104 / 239
第二章 朱南国
紅の部屋(上)
しおりを挟む「いてててて……」
「だ、大丈夫? 葉季。ごめんなさい、下敷きになっちゃったわね」
腰を擦る葉季の上から退き、葉季に手を伸ばしながら、辺りを見渡す。
「ここは……香卦良の……」
「ん? 香卦良?」
上下左右、なにもない、白い世界。
ここに来ると、いつも香卦良の声がして、香卦良の部屋へ道を出してくれていた。
今は香卦良がここにいないため、道が出るはずもないのだが。
「ーー誰だ」
「!!」
声がした。
瞬間、葉季と目を合わせる。
香卦良の声じゃない。
「……壮透の娘、朱己です。あなたは……」
声しか聞こえない相手の居場所を探るが、光の濃淡さえもない真っ白な空間で、左右の感覚さえ麻痺しているのか、全く見当がつかない。
「……ほう、壮透の……ならば良い。おい、もう一人のお前は?」
「わしは、白蓮の息子、葉季」
「そうか、お前が葉季か。……ならば、良い。来い」
声音が幾分か柔らかくなったかと思えば、急に目の前に穴が空いた。
「入れ」
少し躊躇しつつも、葉季と頷き合い、穴へ入る。
穴の先は、とても静かで、穏やかに草花が咲き誇る草原。美しい秋晴れのような青空。
まるで室内とは思えない空間だった。
眼の前に現れたのは、恰幅のいい、初老の男性。
紅の髪の毛と、紅の瞳。
どこか懐かしい風貌とは裏腹に、肌で感じる威圧感は、見事なまでに私達を戦慄かせた。
「我が名は紅蓮。お前たちの父親の父……つまりお前たちの祖父だ」
「ぐ……紅蓮様……!?」
見るのは初めてだ。
否、直接会うのは初めて、と言ったほうがいい。念写の写真では見たことがある。とはいえ、若かりし頃の紅蓮様だ。
ーー放浪の旅に出ているのではなかったのか? なぜ、ここに? いつから?
疑問ばかり浮かんで来るのに、うまく言葉にして口から出せない。
「紅蓮様、なぜここへ居られるのです?」
葉季が私の心を読んだかのように、質問を投げかけた。
目の前の紅蓮様は、着いて来いと一言言うと、私達に背を向けて歩き出した。
葉季と無言でついて行くと、眼の前に突如現れた家。
中へ入れば、小さな卓と、椅子がいくつか置いてあり、すでにお茶が淹れられていた。
「まあ座れ。このお茶は美味いぞ。安心して飲むといい」
そう言って、先に腰掛け、お茶を啜る紅蓮様は、完全に寛いでいた。
「は、はい……いただきます」
腰掛けて早々にお茶をいただき、鼻を抜ける茶葉の香りに、ゆっくりと目を閉じる。
思わず溢れる笑みは、緊張を解した。
目の前の紅蓮様へ視線を移すと、自然と目が合う。
「美味しいです」
「そうか、そうか。それはよかった。孫に喜んで貰えて嬉しいぞ」
会って間もなくの顔とは似つかない程、朗らかな表情を浮かべる紅蓮様。
少し無精ひげを生やしているが、それがなんとも味を出している。
紅蓮様は葉季の方へ目を向けると、打って変わって真面目な顔つきになった。
「して、葉季。先程の質問の答えだが、それは簡単だ。俺がこの空間を作ったからだ」
「「空間を……作った……」」
葉季と言葉が重なる。
確かに葉季の陣のように、空間を作り出す能力は訓練すれば誰でも扱えるようになる。
しかし、この空間は別次元だ。
空間の中に空間があり、そしてこの空間には生き物が生息し、もはや違う世界のようだ。
「簡単なことだ。元々、香卦良をここへ呼ぶために作ったんだ。なのに香卦良が、こんな綺麗な空間はいらん、と言うもんだから……今は俺が使ってる。香卦良には、香卦良好みの殺風景な空間を作り直してやってな」
「そうだったんですね。確かに、彼がいる空間は……殺風景でした」
記憶の中の香卦良の部屋は、手術室のような器具と薬品にまみれた部屋と、卓と椅子、板を貼っただけの寝台があるのみだった。
ーーあれは、彼好みだったのか。
少し考え込んだ私の隣で、怪訝そうな顔をした彼が口を開く。
「ん、お主行ったことがあるのか?」
「あ、ええ、何度か」
そういえば、葉季には言ってなかった。
香卦良に、子種がほしいのだろう、と言われて押し倒されたことも、香卦良の体中に、実験のために人工のセンナを、沢山植え付けられていることも。
「朱己、大丈夫だったか? 押し倒されただろう、香卦良に。女が行くのは、大抵子種を貰うためだから、香卦良も手慣れてるからな」
「!! あ、え、はい、大丈夫です、何もされてません」
隣で豆鉄砲を食らった鳩……のような顔をしている葉季に、誤解を与えないよう急いで弁解する。
「子種……ですか」
葉季が小さく溢した。
きっと彼は頭がいいから、今の紅蓮様の一言で察したのだろう。
この二条家で、何が行われていたのかを。
「葉季、お前は知らんのか? ……まあ、無理もない。白蓮も壮透も、偲のことがあったから、自分らの娘は香卦良の元へ行かせたくなかったろうしな」
「……偲様は、何があったんです? 朱己、お主は知っておるのか?」
葉季に視線を移して、静かに首を横に振った。
ーー偲様のことは、初耳だ。
葉季の眉間に皺が寄っていく。
紅蓮様を見つめれば、感情を殺した目で、こちらを見た。
「偲は、年頃になり、香卦良の子種を貰うことになってな。予定通り、香卦良のところへ行き、事を済ませた翌日……自害した」
「!!」
咄嗟に口を覆った。
ーー夏能殿と結ばれることのない恋をして、家のためとはいえ、愛のない子づくりをして……。
吐きそうだ。
「それは、酷い死に様だった。センナの力が強すぎて、死ぬほどの傷を作っても本能で治してしまって、というのを繰り返したのだろう。最後は、センナの消耗で事切れたようだった」
「……なぜ……」
そうまでして、偲様が貫きたかったことはなんだ。
夏能殿への想いなのか?
それとも、子種を受け入れることでしか、虐げられている自分が、必要とされないことが、心底納得できず、反抗したかったのか?
0
あなたにおすすめの小説
初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
愚かな側妃と言われたので、我慢することをやめます
天宮有
恋愛
私アリザは平民から側妃となり、国王ルグドに利用されていた。
王妃のシェムを愛しているルグドは、私を酷使する。
影で城の人達から「愚かな側妃」と蔑まれていることを知り、全てがどうでもよくなっていた。
私は我慢することをやめてルグドを助けず、愚かな側妃として生きます。
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる