魔王と勇者のPKO 2

猫絵師

文字の大きさ
12 / 35

ヒルダ

しおりを挟む
ルイとトリスタンという男の暴れた跡は、随分酷い有様だった。

「…これさ、アンバーになんて言う?」

「ルイが暴れた、それでいいだろ?」

僕の問いにイールが苦々しく答える。

「あの男も相当強い。

陛下の用意した《龍鱗の鎧》を傷付けてルイにまで刃が届いていた。

お前も背中大丈夫なのか?」

さっきトリスタンに一撃を食らって吹っ飛ばされたのを言っているのだろう。

「うん、ペトラが治癒魔法かけてくれたから…」

「私は見てなかったが、一体何があった?」

「それが…気が付いたら吹っ飛んでた…」

「ますます訳が分からん。

鈍臭い奴だな…」

「ひっどぉ!ホントにそうだったんだって!

ルイの後ろに回り込んだのもものすごく早くて、気が付いたら後ろに居たんだよ」

イールとそんな話をしていると、あの背の高い女の人が数人の取り巻きを連れてこちらに戻ってきた。

「イール殿下、少しいいかな?」

「ヒルダ殿」

彼らが名前で呼び合うほど仲がいいのは意外だ。

イールは人間が嫌いだったはずなのに…

「先程壊した壁やら床だが、修復魔法が使える錬金術師の工兵が同行しているから彼らに任せてくれないか?

誰かさんがよく物を壊すもんで、腕には自信がある」

「ありがたい。

さすがに陛下にこの惨状をお見せする訳にはいかないからな」

「悪いな」と言ってにっと笑う彼女はまるで男みたいだ。

「ほら、あんた達!仕事だよ!

ひび割れ一つ残すんじゃないよ!」

指示の出し方も荒っぽい。

仁王立ちで腕を組んでる姿はますます女性には見えない。

よく言っても女盗賊か女海賊にしか見えない…

彼女は僕に気付いて男みたいに歩み寄ってきた。

「よお、ちっさい勇者。

さっきは弟が悪かったね、怪我なかったかい?」

「あ、ありがとう、大丈夫だよ…」

彼女を見上げて改めてその背の高さに驚く。

大林素子よりデカいんじゃ…

笑いながら僕を子供扱いするようにいきなり乱暴に頭を撫でた。

頭もげる…むち打ちなる…

「すごいな、小さいのに立派に勇者だ。

あのバカの攻撃を一回でも防いだんだ、大したもんだよ」

「ど、どうも…」

「トリスタンは《剣鬼シュピアデーモン》って二つ名の物騒な奴だ。

神様も《祝福》を授ける相手を間違えたな」

「《祝福》?」

「あたしにもある。

さっき盾を見せただろ?

《金剛》ってごっつい《祝福》だ。

ただの剣じゃ生身でもあたしは傷一つつかないよ」

「…スゴイデスネ…」この人戦車か何かなのかな?

「代わりに攻撃系の魔法はからっきしだけどね」

そう言って彼女は肩を竦めた。

「トリスタンはあたし真逆さ。

《撃破》ってあいつにピッタリな物騒な《祝福》だ。

瞬間的な攻撃でもかなり強力な攻撃になる。

パワーが段違いだ。

しかも親父殿が《縮地》やら《時止め》なんてヤバい技ばかり教えるから完全に人間兵器になっちまった」

「何それ?魔法?」

「いや、《縮地》は歩法で素早く移動出来る技、《時止め》ってのは剣を抜いて戻すまでの最速の技と聞いてるから個人技だな。

昔、異国の《ハフリ》という傭兵に教えてもらったらしい。

どちらも魔法じゃないから感知できない」

「ふぅん…でもそんな話していいの?」

「いいさ、迷惑料みたいなもんだ。

それに理屈がわかってもどうしようもないだろ?」

そういうヒルダは自慢げだ。

でもその顔もすぐに現実を見て曇る。

「トリスタンはバカだがここまでバカだとは思ってなかった。

私の監督不行届だ。

ルイ殿下と婚約者にはきちんと謝罪したいと思っているが…」

「陛下に取り成してもらうしかない。

兵士達も殺気立っているしな」

「…確かに…」

イールの言葉に僕は頷くしか無かった。

ついさっきまでルイの部下たちが暴動になりそうな勢いでイールに詰め寄っていた。

古参の兵士にとってベティは大切な存在らしい。

元隊長のエドナ・グレの娘を辱められたと、シャルルやオリヴィエ、ヴォイテク達が殺気立っていた。

特に、いつも寡黙で温厚な熊の獣人のヴォイテクが怒っているのは初めて見た。

彼は最古参で、ルイの親友だから余計だろう。

「すまん、連れてくるべきじゃなかった…」

「ヒルダのせいじゃないし、君が止めてくれなかったら宮殿が更地になってたかもしれないよ」

「私がヒルダ殿をお引き留めしたようなものだ、貴殿は何も悪くない」

僕がフォローすると珍しくイールも同意した。

イール、今日はやけに優しいな…気のせいか?

「気を使っていただいてすまないな、殿下。

だが私も責任のある身だ。

追求は免れん。

更迭されても文句は言えんよ…」

潔いな、男前すぎてなんとも言えんわ…

ワルターは一体どういう育てかたをしたんだ?

