朱色の雫

弦景 真朱(つるかげ しんしゅ)

文字の大きさ
179 / 239
第二章 朱南国

時雨伯父上の抵抗

しおりを挟む

 しんと静まり返った空間の中。先程まで吹き荒れていた嵐も、地表の爆発も嘘のようだ。宙で浮いたままの父と時雨伯父上は、微動だにせず、更に私達の不安を掻き立てた。

「父様……!!」

 瞬移で父の元へたどり着く前に、父は音もなく体が傾き、そのまま地表めがけて落下していった。

「まずい……!!」

 自由落下よりも早く父のもとに。
 追いついた瞬間、白蓮伯父上が同時に父を受け止めてくれた。凍りついた地表ぎりぎりで父の体が止まる。

「伯父上……! なぜ!!」
「結界の中でいい子にしてられるわけ無いだろう。壮透! 大丈夫かい、壮透……!」

 父は目を開けない。不安に駆られる私の肩を叩く伯父上は、いつもの笑顔だった。

「大丈夫、まだ息はある。とはいえ、虫の息だが……心配いらない、君の父は……壮透は強いからね」
「はい……」

 全身血まみれ傷まみれの父を見るのは、ナルス崩壊の時以来だ。いや、あのとき以上かもしれない。

「朱己、君は下がっていなさいと格好つけておいて何なんだが、私達はもう余力がさしてなさそうだ。……だが、兄上を叩くなら、壮透の氷瀑のダメージが残っている今しかない」
「はい、任せてください」

 私が即答し父を預けたことに、心底驚いたような顔で私を見上げてきた白蓮伯父上に、今度は私が笑顔で返す。

「伯父上、ナルス崩壊前に約束しました。私達三人は、一蓮托生だと。けして裏切らない、何があっても、と」
「朱己……」

 空中でまだ微動だにしない時雨伯父上を見上げて、深呼吸した。

「あの時から、私の心は決まっています。強くなり、国を、民を……そして、仲間を守ること。この命をかけて」
「すまない。……君にはこれから最後の大仕事……漆黒の牙ニゲルデンスとの戦いが待っていて、ここで消耗させたくはなかったのに……結局頼ることになるなんて、情けないね」
「伯父上、私は頼られて嬉しいです! それでは、行ってきます」

 空中の時雨伯父上の目の前に辿り着くと、少しずつひび割れていく氷。そして、ガラスが割れるように、氷付けの時雨伯父上から、氷が剥がれ落ちていく。

「少々、堪えたな……流石壮透とでも言うべきか」
「父様は歴代最強と謳われた長です……伯父上、私が最後の相手をします」
「最後の? お前たち、ここで死ぬ気か?」

 けたけたと嘲笑う時雨伯父上を、ただ静かに見据えた。景色が氷の世界のせいか、心が静まり返っている。いや、それだけではない。強いて言うなら。

「生き抜く覚悟はできています。伯父上」
「くっ……く、ははははははははははは!! やってみろ、朱己!! 光蘭にしたように、私を殺してみろ!!」

 右、いや左か。
 どっちから来るかと気配を読みながら、炎の剣を握る。真正面に構え、腰を落とした。
 
 空間の中に満たされた氷気が、私の体さえ凍らせようとしている。父の覚悟。そして、白蓮伯父上の覚悟。私が引き継がなくて、誰が引き継ぐのか。
 不思議と、さっきまで抱えていた迷いが消えていくのがわかる。今は伯父上を倒す。それだけだ。誰かの仇討ちとか、憎しみとか、報復とか。そんなものではなく。

 目の前に現れた伯父上は、鋭い爪で切りかかって、防御の壁さえ破壊する。獣のような爪が、空気さえも切り裂いていった。
 空間全体にある細かい粒子に、自分の力を重ねてみる。父の技によって生まれた氷の粒子たちを、操るなどできるのかとやるまでは疑心暗鬼だったが、意外とできるようだ。格段に広くなった自分の視野。後は、時雨伯父上の動きを止めるだけだ。それが一番の難関なのだが。
 何度か撃ち合う度に腕にしびれが残る。時雨伯父上の打撃が強すぎて、自分の腕が砕けるのを、必死に修復する。間髪入れずに繰り出さなければ、復元できなくなるまで叩かれる。修復、撃ち込む、破壊、修復。時間感覚のない空間では、どのくらいときが経ったか不明だが、随分と撃ち合っていた。何度も繰り返しながら、時雨伯父上の懐に潜り込み、地上目掛けて叩き落とした。
 けたたましい音と共に巻き上がる爆風と塵、そして氷の粒。時雨伯父上が落ちた先にあった数多の地雷が炸裂したようだ。
 肩で息をしながら、時雨伯父上が落ちた先で繰り広げられている爆発を見つめる。
 
「はぁ、は、……時雨伯父上……」

 力がかなりすり減る。全属性とはいえ、師走から力の使い方をかなり叩き込まれたとはいえ。まだ氷の世界を操るのは、私には荷が重いらしい。
 やがて治まった爆発の跡地に行くと、時雨伯父上が全身血まみれになりながら立ち上がっていた。

「まだだ……朱己……まだ、俺は……」

 奥歯を噛みながら、構えた瞬間だった。

「兄上、もういいでしょう。あなたの負けです」
「白蓮……お前……!!」

 瞬時に白蓮伯父上に掴みかかろうとする時雨伯父上を、間一髪で止める。後ろから肩を叩かれ、顔だけ振り返れば白蓮伯父上が微笑んでいた。

「朱己、大丈夫だ、ありがとう。もう兄上には力は残っていない。先程の爆発で、外付けのセンナはすべて破壊され、元々の体に戻った」
「……確かに……」

 皮膚が赤黒いのは、血まみれのせいらしい。思えば姿形は化け物のようではなく、人の形に戻っている。

「兄上、もう兄上に勝ち目はない。生きているうちに教えて下さい。貴方の目的は何で、ビライト……漆黒の牙ニゲルデンスと何を取り交わしたんです」

 掴んでいた私の腕を離し、時雨伯父上が一歩下がった。途端に巻き起こる爆風。たちまち時雨伯父上の姿も、周りも見えなくなる。
 咄嗟に結界を張り防御すれば、後ろで白蓮伯父上が叫んでいる。

「……まさか……不味い!! 朱己、どいてくれ!!」
「いけません、危なすぎます!! あの爆風を止めに入ったら命の保証はありません……!!」

 時雨伯父上の巻き上げた爆風は、空間内の氷を溶かし、ありとあらゆる爆弾を爆発させ、ありとあらゆるものを破壊し巻き上げた。
 まるで、時雨伯父上の最後の抵抗のように。


「くっ……!!」

 このままでは、結界ごと潰される。
 歪み押し潰されそうになる結界を必死に保ちながら、心のなかで早くこの爆発と爆風が終わることを願った。

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

生きるために逃げだした。幸せになりたい。

白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。 2020/9/19 第一章終了 続きが書け次第また連載再開します。 2021/2/14 第二章開幕 2021/2/28 完結

処理中です...