召喚された世界でも役立たずな僕の恋の話

椎名サクラ

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第三章 二度目の討伐の不幸

06.副団長、怒る3

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 意地になったアーフェンと団員で追いかけ回し森の奥へと入っていく。魔魚と遭遇した森よりも木は生い茂り、奥へと進めば進むほど暗くなっていく。茂る葉の種類も変わり、背も高くなる。前へ進むのが困難な獣道を、草を切りながら進んでいった。
 さすがにもうこんなにも背の高い草だらけでは膝の高さしかない野生生物を見つけるのは難しいだろう。分かっているのに意地になって探し回った。

「もう戻りましょうよ、副団長」
「なに言ってんだ、あいつを絶対に捕まえてやる!」

 無謀にも近い言葉に、嘆息してもついてきてくれた。
 自分が冷静さを失っていると気付かないまま分け入ったアーフェンは、ハッと動きを止めた。

「どうしたんですか、ふくだ……っ!」

 なんということだ。
 獲物どころか、目の前に現れたのは先程ローデシアンと話していた一角水獣の群れではないか。
 森の奥深く、僅かに開けて陽光が差し込むその場で、まだ幼い幼獣を育てている。
 じりっと後ずさった。
 育児中の成獣は気が立っている。幼獣を守るために、餌を得るために気性が普段よりも荒くなり、誰にも手が付けられない。

 なぜ今この時に魔獣と遭遇してしまうんだ。
 こちらの気配にすぐさま気付いたのは一角水獣の幼獣だった。好奇心が勝ってやってこようとする。
 これが気が荒くなっている成獣に見つかったら……ここにいる全員が死んでしまう。
 アーフェンの手での合図にすぐさま後から来た団員が後退していく。
 そこに静かにというサインも加えれば、音もなくゆっくりと来た道を戻ろうとする。

 だが一角水獣の幼獣は人間側の都合も考えずに楽しげな足取りで近づいてくる。その後ろ姿をじっと成獣が見つめて、おもむろにすっと目を細めた。

(気付かれたか! ……だめだこのままじゃ全滅だ……)

 餌を獲りに出て全滅など笑えない。ましてや自分が同行してとなったら余計だ。
 この危地に陥らせたのは間違いなくアーフェンの意地のせい。

(これじゃ聖者がいなければなにもできないと証明するようなものじゃないか……)

 騎士団は決して無能なんかじゃない。
 そう証明したいのに、成獣が今襲いかかってきたら、防具を身につけていない今、一突きで確実に、死ぬ。
 ゴクリと唾を飲み込んだ。
 なぜこの時に遭遇するのだと自分の不運を呪い、同時に今ここに真柴がいないことを呪った。

 あいつさえ起きていれば。
 あいつさえ付いてきていれば。
 こんな目に遭わなかったのに……。
 そう考えてしまう自分にすらアーフェンは苛立った。
 じり、じりと後退し、広い場所まで戻ろうとするより幼獣が近づいてくる速度の方が早い。その向こうでゆっくりと成獣が立ち上がろうとしている。目はしっかりとこちらを見て。

 駄目か……。
 だがアーフェンと幼獣の間を、あの野生生物が横切った。
 すぐに幼獣が行方を見つめ、飛び跳ねるように追いかけ始めた。こう見れば無邪気な仔馬のようだが、攻撃を受けてしまえばたとえ幼獣であっても人間など一撃だ。
 幸いアーフェンたちを撒くほど俊敏な野生生物は、一角水獣の幼獣相手でも器用に避けては逃げ切ろうとしている。右に左に逃げる野生生物の動きに喜んで後を追いかけては長い足で潰そうと地面を踏み込み、楽しそうに跳ねている。

 アーフェンはそれを見てまた団員に指示を出した。すぐの撤退だ。今であれば撤退は楽だ。
 なぜなら成獣の目はずっと幼獣に向けられ、こちらから逸れている。
 音さえ立てなければ逃げられる。

 ――逃げるだと……くそっ!