「全ては親父殿と侯爵次第さ」

「ワルターってそんなに偉いの?」

僕の問いにヒルダが「もちろん」と頷いた。

「親父殿は現侯爵の祖父である先代の侯爵様から家宰様に任じられている。

ヴェルフェル侯爵家の全ての事を取り仕切る権限がある役職だ。

まあ、とりあえずめちゃくちゃ偉い人だ」

その割には結構自由に動き回ってるよな…

話をしているとさっきヒルダが連れてきた工兵の一人が戻ってきて報告した。

「ヒルダ様、修復が完了致しました」

「ご苦労、親父殿が戻るまで休め」

片手を上げて応じると工兵達は自分達の仲間の方に戻って行った。

彼らの仕事は完璧で、ほぼ元の状態に戻っている。

「便利だなー」

壊れかけていた柱などは綺麗に元通りで、割れた床の大理石も元の光沢のある一枚板に戻っている。

「あたしは錬金術はよく分からんが、無機質なものの破壊と再構築なら彼らに任せれば大抵のことはやってくれる。

修繕はこんなものでよろしいかな?」

「錬金術は人間の作り出した魔法だからアーケイイックでは一般的ではない。

なんにせよ、陛下のお手を煩わせずに済んで助かった」

「アーケイイックにも苦手なものとかあるんだ」

「当然あるさ。

陛下だって万能じゃない」

イールは素直に認めた。

「ヒルダ殿には世話になった。

私の力の及ぶ範囲で貴殿の弁明をすると約束しよう」

「残念だが、あたしは王子様に守ってもらうような女じゃないよ。

自分のケツくらい自分で拭くさ」

そう言って自分のお尻を叩く彼女は豪傑だ。

この人多分女って性別の枠から外れてるんだろうな…

別にいいけど、一応美人なのにもったいない。

イール達と話していると周囲がまた騒がしくなった。

ルイの部下たちが騒いでる。

「アンバーが戻ったの?」

「そのようだな」とイールが応じた。

入口付近でルイと同族のシャルルがアンバーに詰め寄っている。

「陛下!我々にルイ・リュヴァンとベティ・グレの《復讐者》の許可を頂きたい!」

「何事だ?ルイはどうした?」

シャルル達の剣幕にアンバーも驚いているようだ。

彼は慌ててイールを呼び寄せた。

「何があった?」

「実は…」イールが口を開くと同時にヒルダがその言葉を遮った。

「イール殿下、私から陛下に御報告させていただけないだろうか?」

ヒルダが丁寧な言葉遣いでそう言うとアンバーに歩み寄った。

「ヒルダ、何事だ?お前一人か?トリスタンはどうした?」

アンバーと一緒にいたワルターやヴェルフェル侯も眉を顰めている。

周りの視線を集めてヒルダがアンバーの前に跪いた。

「ヒルデガルト・フォン・ヴェストファーレンと申します。

お見知り置きくださいませ。

偉大なるレクス・アルケミスト陛下に直接上奏申し上げます事をお許しいただければ幸いです」

「許そう。

私達の不在時に何があった?」

「ありがとうございます。

実は、私の愚弟がルイ殿下と婚約者殿に無礼を働きました。

私の監督不行届にございます…」

「なんだと!?」

声をあげたのはアンバーではなくワルターの方だった。

彼は声を荒らげて、膝をついていたヒルダの襟を掴んで立たせた。

彼女は抵抗もせずにされるがままだ。

「すまん、親父殿…」

「お前が付いていながらなんて事だ!

