朱色の雫

弦景 真朱(つるかげ しんしゅ)

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第二章 朱南国

紅の部屋(下)

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「偲様は、紅蓮様には何も相談されなかったのですか?」

 納得できないと言わんばかりの葉季の顔は、ひどく歪んでいた。
 それはそうだろう。普通の人なら、心が痛まないはずがない。
 紅蓮様は、一度ため息をついてから、落とした視線をゆっくり上げた。

「……偲は、家のためならなんでもすると言った。その代わり、生まれながらにして、虐げられるような国にはしてほしくない。双子である自分が、香卦良の子を成すことで、この国の将来が変わっていけばいいと思っていると」

「……双子が忌み嫌われる理由は、初代長が由来と記憶しております。昔からの概念を、そうまでして壊したかったのですか」

 葉季のつぶやきに、首を縦に振る紅蓮様。
 その目は、少しだけ後悔の色をしていた。

「我々は二条家。国への贄だ。我々は、国を守り、国を正しい方向へ導くのが役目。身を滅ぼしても、この国のいしずえとなるなら、それは本望というもの。だが同時に、国にも新陳代謝が必要だ。変わっていかねばならんこともある」

「守るだけでは、だめということですね」

「そのとおりだ」

 なんだか、心がざわついている。
 紅蓮様は、偲様が、自分の娘が亡くなったのに……正当化するのか。美談にしてしまうのか。
 ーー私には、受け入れ難い。

 黙って俯けば、隣で葉季が心配そうにこちらを見ているのがわかった。

「朱己。美談にするな、と思っているだろう。それでいい。それこそが教育であり、概念の新陳代謝だ」

「……その言い方は、まるで……」

 紅蓮様の方へゆっくり視線を上げれば、紅蓮様は笑っていた。私の目には、紅蓮様の笑顔が酷く怖く映った。

「そのとおり。国の新陳代謝のため、偲に犠牲になってもらうよう、仕向けたのは……俺だ」

「っ……紅蓮、様……」

 背中が冷たくなる。
 長は、このくらい当たり前に残忍であるべきなのか?
 ーー確かに、白蓮殿も、国のためなら私のことを殺してもいいと言っていた。
 身内であろうと、いや、身内だからこそ、容赦はしないということなのだろうか。
 国のためなら、という大義名分は、それほどまでに強いのか。

「ならぬ相手に想いを寄せ、国を滅ぼすつもりか。国のために、どうするのが、どう自分の命を使うのがいいのか、よく考えろと言っただけだ」

「そんな……親にそんなことを言われては!! それでも……っ!」

 葉季が声を荒らげた瞬間、紅蓮殿の目に殺気が宿った。
 その紅の瞳に貫かれれば、何人たりとも動けなくなる。
 葉季もまたしかり。

「葉季。何度でも言おう。長とは、国への贄。二条家は、国への贄だ。恨まれようと、憎まれようと、俺は国のためにしたまで。言葉の捉え方など、いくらでもあろう?」

 葉季は動きを封じられたまま、額に汗を浮かべながら紅蓮様を睨みつけた。

「朱己。お前もじきわかる。国のために何ができるのか、そして国の新陳代謝とはなにか。偲の死は、けして無駄にはせん。現に、ナルスは分断され、大幅な新陳代謝が起こったろう」

「紅蓮様……まさか……」

 全て、読みどおり、とでも言うのだろうか。
 力を込めなければ震えてしまう手は、ひどく非力だ。

「紅蓮様は……五条家をも、良いように使ったんですか? あの時から、全て始まっていたんですか?」

 紅蓮様の眉が僅かに動いた。
 紅蓮様の視線が外れ、葉季がガタンと音を立てて、椅子に崩れ落ちた。

「……五条家……ああ、真季まきの事か。あれを摘発したのは、白蓮だろう。そして、俺の得になるような、結果を出した訳ではない。どちらかと言えば、四条家にとって良い結果だ」

「四条家に、とって?」

 ゆっくり肯定した紅蓮様は、遠くを見つめているようだった。
 瞳から感情が読み取れない。

「俺のつい、四条王夏おうか。あの女が、俺を裏切った。いや、俺を陥れようとして、真季に取り入った。都合のいい事を言わせて、俺を排除しようとしたのを、白蓮が気づき摘発した。俺は王夏ーー対が雲隠れしたから、長を下りた」

「……それさえも、白蓮伯父上が動くことさえも、わかっていたんじゃないんですか?」

 まるで時雨伯父上を彷彿とさせるような、不穏な笑みを浮かべる紅蓮様から、反射的に目をそらした。
 ぞっとするような、背筋を這い上がる嫌悪感が私を支配していく。

「……あいつは、頭が良い。自分がどう動けば、誰もが是と言うかを、よくわかっている。壮透とは違ってな」

 ーーやっぱりだ。
 人を道具としてしか見ていない人の発言だ。
 でも、それを頭のどこかで理解してしまう自分がいるのだ。
 「長とはこういうもの」という概念から、脱することができない。違うと言いたい。父様は、立派な長だと言いたい。
 なのに、唇を噛むことしかできない。
 
「白蓮は、自分が背負うものの重みを誰よりわかっているだろう。壮透は駄目だ、理想ばかりで甘すぎる。朱己、お前は壮透のようにはなるな。せっかく新しくなった国が、また滅ぶぞ」

「……っ」

 思わず顔を上げて睨みつければ、紅蓮様は朗らかに笑っていた。
 二度見してしまうほど、言っていることと合わないほど、朗らかな笑顔だった。
 呆気にとられて、目が離せなくなる。

「ナルスを、頼む。どんな形であれ、どれだけ長が身を尽くしても、報われないときは報われない。それでも、身も心も、国に捧げろ。それしか、長にできることはない」

「紅蓮、様……」

「いつでも来い。いつでも話はする。葉季、お前もな」


 それから、紅蓮様は静かに席を立ち、去っていった。
 複雑な面持ちのまま、紅蓮様の背中に一礼し、葉季とその場を後にした。
 帰り道、会話をすることもなく、ただお互いに手を重ねた。
 今はまだ、この気持ちを具現化するには、頭の整理がつかない。それでも、心を落ち着けるには、互いに手を取り合うのが一番だとーーわかっていた。

 書斎に戻ったあと、妲音達から質問攻めにされたが、返す気力もなく、葉季と二人で笑って誤魔化した。
 妲音も何かを察したのか、さっさと帰る支度をして、書斎から出るよう促してきた。

 ーー紅蓮様。

 まだ聞きたいことが沢山ある。でも今は、頭の中を整理しないと。
 重くのしかかる言葉が、鉛のように、私の中に沈んでいく。

 ーー身も心も、国に捧げろ。それしか、長にできることはない。

「それしか、ない……」

 勿論全て捧げるつもりだ。
 だがそこには、私個人の意思など、生き様など。何も必要ないのだ。
 私だけならいい。でも、私だけでは済まない。

 ーー偲様。
 何を思って、なんのために、その生の終わり方を選んだのですか。
 香卦良の子を成すことで、国のためになるならと思っていたのなら。紅蓮様から、自分の命の使い方を考えろと言われたのなら、迷わず子種を繋ぐことを考えたのでは?

 偲様の本音が何であれ、どう転ぼうと、紅蓮様からすれば、どうでもよかったのだろう。
 どう転んでも、全て想定の範囲内。どうとでもなる。

「この国は、命が軽すぎる……」

 頭を抱えても、何もできない。
 それでも。もう二度と。
 悲しい思いをする人を、出したくないのだ。

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