105 / 239
第二章 朱南国
紅の部屋(下)
しおりを挟む「偲様は、紅蓮様には何も相談されなかったのですか?」
納得できないと言わんばかりの葉季の顔は、ひどく歪んでいた。
それはそうだろう。普通の人なら、心が痛まないはずがない。
紅蓮様は、一度ため息をついてから、落とした視線をゆっくり上げた。
「……偲は、家のためならなんでもすると言った。その代わり、生まれながらにして、虐げられるような国にはしてほしくない。双子である自分が、香卦良の子を成すことで、この国の将来が変わっていけばいいと思っていると」
「……双子が忌み嫌われる理由は、初代長が由来と記憶しております。昔からの概念を、そうまでして壊したかったのですか」
葉季のつぶやきに、首を縦に振る紅蓮様。
その目は、少しだけ後悔の色をしていた。
「我々は二条家。国への贄だ。我々は、国を守り、国を正しい方向へ導くのが役目。身を滅ぼしても、この国の礎となるなら、それは本望というもの。だが同時に、国にも新陳代謝が必要だ。変わっていかねばならんこともある」
「守るだけでは、だめということですね」
「そのとおりだ」
なんだか、心がざわついている。
紅蓮様は、偲様が、自分の娘が亡くなったのに……正当化するのか。美談にしてしまうのか。
ーー私には、受け入れ難い。
黙って俯けば、隣で葉季が心配そうにこちらを見ているのがわかった。
「朱己。美談にするな、と思っているだろう。それでいい。それこそが教育であり、概念の新陳代謝だ」
「……その言い方は、まるで……」
紅蓮様の方へゆっくり視線を上げれば、紅蓮様は笑っていた。私の目には、紅蓮様の笑顔が酷く怖く映った。
「そのとおり。国の新陳代謝のため、偲に犠牲になってもらうよう、仕向けたのは……俺だ」
「っ……紅蓮、様……」
背中が冷たくなる。
長は、このくらい当たり前に残忍であるべきなのか?
ーー確かに、白蓮殿も、国のためなら私のことを殺してもいいと言っていた。
身内であろうと、いや、身内だからこそ、容赦はしないということなのだろうか。
国のためなら、という大義名分は、それほどまでに強いのか。
「ならぬ相手に想いを寄せ、国を滅ぼすつもりか。国のために、どうするのが、どう自分の命を使うのがいいのか、よく考えろと言っただけだ」
「そんな……親にそんなことを言われては!! それでも……っ!」
葉季が声を荒らげた瞬間、紅蓮殿の目に殺気が宿った。
その紅の瞳に貫かれれば、何人たりとも動けなくなる。
葉季もまたしかり。
「葉季。何度でも言おう。長とは、国への贄。二条家は、国への贄だ。恨まれようと、憎まれようと、俺は国のためにしたまで。言葉の捉え方など、いくらでもあろう?」
葉季は動きを封じられたまま、額に汗を浮かべながら紅蓮様を睨みつけた。
「朱己。お前もじきわかる。国のために何ができるのか、そして国の新陳代謝とはなにか。偲の死は、けして無駄にはせん。現に、ナルスは分断され、大幅な新陳代謝が起こったろう」
「紅蓮様……まさか……」
全て、読みどおり、とでも言うのだろうか。
力を込めなければ震えてしまう手は、ひどく非力だ。
「紅蓮様は……五条家をも、良いように使ったんですか? あの時から、全て始まっていたんですか?」
紅蓮様の眉が僅かに動いた。
紅蓮様の視線が外れ、葉季がガタンと音を立てて、椅子に崩れ落ちた。
「……五条家……ああ、真季の事か。あれを摘発したのは、白蓮だろう。そして、俺の得になるような、結果を出した訳ではない。どちらかと言えば、四条家にとって良い結果だ」
「四条家に、とって?」
ゆっくり肯定した紅蓮様は、遠くを見つめているようだった。
瞳から感情が読み取れない。