あのバカ息子!何をしでかした!!」

「…ルイ王子を挑発するために婚約者のうなじに触れた…

皆が見てた…」

ヒルダの言葉にワルターの顔から血の気が引いたように見えた。

彼もその意味を知っているのだろう。

アンバーも固まって動かない。

「…何故ベティが?」

アンバーの呟きには僕が答えた。

「グレの族長が訪問したから報告に来たんだ。

タイミングが悪かった」

「…そうか」とだけアンバーは呟き、困ったように天を仰いだ。

「イールとヒルダが間に入って止めてくれた。

壊れた床とか柱はフィーアの工兵が修繕してくれたから大丈夫だと思う。

ペトラがベティとルイを連れ帰ったから僕とイールが残った」

「陛下、何とお詫び申し上げれば良いか…

愚息が申し訳ない…

ルイ殿下は無事か?」

ワルターの言葉にイールが苦い顔で答えた。

「獣人は頑丈だ、大事無い。

陛下の《龍鱗の鎧》がなければ危険ではあったが…」

「ヴェストファーレン殿、トリスタンとはかなりの手練か?」

「私の手持ちの駒で最強と呼べる《英雄》で、私の持つ戦う術を全てを注いで育てた戦士です。

魔剣も保持しています」

「それは、ルイにも荷が重いな…」

ふうむ、と唸ってアンバーは片手で頭を抑えた。

「しかし、起きてしまったことだ。

穏便に済ませたいところだが、少し難しい問題だな…

ヒルデガルト殿、御報告感謝する」

「アンバー、怒らないの?」

「怒りを通り過ぎて呆れてしまったよ…

ルイも手を出してるからアーケイイック側としても強くは出れないな…

ベティだけは心配だが…」

アンバーも困ってるようだ。

こんな事態は予想してなかったのだろう。

さすがの大賢者も頭を抱え込んでしまっている。

「私に償えることなら致します。

なんなりと仰ってください」

フィーア側の面々はアンバーにひたすら頭を下げている。

「私より彼らが問題だ…

ルイとベティの名誉を傷つけられては黙ってはいないだろう。

今後の関係に支障が出る」

アンバーの言う《彼ら》とは兵士達の事だ。

「さっきシャルルが言ってた《復讐者》って何?」

「獣人達の古い法だ。

当事者同士で解決できない場合などに、代理人を立てて決闘や復讐をする制度だ。

ヴォルガの神判の意味合いもあるから結果は絶対的な効力を持つ。

私はあまり好きではないがね…

それに相手が問題だ…」

「…確かに」

「ルイは決して弱くない。

それに私が用意した鎧と剣も持たせていた…」

アンバーの言いたいことは分かる。

負けるとまでは言わなくても、勝てるとも言い難いのだろう。

「私ではダメでしょうか?」とヒルダが言った。

「彼らの気が済むなら私がトリスタンの代わって罰を受けます。

その《復讐者》とやらは代理人でも問題ないのでしょう?」

「いや、しかし君は…」

アンバーは言わなかったが、彼女はどんなに男みたいでも女だ。

彼女は返事を保留するアンバーに「一時間」と言った。

「代わる代わるでもいい。

私が一時間彼らの攻撃を凌ぎきったら、トリスタンの無礼を許して頂きたい」

「ヒルダ、出過ぎた真似を…」

ワルターが彼女を睨んだが、彼女は落ち着いた様子で言葉を続けた。

「私は一切手を出さないし、自分から動かない。

死人も出さない。

これでご勘弁願えないでしょうか、陛下?」

「…可能なのか、ヴェストファーレン殿?」

信じられなさそうなアンバーの問いに、ヴェストファーレンは悩んで「恐らくは可能です」と答えた。

「彼女の《祝福》である《金剛》は確かに強力です。

その分魔力の消費も大きい。

やはり一時間ともなると…」

「それは承知の上だ、親父殿」

ヒルダもワルターの言葉に頷くが、オリーブの瞳は覚悟の色があった。

「そのための一時間です。

普通に戦えば物理攻撃では私は傷一つつかないですから…

試してみますか?

ウィル、グレンデルで私を殴れ」

モーントメンシェンに白羽の矢が立った。

指名された彼の影から赤い目をした獣が姿を現した。

狼男をさらに禍々しくしたような容姿に驚く。

獣はヒルダに向かって高く手を振りあげた。

「…今は手加減できないからな」

「不要だ」とヒルダが不敵に笑っで答えた。

振り下ろされる獣の腕を彼女は諸手を挙げて避けようともしない。

バチンッと弾かれるようなすごい音がして獣の手が跳ね上がった。

「どんなもんだい」

淡く輝くハニカム状の防殼が一瞬現れて消えた。

確かに彼女は傷一つ無い。

呆気に取られるアンバーとイールに向かって彼女は腰を折ってお辞儀した。

「いかがですか、陛下?

トリスタンは戦いたい男だから、彼らと戦うのはご褒美になってしまいます。

私にあがなう機会を与えてください」

凛々しい彼女の姿にアンバーが折れた。

「…良いかな、ヴェストファーレン殿」

「陛下の御心のままに…異存はございません」

ワルターはもうため息しか出ないようだ。

なんか一気に老け込んだ気がするな…

✩.*˚

「親父殿、これを…」

あたしからは攻撃しないと約束したから、身に付けていた短剣を親父殿に渡した。

親父殿は黙ってそれを受け取ると、盛大にため息を吐いた。

「…お前はバカ者だ」

疲れたようにそう言った親父殿は、そのままあたしに背を向けた。

あの不死者の魔王は獣人達に話をつけてくれたらしい。

かなり揉めたようだが、最後には受け入れてくれたそうだ。

あの魔王は場所まで用意してくれた。

これ以上色々壊されるのは困るのだろう。

「おやおや…デカいのが揃ってるな…」

まるで壁だ。

熊の獣人が一番デカイな…

獅子と狼の獣人はあたしより少し高いか…

「三人…で良いのかな?」

もっとぞろぞろ来ると思っていたが、少数精鋭ってところかな?

「我らはエドナ様直々に育てられた戦士だ」

豊かな巻き毛の獅子が喋った。

聞き覚えのない名前に首を傾げる。

「悪いけど、そのエドナ様って誰だい?」

「先程辱められたベティ様の御母上だ。

我等の元隊長であり、獣人達の誇りだ」

「…なるほど、承知した」

弟はどうやらとんでもない娘にちょっかいを出したみたいだ。

「あの人間はどうした?

