【完結】それは本当に私でしたか? 番がいる幸せな生活に魅了された皇帝は喪われた愛に身を焦がす

堀 和三盆

文字の大きさ
29 / 88

29 壊れたヴィクトリア

しおりを挟む
 ヴィクトリアは相変わらず心ここにあらずといった様相で。ロイエが話しかけても上の空の状態だ。にもかかわらず赤子が泣けば体が動く。

 出産と同時にこうなったというのに、その赤子の泣き声だけに唯一反応しているのは皮肉に感じた。

 やはり初めての子供は特別なのだろうか。


『……おそれながら。そのお言葉は皇后様の御心を傷つけます。初めての……と、何をもってそう言われるのか。皇帝陛下は今一度『元凶』となった事態に目を向けるべきかと』


 ふと。側近の言葉を思い出し、ロイエは極力冷静になって考える。


(初めての子供……だからな。産後は精神が不安定になりやすいと聞くし、優秀なヴィクトリアといえどもやはり初めての子育てには不安があるのだろうか……)


 竜人は長寿で頑丈だ。大抵のことは豊富な魔力で乗り切れるし、生命の危機などほとんどない――が。

 それは『成人した健康な竜人』に限ってのことだ。

 種族上長寿とはいえ、その分新たな命を生み出す妊娠・出産は母体への負担が大きく少なからずリスクがあるし、特に赤子は弱くちょっとしたことで命を落とす。

 七歳を超えて魔力が安定するまでは、竜人の子供も魔力の低い人間のそれと何ら変わりないほどの身を守る能力しか持ち合わせていないのだ。

 竜人に限らず獣人の子供はその傾向が強いから、貴族や王族といえども幼い我が子は手元に置いて育てる場合が多い。身を守る術のない幼子に代わり、親が自らの魔力を与えて、大切な我が子を守るのだ。

 母乳が出ないこともあるからもしもの事態に備え乳母が用意されてはいるが、そういった事情もあって、子供が乳離れするまでは母親のもとで育つのが当たり前となっている。


 出産については特に問題はなかった。
 やはり慣れぬ子育てで……と考えて。


 ロイエはふとした引っ掛かりを感じる。
 どこかぼんやりとしたヴィクトリアではあるが、その手つきは危なげなく手慣れている……慣れすぎている。

 子供が多くいる平民や収入の低い低位貴族では、仕事と子育てを両立させるために家族で助け合って、上の子供が弟妹の世話を焼きやたら赤子の世話に手慣れた者がいたりもするが、ヴィクトリアには侯爵家の後継となる双子の兄が一人いるだけで弟妹はいないし、親戚にも小さい子はいない。
 しかも、彼女の家は帝国でも有数の高位貴族だし親戚を含め一族はかなり裕福だ。

 ――それなのに。

 我が子の泣き声を聞いて僅かに反応するヴィクトリアの生気のない表情とは対照的に、ミルクにオムツに抱っこ、テキパキと迷いなく対処するその手つきはまるで……既に、子育てをしたことがある――――かの、ような………。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

幸せな番が微笑みながら願うこと

矢野りと
恋愛
偉大な竜王に待望の番が見つかったのは10年前のこと。 まだ幼かった番は王宮で真綿に包まれるように大切にされ、成人になる16歳の時に竜王と婚姻を結ぶことが決まっていた。幸せな未来は確定されていたはずだった…。 だが獣人の要素が薄い番の扱いを周りは間違えてしまう。…それは大切に想うがあまりのすれ違いだった。 竜王の番の心は少しづつ追いつめられ蝕まれていく。 ※設定はゆるいです。

あなたの運命になりたかった

夕立悠理
恋愛
──あなたの、『運命』になりたかった。  コーデリアには、竜族の恋人ジャレッドがいる。竜族には、それぞれ、番という存在があり、それは運命で定められた結ばれるべき相手だ。けれど、コーデリアは、ジャレッドの番ではなかった。それでも、二人は愛し合い、ジャレッドは、コーデリアにプロポーズする。幸せの絶頂にいたコーデリア。しかし、その翌日、ジャレッドの番だという女性が現れて──。 ※一話あたりの文字数がとても少ないです。 ※小説家になろう様にも投稿しています

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目の人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

【完結】2番目の番とどうぞお幸せに〜聖女は竜人に溺愛される〜

雨香
恋愛
美しく優しい狼獣人の彼に自分とは違うもう一人の番が現れる。 彼と同じ獣人である彼女は、自ら身を引くと言う。 自ら身を引くと言ってくれた2番目の番に心を砕く狼の彼。 「辛い選択をさせてしまった彼女の最後の願いを叶えてやりたい。彼女は、私との思い出が欲しいそうだ」 異世界に召喚されて狼獣人の番になった主人公の溺愛逆ハーレム風話です。 異世界激甘溺愛ばなしをお楽しみいただければ。

王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…

ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。 王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。 それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。 貧しかった少女は番に愛されそして……え?

たとえ番でないとしても

豆狸
恋愛
「ディアナ王女、私が君を愛することはない。私の番は彼女、サギニなのだから」 「違います!」 私は叫ばずにはいられませんでした。 「その方ではありません! 竜王ニコラオス陛下の番は私です!」 ──番だと叫ぶ言葉を聞いてもらえなかった花嫁の話です。 ※1/4、短編→長編に変更しました。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

処理中です...