召喚された世界でも役立たずな僕の恋の話

椎名サクラ

文字の大きさ
38 / 59
第六章 誰も知らぬ地で

03.聖者の平穏3

しおりを挟む
「本当に色んな仕事があります。僕がしていたのは……なんて言えば良いんだろう、パソコンっていう魔法の箱があって、計算したり遠い人への手紙を一瞬にいして届けてくれたりするんですけど、それができるようにするための、魔法の言葉を最初に入れておかないといけないんですね。その魔法の言葉を使って、仕事が簡単になるようにするのが仕事だったんです」

「……お前は魔法使いだったのか!?」
「例えですよ。実際は魔法じゃなくて、その魔法の箱を動かすための言葉が決まっていて、それを並べるだけなんですけどね……僕はそれがとても下手くそだったんです」
「……仕事にしているのにか?」
「そうなんです……仕事にしているのに、下手くそだったんです。……僕はそのための勉強をしてなかったのに、魔法使いになろうとしたんですよ」

 あははと笑おうとして、歪になってしまうのが自分でも分かる。ポーチュギースに来てからは全く思い出すこともなくなった重い気持ちが、再燃する。
 何もかもを否定されていく日々。自分が頑張ってきたことを馬鹿にされ嗤われていた時の、虚しさが久しぶりに湧きあがる。

「本当は別の仕事がしたかったんですけどね」

 思わず漏れてしまった本音はスープを飲むことで誤魔化した。

「……別にしたいことがあったなら、魔法使いをやめればいいのに……それをしなかったのか?」
「えっ?」
「嫌なら辞めればいい。無理して嫌な事を続けても良いことがない」
「本当に……そのとおりですね」

 良いことなんて一個もなかった。ただ苦しいばかりで自分がなんのためにいるのかすら見失っていた。
 誰も助けてくれなかった。
 辞めれば良いなんて言ってくれた人は誰もいなかった。

(違う、僕が誰にも話さなかったんだ、こんな風に……)

 会社の誰もが自分のことを馬鹿にしているんだろうと怖くなって、会話なんてできなかった。向かい合うこともできなかった。その結果……。

「辞めなかったのか? それともお前の世界は一回決めた仕事は辞められないのか?」
「そんなことはありません……辞めたいときに好きに辞められますが……僕は怖くてそれができませんでした」
「怖い?」

 アーフェンが信じられないと真っ直ぐに真柴を見た。

「仕事はやりたくてやるものだろう。どうしてやりたくもないことをして辞めるのが怖いんだ? 誰も怒ったり強制したりしていないんだろう」

 その通りだ。
 例え真柴があの会社を辞めたところで誰も困りはしない。むしろいなくなってせいせいしたと思うことの方が多いかもしれない。それでも……。

「仕事をしていないと自分がダメな人間のように……そう、自分の存在が否定されているようで怖かったんです」

 好きでやっていた研究を貶められても、仕事ができないと蔑まれても、それよりも自分が無意味な存在だと思われることの方を怖れていたのだ。

「そういうものなのか……」
「もしかしたら僕だけかも知れませんけど。それが怖くて辞めることができなかったんですよ」

 あはははともう一度無理矢理に笑った。アーフェンはただそれを真っ直ぐに見つめるだけだ。蔑む色はそこにない。
 不思議だ。
 どんな話をしても、どんな失敗を犯しても、アーフェンはただ真っ直ぐに真柴を見つめて、怪我をすれば心配し、壊したものがあれば一緒に片付けて「次は丈夫なやつを造らないとな」とフォローしてくれる。

「存在の否定か……俺はそんなことすら考えたことがなかった。お前は凄いな」
「僕は真っ直ぐに自分のするべきことをしようとしているベルマンさんのほうがずっと凄いと思います」
「……なんだよ、それ……」

 褒めると急に不機嫌になり、そっぽを向く。
 この時だけ、昔のアーフェンに戻ったようで、唇を尖らせて少しだけ顔を赤めるのが、真柴は好きだった。
 真っ直ぐで何一つ迷いのないところも、自信に満ち溢れているがそれを僅かも面に出さないところも。

「僕もベルマンさんみたいな強さがあったらもっと生きやすいんだろうな」

 本音だ。
 アーフェンのような強さが欲しい。真っ直ぐに自分の意志を貫くことができる強さが。聖者としてのプレッシャーから解放されてようやく周囲を見回すことができるが、誰も自分の心に蓋をして生きている人がいない。

 いつからだろう、あんな生き方が当たり前になったのは。
 自分を否定して、矮小になって、思ったことすら口にできないなんて。
 もし自分がアーフェンのように自信に満ち溢れた人間だったら、聖者だと言われた段階で流されることなく自分には特別な力がないとはっきり言えただろう。なにもできないから教えてほしいと。

(そういえば仕事も、新人教育を過ぎてから誰かに教えてほしいと助けを求めたことがなかったな)

 迷惑がられるんじゃないかと、馬鹿にされるんじゃないかと、訊くことすら怖れていた。分からない単語も、その時は笑って頷き後で意味を知ってから場違いなことをしてしまったと落ち込んだことが何度もある。
 けれど、改善できなかった。

 ただ落ち込むだけで現状を打破しようという気概がなかった。
 自分の駄目さを目の当たりにして、本当に久しぶりに口角を上げた。もう癖になった笑い方は、早々治るものではないが、それを見たアーフェンは眉をしかめた。

「無理になんでも諦めたような笑い方をするな。お前の穏やかさは美徳なんだ、誰でも持っているものじゃない」
「え……?」

 初めてアーフェンに褒められて驚いた。それがまた癪に障ったのかとても不機嫌だと言わんばかりの顔になる。

「なんで驚く」
「いえ……そんなことを言われたのは初めてなので……前の世界でもそんなことを言われたことがなかったので……」
「そうなのか? 俺はお前のそういう所が好ましいと思っている」

 いつにない遠回しな言い方に笑った。夕暮れ独特の茜色がアーフェンの顔を染めるから、一瞬口説かれているのかと勘違いしてしまうが、そんなはずがない。それでも「好ましい」なんて言われれば嬉しいと感じてしまう。

 だって、真柴はアーフェンに好意があった。
 それが自分を守ってくれることへの依存からなのか、憧れから来る羨望なのか、共にいることで芽生えた親愛なのか、真柴には分からない。けれどアーフェンから認めて貰えたようで嬉しさが胸の中に広がり、幸福感が指先にまで届く。

「ありがとうございます」

 はにかみながら笑い、隠すように俯いて食事を早めた。
 いつもは柔らかくて美味しいと思っていた兎の肉の味が分からなくなる。けれど、美味しいものを食べたときのように胸が熱くなり、子供の頃のようにワクワクしてしまう。擽ったくて背中が痒くて、なんとも言えない気持ちになる。
 こんな感情、生まれて初めてだ。

(これが恋……なのかな?)

 真柴にはよく分からないが、アーフェンとの生活は心地よくて今を手放したくはない。

「ここでは好きなことだけをしていればいい」

 ぶっきらぼうな優しさを見せてくれるから、心が傾く。
 このまま今の生活が続けられることを、神に願った。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。 ----------------------------------------- 0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新

新年に余り物でおせちを作ったら、冷酷と噂の騎士団長様に「運命の番」だと求婚されました

水凪しおん
BL
料理人だった俺が転生したのは、男性オメガというだけで家族に虐げられる不遇の青年カイ。 新年くらいはと前世の記憶を頼りに作ったのは、この世界にはない『おせち料理』だった。 それを偶然口にしたのは、氷のように冷酷と噂される最強の騎士団長リアム。 「お前は俺の運命の番だ」 彼の屋敷に保護され、俺の作る料理が彼の心を溶かしていく。 不器用で、だけどまっすぐな愛情を注いでくれる彼と、美味しい料理で紡ぐ、甘くて温かい異世界スローライフ。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

自己肯定感低めの不幸な義弟が完璧な義兄と大揉めに揉める話

あと
BL
「こんな僕をお兄ちゃんは嫌ってるだろうな」 トップ俳優な完璧超人の義理の兄×不幸な自己肯定感低めのネガティブ義理の弟です。 お金ない受けが追い詰められて変なアルバイトしようとしたら、攻めと再会して……?みたいな話です。 攻めがヤンデレ気味で、受けがマジで卑屈なので苦手な人はブラウザバックで。 兄弟は親が離婚してるため、苗字が違います。 攻め:水瀬真広 受け:神崎彼方 ⚠️作者は芸能界にもお葬式ににもエアプなので、気にしないでください。 途中でモブおじが出てきます。 義理とはいえ兄弟なので、地雷の人はブラウザバックで。 初投稿です。 初投稿がちょっと人を選ぶ作品なので不安です。 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 内容も時々サイレント修正するかもです。 定期的にタグ整理します。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

隠れオメガの整備士は自由になりたい。なのに暴走する最強騎士を身体を張って止めたら、運命の番だとバレて過保護な専属契約を結ばされました

水凪しおん
BL
※オメガバース設定。激しい戦闘描写や、執着攻めによるマーキング描写、軽度の性的な接触の描写がありますので、15歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。 汚染された惑星を浄化する生体兵器『機装(ギア)』。 その搭乗者は優れた能力を持つ『アルファ』に限られ、彼らの精神を安定させる鎮静剤として『オメガ』が存在する世界。 整備士のエリアンは、オメガであることを隠し、ベータと偽って軍の最前線で働いていた。 オメガは道具のように扱われるこの社会で、自由を守るための必死の嘘だった。 だがある日、軍最強のエリートパイロット・クレイドの機装が暴走する事故に遭遇する。 死を覚悟して止めに入ったエリアンだったが、暴走する機体はなぜか彼にだけ反応し、沈静化した。 それは、隠していたオメガのフェロモンが、クレイドと強烈な『共鳴』を起こした瞬間だった。 「見つけた。俺の対になる存在を」 正体がバレたと戦慄するエリアンに対し、冷徹なはずのクレイドが向けたのは、処罰ではなく執着に満ちた熱い視線で……? 孤独なエリート騎士×身分を隠した健気な整備士。 星の命運と本能が交錯する、近未来SFオメガバース!

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

ぼくの婚約者を『運命の番』だと言うひとが現れたのですが、婚約者は変わらずぼくを溺愛しています。

夏笆(なつは)
BL
 公爵令息のウォルターは、第一王子アリスターの婚約者。  ふたりの婚約は、ウォルターが生まれた際、3歳だったアリスターが『うぉるがぼくのはんりょだ』と望んだことに起因している。  そうして生まれてすぐアリスターの婚約者となったウォルターも、やがて18歳。  初めての発情期を迎えようかという年齢になった。  これまで、大切にウォルターを慈しみ、その身体を拓いて来たアリスターは、やがて来るその日を心待ちにしている。  しかし、そんな幸せな日々に一石を投じるかのように、アリスターの運命の番を名乗る男爵令息が現れる。  男性しか存在しない、オメガバースの世界です。     改定前のものが、小説家になろうに掲載してあります。 ※蔑視する内容を含みます。

処理中です...