召喚された世界でも役立たずな僕の恋の話

椎名サクラ

文字の大きさ
4 / 59
第一章 聖者召喚と騎士団

03.聖者、街へ出る1

しおりを挟む
 聖者が行うことは、――なにもない。
 ただ魔獣討伐に着いていき祈るだけと説明されているが、では討伐に行かない間はなにをしたら良いかと言えば……本当になにもない。ただあの、なにもない部屋でゆっくり休めと言われるのだが、暇を持て余してむしろ苦痛だ。

「僕にできることって何かありませんか?」

 長い回廊を通る神官に尋ねるが、みな一様に困った顔をするばかりだ。

「特に困ってることはありませんし……この間のように掃除とかはしないでください。仕事を奪ってしまったらあの者たちが食べるのに困ってしまう」

 そう、衣食住を賄って貰う代わりに何かしようと、自分の部屋を始め色んな所を掃除した途端、怒られたのだ。下働きのものたちの仕事を奪うなと。彼らはそれで日々の食料を得ているのだと。大司教まで出てきて、それはもうこっぴどく叱られた真柴は、余計に何をしたらいいのか分からなくなる。

 生まれてこの方、じっと座っているのなんて学生時代以外ないのだ。社会人になってからは息をつく間もなく動き回り、立ったまま眠ることすら当たり前の日々。ただ部屋でじっとしているなんてできるはずがない。

「お暇でしたら……そうですね、市井をご覧になってはいかがですか? 聖者様はまだこちらのことをよくご存じないでしょう。護衛を手配しますのでちょっと待ってくださいね」
「いや、護衛なんてそんな大仰なことは」
「なにを言っているんですか。御身に何かありましたら僕たちが殺されますから」

 と言うわりには神殿内での扱いは杜撰だと思うのだが、日本の由緒正しいサラリーマンである真柴はしっかりと口を噤み、いつものように少しだけ口角を上げた。
 それを是と受け取った神官がすぐ傍に侍っている、日本なら中学生くらいの子供に指示を出すと、彼はすぐにどこかへと走って行った。小さい背中を見送るしかできなかった。

 あれくらいの子供なら学校は?
 親はどうした?
 働きに出るには低年齢過ぎないか?

 疑問は次から次へと浮かんだが、どうしても訊ねることができない。
 それで相手が不快に思ってしまうのを怖れてだ。

「外出するのであれば、その格好は目立ちすぎます。すぐに着替えてください」

 確かにそうだ。なんせ真柴が身につけているのは、ここへとやってきたときに着ていたスーツの一式なのだから。
 それ以外の服が、ない。
 着た切り雀で早十日、そろそろ着替えが欲しいところだが、真柴はそれすら言えずにいた。
 ズボンをはいている男性は多いが、ボタンで留める服など存在せず、しかも綿シャツが珍しいのかチラチラと見られる。生地の薄い服を身につけているのは王侯貴族だけ、らしい。
 神殿にやってくる人々の服装は簡素で、麻でできたごわついたものばかり。しかも服はすべて紐で縛られ、飾り気はない。

(大体十三世紀頃のヨーロッパくらいの文明かな……懐かしいな)

 大学で中世ヨーロッパ史を専攻していた真柴には懐かしく、大変興味深かったが、これが人生の役に立ったかと問われれば苦笑するしかない。

(だって、社会に出たらなんの足しにもならなかったからな)

 研究職で食べていければ良かったが、そこまでのめり込んでやれるだけの学費がなかった真柴は就職で随分と苦労したものだ。
 思い出してまた口角を上げた。
 誰しも好きを仕事にできるとは限らないと思い知ったときには時すでに遅し。
 でもがっつりと学べた四年間は本当に楽しかった。教授ともゼミの仲間ともずっと語り合っていた時間を取り戻したくなった。

(せっかく興味のある時代に似た場所に来たんだ、たっぷりと楽しまないと損だよな)

