朱色の雫

弦景 真朱(つるかげ しんしゅ)

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第二章 朱南国

紅の部屋(上)

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「いてててて……」

「だ、大丈夫? 葉季。ごめんなさい、下敷きになっちゃったわね」

 腰を擦る葉季の上から退き、葉季に手を伸ばしながら、辺りを見渡す。

「ここは……香卦良かけらの……」

「ん? 香卦良?」

 上下左右、なにもない、白い世界。
 ここに来ると、いつも香卦良の声がして、香卦良の部屋へ道を出してくれていた。
 今は香卦良がここにいないため、道が出るはずもないのだが。

「ーー誰だ」

「!!」

 声がした。
 瞬間、葉季と目を合わせる。
 香卦良の声じゃない。

「……壮透の娘、朱己です。あなたは……」

 声しか聞こえない相手の居場所を探るが、光の濃淡さえもない真っ白な空間で、左右の感覚さえ麻痺しているのか、全く見当がつかない。

「……ほう、壮透の……ならば良い。おい、もう一人のお前は?」

「わしは、白蓮の息子、葉季」

「そうか、お前が葉季か。……ならば、良い。来い」

 声音が幾分か柔らかくなったかと思えば、急に目の前に穴が空いた。

「入れ」

 少し躊躇しつつも、葉季と頷き合い、穴へ入る。
 穴の先は、とても静かで、穏やかに草花が咲き誇る草原。美しい秋晴れのような青空。
 まるで室内とは思えない空間だった。

 眼の前に現れたのは、恰幅のいい、初老の男性。
 紅の髪の毛と、紅の瞳。
 どこか懐かしい風貌とは裏腹に、肌で感じる威圧感は、見事なまでに私達を戦慄かせた。

「我が名は紅蓮ぐれん。お前たちの父親の父……つまりお前たちの祖父だ」

「ぐ……紅蓮様……!?」

 見るのは初めてだ。
 否、直接会うのは初めて、と言ったほうがいい。念写の写真では見たことがある。とはいえ、若かりし頃の紅蓮様だ。

 ーー放浪の旅に出ているのではなかったのか? なぜ、ここに? いつから?

 疑問ばかり浮かんで来るのに、うまく言葉にして口から出せない。

「紅蓮様、なぜここへ居られるのです?」

 葉季が私の心を読んだかのように、質問を投げかけた。
 目の前の紅蓮様は、着いて来いと一言言うと、私達に背を向けて歩き出した。

 葉季と無言でついて行くと、眼の前に突如現れた家。
 中へ入れば、小さな卓と、椅子がいくつか置いてあり、すでにお茶が淹れられていた。

「まあ座れ。このお茶は美味いぞ。安心して飲むといい」

 そう言って、先に腰掛け、お茶を啜る紅蓮様は、完全に寛いでいた。

「は、はい……いただきます」

 腰掛けて早々にお茶をいただき、鼻を抜ける茶葉の香りに、ゆっくりと目を閉じる。
 思わず溢れる笑みは、緊張を解した。
 目の前の紅蓮様へ視線を移すと、自然と目が合う。

「美味しいです」

「そうか、そうか。それはよかった。孫に喜んで貰えて嬉しいぞ」

 会って間もなくの顔とは似つかない程、朗らかな表情を浮かべる紅蓮様。
 少し無精ひげを生やしているが、それがなんとも味を出している。
 紅蓮様は葉季の方へ目を向けると、打って変わって真面目な顔つきになった。
 
「して、葉季。先程の質問の答えだが、それは簡単だ。俺がこの空間を作ったからだ」

「「空間を……作った……」」

 葉季と言葉が重なる。
 確かに葉季のじんだてのように、空間を作り出す能力は訓練すれば誰でも扱えるようになる。
 しかし、この空間は別次元だ。
 空間の中に空間があり、そしてこの空間には生き物が生息し、もはや違う世界のようだ。

「簡単なことだ。元々、香卦良をここへ呼ぶために作ったんだ。なのに香卦良が、こんな綺麗な空間はいらん、と言うもんだから……今は俺が使ってる。香卦良には、香卦良好みの殺風景な空間を作り直してやってな」

「そうだったんですね。確かに、彼がいる空間は……殺風景でした」

 記憶の中の香卦良の部屋は、手術室のような器具と薬品にまみれた部屋と、卓と椅子、板を貼っただけの寝台があるのみだった。
 ーーあれは、彼好みだったのか。

 少し考え込んだ私の隣で、怪訝そうな顔をした彼が口を開く。

「ん、お主行ったことがあるのか?」

「あ、ええ、何度か」

 そういえば、葉季には言ってなかった。
 香卦良に、子種がほしいのだろう、と言われて押し倒されたことも、香卦良の体中に、実験のために人工のセンナを、沢山植え付けられていることも。

「朱己、大丈夫だったか? 押し倒されただろう、香卦良に。女が行くのは、大抵子種を貰うためだから、香卦良も手慣れてるからな」

「!! あ、え、はい、大丈夫です、何もされてません」

 隣で豆鉄砲を食らった鳩……のような顔をしている葉季に、誤解を与えないよう急いで弁解する。

「子種……ですか」

 葉季が小さく溢した。
 きっと彼は頭がいいから、今の紅蓮様の一言で察したのだろう。
 この二条家で、何が行われていたのかを。

「葉季、お前は知らんのか? ……まあ、無理もない。白蓮も壮透も、偲のことがあったから、自分らの娘は香卦良の元へ行かせたくなかったろうしな」

「……偲様は、何があったんです? 朱己、お主は知っておるのか?」

 葉季に視線を移して、静かに首を横に振った。
 ーー偲様のことは、初耳だ。
 葉季の眉間に皺が寄っていく。
 紅蓮様を見つめれば、感情を殺した目で、こちらを見た。

「偲は、年頃になり、香卦良の子種を貰うことになってな。予定通り、香卦良のところへ行き、事を済ませた翌日……自害した」

「!!」

 咄嗟に口を覆った。
 ーー夏能殿と結ばれることのない恋をして、家のためとはいえ、愛のない子づくりをして……。

 吐きそうだ。
 

「それは、酷い死に様だった。センナの力が強すぎて、死ぬほどの傷を作っても本能で治してしまって、というのを繰り返したのだろう。最後は、センナの消耗で事切れたようだった」

「……なぜ……」

 そうまでして、偲様が貫きたかったことはなんだ。
 夏能殿への想いなのか?
 それとも、子種を受け入れることでしか、虐げられている自分が、必要とされないことが、心底納得できず、反抗したかったのか?

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