召喚された世界でも役立たずな僕の恋の話

椎名サクラ

文字の大きさ
36 / 59
第六章 誰も知らぬ地で

01.聖者の平穏1

しおりを挟む
 ふわりと温かい風が舞い上がり、芽吹いたばかりの青草を撫で咲き乱れた花弁を宙へと押し上げていく。その後を優しく穏やかな風がするりと通り過ぎ、強風に下ろされた瞼を甘く撫でた。
 ひと月前は膝まであったはずの雪がいつの間にか消え、名残を消すように世界は美しい彩りに覆われている。

 見上げれば薄い雲が風に押されて流れていき、蒼穹に優しい色合いを加えていた。
 長くなった黒髪の乱れを直しながら、手にした籠をもう一度抱え上げ、真柴は緩やかな坂道を歩く。
 小さな畑で穫れたばかりのアフレフトとバサルは重く、籠いっぱいまで頑張ったことを後悔したが、その足取りは軽い。

「前にベルマンさんが言ってたバサルってタマネギだったんだ。この世界にもタマネギがあるなら料理の幅が広がるな」

 頭の中で簡単なレシピを思い浮かべるが、何一つ味を思い出すことができなくて苦笑した。
 真柴は今、ルメシア領内にあるポーチュギースという小さな村にいる。
 気候は穏やかで雪は少し多いが作物がよく育ち、小さな畑でも自給自足ができるだけの作物が育つ。その中から今日使う分を抜いて帰るのが真柴の仕事だ。

「今日はオニオンスープにしよう。まだ干し肉が残っているから、それを入れて……主食はどうしようかな」

 楽しげに細い道を歩く足取りは軽い。
 一時に比べて体重は戻ったし、体力も上がった。
 王都からこの地に移ってからというもの、とにかく調子が良い。穏やかな気候と美味しい食べ物のおかげもあるが、なによりもここにいる人たちは真柴が聖者だと知らない。
 プレッシャーもストレスもない世界にいると、こんなにも心が穏やかになるんだと驚き、こんな気持ちになったのは何年ぶりだろうと考える余裕すら出てきた。

(大学に入るまでは……でも高校も中学も受験で大変だったし……小学校は人間関係が辛かったから……本当にいつぶりかなんて分からないや)

 ただご飯を食べるために野菜を植えて、元気に育つように手入れをして、大きくなったら収穫する。畑にいない時間はご飯を作って食べて寝る、ただそれだけの日々なんて、思えばとても贅沢だ。

 小さな村の外れに建つ家は魔獣から人々を守る高い壁ギリギリにあるが、王都に比べて一軒一軒が離れていることもあり、声を気にすることもない。
 そして、新たにやってきた真柴のことを、誰も詮索しなかった。
 村に男手が増えるのは良いというだけで、それ以上は聞いてこなかったことに安堵したのもあるだろう。

「おう、マシバ! もう帰りか?」

 隣の畑……といってもかなり距離があるが、そこの老人が手を振ってくれた。

「はい、今日はたくさん穫れたので、これから料理します」

 手を振り返し、ペコリと頭を下げればその向こうにいる奥さんが少しだけ困ったように笑った。
 これはしょうがない。
 真柴も苦笑してあまり気にしないようにする。

 なんせ、真柴の髪と目の色はこの世界では珍しいのだ。
 漆黒の目は特に珍しいようだ。
 だが一瞬驚いても誰も何も言わず、移り住んで一年が経った今では話しかけてくれるようになった。それだけで充分だと、今にも倒れそうな家へと戻る。

「ただいまー」

 家の奥に声をかけ、すぐにかまどへと向かう。
 この世界の調理にも随分と慣れた真柴は、腕まくりをして火を点け始めた。
 野菜を切り、どんどんと鍋の中へと入れていく。ストッカーに入れてある干し肉を取り出して細長く切ったらそれも鍋に入れ、水を入れ煮込む。煮立ったら塩を入れて終わりという簡単な調理法だが、意外と味が出て美味しいのだ。
 スープだけでお腹いっぱいになるのは難しいので、主菜をどうするか悩んでいると扉が開いた。

「なんだ、もう帰っていたのか」

 入ってきたのはアーフェンだ。弓と剣を背中に持ち、大きな手は兎の耳を鷲掴みしている。

「おかえりなさい、ベルマンさん!」

 元気に声をかければ、アーフェンはちらりと真柴の手元を見てすぐに裏の扉をくぐっていった。
 きっと穫ったばかりの兎を捌くのだろう。
 料理はなんとかできでも二十一世紀の日本で生まれ育った真柴には、動物の解体が怖くて仕方ない。アーフェンやこの村の人々にとっては当たり前の事でも、先程まで生きていたはずの動物の腹にナイフを入れる勇気が真柴にはない。

 それを説明してからというもの、アーフェンはなるべく真柴にその一部始終を見せないよう、離れたところで行うようにしてくれた。
 正直有り難いが、自分ができないことに申し訳なさも芽生えてしまう。
 今、この地で真柴はアーフェンと二人で暮らしている。

