朱色の雫

弦景 真朱(つるかげ しんしゅ)

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第二章 朱南国

冤罪と幼稚な思惑と

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 ビライトから来た彼ら親子は、それぞれ壮透と朱己の側近として仕えることになった。だが、それと同時に兄上は自邸から出歩かなくなった。

「……最近、兄上は引きこもりがちだね」
「襲撃が失敗に終わったのを根に持っているんじゃねえのか?」

 夏采とお茶を飲みながら、今までの兄上に関する資料を読み漁る。恐らく、朱己が朱色の雫ミニオスティーラだと気づいて襲ったのだろうが、失敗に終わったということを漆黒の牙ニゲルデンスに叱責でもされたのだろう、と思っていた。
 だが、ここでも私は勘違いをしていた。

 そう、漆黒の牙ニゲルデンスはこのとき、まだ復活していなかったのだ。
 恐らく漆黒の牙ニゲルデンスが復活していないだろうということは、香卦良かけらの部屋に行ったときに言われて気づいたのだ。

「私が封印したから、解除されれば私はわかる。もし解除されずとも、封印されたまま復活すること自体はできなくもないが、漆黒の牙ニゲルデンスがそんな中途半端を望むかどうか……そうだとしても、さすがにわかると思うしな」
「確かに……では兄上は、なんで引きこもっているんだと思う?」

 香卦良に問えば、彼は真顔で即答した。

「時雨の作戦としか、思えない。つまり、わざとだと思う。白蓮、お前はどう思う?」
「そうだね。作戦ではあると思うよ。ただ、腑に落ちないことがある。兄上は、ナルスから出ていきたいなら、もっと強気に出ればよかったのに、そうしなかった。つまり、まだ中に居たい理由がある……それを含めた、作戦だね」

 そう、兄上にはまだ目的がある。なぜ引きこもっているのか、それは目的がわかれば自ずと引きずり出されるはずだ。
 そしてそれは、思わぬ形で知ることになる。

 夏采が血相を変えて部屋に入ってきたある日のことだった。

「白蓮!! やべーよ、時雨んちが!!」
「どうしたんだい、夏采。落ち着いて」

 兄上の邸宅がどうしたのか。息を切らし、膝を掴んで体を支える夏采の背中を擦る。

「消えた……! 家ごと、あいつ消えやがった!!」
「は? 何言ってるんだい、家ごとって」
「マジなんだよ! 来い、見ればわかる!!」

 夏采に腕をひかれながら兄上の邸宅がある、中央の外れへ行くと、確かに邸宅はなかった。

「……これは、術、だね」
「術?」
「ああ。見えなくなっているだけだ。もっとわかりやすく言うなら、空間の外側を鏡にした……と言うべきか」

 邸宅の前まで行くと、とあるところで景色が続くのに、壁になっている部分がある。景色に触れられるのだ。

「結界の一種だね……兄上の目的が、謎すぎるけど」
「……なんで、隠したいんだよ、てめぇの家を」
「それがわかったら苦労しないよ」

 なぜ、隠したい? いや、おかしい。あの兄上が、絶対にバレる方法で隠すわけがない。木を隠すならば森だ。つまり、兄上は……気づかれたいのか?

 もう一度、まじまじと兄上の邸宅があるであろう、結界を見つめる。なぜバレたい。なぜおかしいと思われたい。見つかりたいんだ、なにかを。
 そのときだった。何か、規則的に時を刻む音がする。

「……なんだい、この音……どこからする?」
「……まさか!! 避けろ、白蓮!!」

 声と同時に夏采が思い切り覆いかぶさって来て、そのまま押し倒された。
 同時に兄上の邸宅を隠している結界が、激しい音を立てて爆破された。木っ端微塵になる結界。そして、中から現れる木っ端微塵になった兄上の邸宅。

「ゲホッゲホッ……大丈夫か!? 白蓮!!」
「ああ、助かったよ……にしても、どういうことだ……」

 轟々と燃え上がる兄上の邸宅を見ながら、ふと足元へ目をやると見覚えのある破片が落ちていた。

「付番されている……これは、乙型爆弾……!」
「ビライトか! ……どういうことだよ、仲間割れか?」
「いや、仲間割れは考えにくい。自作自演だろう」

 兄上が、目的も果たしていないのに敵に回すだろうか? 答えは否だろう。目的のためなら手段は選ばない人だ。激しくなる火事は、すぐに人だかりを作っていった。
 そして、勢いよく駆けつけた隠密室の室長、七宝しちほう殿が私に紙を突きつけた。

「そこまでだ! 白蓮殿、ご同行願う」
「どういうことだ? 俺たちが何かしたってのかよ」
「白蓮殿が爆破予告をしてきたと、時雨殿から通報がありまてな。これが証拠です」

 突きつけられた紙には、あたかも私が書いたかのような筆跡で、今日爆破すると予告されていた。もちろん記憶にないというか、私ではない。
 だが、隠密室が筆跡鑑定をしないはずがなく、確かに私の字によく似ている。筆跡鑑定をくぐり抜けたということだろう。

「……残念だけど、私ではないよ。この予告状の指紋は取ったかい?」
「指紋は検出されませんでしたな」
「ほう……」

 随分と用意周到だ。
 さすが兄上、と思っていると、壮透が鬼の形相で駆け付けてくれた。もちろん、壮透以上に鬼の形相の夏能と一緒に。
 二人の顔が面白くて、思わず小さく笑ってしまった。

「七宝殿! 何事か」
「これはこれは、壮透殿。白蓮殿を逮捕しに参った次第」
「冤罪だ。この映像が証拠だ」

 壮透が眉間に皺を寄せながら、夏能に映像を映し出させる。先程の一部始終の映像だ。私と夏采があたりを見回している様子と、会話も入っている。

「……つまり、巻き添えを食らっただけ、と?」
「そうだ、冤罪だぜ」
「……では、この予告状は?」
「もう一度、筆跡鑑定していただきたい。恐らく別人だ」

 壮透と夏能の勢いに気圧されたのか、少しだけ七宝殿が後ずさる。しばらくして、七宝殿は面白くなさそうに無言で踵を返し、隠密室員たちと去っていった。
 その後、隠密室には数日前から、匿名で私が兄上に執拗な嫌がらせをしているとか、権力に物を言わせて追い出そうとしているとか、何やら馬鹿げた告発が何件もあったことを教えてくれた。そして、それを苦にした兄上は、家から出れないほど滅入っているとか。
 思わず笑ってしまう内容に、口を覆った。

「……おいおい、随分と繊細な野郎になったじゃねえか」
「こら、夏采。もしかしたら、私達が知らなかっただけで元々繊細だったのかもしれないからね?」

 夏采が顔を引きつらせながら隠密室の資料を握りつぶす。落ち着いてほしいが、兄上がやったにしては随分と幼稚な作戦であることが、少しだけ気になっていた。
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