 気持ちを盛り上げていきたいが、その前に服だ。

「あの……服って……」

 貸して貰えませんか?
 と続けたかったが、上手く言葉が出ない。誰かに何かを借りるということに馴れていない。

「着替えを持ってきていないのですか? ……ああそうでしたね、すみません。今すぐ用意します」

 一瞬非難めいた音にビクリと肩が震え、それを見た神官がはっとして頭を下げすぐにどこかへと行ってしまった。
 着替えなどあるはずがない。
 なんせ勝手に召喚したのはそちらだろうに。着替えなど持ち合わせていないし、そういう所を気遣ってほしいなと思うけれど、やっぱり口には出さない。

「あの……聖者様、準備が整うまではお部屋に戻られてはいかがですか?」

 見習い神官の少年がおずおずと声をかけてきた。小学生ほどの小さな子供だ。身なりが良いのは実家が貴族なのかもしれない。

「ありがとう、そうさせてもらうよ」

 やはり静かにしているのが一番かな。
 なにもしていないと、自分がとても無力な人間になったような気持ちになり、落ち込んでしまう。けれど何かをすれば迷惑だと怒られる。

(いつもこの繰り返しだ……本当に僕って使えないな)

 ふと過去のことが思い出されて慌てて掻き消した。
 もう思い出したところでどうしようもないのだが、いつだって一人になると昔の自分が、上司や同僚の声と共に頭に蘇ってくる。慌てて頭の四隅に残るものまで消していき、長い嘆息をする。
 すぐに先程の神官がやってきて、真白い服を渡された。

「これを着て下さい。神官の服しかなくて申し訳ないのですが」
「いえ、助かります。ただ被れば良いのかな?」
「着方はこの子が分かってますから聞いて下さい。それと、騎士団の方がお待ちです、お早めに」

 そうだ、街に行くための護衛の手配がされていたのだ、早くしなければ。真柴は受け取った服に慌てて着替え始めたがやはり勝手が分からない。

(こんなことだったら服飾史もちゃんと頭に叩き込めば良かった)

 歴史ばかりを追いかけすぎて細部を疎かにしていた自分が恥ずかしい。これでは研究職として残っても芽が出なかっただろう。
 また口角を上げた。
 この子と先程の使い走りの少年が慌てて手伝ってくれた。よく見れば、まだ幼さの残る顔にはそばかすが浮かんでいる。

「ごめんね、君も忙しいのに」
「いえ。聖者様のお役に立てるなら光栄です! これから何かありましたらオレに言ってください」
「でも君にも他の仕事があるんだろう。悪いよ」
「大丈夫です! ちょっと他の神官様に呼ばれたら行かなきゃいけないんですけど、そうじゃなかったらなんでも! だって聖者様って魔獣を倒せる存在なんですから」

 鼻息荒く唾を飛ばす勢いで語られたら、思わず下がる。

「あ……ありがとう。ところで、君のご両親は?」
「えっと……、とーちゃんもかーちゃんも死んじゃって……運よく騎士団の人たちに助けて貰ったからここにいるけど、そうじゃなかったらと思うと……だから聖者様、お願いですから……その手伝いだったらオレなんでもするから!!」

 名前も知らない少年の熱意が、真柴の心を締め付けた。

(ごめん、多分僕は君に期待されるほどの人間じゃないよ)

 こっそりと心で呟いて顔は笑顔を作り「ありがとう」と告げた。それだけで少年は嬉しそうに笑い、服を着せていってくれる。
 内着は浴衣のように前身頃を左右に重ねて紐で縛り、その上をワンピースのような麻の白衣を纏う。そして今度は飾りの付いた紐でウエスト部分を縛るという簡易的な服装だ。
 次からは自分でできる。これからは彼を煩わせないことにホッとした。きっと自分よりも仕事はたくさんあるだろう彼に頼り過ぎてしまったらすぐに嫌われてしまうから。

「ありがとう、助かったよ。君のおかげで恥ずかしくない格好になれた」
「これくらいどうってことないです! では聖者様、行ってらっしゃいませ!」

 彼に見送られ、真柴は神殿を出た。すぐさま護衛だろう騎士達が近づいてくる。その中には随分と恐い顔をした背の高い男がいた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。 ----------------------------------------- 0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新

