朱色の雫

弦景 真朱(つるかげ しんしゅ)

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第二章 朱南国

対という存在

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 わしらがカヌレを止めなければ、朱己は民を守れぬ。わしらがくたばるわけにはいかぬ。
 握りしめた鉄扇をゆっくりと開いた。戦闘用にこしらえたもの。いつもは扇子で事足りる。扇子で足りる程度しか、力を使わないからだ。強敵に合わせて力を籠めれば、扇子はいとも簡単に壊れてしまう故に、新たに用意したのがこの鉄扇だ。

 目の前の女は、氷に腰掛けたまま楽しそうに目を細めた。

「昔話をしましょうか」

「……?」

 頬杖をつきながら笑顔でわしらを見下ろす彼女は、怪訝そうな顔をしているわしらが可笑しいらしい。

「あんたたちの長、ミーニョ。もとい、朱色の雫ミニオスティーラ。私達五珠の中で、汚れた仕事……主に殺戮さつりくを専門とした存在。知ってる? 魂解きはミーニョしか使えない能力。だから、汚れ仕事はぜーんぶミーニョの仕事」

「……わしらは全属性であり、かつ条件が整えば魂解きと魂結びができると言われてきたが? ……わしらのは違う、と言いたいのか?」

 わしらの知識自体が嘘なのか? それとも、目の前の女がわしらを動揺させようと嘘を?
 いや、父も叔父も使えたではないか。なのに、なんだ、この胸騒ぎは。頬を伝い落ちる汗が、鉄扇を濡らした。

「血塗れのミーニョ。その能力が欲しかった人がいるのよ。誰かわかる?」

「……」

 高能と一瞬だけ視線が合った。
 無言で、だが確実に。わしらは同じ人物を思い浮かべたはずだ。

「一人しかいないわよね、でもね、ミーニョを乗っ取ればよかったのに、わざわざ子孫を残すなんて真似、何でしたのかしらね? そして国を乗っ取った。なんで国だったのかしらね? そして極めつけ、なんで対なんて作ったのかしらね? 眞白は」

「!! 眞白が……対を?」

 長になった眞白は、何を考えた。
 何故、初代長の血筋を求めた。
 何故、初代長を殺した。
 何故、自分が長になったのに、長を殺す対を作った。
 全属性のため? 魂解きのために?
 いや、全属性でなければ、という縛り自体嘘なのかもしれぬ。

 朱色の雫ミニオスティーラの力が欲しかった、だが子孫に両方の力を併せ持つ者が生まれるなど、期待できるような話だろうか。そんな、将棋の飛車と角が合わさるようなことになるだろうか。

「わからない? 本当の力を発揮できる朱色の雫ミニオスティーラを手に入れるために先代のなり損ないの朱色の雫ミニオスティーラを殺し、朱色の雫ミニオスティーラを支配するために交配したのよ! そして、五珠殺しの力を作れないか、必死に試したの。そしたら副産物として玩具が沢山できたわ」

「……玩具?」

 卑しい表現だ。何を玩具と言っている? 民か、それとも我々子孫のことか。いや、全てなのか。
 鉄扇が汗で滑るのを抑える為に必死で握るのに、滑っていく感覚が抜けない。

「ミーニョの弟……香卦良の実験に使われたセンナも考えてみればわかるでしょ? すぐに作れるわけないんだから」

「……それではまるで、香卦良に埋め込まれたセンナは……作り物だけではないと聞こえるが?」

 訝しむように睨めば、目の前の女は恍惚とした表情で天を仰いだ。

「当たり前でしょ? センナを埋め込めるかを香卦良でテストしてたんだから! 本物のセンナを加工してまずつけてみたのよ。人工的にセンナを作った後、埋め込めなかったら大変でしょ?」

