召喚された世界でも役立たずな僕の恋の話

椎名サクラ

文字の大きさ
35 / 59
第五章 副団長の決意

07.岩獅子討伐4

しおりを挟む
 仲間の方に気を向けすぎて、こちらに向かっている岩獅子の確認を怠っている間に距離が縮まり、そのうちの一頭が低い姿勢から後ろ足で土を蹴って飛びかかってきた。
 後退しなければ覆い被さられる。
 分かっていても疲れをたっぷりと含んだ足は、最初の頃のような俊敏な動きができなくなっている。
 鋭い爪と牙がアーフェンに襲いかかる。

「今だ、水を放て!」

 ローデシアンの声が響き、すぐさま木の上に待機していた団員から大量の水が放出された。
 突然の滝のような水を浴びた岩獅子は、先程以上の悲鳴を上げドシンとアーフェンのすぐ傍に落ち、のたうち回る。

「もっと水を掛けろ! 手が空いている奴はアーフェンを回収しろ!」
「回収って……俺はまだ動ける!」
「黙れ! バカをやっている暇があったら後ろに下がれ!」

 怒号が岩獅子の悲鳴に混じり周囲に響き渡る。地面に転がってのたうち回っていた一頭にローデシアンが剣を突き刺した。硬くてどうすることもできなかった岩のような肉が、衝撃と共にボロボロと崩れ始めた。何度も剣を打ち付けていき、ついには心の臓が見え、躊躇うことなくそこに剣先を突き刺した。

「ぎぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ」

 断末魔の悲鳴を上げ、その岩獅子はついに動きを止めた。

「鎚で打て! 砕けたら心の臓を突き刺せ!」

 動きが鈍くなった岩獅子がどんどんと肉を砕かれ殺されていく。
 その一部始終をアーフェンは重くなった身体で地面にしゃがみ込みながら見つめた。
 これで任務完了だ。
 ホッと肩の力を抜いた。

 思ったよりも大がかりだが、無事に岩獅子を倒すことができた安堵と、疲弊しきった身体の心地よい重さを抱えて、ゆっくりと立ち上がった。
 あの禍々しい目はどれも動かず、牙を剥き出しにした苦しげな表情で横たわっている。

(はっ……あいつの力を借りなくても、俺たちだけで倒した……)

 ずっと胸の中にあった閊えがほろりと落ちた、ような気がしたその時だった。

「だんちょーーーーーーっ!」

 怒号が上がった。

「なっ……!」

 突如、騎士団が隠れていたのとは反対の木々の中から岩獅子が飛び出して、指揮をしていたローデシアンに襲いかかったのだ。

(うそ……だろ……)

 なぜもう一頭いるんだ……。
 どの報告でも六頭で襲撃してきたと言っていた。
 七頭目がいるなんて誰も言わなかった。

「このやろーーーーっ!」

 ローデシアンの右腕を噛みちぎった岩獅子は、飛びかかられた勢いで倒れた身体の急所を狙おうとした。

「させるかーーーーっ!」

 大きく口を開けるその中に剣を押し込めば、牙がすぐさま噛みつき食い止めた。

「剣をよこせーっ!」

 新人が己の剣を投げ、傍にいたもう一人が鎚を手に岩獅子を後ろから衝撃を与える。
 大腿骨に痛みを感じた岩獅子が振り返った瞬間を狙い、おぞましい色の目に剣を突き刺した。

「ぎょあぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 咆哮にも似た声を上げ、口に咥えた剣を落とした。すぐさま拾い上げ、もう一つの目にも剣を突き刺す。両目を失った岩獅子は大きな前足で目の周りを必死に引っ掻きもんどりを打ち、地面を転げ回った。
 鎚が岩獅子の頭に振り下ろされる。それでもまだ死なず、団員が次々とその身体に鎚を、剣を振り下ろしていった。

「お前だけは……お前だけは許さねーーっ!」

 アーフェンも目に刺さっていた剣を抜き、開いた口の奥へと突き刺していく。
 硬いのは皮下だけで、喉の奥は他の魔獣と変わらず、ズグリと肉を刺す感触が伝わってくる。もう一度剣を抜き、突き刺していく。何度も何度も、動けなくなるまでひたすら岩獅子を刺していった。

 血は飛び散り、アーフェンの身体を汚していくが気にする余裕はなかった。
 岩獅子が動けなくなっても続けるアーフェンの気迫に、剣も鎚も振り下ろすのをやめた団員が見守る。
 肩を叩かれようやくアーフェンは動きを止めた。

「もういい、アーフェン。死んでいる」
「だ……ちょ……」

 血まみれのローデシアンだった。右手を布で縛り付けられているが、肘から下が……なかった。

「右手……右手がっ!」
「ああ、そうだな。これではもう剣を握ることができなくなった」

 嘘だ……。
 騎士団で誰よりも強いはずのローデシアンが、どんな戦いでも冷静に立ち向かうローデシアンが、利き手である右手を失うなんて。
 そんなのあっていいはずがない。

「すぐさま王都に! あいつに……あっ」

 そうだ、真柴の力だったらすぐに元に戻してくれる。傷ができたなんて嘘だったかのように治してくれる。
 そう頭に浮かんで、アーフェンは動きを止めた。

(俺は……またしてもあいつの命を天秤に掛けた……)