 この世界で男の二人暮らしは珍しくないという。
 あまりに魔獣の襲撃が頻繁で、家族を失うことが往々にあるというのが理由のようだ。寡婦(夫)も孤児も多く、日本のような婚姻制度ではままならない。
 どうしても跡継ぎが必要な貴族以外は、特に婚姻に関しての縛りがない。戸籍の管理もされていないので、結婚届というものも存在しない。互いが共にいることを認識していれば、それが家族なのだそうだ。

 大雑把さに驚いたが、真柴とアーフェンの関係を詮索されないから助かってもいた。
 ただの居候でお荷物です……と紹介するには真柴の立場は問題だらけなのだ。
 こんなにも役に立たない聖者なら、いてもいなくても変わらないのだから、隠す必用なんてないだろう。

 以前そんなことをアーフェンに言ったことがある。
 これからは身分を隠し、アーフェンと暮らすことになると告げられた時だ。
 真柴があまりにも体調を崩し、自分で起き上がることもできなくなった頃、むしろこんな足手まといは神殿にいた方が騎士団の迷惑にかからないのになぜだろうと訝しんだ。なんせ真柴を召喚したのは神殿だ。神殿が責任を負うべきではないかと。

 だがアーフェンはそれには答えてくれなかった。ただ「言うとおりにしろ」と口にするばかりで、真柴もその後になにも言えなかった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。 ----------------------------------------- 0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新

新年に余り物でおせちを作ったら、冷酷と噂の騎士団長様に「運命の番」だと求婚されました

水凪しおん
BL
料理人だった俺が転生したのは、男性オメガというだけで家族に虐げられる不遇の青年カイ。 新年くらいはと前世の記憶を頼りに作ったのは、この世界にはない『おせち料理』だった。 それを偶然口にしたのは、氷のように冷酷と噂される最強の騎士団長リアム。 「お前は俺の運命の番だ」 彼の屋敷に保護され、俺の作る料理が彼の心を溶かしていく。 不器用で、だけどまっすぐな愛情を注いでくれる彼と、美味しい料理で紡ぐ、甘くて温かい異世界スローライフ。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

自己肯定感低めの不幸な義弟が完璧な義兄と大揉めに揉める話

あと
BL
「こんな僕をお兄ちゃんは嫌ってるだろうな」 トップ俳優な完璧超人の義理の兄×不幸な自己肯定感低めのネガティブ義理の弟です。 お金ない受けが追い詰められて変なアルバイトしようとしたら、攻めと再会して……?みたいな話です。 攻めがヤンデレ気味で、受けがマジで卑屈なので苦手な人はブラウザバックで。 兄弟は親が離婚してるため、苗字が違います。 攻め:水瀬真広 受け:神崎彼方 ⚠️作者は芸能界にもお葬式ににもエアプなので、気にしないでください。 途中でモブおじが出てきます。 義理とはいえ兄弟なので、地雷の人はブラウザバックで。 初投稿です。 初投稿がちょっと人を選ぶ作品なので不安です。 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 内容も時々サイレント修正するかもです。 定期的にタグ整理します。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

隠れオメガの整備士は自由になりたい。なのに暴走する最強騎士を身体を張って止めたら、運命の番だとバレて過保護な専属契約を結ばされました

水凪しおん
BL
※オメガバース設定。激しい戦闘描写や、執着攻めによるマーキング描写、軽度の性的な接触の描写がありますので、15歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。 汚染された惑星を浄化する生体兵器『機装(ギア)』。 その搭乗者は優れた能力を持つ『アルファ』に限られ、彼らの精神を安定させる鎮静剤として『オメガ』が存在する世界。 整備士のエリアンは、オメガであることを隠し、ベータと偽って軍の最前線で働いていた。 オメガは道具のように扱われるこの社会で、自由を守るための必死の嘘だった。 だがある日、軍最強のエリートパイロット・クレイドの機装が暴走する事故に遭遇する。 死を覚悟して止めに入ったエリアンだったが、暴走する機体はなぜか彼にだけ反応し、沈静化した。 それは、隠していたオメガのフェロモンが、クレイドと強烈な『共鳴』を起こした瞬間だった。 「見つけた。俺の対になる存在を」 正体がバレたと戦慄するエリアンに対し、冷徹なはずのクレイドが向けたのは、処罰ではなく執着に満ちた熱い視線で……? 孤独なエリート騎士×身分を隠した健気な整備士。 星の命運と本能が交錯する、近未来SFオメガバース!

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

ぼくの婚約者を『運命の番』だと言うひとが現れたのですが、婚約者は変わらずぼくを溺愛しています。

夏笆(なつは)
BL
 公爵令息のウォルターは、第一王子アリスターの婚約者。  ふたりの婚約は、ウォルターが生まれた際、3歳だったアリスターが『うぉるがぼくのはんりょだ』と望んだことに起因している。  そうして生まれてすぐアリスターの婚約者となったウォルターも、やがて18歳。  初めての発情期を迎えようかという年齢になった。  これまで、大切にウォルターを慈しみ、その身体を拓いて来たアリスターは、やがて来るその日を心待ちにしている。  しかし、そんな幸せな日々に一石を投じるかのように、アリスターの運命の番を名乗る男爵令息が現れる。  男性しか存在しない、オメガバースの世界です。     改定前のものが、小説家になろうに掲載してあります。 ※蔑視する内容を含みます。

処理中です...