方です。本来は王太子の妃として和平の証を果たす予定でした」

「……だから、父は“手を出すな”って言ってたのか……」ハリス、汗がダラダラっと、

「はい。エヴァレット公爵殿はこの背景をご存じで、“誰のものにもさせるな”と、特にご兄弟には念を押されていたそうです」

「……俺の知らんところで、国家レベルの縛りプレイが発動してたのかよ……」
思わずがっくりとうなだれるハリス。

そんな彼に、ギデオンは追い打ちをかけるかのように、静かに言った。

「なお、王太子殿下の阿呆っぷりも、丁寧に皇国に報告させていただいております」

ハリス
「なんか言い方雑になってないか!?」

「では、補足説明いたします」
ギデオンは手帳をすっと開き、すらすらと読み上げを始めた。

「○月×日:政務をサボってローラ嬢と花畑へ。
○月△日:“リリベッタは冷たい女”と発言。
○月◎日:政務中にローラ嬢の髪を褒めて十五分間仕事停止。
うんぬん、かんぬん。
……以上が直近一ヶ月の“愚行サマリー”です」

「……やっぱりあいつダメだな」

ハリスがため息をつくと、ギデオンは追い打ちのように言葉を重ねた。

「なお、リリベッタ様が泣いて寝込んだ件についても本国に報告済みです。

現在、皇国の上層部における王太子殿下の評価は“失望レベル:高”に設定されております」

「どんな分類なんだよ、それ……」

ハリスが肩を落としながら、ぼそりと問う。
「……で、俺と婚約するのは、まずいのか?」

ギデオンは少し首を傾げ、表情も変えずに答えた。

「いえ、現時点では最も平和的な妥協案です」

「どういう意味で?」

「王子に裏切られ、身内に庇護され、かつ本人が希望している。
つまり――“人質”から“外交カード”への昇格です」

「おい、今、俺のこと“カード”って言ったか?」

「ええ。現状、あなたは彼女を持つことで皇国との和平と友好を維持できる“生きたカード”です」

「ええ、ってなに平然と言ってんの!?」

ギデオンはすっと立ち上がると、きっちりと礼をした。

「とにかく、王太子殿下の件は、責任をもって粛々と報告いたします。
……では、正式な許可回答をお待ちください。お幸せに、ハリス殿」

バタン。

扉が静かに閉まったあと。
静まり返った書斎で、ぽつりと、ハリスのうめき声だけが落ちた。

「……やっぱり、リリィに“押し倒していいですか?”って言われたあの日が、俺の人生の分岐点だった……」
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