 ローデシアンの腕と真柴の命を秤に乗せた。あんなにも真柴を死なせはしないと頑張っていたのにまた自分たちのためにその命を削り取ろうとした一瞬があった。
 けれど心の天秤が示した結果にアーフェンは言葉を失った。
 唇だけではなく手までもが震えはじめる。

「いいんだ、アーフェン。これで、いいんだ」
「団長の手がっ……」
「油断した結果だ……これだって私たちの勲章だろう」
「……だん、ちょ……」

 騎士団を長きにわたって支え守ってきた腕。それがあんな一瞬で失ってしまうなんて思いもしなかった。けれど、治す方法はあれしかない。
 なのに……。

「私のことは気にするな。我らは国を守り人を守るのが使命だ、それで命を落としても悔いはない。けれど、あれは違うだろう」

 そうだ。命を賭して人々を守り二度と自分と同じような子供を作らないために、騎士団に入った。
 腕をなくそうが、足をなくそうが、すべて覚悟で自分から志願したのだ。
 それはローデシアンだって同じなのだろう。
 アーフェンは初めてローデシアンに会った日と同じように、その身体に縋り付いて泣いた。泣き続けた。



 王都へと戻ったアーフェンは、騎士団を退団した。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。 ----------------------------------------- 0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新

新年に余り物でおせちを作ったら、冷酷と噂の騎士団長様に「運命の番」だと求婚されました

水凪しおん
BL
料理人だった俺が転生したのは、男性オメガというだけで家族に虐げられる不遇の青年カイ。 新年くらいはと前世の記憶を頼りに作ったのは、この世界にはない『おせち料理』だった。 それを偶然口にしたのは、氷のように冷酷と噂される最強の騎士団長リアム。 「お前は俺の運命の番だ」 彼の屋敷に保護され、俺の作る料理が彼の心を溶かしていく。 不器用で、だけどまっすぐな愛情を注いでくれる彼と、美味しい料理で紡ぐ、甘くて温かい異世界スローライフ。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

自己肯定感低めの不幸な義弟が完璧な義兄と大揉めに揉める話

あと
BL
「こんな僕をお兄ちゃんは嫌ってるだろうな」 トップ俳優な完璧超人の義理の兄×不幸な自己肯定感低めのネガティブ義理の弟です。 お金ない受けが追い詰められて変なアルバイトしようとしたら、攻めと再会して……?みたいな話です。 攻めがヤンデレ気味で、受けがマジで卑屈なので苦手な人はブラウザバックで。 兄弟は親が離婚してるため、苗字が違います。 攻め:水瀬真広 受け:神崎彼方 ⚠️作者は芸能界にもお葬式ににもエアプなので、気にしないでください。 途中でモブおじが出てきます。 義理とはいえ兄弟なので、地雷の人はブラウザバックで。 初投稿です。 初投稿がちょっと人を選ぶ作品なので不安です。 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 内容も時々サイレント修正するかもです。 定期的にタグ整理します。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

隠れオメガの整備士は自由になりたい。なのに暴走する最強騎士を身体を張って止めたら、運命の番だとバレて過保護な専属契約を結ばされました

水凪しおん
BL
※オメガバース設定。激しい戦闘描写や、執着攻めによるマーキング描写、軽度の性的な接触の描写がありますので、15歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。 汚染された惑星を浄化する生体兵器『機装(ギア)』。 その搭乗者は優れた能力を持つ『アルファ』に限られ、彼らの精神を安定させる鎮静剤として『オメガ』が存在する世界。 整備士のエリアンは、オメガであることを隠し、ベータと偽って軍の最前線で働いていた。 オメガは道具のように扱われるこの社会で、自由を守るための必死の嘘だった。 だがある日、軍最強のエリートパイロット・クレイドの機装が暴走する事故に遭遇する。 死を覚悟して止めに入ったエリアンだったが、暴走する機体はなぜか彼にだけ反応し、沈静化した。 それは、隠していたオメガのフェロモンが、クレイドと強烈な『共鳴』を起こした瞬間だった。 「見つけた。俺の対になる存在を」 正体がバレたと戦慄するエリアンに対し、冷徹なはずのクレイドが向けたのは、処罰ではなく執着に満ちた熱い視線で……? 孤独なエリート騎士×身分を隠した健気な整備士。 星の命運と本能が交錯する、近未来SFオメガバース!

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

ぼくの婚約者を『運命の番』だと言うひとが現れたのですが、婚約者は変わらずぼくを溺愛しています。

夏笆(なつは)
BL
 公爵令息のウォルターは、第一王子アリスターの婚約者。  ふたりの婚約は、ウォルターが生まれた際、3歳だったアリスターが『うぉるがぼくのはんりょだ』と望んだことに起因している。  そうして生まれてすぐアリスターの婚約者となったウォルターも、やがて18歳。  初めての発情期を迎えようかという年齢になった。  これまで、大切にウォルターを慈しみ、その身体を拓いて来たアリスターは、やがて来るその日を心待ちにしている。  しかし、そんな幸せな日々に一石を投じるかのように、アリスターの運命の番を名乗る男爵令息が現れる。  男性しか存在しない、オメガバースの世界です。     改定前のものが、小説家になろうに掲載してあります。 ※蔑視する内容を含みます。

処理中です...