お前には直接恨みは無い、あいつと代われ」

「すまんがこっちも訳ありでね。

あのバカは親父殿からきっついお仕置が待ってるからあたしで勘弁しておくれよ。

あんた達の王様から話は聞いたろ?」

「聞いたよ、豪気な乙女。

エドナ様を思い出しますね」

懐かしそうに狼男が言った。

「我らも全力で《復讐者》としての任を全うします。

貴女が最後まで立っていられるのなら、我らもお前に敬意を払って引き下がりましょう」

「そうしてくれるならありがたい」

話のできない連中ではないらしい。

むしろトリスタンの方が面倒くさいな…

後でシバいてやる…

「一時間だ。

ちゃんと計ってくれよ」

「聞いている。

我々だって時計くらい読めるさ」

そう言って各々得物を構えた。

魔王が「よろしいかな」と私に向かって確認した。

立会人になる彼らに向かってお辞儀をして同意を示す。

鷹揚に頷くアーケイイック王は声高らかに宣言した。

「これより代理人による《復讐者》の儀式を行う。

結果がどうなってもヴォルガの天意として受け止めるように…

それでは始めよ」

一太刀目は獅子の獣人だ。

長く大きな剣を振り上げて力任せに振るった。

「ぬう!」

一太刀目だ、まだまだ余裕だがなかなか重たい一撃だ。

さすが人間の膂力じゃないな。

生身の人間じゃ綺麗に真っ二つだ。

「どけ!オリヴィエ!」

狼男か獅子の次に迫っていた。

次鋒の狼男の手には魔力を帯びた剣があった。

こいつは厄介だ…

「《穿て》!」

「《剛の盾》」

慌てて出した魔力の盾で防ぐが、わずかながら攻撃が届いた。

魔力を乗せた突きが盾に穴を開けた。

この狼男、魔力持ちか…

「シャルル、それを使うのは早すぎる!」

「心配するな、まだやれる」

そう言って狼男はまた剣を構えた。

熊はまだ動かないで様子を伺っている。

「やっぱり強そうだ」私の呟きにシャルルと呼ばれた狼男が笑った。

「当然!我々は強いですよ!」

「いいね、強い男は好きさ」

私もうかうかしてられないな…

「でもあたしは意外と身持ちが固いんだ。

《硬度上昇・堅壁》」

纏っていた防殼の密度を高めて硬度を上げる。

「城塞みたいな女だ」

獅子頭のオリヴィエが呟いた。

「フィーア王国南部侯ヴェルフェル侯爵家家宰ヴェストファーレンの娘だ。

あんた達に落とされるほど安い女じゃないよ」

「なるほど、お前を倒せば箔が付くというものだ」と獅子の獣人が笑った。

彼らの目が爛々と光る。

獣の瞳だ。

イイねぇ、アーケイイックはいい男が揃ってる。

三十分もすると二人とも動きが鈍くなってきた。

特に魔剣を扱うシャルルの方が損耗が激しいようだ。

「…シャルル、代われ」

「ヴォイテク」

肩で息をしていた狼男に熊が話しかけた。

「やっぱりデカイな…」熊を目の前にしてそれしか言葉が出てこない。

私も防殼の硬度を上げたせいで魔力の損耗が激しい。

このペースだと持たないかもしれない…

熊は私を見下ろすと、「お前も十分デカい」と言った。

嫌なことを言う獣だ。

「簡単に死ぬなよ、女」

熊が鉤爪の付いた手を振り上げた。

こいつも魔力持ちだ!さっきまで練り上げてたな!

「《粉砕》」

吠えると同時に魔法が熊の大きな手を包んだ。

強い衝撃が振り下ろされる。

盾を出す間がない。

「くっそぉ!」

熊の振り下ろした拳が《堅壁》にくい込んだ。

《堅壁》を出した時点で出し惜しみなんてしていない。

《金剛》の次に強い壁だぞ!どうなってる!