「俺の対、四条王夏。あの女が、俺を裏切った。いや、俺を陥れようとして、真季に取り入った。都合のいい事を言わせて、俺を排除しようとしたのを、白蓮が気づき摘発した。俺は王夏ーー対が雲隠れしたから、長を下りた」
「……それさえも、白蓮伯父上が動くことさえも、わかっていたんじゃないんですか?」
まるで時雨伯父上を彷彿とさせるような、不穏な笑みを浮かべる紅蓮様から、反射的に目をそらした。
ぞっとするような、背筋を這い上がる嫌悪感が私を支配していく。
「……あいつは、頭が良い。自分がどう動けば、誰もが是と言うかを、よくわかっている。壮透とは違ってな」
ーーやっぱりだ。
人を道具としてしか見ていない人の発言だ。
でも、それを頭のどこかで理解してしまう自分がいるのだ。
「長とはこういうもの」という概念から、脱することができない。違うと言いたい。父様は、立派な長だと言いたい。
なのに、唇を噛むことしかできない。
「白蓮は、自分が背負うものの重みを誰よりわかっているだろう。壮透は駄目だ、理想ばかりで甘すぎる。朱己、お前は壮透のようにはなるな。せっかく新しくなった国が、また滅ぶぞ」
「……っ」
思わず顔を上げて睨みつければ、紅蓮様は朗らかに笑っていた。
二度見してしまうほど、言っていることと合わないほど、朗らかな笑顔だった。
呆気にとられて、目が離せなくなる。
「ナルスを、頼む。どんな形であれ、どれだけ長が身を尽くしても、報われないときは報われない。それでも、身も心も、国に捧げろ。それしか、長にできることはない」
「紅蓮、様……」
「いつでも来い。いつでも話はする。葉季、お前もな」
それから、紅蓮様は静かに席を立ち、去っていった。
複雑な面持ちのまま、紅蓮様の背中に一礼し、葉季とその場を後にした。
帰り道、会話をすることもなく、ただお互いに手を重ねた。
今はまだ、この気持ちを具現化するには、頭の整理がつかない。それでも、心を落ち着けるには、互いに手を取り合うのが一番だとーーわかっていた。
書斎に戻ったあと、妲音達から質問攻めにされたが、返す気力もなく、葉季と二人で笑って誤魔化した。
妲音も何かを察したのか、さっさと帰る支度をして、書斎から出るよう促してきた。
ーー紅蓮様。
まだ聞きたいことが沢山ある。でも今は、頭の中を整理しないと。
重くのしかかる言葉が、鉛のように、私の中に沈んでいく。
ーー身も心も、国に捧げろ。それしか、長にできることはない。
「それしか、ない……」
勿論全て捧げるつもりだ。
だがそこには、私個人の意思など、生き様など。何も必要ないのだ。
私だけならいい。でも、私だけでは済まない。
ーー偲様。
何を思って、なんのために、その生の終わり方を選んだのですか。
香卦良の子を成すことで、国のためになるならと思っていたのなら。紅蓮様から、自分の命の使い方を考えろと言われたのなら、迷わず子種を繋ぐことを考えたのでは?
偲様の本音が何であれ、どう転ぼうと、紅蓮様からすれば、どうでもよかったのだろう。
どう転んでも、全て想定の範囲内。どうとでもなる。
「この国は、命が軽すぎる……」
頭を抱えても、何もできない。
それでも。もう二度と。
悲しい思いをする人を、出したくないのだ。
0
あなたにおすすめの小説
初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
愚かな側妃と言われたので、我慢することをやめます
天宮有
恋愛
私アリザは平民から側妃となり、国王ルグドに利用されていた。
王妃のシェムを愛しているルグドは、私を酷使する。
影で城の人達から「愚かな側妃」と蔑まれていることを知り、全てがどうでもよくなっていた。
私は我慢することをやめてルグドを助けず、愚かな側妃として生きます。
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる