102 / 239
第二章 朱南国
自分の責任
しおりを挟む傀儡。
ーーヴィオラは、作り物であってもセンナを無くした者が、形を保つわけがないと言っていた。
でも、朱公が見たという工場。そして朱公が虚言を言って得することはないはずで、事実だとすれば。
この謎が解決しない限り、時雨伯父上の真の目的はわからない。
ーー知っているとすれば、父様か、白蓮伯父上か。
卓上の筆を眺めながら、今後の動き方を迷っていた。
ーーー
紫西 謁見の間
「……というわけで、物流を掴めませんでしたが、爆弾を設置したのは……青東である可能性が極めて高いです。これが、神奈がウキルから回収してきた乙型です」
「ご苦労。……青東か」
神奈の霧によって無効化された乙型爆弾は、紫西を攻撃した爆弾の破片と瓜二つだ。
目の前の父は、黙って欠片を見ていた。
乙型を含む爆弾は、基本的にナンバリングがされている。
まとめて購入したのであれば、番号が近くなるのも不思議ではない。
「番号も近い。その線が濃厚だな」
「はい……父様、項品は……私が」
言いかけて、止めてしまった。
言え、続きを。
覚悟なら決めたじゃないか。
皆覚悟を決めてる。
唇を噛んだ。
眉を歪めながら、手を固く握りしめた。
「朱己。大丈夫、無理はしなくていいんですよ」
聞こえた声にはっとして、顔を上げれば。
母が、いつもどおり笑顔で私を見ていた。
「私達も、覚悟はしていながらも、目の当たりにして揺らいでいないか、と言えば嘘になります。しかし、揺らぐのは愛あればこそ。ただ、項品が戦いを望むのであれば、私達も親として、応えなければなりません。あの子を陥れた一端は、私達にあります」
「母様……」
まただ。
私が弱いから、私が揺らぐから。
こうやって周りが背負っていく。
弱いから気付けなかった。
弱いから支えられなかった。
弱いから、私が。
「朱己。長になって少しは肝が据わったかと思えば、まだのようだな」
「父様……すみません」
反射的に謝れば、母が間髪入れずに割って入ってきた。
「壮透。その言い方はいけません。長だからこそ必要になる、立ち止まる力を朱己は持っているということ。朱己は、しっかり成長していますよ」
「ちょっと、ここで夫婦喧嘩はやめなさいっての」
今度は薬乃が割って入る。
見れば薬乃の隣で、陸真殿は呆れたように見ているし、空真殿はそわそわしながら見つめていた。これでは誰が紫西の長なのかわかったもんではない。
「母様、私は大丈夫です。ありがとうございます。……父様、私率いる朱南は、何れ青東と戦うことになりましょう。青東のウキルは、傀儡を使っていました。傀儡について、教えていただけませんか?」
傀儡という言葉に反応したのは、夏能殿だった。
「傀儡……時雨が随分研究してたな」
「夏能殿、ご存知ですか? やはり、研究施設が?」
口元に手を置きながら、目を閉じる夏能殿は、私の問にどう答えるべきか考えているようだった。
「……朱己、それは誰から聞いた?」
「? ……朱公から、ですが」
「朱公はなんと言っていた?」
私の質問に答える前に確認したい、と付け加えた夏能殿は、何か引っかかっているようだった。
「朱公は……、時雨伯父上が、人工的なセンナの研究をしていて、人工的なセンナによって作られた者は、手にかける者の選択によって行き先が変わると」
「やっぱか。俺もそう聞いてる。だからこそ、怪しい」
頭をかく夏能殿は、天井を見て息を吐き出した。まるで肺の奥から、息をすべて出し切るかのように、深く。
「……俺は裏切り者、密偵だとバレていたはずだ。俺に事実を言うとは思えねえ。それと同じことを朱公が言ってんだろ? 時雨は朱公にも、事実を見せていない可能性のほうが高いぜ。もしくは、朱公が今も時雨と繋がってて、お前に嘘をついているか、の二択だな」
「……!! 夏能殿……」
そんなことはない、と言いかけて、言葉を飲み込んだ。
私は見抜けなかったのだ。自分の目を信じることで、ナルスを危険に晒したのは私だ。
それでも。