「《双拳・破砕》」

追い打ちをかける熊の拳が左右上下から襲ってくる。

しかも弱くなった部分に、あとの二人が縫う様に剣を振るってくる。

シャルルの魔剣が防殼を抜いた。

「ぐぅ!」

初めてまともに剣が届いた。

それほど深くないが右の脇腹に刺さった。

熱い痛みが血と一緒に溢れる。

「これだけやってあの程度か…」

ヴォイテクがボソリと呟いた。

獣人は魔力持ちでも基本的な魔力量が少ない。

一気に決めるつもりだったのだろうが思っていたほどの効果が得られなかったようだ。

「もう一度だ」熊がそう言ってまた静かになった。

マジか、まだやんのか…

あの拳はトリスタンの《破城》くらいの威力はある。

防ぐなら《金剛壁》でなければ完全に防げない。

「やれやれ…

なんだかんだであと三分の一ですよ、オリヴィエ」

「俺だってまだ奥の手は出てないさ」

まだあんのかよ…

この獅子頭、油断ならん…

「女、お前の名を聞いてなかったな 」

「ヒルデガルトだ。

ヒルダで結構」

「ヒルダか…

俺はオリヴィエ、《炎拳のオリヴィエ》だ」

そう言うと彼の両手が炎に包まれた。

手甲に魔術の刻印がされている。

鬣も炎に煽られて燃え上がるように揺らめいた。

「エドナ様から引き継いだ、炎拳とくとご覧に入れよう!

これをすると後で反動があるから使わなかったが、出し惜しみは良くないな」

「いや、惜しんでくれて良かったんだけどね」

炎を纏った獅子が豪快に笑う。

「ふははっ!違いない!

シャルル、巻き込まれるなよ!」

「残念だが、魔力切れだ」

「初めから飛ばすからだ。

俺はヒルダ嬢と炎舞とゆこうか!」

「悪いな、ダンスは苦手なんだ…」

「嫌でも踊ってもらうさ!」

オリヴィエが地面を蹴った。

獣人の脚力は段違いだ。

「《炎舞・陽炎》」

肉薄したオリヴィエが炎の火力を上げた。

火が邪魔でどこから拳を繰り出してるのか分からない。

とんでもない奥の手を残していたものだ…

このままだと防殼に消費する魔力が足らなくなって穴を空けられる…

あと何分だ畜生め!

「《金剛壁》!」

オリヴィエとの間に最低限の壁を作る。

炎の勢いが盾の左右に逃げた。

こっちから攻撃できない以上、こいつとは距離が欲しい。

「《粉砕》」

炎に気を取られていたが背中にゾッとするものを感じたが気付くのが遅かった。

強烈な衝撃の後に骨の折れる感覚が、ビリビリとした痺れと共に右半身に走る。

熊が後ろに回り込んでた…

嘘だろ、あの炎の中だぞ…

「オリヴィエ、俺まで焼くな」

「おうおう、ヴォイテクの旦那、男前が上がったんじゃねぇか?」

苦情を言うヴォイテクに茶化すようにオリヴィエが笑った。

チリチリになった毛皮を払って熊は鼻息を荒くしている。

冗談じゃねえぞ…

魔力が足らないから防殼をケチったのが仇になった。

たかだか獣人と侮った…

右肩と肋が折れてるし、肺をやってる…

肺の奥からゴボゴボと溢れた血で、口の中に鉄の臭いが広がった。

奥歯を噛み締める。

まだ終了じゃない…

「まだ立つのか?」

肩で息をしているオリヴィエが立ち上がるあたしに問うた。

「…当然」

「折れた骨が肺に刺さってるだろ?」

「だからなんだ?初めてじゃない…」

そうだ、初めてじゃない…

毎回、もうやるもんかと思うが結局これが三回目だ…

「あと五分くらい時間はある…」

口に広がる血を唾液と一緒に吐き出した。

それだけでも傷に響く。

「お前がそこまでする価値があるのか?」

ヴォイテクが不思議そうに問うた。

そんなこと言ってるほど悠長な時間はないだろうに…

「おいおい、時間無いのにそんなこと言ってて良いのかい?

