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第一章 ナルス
側近の素質
しおりを挟む定期会合も終わり、立ち上がると目の端に映る影。
「で、父上から聞いたけど面白い霊獣だそうじゃねーか。見せろよ」
定期会合後、高能が話しかけて来たかと思いきや、いきなりその話か。
「今はまだ療養中だ。センナが回復していない」
目も合わせずに答えると、頭の上から舌打ちが聞こえた。呆れたように見上げると、隣からこほんこほんとわざとらしい咳払いが聞こえて、目線だけ向けた。
「高能よ、南の村での良い収穫と言うわけだ。楽しみにしておれ」
好奇心を煽る言い方をあえてしたな、と思い、じとっと犯人を見てしまう。私の思いなどつゆ知らず、高能はうずうずし始めていた。
「朱己が側近に迎えたんだ、余程の能力なんだろ? どんな技使うんだ?」
まるで少年のように、目をキラキラさせて、葉季に矢継ぎ早に問う。私が止めに入ろうとすると、その前に彼女が止めた。
「高能。見つかったときには衰弱していて、まだ療養中だとさっき朱己も言っていただろう。技も何も、まだこれからだろう。な、朱己」
彼女は一条杏奈。五家の統率を任されている、一条家の当主の妹だ。
背中まである、緩やかな曲線を描く髪は、艶めいていて、見れば見るほど頭の先から爪の先まで、手入れが行き届いていることがわかる。
薄紫の瞳は、色素の薄さを感じさせる。その白い肌から得られる華奢な印象とは裏腹に、彼女が筋肉質であることを、知っている人は少ないだろう。
「杏奈。ええ、これから様子を見ながら、色々試していこうと思っているところ」
杏奈とは幼い頃から仲が良く、お互い修行の合間によく遊んでいた。この年になるともう考えていることは言わずとも筒抜けで、杏奈のこともこちらにはわかる。
「それよりも高能。明日までにしている例の件、報告書はまとめたのか。無いなら罰金にするが」
渋い顔をしてなんとか言い訳を探す高能。その顔を見て、相変わらず主の杏奈には頭があがらないようだなんて思いながら、体の向きを変えて葉季に先日のお礼を言う。
服は村人のものを事前に調達したのを着れば良かったが、自然に汚れた感を出すためにわざわざ遠路はるばる歩くことにしたこと、二人を戒と抱えて帰ってくれたこと。全て承知の上だと笑っていたが、私は少し心が痛んでいた。
それがわかったかのように、杏奈が私の肩を叩く。
「朱己、あまり手間を掛けることを悪だと思わないほうがいい。すべてが効率良く動くこともなければ、手間が必要なときもあるし、葉季もそれでいいから良いと言っているし、気にするな」
そう言われて葉季を見ると、笑いながら頷いていた。つられて私も頬が緩む。
「葉季、最近実戦が無くて鈍ってるよな? ちょっと俺と手合わせしようぜ!」
全く違う話題を振って、杏奈の気をそらそうとしたのか、高能が葉季を誘う。そして、葉季の返答をもらう前に杏奈の視線に気づかないふりをして、葉季を連れて行った。
「あいつ……。まあ仕方ないか」
彼女は呆れたようにはぁ、とため息を付き、腰に手を当てて俯く。そんな杏奈を不憫に思いながら、ついていくかと促した。
---
稽古場
「雷夏!」
激しい落雷に似た音と共に、雷がいくつも落ちる。彼の能力は雷で、どうやら雷には春夏秋冬で違いがあるらしい。夏の雷は、乱発するが一つの雷の威力は弱いとか。その名の通り、この雷夏という技はクナイのような特殊な道具を複数投げ、そこから無差別に雷を起こす。多数の弱い敵を相手にするときや、敵の足止めをするのにもってこいの技だ。
「相変わらず大振りだのう! 風神!」
楽しそうに軽々と身をこなし、風をまとい雷を避ける。葉季の軽い身のこなしは、彼の能力である風と相性が良いらしく舞うように体がするりと雷を避けていく。
風神という技は、突風を起こしてその中に身を起き、周りの攻撃から身を守る技だ。風はすべてを包む癒しの風にもなれば、すべてを切り刻む刃にもなる。まるで葉季という人を、そのまま表したような能力だと思う。
なんて考えていると、高能の技の流れ弾がこちらに飛んできた。避けようと思えば避けれるが、余計なことを思い出し、手が止まる。そう、稽古場の修復の予算は厳しい。相殺するか、と手を翳すと同時に、葉季が瞬移で私の目の前に移動し、技を相殺した。
「飛び火してないか?」
半分ほど振り返り、こちらを確認する問に頷いて返す。私の反応を確認すると、小さく笑いまた戦いに戻っていった。思わず言葉を失うほど綺麗で、無駄のない動きに目を奪われた。
隣でその様子を見ていた杏奈が、何かを言いたげにこちらを見ていた。
「……杏奈」
次に続く言葉を、彼女は静かに待っていた。いる場所がいる場所なだけに、周りはうるさく、声に耳を傾け聞き漏らさないようにするので、精一杯なのだろう。