 騎士団が一番遭遇したかった魔獣が目の前にいるのに、勝てる見込みがないと逃げ出さなければならない悔しさが、虚しさが、激しくアーフェンの胸に嵐を起こした。
 しかし、死んでは意味がない。
 自分だけではなく誰一人として死なせてはならない。

 ――ちっ!

 心の中で舌打ちをしてアーフェンもその場から速やかに撤退するしかなかった。
 自分たちが作った道を引き返すアーフェンの顔は今までになく険しい。
 恨みがすべて真柴に向いていく。

(あいつがいないのが悪い……なんでこんな大事なときにいないんだ。なんのための聖者だ、俺たちを救うために来たんだろうがっ!)

 苛立ちが収まらない。
 ようやく森の外に出てやっと深い息を吐いた。

「ビックリしましたよ、こんな領城の傍に魔獣がいるなんて思ってもいなかったから。……それにしても悔しいですよ、あれを狩れたらすげー装備になりますよ! なんてったって滅多にお目にかかれない幼獣ですよっ」

 唾を飛ばす勢いで話しかけられ、周囲もそうだそうだと同調する。

「……あそこで戦ったら全滅だ」

 認めたくない事実。口にしたくないけれど己の技量を客観視するためにも把握した方がいい。だが、先の魔魚で興奮している若手には伝わらない。

「そんなのやってみなきゃ分からないじゃないですか。以前よりも装備も充実したんですよ、俺たちだけでもいけたんじゃないですか?」
「そうだよな。しかも幼獣は珍しいから高い金になったかも!」
「騎士団の評価もうなぎ登りだったかも知れなかったじゃないですか、あいつらを倒せば。怖じ気づいちゃ駄目ですよ、副団長」

 屈託なく笑う若手の、現状把握の低さにさらに顔を歪めた。

「なにそんな怖い顔をしてるんですか……副団長?」

 いつにない雰囲気を読み取って笑っていた彼らも次第に顔を曇らせていく。
 そこまでの実力が自分たちにないとは知らず、ただアーフェンが恐ろしく感じた。だがアーフェンの心の内は違った。
 成獣と目が合った瞬間、あの鋭い角に心の臓を射貫かれる絵しか頭に浮かばなかったのだ。今はすぐ傍に真柴はいない。死んでしまったら……僅かな怪我だったとしても治癒されない。それどころか、成獣の凄まじい早さと、同時に尻尾を振る度に繰り出される水の矢は容易に避けることはできない。

 たった一匹だったとしても、この人数と装備とそして、真柴がいない状況で無傷でなどいられない。

「……くそっ!」

 アーフェンは近くにあった木に拳を打ち込んだ。
 ドンッという鈍い音の後に高い位置の枝は揺れ、枯れ葉がパラパラと落ちて驚いた鳥が声を上げ羽ばたいていった。

「……ふく……だんちょ……?」

 怒りを露わにするアーフェンの姿に若手たちも驚き、声をかけようとしてなにを言えば良いか分からず言葉を句切り、見守った。
 すべてはあの場に真柴がいなかったことが原因だ。
 あいつさえちゃんとやるべきことをやっていなかったのが悪い。
 聖者なのだから自らこの世界での役目を果たすべきだろう、なのに眠るとは何事だ、団員よりも多く食べ、なにもせずローシェンに乗っているだけなのに……団の足手まといでしかないのに。
 怒りがすべて真柴へと向かっていくのをアーフェンは止められなかった。

「あいつにきっちりと仕事をやらせてやる」

 おどろおどろしい感情が沸き起こり、自分でも制御できなくなった。苛立ちも悔しさも不甲斐なさもすべてが真柴が起因と考えてしまう。
 己の不甲斐なさを棚に上げ。

(全部あいつのせいだ……あの力を俺たちのために使ってやる)

 この一件から、アーフェンは今まで以上に真柴に辛く当たるようになった。
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