「……!! それでは、本物のセンナは誰から回収したというのだ? そのために民が殺されたとでもいうのか!?」

 声を荒らげたわしを、彼女は一瞥した。そして、わしのことなどどうでも良さそうに彼女は続けた。

「民の命をどう使おうが、長の勝手。でしょ? 眞白は特に欲しかった魂解きの力を研究するために子孫さえも使ったわ」

「は? ふざけん……っが!!」

 身体を吹き飛ばされた高能が、顔を歪めている。
 一瞬の出来事過ぎて目が追いつかなかった。視界から突如消えた、に近い。

「高能!!」

「ちょっとぉ、口のきき方には気をつけなさいよね。あたしはカヌレよ? 黄金の果アウルムポームムなのよ? ほんと、質が悪いわぁ」

 高能のところまで瞬移で移動し、抱き起こしながら傷口に手を当てる。いつもならすぐに治せる傷が、中々塞がらない。

「何故塞がらぬ……!」

「無駄よぉ、人如きに」

 音もなくいつの間にかわしらの背後にいる彼女は、声音だけで判断するなら、嗤っていた。
 だが、振り返ると同時にわしの眼に飛び込んできた彼女の顔は、全く予想していなかった顔だった。凍りつくような瞳で、全く感情のない顔を向けられた瞬間、底冷えする様な恐怖がわしらを襲ったのだ。

「最後に教えてあげる。魂解きも魂結びも、本来ミーニョしか使えないってこと。ほらぁ、あたしのセンナで試してみなさいよ、あんたの家に伝わる魂解き。あんた、ミーニョの対なんでしょ?」

「なっ……」

 予想もしない彼女の発言は、わしらを動揺させるには十分すぎる程だった。彼女の高能を見下す目は、確固たる自信と確信があるという光を放っていた。

「……高能」

 彼女の挑発に乗るのは危険だ。わしが皆まで言わずとも、隣りにいる彼もわかっているようだった。
 わしらを試している可能性もある。常に心を揺らさず、事実を見抜け。父からずっと言われてきた言葉を頭の中で反芻しながら、カヌレの思惑をただただ探した。

「防御しないであげるわよぉ。ほら、来なさいん」

 両手を広げる彼女は、余裕そうに口角を釣り上げた。高能は大剣を握ると、傷口から血を滴らせながら駆け出し、大きく振りかぶって彼女の胸を切り裂いた。

「……くっ!! なんでだよ……っ!!」

 センナが見えずとも、センナがある場所は大抵の場合決まっている。そして、仮にも全属性であるわしにもカヌレのセンナは見えていた。
 そして彼女のセンナを、高能の魂解きが宿る大剣が確かに斬りつけたのだ。

「なぜ……センナが、砕けぬ……」


 まさか、本当に? カヌレの、五珠のセンナは、五珠にしか……朱己にしか砕けぬのか。いや、五珠のセンナをわし等が砕くことはできぬということなのか。

「わかった?」

 カヌレは高能の大剣を握ると、思い切り地面へ叩きつけた。鈍い潰れた音とともに、高能が血を吐き出す。
 高能へ駆け寄れば、呆然としている彼は、傷を抑えることもなく倒れたままだ。それもそのはず、今の現象が本当ならば、高能は魂解きが使えないことになる。
 それは、つまり。

「対だかなんだか知らないけど、紛い物の力しか持ってないあんたたちに、ミーニョのセンナなんて破壊できるわけないのよ。私達五珠のセンナはあんたたち人には砕けないわ」

 対の存在意義。
 長を殺すための、対。唯一無二、絶対的な存在。お互いがいなければ、長にはなれぬのだ。
お互いが存在するためにお互いが必要なのだ、対とは。

 それが、目の前で崩れ落ちた。高能の、対の存在意義が。

「遊びは終わりよぉ。じゃあね」

 彼女はわしらへ向けて、おぞましく眩い光を放ってきた。激しい音とともに稽古場は崩れ、わしらは瓦礫とともに飲み込まれていく。動けなくなった高能に反射的に覆いかぶさって、襲いかかる衝撃を予想した。おそらく、保たない。

「朱己……!!」

 すまぬ。
 すまぬ、朱己。

 わしは、お主を。

 瞼を閉じて最後に浮かび上がったのは、先程送り出した朱己の心配そうな顔だった。

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