「良い側近とは、何だろう」
少し眉間にシワを寄せた顔でこちらを見てきた。
思っている話題ではなかった、と言いたげに、この真面目ちゃんめと悪態をつかれ、思わず頭にはてなが浮かぶ。
だがそんなことよりも、真っ直ぐ対戦中の二人を見ながら真剣に続けた。
「葉季と出かけたあの日、葉季に側近とか大切な人を作るのが怖いのかと聞かれた。……そのとおりだと思う。私は、失うのが……怖い」
その言葉を聞いた隣の彼女が、静かに目を瞠っていた。
ーーー
怖い。という明確な感情の言葉を、彼女から聞いたのは随分と久々で、弱音を吐くとは珍しいな、と思いながら朱己の次の言葉を待つ。
「こうちゃんを失った時に、もう側近なんて要らないと思った。枝乃に続いて、こうちゃんまで失って、私を守るために命が散っていくのをもう二度と見たくない。でも、側近が必要と言う周りの気持ちも痛いほどわかる。私は、生きなければならない。私の盾となり矛となる、側近が必要なのは分かっている」
心の中の、絡まりすぎて、どこが端なのかわからなくなった紐のごとく、行方不明になった本心を探すように葛藤を一つずつ解いて、噛み砕くように言葉にして出しているのだろう。
彼女の中の、認めたくない本音を、少しずつ。
「見つけてきた彼らは、身寄りもない者たちで、逃げないこともわかっていた。私は、彼らの良心に付け込んだようなものだ。だが彼らは、私のためなら生きると言ってくれた」
「ああ」
「私は情けなくて、だけど今一番欲しい言葉をくれた。……側近としての素質とは何だろう。主を守り散っていくことを躊躇わないことが素質か? 強いことが素質か?」
「朱己は、それが怖いのか」
彼女は少しだけ瞳を揺らした。
彼女が背負うものを、彼女が言いたいことを、すべてを物語っているように。
私は朱己の背中を抱くことしかできなかった。彼女が言いたいことを理解したからこそ、彼女にかける言葉をゆっくり選ぶ。
「……朱己、私は、側近とは遠くにいても、必ず自分の主の事を想い、主のために、動くことができる者のことだと思っている。勿論力は強いほうがいいし、心は優しいほうが好みだ。しかし、それらは生きていてこそだと思う」
朱己の目を見ながら、ゆっくりと、でもちゃんと伝わるよう言葉を紡ぐ。
「いいんだよ、朱己の思う、理想の主従関係があっていいと私は思う。側近の素質は、主のために主の願いをいかに叶えるか、同時にいかに、自分の想いも守るか、だと思う」
自分の想い、側近自身の想い。
どちらかだけでなくていい。そう言って、その言葉が少しでも重いものを背負う彼女の背中を支えることができるのなら。
彼女の目を見つめると、はにかむようにして笑った。
「ありがとう、杏奈」
彼女は、お礼に続けて、恐れたままでは先に進めないと言った。彼らに、教えなければならないことは、まだまだこれから沢山ある、と。
彼らと沢山対話をしながら、お互いの想いを大切にしながら進んでいきたいと思っていることは皆まで聞かずともわかった。
「朱己が長になれば、私達はみんな朱己の臣下だ。朱己が死ぬなと言うなら、みんなそう動く。必ず」
そう伝えて、彼女の手を握った。朱己もまた、力強く握り返して微笑んだ。
「……さて、そろそろ終いにして、報告書を作ってもらわねばならないな。……高能!」
そう言いながら、朱己の手を離して立ち上がり、彼の名を叫ぶ。呼ばれた方はビクッとして、瞬時に技を収めた。
「帰るぞ!」
そう叫ぶと、一人歩き始め、それを追うように彼もまた走ってきた。
ーーー
彼が杏奈に追いつくため走ってきて、私の脇を通るときに、ふと目があった彼は立ち止まって声をかけてきた。
「おい、朱己。俺は、自分の意思で杏奈の側近をやってるし、自分の意思でお前の、四条家側の対になった。忘れるなよ。俺の意思だ」
それだけ言うと彼は、じゃあな、と言ってまた走って追いかけていく。
二条家と血の交わりのない四条家が、長が罪を犯した場合に、長を殺すための制度、対。
「自分の意思……」
彼が走り去っていく方向を、ぼんやり眺めながら、意識せずに口から漏れ出ていた。聞いていたのか、いつの間にか、私の隣りにいた葉季が話しかける。
「みな、自分の意思で動いておる。そして、それが側近にも主にも、必要なものだとわしも思うよ」
私が目線だけ葉季に向けると、私を見ながら微笑んでいた。
「どうやら、腹は決まったようだのう」
そう言われて、自然と笑みが溢れる。
「そうね。これから、忙しくなる。今度、私の相手もしてくれるかしら、葉季」
そう言って、体ごと葉季の方を向くと、勿論、と言って笑っていた。周りに恵まれていることを実感しながら、新しく側近となる二人のところへ向かった。
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