魔王と勇者のPKO 2

猫絵師

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子供の頃に見た海は青く澄み渡っていてどこまでも遠くまで続いていた。

空と海の境界に消える船を眺めてため息を吐いた。

『潮風に当たりすぎるとまた肌が荒れるよ。

それに日光もあまりの良くないだろ?』

ウィルの声。彼はいつも隣に居た。

彼は日傘を差し出して私から太陽を遮った。

『やめてよ。

せっかく外なのに台無しだ』

『ヘイリー、また寝込まなきゃいけなくなるよ。

辛くなるのは君なんだよ、それにそれを見てる僕もね』

そう言われて渋々太陽を諦めた。

潮風に当たりすぎたのか、頬が少し痒い。

『船がまた出ていくね』

ウィルが私の視線をなぞって、その先に大きな帆を張った船を見つけた。

『うん、私達が想像できないような場所に行くんだ』

帆を張って、滑るように海を進む。

今日は絶好の航海日和だろう。

カモメが風の中を漂い、翼を広げて海へと漕ぎ出した。

『カモメはどこまで行けるんだろうね?』

『分からないけど、師匠せんせいはずっと沖の方でも見たことがあるみたいだよ。

そういえば師匠が、ヘイリーの体調が良ければ侯爵様に内緒で釣りに連れていってくれるって』

『本当?!』

『うん。

だから今日はもう休もう』

『大きいの釣れるかな?』

『さあ?もしかしたらイルカが釣れるかもよ』

ウィルはそう言って笑っていた。

そんなことあるはずないのに、少年の頃の私達はそんな楽しい空想をしてた。

『ウィルとならどこにでも行ける気がするよ』

『僕もヘイリーとならどこへでも行くよ』

二人なら可能な気がしてた…そんな夢を見てた…

✩.*˚

「ヘイリー、気が付きましたか?」

目眩を覚えて倒れたのは覚えてる…

「良かった」

私の顔を覗き込んでウィルが安堵のため息を漏らした。

「…倒れて、どのくらいだ?」

「そんなに経ってません。

せいぜい五分程度です」

魔王の飛竜船に乗って興奮したせいだ。

全く、情けない…昔の夢まで見た…

「ここは?」

「大事にするといけないからと、陛下が船の中で様子を見るように気遣ってくださいました。

飛んではいませんが飛竜船の中ですよ」

「気が付いたかね?」

私達の会話を聞き付けたのだろう。

魔王の声がした。

身体を起こそうとして止められた。

「無理は良くない。

私なら気にしないからゆっくり休みなさい」

魔王という肩書きの割に父親のように優しい人物だ。

骨だけの姿にも慣れてしまえば彼の個性として受け入れることができる。

あの可愛らしい勇者もそうなのだろう。

「ヴェルフェル侯爵。

君を私の船にお招きしたのは他でもない、君の身体を心配してのことだ。

今まで随分無理な治療を続けてきたようだな、辛かったろう?」

そんなことを言われるとは思ってなかった。

驚きで言葉を失っていると、アーケイイックの王は懐から薬の包みを取り出して見せた。

私の薬と同じものだ。

「ヴェストファーレンから頼まれてね。

君の病気のことを色々調べさせてもらった。

エマヌエル病…原因不明の難病だ。

我が国ではエマヌエル病患者は確認されてない。

それにしても君の症状は随分酷いようだな。

発熱、関節の炎症、皮膚疾患、虹彩異常、目眩、失神、貧血の症状が出ているようだね」

「お恥ずかしい限りです。

侯爵などと不相応な身分の病人です」

物心着く前に病を発症した。

私は死と隣合わせの病人として生きてきたのだ。

侯爵などという重い荷物を背負えるような人間ではない。

私の答えに彼は首を横に振った。

「そう絶望するな。

君はとても賢いが、人生を悲観するには若すぎる…

そして死ぬのにも…」

「…貴方は…私の《泉の女神》にでもなってくれるのですか?」

エマヌエル…

みんな知ってるおとぎ話だ。

人違いで神に呪われた可哀想な少年だ。

何の咎もないのに、瓜二つの王子の犯した罪を被せられ、女神に呪いをかけられた。

皮膚は爛れ、瞳は色を失い、全身の激痛に苛まれて苦しみ、行き着いた先の《泉の女神》に救われた。

ただし、泉から死ぬまで離れられなくなった。

彼はそのまま泉の中で咲く花になり、その花をエマヌエルと呼ぶようになった。

その話を知っているのだろう。

魔王はまた首を横に振った。

「君は《エマヌエル》にはならない。

それに、《泉の女神》は私ではない。彼女の役だ」

そう言って白い仮面を付けた少女を指さした。

その異質な姿にギョッと目を見張る。

まるで子供の姿をした死神のように、全身を真っ黒な服で統一し、長い金の髪を左右に二つ高い位置で結んでいる。

「第五王女のマリア・タフロスだ。

私と同じ不死者リッチであり、アーケイイック一の医学に精通した医師だ」

「ごきげんよう、悲劇の主人公様。

お加減はいかがかしら?」