時間が惜しいだろ?」

「あぁ、惜しいな。

だからさっさと答えろ…」

腕を組んだ熊は顎であたしの答えを促した。

「価値なんかあるかよ、あんな愚弟…」

あっちこっちに頭下げて回って、右肩やらかして、おまけに折れた肋が肺に刺さってると来た。

クソッタレ、散々だ…

「でも、あいつは弟で、あたしは姉貴だ…

あたしは姉貴として、ヴェストファーレンの娘として、《盾の乙女シルトメイド》としての責任を投げ出したりしない。

あたしの好きなようにさせてもらう」

「愚直な女だ。

長生きはできんぞ」

「知ってるよ、そんなこと。

短くても好きに生きるさ、稲妻のように…」

戦いには向いてない。

守るのがあたしのさがだ。

守れないのは恥以外のなにものでもない…

「あたしはフィーア王国南部侯爵領を守る《盾の乙女シルトメイド》。

誇りを持って死ぬなら上等!」

シャルルは魔力切れ、オリヴィエもさっきの炎で自身にもダメージがあったみたいだ…

あと動けそうなのはヴォイテクだけだ…

あいつの《粉砕》をあと一回防いだら時間切れになるだろう。

ヴォイテクが巨体を揺らせた。

左の掌に残存魔力を集中させる。

失敗したら腕が無くなるな…

「《金剛の盾》」

「《粉砕》!」

魔力を纏った一撃をかなり小さくなった盾で受け止める。

踏み止まると骨が軋む痛みで意識が飛びそうだ。

でも膝を着くわけにはいかない…

あたしにだって誰に膝を着くかは選ぶ権利くらいある。

あたしが膝を折る相手はお前じゃない!

左手に集中させた盾は重い一撃を受けて砕けたが、ヴォイテクの《粉砕》の圧は突如として消えた。

「…時間切れだ」

彼の言葉にはっと親父殿達の方に視線を向けた。

呑気に魔王は手を振っている。

その隣に立つ親父殿の姿を見てあたしは笑った。

なんて面だよ…父親みたいな顔しやがって…

「《復讐者》として戦うにはお前は純粋すぎる」

ヴォイテクはそう言ってあたしに背を向けて立ち去った。

「あんた達には悪い事をしたと思ってる」

その背に言葉を投げかけると、ヴォイテクは足を止めて少しだけ振り返った。

「…そうか、ありがとうヒルダ」

「愚弟が迷惑をかけた」

「気にするな、もう終わったことだ。

それより早く治療しろ」

立ち去るヴォイテクとすれ違うようにシャルルが私の元にやってきた。

「立ってるのがやっとでしょう?

私が連れていきますよ」

そう言って彼は軽々とあたしを抱えあげた。

「やめろ!そんな女みたいに…」

「おかしなことを言いますね?

ヒルダ、貴女は女性だから間違いないでしょう?」

シャルルはそう言いながらあたしの重さを気にもせずに背筋を伸ばして歩く。

「恥ずかしいから止めろ!自分で歩く!」

「遠慮なさらず」と言って、狼の口がははっと笑った。

「さてはこれも《復讐者》の続きだろ?!」

「そんなことを言われると心外ですね。

私は貴女を好きになってしまったのに…」

「は?」何を言ってるんだ、こいつは…

シャルルは耳を伏せて嬉しそうな犬の顔をした。

「惚れましたよ、《盾の乙女シルトメイド》。

気高い貴女に私たちの完敗しました。

私の妻になってくれませんか?」

「はぁ?!」

どういう思考回路だ?!さっきまで殺し合いしてたろうが!

「シャルル、抜け駆けだぞ!」

「オリヴィエ、貴方はもう三人も妻がいるでしょう?