新年に余り物でおせちを作ったら、冷酷と噂の騎士団長様に「運命の番」だと求婚されました

水凪しおん
BL
料理人だった俺が転生したのは、男性オメガというだけで家族に虐げられる不遇の青年カイ。 新年くらいはと前世の記憶を頼りに作ったのは、この世界にはない『おせち料理』だった。 それを偶然口にしたのは、氷のように冷酷と噂される最強の騎士団長リアム。 「お前は俺の運命の番だ」 彼の屋敷に保護され、俺の作る料理が彼の心を溶かしていく。 不器用で、だけどまっすぐな愛情を注いでくれる彼と、美味しい料理で紡ぐ、甘くて温かい異世界スローライフ。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

自己肯定感低めの不幸な義弟が完璧な義兄と大揉めに揉める話

あと
BL
「こんな僕をお兄ちゃんは嫌ってるだろうな」 トップ俳優な完璧超人の義理の兄×不幸な自己肯定感低めのネガティブ義理の弟です。 お金ない受けが追い詰められて変なアルバイトしようとしたら、攻めと再会して……?みたいな話です。 攻めがヤンデレ気味で、受けがマジで卑屈なので苦手な人はブラウザバックで。 兄弟は親が離婚してるため、苗字が違います。 攻め:水瀬真広 受け:神崎彼方 ⚠️作者は芸能界にもお葬式ににもエアプなので、気にしないでください。 途中でモブおじが出てきます。 義理とはいえ兄弟なので、地雷の人はブラウザバックで。 初投稿です。 初投稿がちょっと人を選ぶ作品なので不安です。 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 内容も時々サイレント修正するかもです。 定期的にタグ整理します。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

隠れオメガの整備士は自由になりたい。なのに暴走する最強騎士を身体を張って止めたら、運命の番だとバレて過保護な専属契約を結ばされました

水凪しおん
BL
※オメガバース設定。激しい戦闘描写や、執着攻めによるマーキング描写、軽度の性的な接触の描写がありますので、15歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。 汚染された惑星を浄化する生体兵器『機装(ギア)』。 その搭乗者は優れた能力を持つ『アルファ』に限られ、彼らの精神を安定させる鎮静剤として『オメガ』が存在する世界。 整備士のエリアンは、オメガであることを隠し、ベータと偽って軍の最前線で働いていた。 オメガは道具のように扱われるこの社会で、自由を守るための必死の嘘だった。 だがある日、軍最強のエリートパイロット・クレイドの機装が暴走する事故に遭遇する。 死を覚悟して止めに入ったエリアンだったが、暴走する機体はなぜか彼にだけ反応し、沈静化した。 それは、隠していたオメガのフェロモンが、クレイドと強烈な『共鳴』を起こした瞬間だった。 「見つけた。俺の対になる存在を」 正体がバレたと戦慄するエリアンに対し、冷徹なはずのクレイドが向けたのは、処罰ではなく執着に満ちた熱い視線で……? 孤独なエリート騎士×身分を隠した健気な整備士。 星の命運と本能が交錯する、近未来SFオメガバース!

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

ぼくの婚約者を『運命の番』だと言うひとが現れたのですが、婚約者は変わらずぼくを溺愛しています。

夏笆(なつは)
BL
 公爵令息のウォルターは、第一王子アリスターの婚約者。  ふたりの婚約は、ウォルターが生まれた際、3歳だったアリスターが『うぉるがぼくのはんりょだ』と望んだことに起因している。  そうして生まれてすぐアリスターの婚約者となったウォルターも、やがて18歳。  初めての発情期を迎えようかという年齢になった。  これまで、大切にウォルターを慈しみ、その身体を拓いて来たアリスターは、やがて来るその日を心待ちにしている。  しかし、そんな幸せな日々に一石を投じるかのように、アリスターの運命の番を名乗る男爵令息が現れる。  男性しか存在しない、オメガバースの世界です。     改定前のものが、小説家になろうに掲載してあります。 ※蔑視する内容を含みます。

処理中です...