彼女は優雅にスカートの裾を摘むと、右足を引いて少し膝を折るお辞儀した。

ユトレヒト公国の貴族のお辞儀に似ていた。

仮面は魔法を帯びていて、表情を豊かに映し出す。

不気味さをこれでもかと詰め込んだ彼女の足元には、恐怖に追い打ちをかけるように、二メートル程の黒い蛇がとぐろを巻いていた。

彼女はなんの前触れもなく、私に向かってエマヌエルの演劇の台詞を読んだ。

「〝可哀想なエマヌエル。

私の泉にその身を浸し、湧き出る水を飲みなさい。

乾いた肌も、濁った瞳も、絶え間ない責め苦から貴方を癒してあげましょう〟」

小さな王女は賛美歌や聖歌がよく似合いそうな透き通った声でさえずった。

呆気に取られて言葉を失う私達を眺めて仮面が笑う。

「どう?女神様に見えるかしら?」

「ふざけるな!」

我に返ったウィルが怒鳴った。

彼の握った拳が怒りで震えていた。

「ウィル、落ち着いて…」

「子供の演劇に付き合う気は無い!

侯爵閣下の大切な時間を無駄にするなら帰らせてもらう!

エマヌエルの女神の台詞など聞きたくもない!!」

「だから、助けてあげるって言ってるでしょ?

あんたとは話してないわ、腰巾着。

人の話は最後まで聞くものじゃなくて?」

自分よりずっと大きな男に怒鳴りつけられたというのに、彼女は何も無かったように飄々としている。

「ウィル。

相手は王女だ、その口の利き方は良くない。

心配してくれてありがとう、私は平気だ。

それより身体を起こしたい」

「無理しなくていいのよ、ここまで来るのに相当身体を酷使したでしょう?」

小さな王女は、ウィルの手を借りて身体を起こす私を気遣ってくれた。

仮面には相変わらず不気味な笑顔が張り付いている。

「ありがとう。

でもこのままだと話しにくいのでね。

そのくらいいいでしょう、お医者様アールツト?」

「あら?私貴方とは仲良くなれそう。

とっても気の利いた子ね。

おしゃべりはお好き?」

「文化的なユトレヒトの人ほどではないけど好きだよ」

私の言葉に、彼女の仮面から表情が消えた。

「…その名前久しぶりに聞いたわ」

「とても可愛いお辞儀だったよ。

でもあの会釈をするのはユトレヒトの貴族だけだ」

私の指摘が何かまずいものだったのだろうか?

彼女は明らかに動揺していた。

「そうなの?

お父様、もっと早く教えてちょうだいよ!」

「前に話したが、君は直さなかったじゃないか…

まあ、もう癖になってるし直らないだろう?」

「恥ずかしい…

アーケイイックはそういうの自由だから気にしたこと無かったわ…」

「私は何かまずい事言ったのかな?」

「身バレするのは困るのよ!

私はこの国で楽しく生きてるんだから!」

仮面の目が吊り上がる。

怒ってるのかな?

「別に君のことを詮索したりしないよ。

タフロスって姓が気になるけど…

確か大公の分家が…」

「やめてよ!もうあの家は関係ないわ!」

「分かった分かった、もう言わないよ…

だからウィルの無礼は許してくれ。

彼は私の恋人パートナーなんだ」

私の言葉に明らかに嫌な顔をした。

《公式恋人》の制度は他国ではあまりいい顔されないな…

彼女の特別な仮面は、感情を出す代わりに隠すこともできないようだ。

「…いいわ、話を続けましょう」

ふんっと不満げに鼻を鳴らして彼女は長い髪を跳ね上げた。

見事な金の髪がキラキラと舞う。

「ところで、私は貴方を侯爵閣下と呼ぶの面倒くさいんだけど、なんて呼んだらいい?

エマヌエルは嫌でしょう?」

それはちょっと嫌だな、と苦笑いが零れた。

「親しい人はヘイリーと呼ぶよ」

「ヘイリー…

ヘイリーって言うのは可愛いわね。

私はマリーでいいわ。

様をつけても良いのよ」

仮面がウインクする。

そういうことも出来るんだ…面白い仮面だ…

「ありがとう。

私もヘイリーと呼ばれる方が好きなんだ」

私の横でウィルが怖い顔をしてるがそれは見えないことにしよう…

マリーも完全に彼が居ないていで話をしている。

黒い皮の手袋をはめた両手の指先を合わせ、小首を傾げて可愛らしく話し始める。

「じゃあヘイリー。

貴方のことはお父様から聞いてるわ。

聞いてるって言っても多分ほんの一部、氷山の一角よ。

お医者様と患者は二人三脚と一緒よ。

信頼関係がないといい結果は結べないわ。

私の言いたいことはお分かり?」

「訊かれたことに正直に全部答えろってことかな?」

お芝居がかった喋り方に苦笑いで答えると、彼女はテンポ良くうんうんと頷いた。

「分かってるなら話は早いわ。

私は楽しくないのと無駄な時間は大嫌い。

言いたくないなら簡単に、《はい》《いいえ》だけでもいいわ。

でも、その前に…」

マリーがそう言ってウィルに顔を向けた。

仮面の目が細くなり、口がへの字に曲がる。

「お父様、その番犬を隣の部屋のヴェストファーレン様に預けてくれない?