彼女は私が頂戴しますよ」

「待て待て!あたしはフィーア王国の人間だぞ!」

「私たちリュヴァン族はもう回復できないほど数が減っています。

陛下からは伴侶は自由に選ぶことを許されてますからご安心なさい」

そういうことでは無いのだが…

くっそう…骨が折れて肺に刺さってなきゃ無理やり暴れて逃げるのに…

「ヒルダ!」

親父殿が来てくれた…助かった…

青い顔で現れた親父殿を見て、シャルルは残念そうにあたしをゆっくりと地面に下ろした。

「娘を運んでくれて感謝する。

すぐに治療する、無理するな」

「お父様ですね」

シャルルのニンマリ顔…

親父殿も何か妙な感じを感じ取ったみたいでシャルルを二度見した。

「私はアーケイイック王親衛隊副隊長シャルル・リュヴァンと申します。

実はお嬢様の気高く誇り高い姿に惚れました。

妻として迎えさせていただきたいのですが、いかがでしょう?」

さすがの親父殿も空いた口が塞がらない…

「…正気か?」

やっと絞り出した言葉がそれかよ?

「冗談じゃないですよ、私は本気です」

「とりあえず、ヒルダの治療が先だ。

この話は保留にしてくれ…」

いやいや、ちゃんと断ってくれよ…

シャルルは頷いて立ち去る時に「お大事に、愛する人シェリー」と言った。

キザな奴だ…

「嫁の貰い手はないと思ってたんだがな…」

「嫁に行く気は無いからな!」

あたしの即答に肩を竦めて親父殿は苦笑いした。

「分かってるよ、お前はそういう娘だ…」

「全く、とんでもない不意打ちだ…

熊に後ろを取られた時よりビビったよ」

「私とて心穏やかじゃなかったぞ。

陛下の話じゃ三人とも隊長格だそうじゃないか。

お前だけに荷を負わせてすまなかった…」

親父殿の手が髪を撫でた。

昔はもっと大きかったんだがな…

いつの間にかあたしの方が背が高くなっていた。

これじゃ怪我人だっていうのに背負ってもらうのも無理だ。

「親父殿、肩を貸してくれ、自分で歩ける」

「すまんな、シャルル殿のように抱っこしてやれなくて」

嫌なことを言う…ちょっと面白がってるだろう?

「やめてくれ、あんな恥ずかしいのはもうごめんだよ」

「そうか?意外と似合ってたぞ」

ははは、と笑う親父殿はいつもの調子に戻っていた。

親父殿、あんたはそうでなくっちゃな…
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

【完結】国外追放の王女様と辺境開拓。王女様は落ちぶれた国王様から国を買うそうです。異世界転移したらキモデブ!?激ヤセからハーレム生活!

花咲一樹
ファンタジー
【錬聖スキルで美少女達と辺境開拓国造り。地面を掘ったら凄い物が出てきたよ!国外追放された王女様は、落ちぶれた国王様゛から国を買うそうです】 《異世界転移.キモデブ.激ヤセ.モテモテハーレムからの辺境建国物語》  天野川冬馬は、階段から落ちて異世界の若者と魂の交換転移をしてしまった。冬馬が目覚めると、そこは異世界の学院。そしてキモデブの体になっていた。  キモデブことリオン(冬馬)は婚活の神様の天啓で三人の美少女が婚約者になった。  一方、キモデブの婚約者となった王女ルミアーナ。国王である兄から婚約破棄を言い渡されるが、それを断り国外追放となってしまう。  キモデブのリオン、国外追放王女のルミアーナ、義妹のシルフィ、無双少女のクスノハの四人に、神様から降ったクエストは辺境の森の開拓だった。  辺境の森でのんびりとスローライフと思いきや、ルミアーナには大きな野望があった。  辺境の森の小さな家から始まる秘密国家。  国王の悪政により借金まみれで、沈みかけている母国。  リオンとルミアーナは母国を救う事が出来るのか。 ※激しいバトルは有りませんので、ご注意下さい カクヨムにてフォローワー2500人越えの人気作    

処理中です...