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第二章 朱南国
隠れ蓑
しおりを挟む師走に連れられてきた、緑や自然が豊かな国。しかし、一度国の城壁をくぐれば、立派な要塞であることがわかる。造りはテシィそっくりだ。いや、テシィがヴィーに似せたのだろう。
どことなく懐かしささえ感じるのは、私の前世が初代長であり、元々いた場所だからだろうか、と物思いに耽っていると、師走がある巨大な建物の前で立ち止まった。
「ここだ」
初めて足を踏み入れる宮殿。
「ここに、蕾様が……」
苦い思い出しかないが、ナルス崩壊の折、蕾様が来られなかったら確実に死んでいた。そして、国は滅んでいた。今もまた国は滅びに向かって動いているのかもしれないが、それでも民を救う方法を見出したい。
「待っていました、師走。こちらへ」
「久しいな、涙。父はどこにいる」
涙。あの時、蕾様と一緒にいた女性。当たり前だが、師走とも昔馴染みなのだろう、親しそうに会話をしている。
「蕾様はいつもの謁見の間にいます」
「わかった」
涙様に礼をして師走の後に続く。
精巧な造りの宮殿は、装飾一つとっても妥協がなく美しい。周りに見惚れ、気を抜くとすぐに置いてきぼりを食らいそうになるため、先を歩く師走に置いていかれないよう急ぎ足で着いていく。
「師走、貴方涙様とも昔馴染みなのね」
「昔馴染みなどではない、我が姉だ」
「あ、姉!? 涙様は蕾様のことを蕾様、とお呼びしていたから、ご家族じゃないのかと」
「家族の繋がりというのが希薄だ。親に育てられていない、故に家族だから親しいというものはない。全ては実力主義。故に姉も父を名で呼ぶ。我が父は、五珠でこそないが能力は五珠に並ぶ。故に我も敬意を示している。我が前世、曆の子の中でも群を抜いて秀でた能力。この宇宙界筆頭ヴィーの長として申し分なし」
そうか、敬意を示す理由は家族だからではないのだ。個として尊敬し合う間柄であり、親子の絆など、彼らにとっては大したことではないということなのだろう。
「涙は能力で選ばれた父の側近の一人だ。彼女の能力も目を見張るものがある」
「……そうね、当時は何が起きてるのかわからなかったわ」
今なら当時見えなかった彼女の動きも、見えるようになっているのだろうか。自分の今の能力値が、未だに明確になっていない気がしている。
「ここだ」
ふと見上げれば、一段と重厚な造りをした扉が目の前に広がる。
一気に心拍数が上がり、手のひらが湿ってきた。湿りを消すように何度か手を擦り合わせた。
「蕾様。入ります」
師走が声をかけると、中から僅かに返事が聞こえた気がした。
重い扉を押し開け、中から漏れ出る光がとても眩しく、思わず目を閉じかけた。
「よく来た、待っていた」
「ええ、お話があります」
淡白な二人の挨拶は、私の知っている家族ではなかった。改めて、自分の思っていた家族像が固定化されていたことを認識すると共に、少しだけ寂しさを感じた。
「して、私に用があるのはお前ではないな。壮透殿か?」
蕾様が父へ視線を移すと、父は会釈して前へ一歩進んだ。
「はい、ご無沙汰しておりました、蕾殿。時雨兄上、白蓮兄上はまだここにおりますか?」
父から聞こえてきた言葉の真意が掴めず、ただ父と蕾様を交互に見つめると、蕾様は口元を緩めた。
「どうしてそう思う?」
「蕾殿、貴方は時雨兄上をビライトの長として捕まえました。しかし、本当は兄上が隠れ蓑であることに気づいていた。そうですね」
「無論」
「そして、白蓮兄上のことは、私の身代わりとして。その真意は、白蓮兄上が、牢屋の中で時雨兄上から真相を聞き出すことを願って、あえて身代わり等という無茶を聞き入れた。……と、思っていました」
父が表情を変えることなく淡々と話す姿を、どこか遠いところから見ているような感覚だった。父の真意はなんだろう、父が蕾様に本当に聞きたいことはなんだろう。そればかり考えていた。
蕾様はゆっくり口を開くと、頬杖を付きながら話し始めた。
「如何にも。ただ、聞き出すことを願ってはいない。どの道筋を辿っても、必ず我々は知ることになるからだ。戦争が始まったからな。そして、この戦争は避けられぬものだとわかっていた」
「蕾殿。だとしたら貴方は、時雨兄上と白蓮兄上を拘束し続ける気などなかった、と私は見ています。もしそうなら、もうここには居ないことになる」
「!!」
父の言葉に、思わず息をつまらせる。
私とは対照的に、蕾殿は目を見開くでもなく、頬杖をついたまま口角を上げ、くつくつと笑い始めた。
「……流石は壮透殿、と言うわけか。その読みは間違っていない。涙、あれを」
蕾様に呼ばれた涙様は、何かを持ってきた。
大きな地図と箱。地図を広げると、なにやら機密情報と思しき、工場の配置図が記されていた。
「ビライトの長は皆知ってのとおり、玄冬。隠れ蓑として利用されたのが時雨。玄冬は漆黒の牙であり、五珠の一人。ここまではいいな」
「はい」
「では、何故隠れ蓑を用意する必要があったか、わかるか?」
蕾様が問う真意は、なんだろうか。
隠れ蓑。玄冬が見つかるわけにはいかなかったということ。私達は当時、ビライトの長を乗っ取り時雨伯父上が長になったと思っていた。しかし、それは間違いだった。あえて伯父上は隠れ蓑になったのだ。何故か。
玄冬が眞白だから?
いや、五珠だから?
どちらにしろこの世界を巻き込むなら、いずれ露呈する。
では何故だ?
無言のまま考え込む私を、蕾様は目だけで笑った。
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