視線が鬱陶しくて心底邪魔だわ」

「いいや、ここで聞かせてもらう。

さっきから聞いていれば王女とはいえ随分な物言いだ。

侯爵を任せられるとは思えない」

随分機嫌が悪いな。

すぐにでもグレンデルを放ちそうだ…

威嚇されてるマリーはと言うと、「めんどくさ」とボヤきながら指先で髪の毛をクルクルと触っている。

彼女は本当にウィルが眼中に無いみたいだ。

お互いの引かない姿勢に私もため息が出た。

「ウィル…

私を心配してくれるのはありがたいが、君がいちいち話の腰を折ると面倒だ。

彼女の言う通りにしてくれ」

「娘がすまないね…

こういうちょっと変わった子なんだ。

医師としての腕は私が保証する。

だからここは一つ、私に免じて退室をお願いできないだろうか?」

魔王だというのに彼は随分腰が低い。

下手に高圧的な態度を取られるより、下から来られる方が反発しにくいものだ。

相手が高位の者となれば尚更だ。

ウィルが折れるしかない。

彼の悔しそうに握られた拳は震えていた。

拳にそっと手を添えると彼は怒ったような悲しい目で僕を見た。

知ってるよ…

君が自分自身の非力さに恥じてる顔だ。

彼は僕の手を握り返して額にキスしてくれた。

見られてるのにお構い無しだ…

それとも見せつけてるのかな?

「…何かあったら呼んでください…すぐ駆けつけます」

「うん、ありがとう」

そういう所が可愛いんだよな。

魔王と彼が部屋から出ていくのを見送って、私はマリーに向き直った。

彼女にはショッキングだったかな?

仮面がの顔がなんとも言えない顔になってる。

「男が男にキスするの初めて見たわ…」

「キスくらい驚くことじゃないさ。

私は妻と寝るより彼と寝ることの方が多いんだから…」

「うっわぁ…ほんっと意味わかんないわぁ…」

彼女は気持ち悪く思っているのだろう。

彼女の反応は少しだけ不愉快だ。

「私は他人の趣味や好みにどうこう言う気は無いし、アーケイイックは多様性を認め合う国だけど、それってどういう感覚なのか分かんないわ。

同性愛なんて生産性のない行為だと思わない?」

「そんなこと聞くために彼を遠ざけたわけじゃないだろ、お医者様?」

苛立ちが態度に出てしまう。

「私達は誰よりも強い絆がある。

他人に理解されたいという思いは無い。

質問は以上かな?」

「ええ、そうね、無駄なことを言ったわ。

ごめんなさい」

彼女は意外とあっさりと謝罪した。

「私が貴方たちの関係にケチをつける資格はなかったわね。

私には関係ないんだから…

でもね、目の前でイチャつく貴方も悪いのよ」

「それは反省しよう」

私の返事に、肩を竦めて頷く彼女の仮面の顔は少し笑ってるように見えた。

彼女は気を取り直して机の引き出しから筆記用具を取り出した。

「じゃあ、ヘイリー、質問いいかしら?」

私が黙って頷くと彼女は紙面にペンを走らせた。

「先ずは、貴方の年齢と身長と体重、父母の血統を教えて。

兄弟はいるかしら?

あと、血縁者に同じ病気の方はいるかしら?」

「年齢は満三十二歳、身長は確か180cmくらいかな?

体重は…最後に測った時63kgだったかな?」

「随分軽いわね…痩せすぎよ」

「よく言われる」

マリーはストレートな言い方をする。

良くも悪くもそれが彼女なのだろう。

「父はヴェルフェル侯カスパー・エーベルハルト。

母はクラウゼヴィッツ伯爵家次女ツェツィーリア。

姉と弟がいるけど、弟は戦死した。

姉はナスヴェッター伯爵家に嫁いだ。

名前はアンネマリー。

私の知る限りヴェルフェル侯家もクラウゼヴィッツ伯家にもエマヌエル病患者は居ないが、幼くして死んだ子供は数人いるからいないとも言いきれない」

「なるほど…その辺はヴェストファーレン様にも確認するわ。

病気は何時いつから症状が出てるの?記憶はある?」

「三歳頃から酷い皮膚疾患が出た。

小さかったから掻きむしっていつも血だらけになってた。

痒かったのと痛かったのはよく覚えてる…

それまでにもよく熱をだす子供だったみたいだが、私には記憶が無いから聞いた話だね」

「辛かったわね…」

「辛かったのは私だけじゃないさ…」

そう言って思い出すのは母の言葉だった。

私の事を見るのが辛かったのだろう。

祖父とヴェストファーレンに私を尊厳死を何度も説得してた。

家督は弟に譲ればいい、と…

それでも《祝福》を持って生まれた私を、祖父もヴェストファーレンも死なせてはくれなかった。

《祝福》は私にとってはただの《呪い》だった。

結局弟が先に死に、私が残った…

私の言葉を紙に綴りながらマリーは次々質問した。

症状やこれまでの治療、これまで一番調子の良かった時と悪かった時といった病気に関わることから、食べ物の好みなどまで訊かれた。

正直言って、必要あるのかよく分からない質問も飛び出した。

「趣味は?一つや二つあるでしょう?

なんでもいいのよ、教えて」

「趣味…それって何か関係あるのかな?」

「大ありよ。

治療に伴う不安や苦痛を和らげるのに必要よ。

何も楽しみも目標もなく、先の見えない治療するだけなんて辛いでしょ?

体より先にメンタルやられちゃうわよ」

なるほどね、彼女は意外といいお医者様なのかもしれない。

少なくとも患者のことを見ようとしてる。

「退屈は体にとって毒よ。

それに、心が死んだら…体を治しても虚しいだけよ…」

彼女の声が暗くなる。

何を思っているのだろう?

彼女に心当たりがあるのだろうか…

「君は優しいね」

私の口から自然とそんな言葉が出た。

「私の知ってるお医者様に、そんな事を言う人はいなかったよ。

私を死なせたら自分の命さえ危ういから必死に治療した。

痛くて苦しい治療ばかりで、私がなんと言っても聞いてくれなかったよ。

君は違うね、私を見ようとしてくれてる」

「マリーは…苦しいのは嫌だもの…」

ペンを走らせる手が止まる。

彼女は手元を見たまま動かなくなった。

「苦しいのも痛いのも、取り繕う嘘も嫌い…

希望は欲しいけど、無駄なものならそれも要らない…

手を抜く気は無いけど、全力で努力して報われないなんて虚しいと思わない?」

「…マリー…君も苦しいの?」

「…ほんの少しだけ、ね…」

そう言って彼女の仮面は取り繕うように笑った。

「まぁ、私の話はおいおいね。

それより質問に答えて欲しいわ」

もう既に元の彼女の調子に戻ってる。

彼女の明るい声に少し安心した。

「そうだった、脱線してすまない。

趣味はこんな体だから読書かな?

乗馬や散歩も好きだけど、止められることの方が多いからね」

「適宜な運動は良い事よ、続けた方がいいわ」

「いいことを聞いた。

ウィルにもそう言ってくれると助かるな」

私がそう言って笑うと、彼女もペンを持つ手を口元に運んで、ふふっと笑った。

彼女とは価値観の違いはあるが、分かり合えないことは無さそうだ。

不思議な少女だ…

「意欲があるのは良いことよ。

病気を完治させることは出来なくても、抑えられるようになったらしたいことはある?」

「…他の人に言わない?」

「いいわよ、言って」

「遠くに行きたいんだ…

船に乗って、旅がしたい」

私の答えを聞いて、彼女の手元のペンがピタリと止まり、手元に落ちていた視線が私に移る。

「随分スケールの大きい夢ね」

「笑うかい?」

「笑うわけないでしょ?ステキじゃない?」

マリーはできるともできないとも言わなかった。

否定されないことが嬉しかったが、肯定されないことに不安が過ぎる。

「マリー…答えて欲しい。

あのヴェストファーレンがなりふり構わず君達を頼った。

正直、私はあとどれ位生きれる?」

少女の姿をしたお医者様は「マリーは死神じゃないわ」と前置いて答えた。

「今の薬のままだと二、三年、薬を止めたら二ヶ月程、あるいはもっと早く…

貴方の主治医がそう言ってたって、彼は言ってたわ」

「…知らないのは私だけかな?」

「安心しなさい。

彼は一人で抱え込んでたから誰も知らないわ。

内心穏やかじゃなかったでしょうね。

あなたの服用してるものに代わる薬を求めて、何度も魔物の国に来て、魔王と取引するくらいだもの。

貴方は愛されてるわ」

彼女はニコリと笑った。

「薬は…確約できないけど、何とか早く見つかるように努力するわ。

だから貴方も勝手に死なないでよね。

何度も言うけど、エマヌエル病は難病よ。

苦しむ人は貴方だけじゃないし、薬を求めてる人は大勢いる。

アーケイイックがエマヌエル病を抑える薬を作ればお互いにとって悪い話じゃないでしょ?

私達もせっかくできたフィーア王国のパイプ役を無くすわけにいかないわ」

「やれやれ、やっぱり慈善事業ではないね。

まぁ、利権絡みの方が私としても安心できるけど…」

「当たり前でしょ?

貴方は私達からその薬を買うの。

製法も材料も極秘事項よ。

貴方には私達との薬の取引の独占権をあげるから、人間にばら撒くなら貴方の権限でやってちょうだい。

独占権の代わり貴方はアーケイイックのために死ぬ気で働いてもらうわよ」

「分かりやすくて助かるよ。

それについてはヴェストファーレンとは話は着いているのかな?」

「お父様からお伝えしてるはずよ。

ヴェストファーレン様だって首を縦に振るしかないんじゃない?」

まあ、そうだろうけど…

アーケイイック側はしっかりしているな…

「私の言う通りにしたら船にも乗れるかもね」

そう言って彼女は笑った。

その笑顔に少しだけ希望を見てしまった…

この死神に似た不気味な少女が女神に見える。

「なあに?私の顔が変かしら?」

「君の素顔は可愛かったろうね」

「何よ、藪から棒に…

私の顔はお父様と同じ骨だけの顔よ、残念でした」

そう言ってマリーが少しだけ仮面をずらした。

白い仮面の下に赤い光をともした空洞が覗いた。

「貴方も死んだらこうなるわ。

みんなそうよ。

だから精々こうならないように足掻く事ね、ヘイリー」

ふふっと鼻で笑った彼女だったが、その声は寂しそうだった。

仮面を元に戻したマリーは女優のように大きな身振りで私に語りかける。

彼女は不死者のくせに、実に活き活きしている。

「ヘイリー、人生なんて一度きりよ。

苦しい悲しい退屈な人生なんてもう捨ててしまいなさい。

どうせ同じ人生なら楽しみましょう?」

彼女の演劇は板についていて、その言葉を信じてしまいそうになる。

私は「そうだね」と言って笑っていた。

✩.*˚

煙草の煙が揺れた。

空気が動いたのだろう。

ドアの軋む音と閉まる音がして、そこにアーケイイックの王とウィルの姿があった。

「おや、煙草かね?