「悪い、朱公が嘘をついてるとは、俺も思いたくねえ。事実、お前のことを毎度守ってくれてるしな」
「はい……私は、彼女を信じます」
「……ああ、そうだな」
心を揺らすな。
心が揺れればセンナが揺れる。
手を握りしめて、目を瞑った。
深呼吸して、夏能殿は目を向ける。
「ありがとうございます、夏能殿」
言葉を残して、その場をあとにした。
ーーー
多くの墓前に花を手向けて、手を合わせた。
先の戦争で犠牲になった中央の民、そして地方の北東の民たちだ。
センナごと破壊された者も多く、正直正確な犠牲者数はわからない。
それでも、できる限り名前を石に彫り、墓とした。
私が守れなかった民だ。
「……二度と、戦乱は繰り返しません」
戦乱に巻き込まれた民たちは、何を思っただろう。
役立たずで国民を守れない長だと思っただろうか。
怖い思いをしながら、助けを待っていただろうか。
自分たちの命など、この程度かと絶望しただろうか。
謝って済む問題ではない。
命は、ないがしろにされていいものではないのだから。
私のするべきことは、民を守ることだ。
必ず、守ってみせる。今度こそ。
「どうか、見守っていてください」
全滅した三条家。そして、犠牲になった民たち。
残りの五家については、皆紫西へ行った。
もう、しがらみはない。
しがらみと言う名の、守りの壁もないのだ。
墓前にしゃがみこんで、石に刻まれた名前をなぞる。
「必ず……必ず、朱南を守り抜きます」
不安がないと言えば嘘になる。
それでも進まなければならないのだ。私は、長だから。
自分を知らなければならない。いつまでも甘えているわけにはいかない。
必ず、伯父上の目的を暴く。
もう二度と残虐な行為をさせはしない。
まずは事実を集めなければ。
伯父上の目的を根本から覆すために。
立ち上がり、踵を返す。
歩き始めた瞬間、目の前に見えた影。
「ここにおったのか」
「葉季」
私の頭にふわりと手を置き、軽く息をつく彼は、どこか安心したような顔をしていた。
「相変わらず、墓前へ行くときは一人か」
「ごめんなさい」
私の返答に苦笑しながら、葉季は手を下ろした。
「すまぬ、毎度謝らせておるな。わしは怒っておらぬよ。……今日、叔父上達に何を言われた? 帰ってきてから様子がおかしいぞ」
「傀儡の件……朱公が、まだ時雨伯父上と、繋がっている。もしくは、時雨伯父上から、嘘を吹き込まれている。どちらかだろうと」
動じない目の前の彼の様子から見るに、彼も夏能殿と同じことを、考えていたのだろう。
「それでお主は、なんと答えたのだ?」
「……朱公を、信じる」
足元が覚束ない。
心を決めたはずだ。
なのに、どこか迷っている。どこか不安だ。
いつも。確固たる自信がない。
揺るがないものがほしい。
自分の、信念と自信が。
「うむ。良いではないか」
「……え?」
目の前の彼は、いとも容易く私を肯定した。
こんなにも、揺らいでいる私を。
「側近を信じると答えたのであろ? それで良いではないか。わしもお主の結論を信じる。そして、万が一のことがあれば、わしがお主を守るだけのこと」
「……うん。ありがとう、葉季」
いつも太陽のように明るい笑顔で、私を照らしてくれる。
今は彼のその一言だけで、救われた気がした。
彼とのこの日々だけは、彼との想いの交わりだけは、揺らぐことがないように。
心の底から祈った。
0
あなたにおすすめの小説
初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
愚かな側妃と言われたので、我慢することをやめます
天宮有
恋愛
私アリザは平民から側妃となり、国王ルグドに利用されていた。
王妃のシェムを愛しているルグドは、私を酷使する。
影で城の人達から「愚かな側妃」と蔑まれていることを知り、全てがどうでもよくなっていた。
私は我慢することをやめてルグドを助けず、愚かな側妃として生きます。
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる