朱色の雫

弦景 真朱(つるかげ しんしゅ)

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第二章 朱南国

捜し物の手がかり

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ーーー

 目覚める度に、「ここは、何処だ」と自分に問う。
 目覚める度に、お前が隣に居ないことが、理解できずに……探してしまう。

 もう居ないのだ。
 彼女ーーさいは。
 私の、半身は。

 冷たい牢獄の中で、温もりを求めるなど笑止千万。
 
 硬い石畳の上で、体を横たえたところで、大して回復などしないことはわかっている。
 寝たふりをするのも容易ではない。
 寝たふりをしなければ、一日が長いのだ。

 無限に続く、一日が積み重なって、気が遠くなるほど……やがて、当たり前の毎日となるのだろうか。
 お前が居なくなってから、色がなくなった世界は、酷く退屈でーー長い。


「兄上。お目覚めですか。おはようございます」

 隣か、向かい側の何処かなのかはわからないが、近くから弟ーー白蓮の声がする。
 軋む体に鞭を打ちながら、体を起こした。

「……ふ、白蓮。相変わらずだな」

 ーーお前も、私を憎んでいるんだろう。

 お前の妻ーー法葉を、偲をだしに仲間へ引き入れた、私を。
 それでいい。恨め。私を。
 腹の底から湧き上がる黒い笑みを、我慢することなく溢した。

「兄上。ここへ来て、何日かわかりますか?」

 こちらの考えを知ってか知らずか、他愛もない話題を振ってくる弟。

「……一月と、十日」

 昔から、お前はそうだ。
 考えていることがわからない。
 お前が生まれた日、すなわち、私の価値が地に落ちた日だ。

 お前という、全属性で、秀でた能力を生まれながらに湛え、生まれた時点で全て私より勝っていた存在。

 どうせ、私が答えるまでもなく、お前は答えなど知っているのだろう。

「ありがとうございます、兄上。私もそうかと思っていました」

「ふん、煩わしい」

 馬鹿にしているのか、私を。
 
 昔からそうだ。
 何処かでいつも、私を。
 蔑まれ、双子として畏怖され、虐げられた、私の気持ちなど、恵まれたお前には、到底わかるまい。

 鎖で繋がれた足は、赤黒くなっていた。
 浮浪者のような汚らわしさだ。
 よく見れば、手も黒くボロボロだ。
 まあ、風呂に入れないことなど、今の私にとってはどうでもいいことだが。

「兄上。覚えていますか、昔よく鬼ごっこをして、私は兄上だけ捕まえることが出来なかったんですよ」

「……」

 いつの話だ。数十年近く前の話など、覚えているわけないだろう。
 私の様子を気にすることもなく、弟は続ける。

「私は、兄上に追いつくことが目標だったんです。今だって、私は兄上を捕まえられた訳じゃない」

「……何が言いたい」

 私を、どれだけ馬鹿にすれば気が済むのだ、お前は。
 これ以上惨めにさせるつもりか。
 どこにいるのかわからない、弟の声がするであろう方を睨んだ。

「兄上が今も私の目標、という話です。……姉上の真実、兄上はご存知ですか?」

 馬鹿が。
 私を目標にしているわけがないだろう。
 目を細めて、舌打ちをした。

「偲がどうした。真実など知っていたとしても言うものか」

 お前に、何がわかる。
 偲と私の、苦悩など。
 お前や壮透にはわかるまい。
 いや、わかってたまるか。

 この苦痛こそが、私と偲を結ぶ、最後の絆なのだ。

「そうですか。私は、姉上は、が疑問でして。兄上」

 顔が熱くなる。
 黙れ。
 黙れ黙れ黙れ。
 お前に、偲の気持ちがわかるか。
 偲を何だと思っている。
 怒りはまるで活火山のように、一気に噴き出した。

「黙れ!!!」

 牢屋にこだまする声が消えたあと、耳が痛くなるほどの静寂に包まれた。
 白蓮は何も言わない。
 どんな顔をしているのかも、わからない。

「……偲を汚すな」

 ため息をつけば、鎖の音だけが小さく鳴った。

ーーー

「一体どうしたんですのよ、朱己……こんな廃屋と化した場所で探しものなんて」

「ごめん妲音、付き合ってもらっちゃって」

 ナルスが崩壊する前、中央だった場所に、妲音と葉季、光琳の四人で訪れた目的。
 それは、二条家の古びた書斎にあった文献が、少しでも生き残ってないか、と期待したためだ。

「書斎はここだが、随分と火が回っていたようだのう。壁も扉も焼け焦げている」

「書斎前で、項品と姉様と戦闘になったから……そのせいもあるかもね」

 ーー文献に、ビライトの爆弾、傀儡について記載がないだろうか。
 期待し過ぎかもしれないが、昔躍起になって調査したときに、いくつか読み切れていないものがある。
 それらを回収したい。

「とりあえず、中までは火はそんなに回っていないみたいだね。探そう。ビライトに関する書物を主で探せばいい?」

「ええ、お願い」

「お任せを、捜し物は得意ですのよ」

 張り切ってずんずん進んでいく妲音の、相変わらずな自信に満ちた姿に、くすりと笑みがこぼれた。

「相変わらずだのう、妲音は」

「そうね」

 彼女はいつも自信満々だ。羨ましいほどに。
 そして、そんな彼女の隣で、微笑みを浮かべたまま一緒に探す光琳は、とても幸せそうだった。

 さて、と気合を入れ直し、自分たちも本腰を入れて探し始める。

「ビライト……ビライト……」

 ブツブツ言いながら、めぼしいものを端に寄せて、どんどん作業を進めていく。
 探すのに夢中になっていて、気が付かなかった。いや、忘れていたのだ。

 自分の背後に、の入口が近づいていることを。

 足元に積み重なった本に躓き、体が後ろへと傾いた。
 反射的に後ろに腕を伸ばす。

「危ない、朱己!」

 葉季が手をこちらへ伸ばしてくる。

 その瞬間、後ろの本棚へ吸い込まれるようにして、私と葉季は落ちていった。

 ーーあの、香卦良の部屋に。

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