私はもう随分とご無沙汰だ」

ジョークなのだろうか?

彼は骨だけの身体だから、煙を吸い込むこともできないだろうに…

「お節介だが、それは身体に良くない。

禁煙をお勧めするね」

「傭兵時代から愛飲してるものですから、ないと口寂しくなります」

「止めれば止めたで案外無くても何とかなるものさ。

私は死ぬまで吸ってたがね」

彼は、ははっと笑いながら私に歩み寄って火の点いた煙草を攫った。

「君が死んだら困る人が大勢いるだろう?

これは没収だ」

そう言って骨の指先で煙草の火を消し、吸殻を近くのゴミ箱に捨てた。

「心配してるのは分かるが、こいつに頼るのは良くない。

積もる話なら私が聞くよ、ヴェストファーレン殿」

「…私の話は長くなりすぎます」

「おや、残念ながら私は時間だけはたっぷりあるのでね。

それにしても、いつもは自信家の君が、今日は随分センチメンタルじゃないか?

どうしたんだね?紅茶でも飲むかい?」

「茶化さないで頂きたい」

「心外だな。

これでも心配しているというのに…

ヘイリー坊やが心配かい?」

陶器のポットを覗き込見ながら魔王はそう言った。

慣れた手つきでお茶の用意を始める。

魔王が簡易魔法でお湯を沸かしているとカストラ王子が部屋に現れた。

「陛下、そろそろ船を出しても宜しいですか?」

「あぁ、待たせて済まないね、カストラ。

よろしく頼むよ」

カストラ王子は黙ってお辞儀をすると部屋から出ていった。

彼が出て行ってしばらくすると窓の外の風景が変わった。

驚いたことに、船が飛び立つ際の揺れや、浮き上がる感覚も無かった。

「離着陸の浮遊感は不快だからね。

この空間は外の揺れの影響を受けないように作られている。

おかげで安心して紅茶だって飲めるわけだ」

コポコポとお茶をカップに注ぎながら、自慢の船の説明をする彼は人の良いご隠居のようだ。

美しい花の模様が絵付された口の広いカップに注がれて紅茶が踊った。

「カリカリしてても仕方ないさ。

それとも香り立つような美女とでないと話も弾まないかね?

私のような骨ばかりのジジイのお茶の相手では不服かな?」

「もちろん光栄に思っておりますよ、陛下」

「なら宜しい」と陛下は鷹揚に頷いた。

「彼の分も用意したのだが、私の事を恋人から引き離した仇のように見ているんだ。

私が呼んだところで来てくれそうにないから、君がなだめてくれないか?」

ウィルの事を言っているのだろう。

確かに機嫌悪そうだ。

ドアの前から離れようとしないので中の話を聞かれてるのではないかと心配してるのだろう。

私としてもそれは困る。

「ウィル、いつまでもそんなところに立っていないでこちらに来て座りなさい。

陛下のご好意を頂戴しよう」

「私は侯爵の一番近くに居ます」

ウィルは番犬のように扉から離れない。

それでも中の会話を彼に聞かせたくなかった。

「盗み聞きなんて行儀の悪い事をするものでは無い。

早くしなければせっかくの紅茶が冷める」

私の言葉に彼は渋々応じた。

「砂糖はいるかね?」

親切に尋ねるアーケイイック王に、ウィルは拗ねたように「結構です」とだけ答えた。

両手を固く握って必死に何かを押さえ込んでいる様子だ。

明かりの位置は変わらないのに、ウィルの影だけがぐにゃぐにゃと揺れる。

「ヴェルフェル侯は皆から愛されているようだな」

アーケイイック王の言葉にウィルがすぐに反応した。

「当たり前だ…

彼は唯一無二だ…」

「誰だってそうさ。

誰もが唯一無二の存在だ。

ただ、気がかりなのは、力こそ全てとも言われる南部侯ヴェルフェル家が、非力なすぐにでも死にそうな子供を生かしていることだ…

彼の《祝福》は君達がそこまで固執するものなのかね?」

「…《祝福》と呼ぶには呪われてると思うがね…」

ふふっと笑いが漏れる。

私の言葉にウィルが慌てて言葉を遮った。

師匠せんせい!やめてください!教えたらダメだ!」

ウィルは反発したが、私は黙る気は無かった。

「私達は《黄金の妖精》と呼んでおります」

「師匠!」

「うるさいぞ、ウィル。

いずれ話すことだ。

それに治療となれば話さざるを得ない」

「…《黄金の妖精》?

初耳だ」

魔王が顎に手を当てて首を傾げた。

知らないのも無理はない。

王家にでさえ内緒にしてる事だ…

「最初に気付いたのは彼の病気が発覚してすぐくらいの頃です。

子供の掌くらいの金箔の手形が城内のあちらこちらで見つかりました」

「それが彼の仕業だと?」

「あの子は苦しくなると触れるものを黄金に変えていたのです。

恐らく無意識での行動でコントロールも出来てなかった…

医者や世話係が何人か黄金にされましたが、今ではそういうことは無いはずだから安心して頂きたい」

ヘイリーの能力は異質だった。

でも結果的にそれが彼の命を繋げた。

アーケイイック王はポツリと「…哀れな」と呟いた。

恐らく彼はヘイリーの生かされた意味を理解したのだろう…

「戦争には金がかかります。

それは莫大な金が…

侯爵家とはいえ、度重なる戦役でそれなりに借金もあった。

本当なら治療すら十分なものを受けさせられなかったでしょう…

借金を帳消しにして、さらに富を生み出す子供に死んでもらっては困るのです」

私が話し終える頃には饒舌な不死者さえ口を閉ざした。

彼は愛情深い父親だから、私達の穢れた欲望のために子供を生かすことに抵抗を感じたことだろう。

それでも私たちにはあの呪われた《祝福》が必要なのだ…

「違う、ヘイリーは愛されてる…

彼は金儲けの道具じゃない!」

震える手を抑えてウィルが叫んだ。

影が一際大きく揺らぎ、グレンデルの瞳が覗いた。

「ウィル、制御しなさい。

こんな所でそれを放つな」

「勇者が《祝福》を奪えると言うなら彼の《呪い》を解いてくれればいいのに…」

「そんな事を言うもんじゃない」

「ヘイリーは…可哀想だ…」

「うん、可哀想だな」

鼻をすするウィルにアーケイイック王は同情の言葉をかけた。

ハンカチを取り出してウィルにそっと差し出した。

「あげるよ、使いたまえ。

私は必要ないが、時々こういう時に必要になるから沢山持っている」

「…ありがとうございます」

「ヴェストファーレン殿、君にもあげようか?」

そう言って彼はまた新しいハンカチを取り出した。

本当に何枚持っているのだろうか?

「私も渡すのが専門ですから結構です」とやんわりお断りした。

「とにかく、ヴェルフェル侯に死んでもらうと困る理由はご理解頂きましたでしょうか?」

「うむ…納得はしたくないがね」

人の良さそうなアーケイイック王はそう言って頷いた。

「薬の件だがね、薬については私よりマリーやペトラ、イールの方が詳しい。

主にマリーに任せることになるだろう。

よろしいかね、ヴェストファーレン殿?」

「それは陛下にお任せ致します」

私の返事に彼は大きく頷いた。

「あと、難しい条件を一つ飲んで頂けないだろうか?」

「なんでしょうか?」

私の問いかけに、人差し指を立てて彼は条件を突きつけた。

「侯爵の身を、少なくとも一ヶ月程お預かりしたい。

それが条件だ」

「…失礼…マリー殿下に来ていただくのでは?」

「それは無理だ。

マリーは《不死者リッチ》だから人間の国に行けるような子では無いし、薬や文献などはここにある。

それに君たちの国で治療に当たれば余計な時間がかかる」

「しかし…一ヶ月は長すぎる…

オークランドとの戦を控えていますし、何より一ヶ月も侯爵が不在など隠し通すのは不可能です」

「それについては君達のフォローが必要だ。

特に彼のね」

そう言ってアーケイイック王はウィルを指さした。

「少し待っていてくれ」と言ってアーケイイック王は席を立った。

彼はそのままヘイリー達の居る隣室に入って行った。

少しの間を置いてドア部屋の向こうが騒がしくなる。

「一体何が…」

「ウィル、待っていろと言われたんだから座りなさい」

立ち上がろうとする彼の腕を掴んで席に戻した。

ヘイリー、ヘイリーと子供の頃からちっとも変わらない…

そろそろ落ち着いて欲しいものだ。

「やぁ、お待たせしたね」

ヘイリーの肩を抱いて部屋に戻ってきたアーケイイック王は「どうだい?」と言って低く笑った。

意味がわからず私が尋ねようとした時だった。

「誰だ!それは!」とウィルが声を上げた。

「ヘイリーはそんな気持ち悪い笑い方はしない!」

確かに雰囲気が少し違う。

口元に張り付いたような笑みは絵画の中の人のようにぎこちない。

「カッパー、少し違うようだよ」

「…チガウ?…ワカラナ…ィ」片言のような言葉がヘイリーの口から零れた。

「マリー、ノ…イウ、トオリ、チガウ?」

「ふむ…すぐに見破られてしまったな…

見た目はそっくりだけど練習が必要だな」

「仕方ないわよ。

初めてにしては上出来よカッパー君」

マリー王女がヘイリーに擬態した何かにハグして褒めた。

魔物の一種だろうか?

彼女に抱かれて人の形が崩れて服が床に落ちた。

「ダメよ、勝手に戻ったら」

「げっ!!」

服の隙間から顔を出したのは黒々とした蛇の頭だった。

スルスルと滑るように現れた蛇は、まあ大きい部類だろう、二メートルはある。

私の苦手な蛇…見るだけでゾッとする…

「可愛いだろう?」とアーケイイック王は言うが、あの手足のない身体で腹ばいになって進む、呪われた生き物を好きにはなれない。

「ま、まさかと思うが…

それを…侯爵の代わりにする気じゃ…」

「彼はものすごく貴重な種でね。

変身する蛇ムータンス・アングイースと呼ばれている。

毒もないし大人しい性質だけど、身を守るためなどの必要に応じて姿を変えることが出来る」

いやいや、待ってくれ!

私はそれを連れて帰るのか?!蛇だぞ!

知らないならまだしも、知ってたら絶対に近寄れんぞ!

嫌な汗が滲み、皮膚が粟立つ感覚を覚える。

無理だ!絶対無理だ!

「ほ、他の候補はないのでしょうか?

その…蛇は…」

「どうしたんだね?随分動揺してるじゃないか?」

私の様子に異変を感じとったアーケイイック王が怪訝そうに尋ねた。

それに傍らで見ていたヘイリーが苦笑いを浮かべて答えた。

「陛下、ヴェストファーレンは蛇が苦手なんですよ」

「…蛇が?」

アーケイイック王はそう言って蛇と私の間を視線で何度も往復した。

「嘘だろ?ヴェストファーレン殿?」

「いや…それを近づけないでください。

その腹ばいで進むのが見るに堪えない…

気持ち悪くて反射的に殺してしまいそうだ…」

「酷いわ!カッパー君はマリーの大切なお友達なのに!

手を挙げたら許さないんだから!」

マリー王女が怒りの声を上げ、仮面がさめざめと泣いた。

「殿下、申し訳ありませんが…ちょっとそれだけはご勘弁願いたい…」

「どうする?他に方法がないんだが…」

陛下も困ったように腕を組んでマリーに問うた。

ヘイリーはいたずらっぽく笑っている。

「ヴェストファーレン、私の命はその程度のものなのか?

残念だな…」

「何よ、蛇の姿じゃなかったら大丈夫でしょう?

ヴェストファーレン様は意外と女々しいのね」

「そういうことを言うものでは無いぞ、マリー。

誰にだって苦手なものくらいあるだろう?

むしろ彼が普通の人間と変わらないと知って少し安心したよ」

皆言いたい放題だ。

本当に嫌いなんだが…

「とにかく蛇の姿は何とかしてくれ…

話はそれからだ…」

「分かったわよ…

カッパー君、ヘイリーになって」

マリー王女の言葉に蛇が応じる。

細長い黒光りする身体がポコポコと膨らんで姿を変えた。

これはこれで問題だ…

どうやら服までは再現できないらしい。

「私の名誉のためにお願いするが…

カッパー君に服を着せて貰えないだろうか?」

「着替えは手伝わないと出来ないのよ。

ちょっとそこの貴方、手伝いなさいよ。

慣れてるんでしょ?」

絶句しているウィルに拾った服を渡して、マリー王女は私に向き直った。

「カッパー君は私の大切な友達であり息子よ。

今回は仕方ないから身代わりで貸してあげるけど、必ず無傷で返してちょうだい」

「…まさかとは思いますが…

一ヶ月これで乗り切れと?」

私の問いに彼女は仁王立ちで「そうよ」と答えた。

「誤魔化すのはヴェストファーレン様とあの世話役がいればなんとかなるでしょ?

侯爵閣下はちょっと体調が悪いだけよ。

今までにもあったでしょう?」

「待ってくれ!侯爵閣下をアーケイイックに一人置いて行けと言うのか?!」

私が何か言う前に、ウィルが声を上げた。

その言葉をマリー王女は一蹴する。

「はい、そこ、うるさい。

さっさと服着せなさい。

裸のままじゃヘイリーが可哀想でしょ?」

「冗談じゃない!

私は閣下の傍に残る!」

「悪いけど、ここに残ってもすることないわ。

それより貴方が居なかったらヘイリーが偽物って、すぐにバレちゃうんじゃない?」

マリー王女の指摘は尤もだ。

四六時中、影のように寄り添って世話を焼いている彼が居なければ逆に目立ってしまう。

ウィル自身、それが分かっているから何も言い返せない。

「確かに、常に侯爵の隣にいるのは彼だ」

私が認めると、彼女は大きく頷いた。

「分かってるならヘイリーのために協力して」

「その前に、約束を」

私の言葉にマリー王女は「分かってるわよ」と鷹揚に応えた。

「ヘイリーは必ず無事に帰すわ。

それどころかもっと調子の良い状態で返してあげる。

薬の完成は確約できないけど、かなり近いものを作ると約束するわ。

アーケイイック王・錬金術師の王レクス・アルケミストの名に誓う。

たった一ヶ月よ、文句無いでしょ?

だからカッパー君をぞんざいに扱わないって約束して」

「あの蛇はそんなに大切なのですか?」

「そうよ。

私の命くらい大切な子よ」

仮面の向こうの表情を窺い知ることは出来ないが、彼女は本気なのだろう。

彼女は敬愛する父王に誓ったのだから…

私の答えはもう一つしか残されていない。

小さな不死者の王女に膝を折り、頭を垂れた。

「承知致しました。

殿下のご好意に甘えさせていただきます。

殿下の宝をお預かり致します」

ヴェルフェル侯爵家を守れるなら、私は悪魔にだってなる。

どれだけの犠牲を払ってでも惜しくはない…

あの時誓った誓いは今もまだ私の中で生きている。

「口頭での約束だけではいささか不安です」と私が言うと、アーケイイック王と王女は頷いた。

「お互いの誓約書を作りましょう。

後でお互いの言い訳ができないようにしないとね」

「ありがたい」

「お父様、誓約書の作成をお願いするわ」

「人遣いの荒い娘だ…」

魔王はブツブツ文句を言いながら懐から皮の袋を取り出した。

中から明らかに入れるのが無理そうな羊皮紙とペン、インク壺を取り出して机に並べた。

「今より、アーケイイック第五王女マリー・タフロスとヴェルフェル侯爵家家宰ワルター・フォン・ヴェストファーレン殿の誓約書を作成する。

立会人は私、アーケイイック王 錬金術師の王レクス・アルケミストが務める。

記録レーコルドゥ》」

アーケイイック王が羊皮紙に手をかざすと光る魔法陣が現れた。

「お互いの誓約内容を記載する。

これは魔法で作成する誓約書だ。

今後変更や破棄できない書類として三枚残り、お互いを縛ることとなる。

一つ目はマリー王女、二つ目はヴェストファーレン殿、最後の一枚は私が預る。

両名ともよろしいかね?」

我々の同意を確認してアーケイイック王はペンを取った。

特別なインクが文字を綴る。

淡く青白く光る文字列は完成すると、青白い妖精に姿を変えた。

妖精のようなものが文章を読み上げる。

「二人とも、右手を上げて宣誓を…」

アーケイイック王に促され、マリー王女が右手を上げた。

「《アーケイイック王に誓って、この魂を賭けて》」

宣誓をした彼女の掌に妖精が魔法陣を刻んだ。

なるほど、呪いの一種か…悪くない。

「《アーケイイック王に誓って、この魂を賭けよう》」

マリー王女に倣い、妖精に宣誓を捧げると、青白い小人は私の掌にも同じものを刻んだ。

熱を帯びたような感覚が掌に刻まれる。

青白い妖精は役目を終えると羊皮紙の上で踊るようにして消えた。

アーケイイック王が羊皮紙を手に取るとパラパラと紙が三枚に分かれた。

そこから一枚を抜き取って、アーケイイック王は私に誓約書を差し出した。

「君の分だ」

「確かにお受け取り致しました」

「また一ヶ月後に約束が果たされれば誓約書は燃え尽きて消える。

それまで無くさずに保管したまえ。

ヴェストファーレン殿の掌に刻まれた印も、その誓約書と共に消滅する」

アーケイイック王はそう言ってため息を吐いた。

「本当なら、このような拘束するような誓約書は作りたくないのだが、内容が内容なだけに仕方あるまい…

お互いにとって良い結果となることを祈っている」

「陛下のおっしゃる通りです。

我々はまだアーケイイックとの完全な信頼関係を構築できていません。

その一歩と考えれば何も苦ではありません」

気長に付き合っていくしかない。

利害関係がなかったとしても、この国とは揉めたくないものだ。

正しくは、《この国》ではなく《この王》とだが…

「さて、残して来た皆も宴を楽しんでくれていることだろう。

我々も戻って混ざるか」

アーケイイック王は嫌なことを振り払うかのように明るくそう言った。

「よく言うわよ。

飲み食いできない身体のくせに…」

「雰囲気は感じ取れるからそれだけで私は満足だよ」

マリー王女の辛辣な言葉も気にせずにアーケイイック王がご機嫌に笑う。

彼は侯爵を大きく突き出した出窓に誘った。

「侯爵、窓の外を見たまえ。

美しい国だろう?これがアーケイイックだ。

束の間のアーケイイックの絶景を存分に楽しむといい」

「本当に素晴らしい景色です。

このまま死んでも悔いは無いですよ」

「おいおい、そんな縁起でもない事を言わないでくれ。

この景色は君の生きる糧としてくれ。

勇者は娘婿なのでお譲り出来ないが、このくらいのことなら朝飯前だ」

「やっぱり彼はダメですか」

ヘイリーは残念そうに呟いた。

アーケイイック王は残念そうにそう言ったヘイリーに「ダメだね」と答えた。

「もちろん勇者と友人になると言うなら歓迎するがね。

連れて帰るのは無しだ」

「残念」とヘイリーも笑った。

「私の《呪い》を解いてくれる勇者だと思ったのですが…

私が美しい王女だったら、彼は私を救ってくれたのでしょうか?」

「残念ながら勇者はアーケイイック一の美女に売り切れ御免さ。

それでもミツルは優しい子だから、きみの願いを叶えてくれるかもしれないね」

アーケイイック王は穏やかな声でそう言って、さらに言葉を続けた。

「お若い侯爵閣下。

君の苦しみが一つでも減ることを祈っているよ。

そして、戦のない時代になったら、その呪われた《祝福》とお別れできる日も来るかもしれないね…

それまで諦めずに生きることだ」

戦費を支えるための呪われた《祝福》だ。

それが無くなる日が来るというのだろうか?

アーケイイック王は遠い未来の話をしているようだった。

出窓から射す陽光に包まれた彼の姿が一瞬だが人の姿のように見えた。

彼の姿は日差しの中で優しく笑う父親のように暖かだった。
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