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第二章 朱南国
時雨伯父上の抵抗
しおりを挟むしんと静まり返った空間の中。先程まで吹き荒れていた嵐も、地表の爆発も嘘のようだ。宙で浮いたままの父と時雨伯父上は、微動だにせず、更に私達の不安を掻き立てた。
「父様……!!」
瞬移で父の元へたどり着く前に、父は音もなく体が傾き、そのまま地表めがけて落下していった。
「まずい……!!」
自由落下よりも早く父のもとに。
追いついた瞬間、白蓮伯父上が同時に父を受け止めてくれた。凍りついた地表ぎりぎりで父の体が止まる。
「伯父上……! なぜ!!」
「結界の中でいい子にしてられるわけ無いだろう。壮透! 大丈夫かい、壮透……!」
父は目を開けない。不安に駆られる私の肩を叩く伯父上は、いつもの笑顔だった。
「大丈夫、まだ息はある。とはいえ、虫の息だが……心配いらない、君の父は……壮透は強いからね」
「はい……」
全身血まみれ傷まみれの父を見るのは、ナルス崩壊の時以来だ。いや、あのとき以上かもしれない。
「朱己、君は下がっていなさいと格好つけておいて何なんだが、私達はもう余力がさしてなさそうだ。……だが、兄上を叩くなら、壮透の氷瀑のダメージが残っている今しかない」
「はい、任せてください」
私が即答し父を預けたことに、心底驚いたような顔で私を見上げてきた白蓮伯父上に、今度は私が笑顔で返す。
「伯父上、ナルス崩壊前に約束しました。私達三人は、一蓮托生だと。けして裏切らない、何があっても、と」
「朱己……」
空中でまだ微動だにしない時雨伯父上を見上げて、深呼吸した。
「あの時から、私の心は決まっています。強くなり、国を、民を……そして、仲間を守ること。この命をかけて」
「すまない。……君にはこれから最後の大仕事……漆黒の牙との戦いが待っていて、ここで消耗させたくはなかったのに……結局頼ることになるなんて、情けないね」
「伯父上、私は頼られて嬉しいです! それでは、行ってきます」
空中の時雨伯父上の目の前に辿り着くと、少しずつひび割れていく氷。そして、ガラスが割れるように、氷付けの時雨伯父上から、氷が剥がれ落ちていく。
「少々、堪えたな……流石壮透とでも言うべきか」
「父様は歴代最強と謳われた長です……伯父上、私が最後の相手をします」
「最後の? お前たち、ここで死ぬ気か?」
けたけたと嘲笑う時雨伯父上を、ただ静かに見据えた。景色が氷の世界のせいか、心が静まり返っている。いや、それだけではない。強いて言うなら。
「生き抜く覚悟はできています。伯父上」
「くっ……く、ははははははははははは!! やってみろ、朱己!! 光蘭にしたように、私を殺してみろ!!」
右、いや左か。
どっちから来るかと気配を読みながら、炎の剣を握る。真正面に構え、腰を落とした。
空間の中に満たされた氷気が、私の体さえ凍らせようとしている。父の覚悟。そして、白蓮伯父上の覚悟。私が引き継がなくて、誰が引き継ぐのか。
不思議と、さっきまで抱えていた迷いが消えていくのがわかる。今は伯父上を倒す。それだけだ。誰かの仇討ちとか、憎しみとか、報復とか。そんなものではなく。
目の前に現れた伯父上は、鋭い爪で切りかかって、防御の壁さえ破壊する。獣のような爪が、空気さえも切り裂いていった。
空間全体にある細かい粒子に、自分の力を重ねてみる。父の技によって生まれた氷の粒子たちを、操るなどできるのかとやるまでは疑心暗鬼だったが、意外とできるようだ。格段に広くなった自分の視野。後は、時雨伯父上の動きを止めるだけだ。それが一番の難関なのだが。
何度か撃ち合う度に腕にしびれが残る。時雨伯父上の打撃が強すぎて、自分の腕が砕けるのを、必死に修復する。間髪入れずに繰り出さなければ、復元できなくなるまで叩かれる。修復、撃ち込む、破壊、修復。時間感覚のない空間では、どのくらいときが経ったか不明だが、随分と撃ち合っていた。何度も繰り返しながら、時雨伯父上の懐に潜り込み、地上目掛けて叩き落とした。
けたたましい音と共に巻き上がる爆風と塵、そして氷の粒。時雨伯父上が落ちた先にあった数多の地雷が炸裂したようだ。
肩で息をしながら、時雨伯父上が落ちた先で繰り広げられている爆発を見つめる。
「はぁ、は、……時雨伯父上……」
力がかなりすり減る。全属性とはいえ、師走から力の使い方をかなり叩き込まれたとはいえ。まだ氷の世界を操るのは、私には荷が重いらしい。
やがて治まった爆発の跡地に行くと、時雨伯父上が全身血まみれになりながら立ち上がっていた。
「まだだ……朱己……まだ、俺は……」
奥歯を噛みながら、構えた瞬間だった。
「兄上、もういいでしょう。あなたの負けです」
「白蓮……お前……!!」
瞬時に白蓮伯父上に掴みかかろうとする時雨伯父上を、間一髪で止める。後ろから肩を叩かれ、顔だけ振り返れば白蓮伯父上が微笑んでいた。
「朱己、大丈夫だ、ありがとう。もう兄上には力は残っていない。先程の爆発で、外付けのセンナはすべて破壊され、元々の体に戻った」
「……確かに……」
皮膚が赤黒いのは、血まみれのせいらしい。思えば姿形は化け物のようではなく、人の形に戻っている。
「兄上、もう兄上に勝ち目はない。生きているうちに教えて下さい。貴方の目的は何で、ビライト……漆黒の牙と何を取り交わしたんです」
掴んでいた私の腕を離し、時雨伯父上が一歩下がった。途端に巻き起こる爆風。たちまち時雨伯父上の姿も、周りも見えなくなる。
咄嗟に結界を張り防御すれば、後ろで白蓮伯父上が叫んでいる。
「……まさか……不味い!! 朱己、どいてくれ!!」
「いけません、危なすぎます!! あの爆風を止めに入ったら命の保証はありません……!!」
時雨伯父上の巻き上げた爆風は、空間内の氷を溶かし、ありとあらゆる爆弾を爆発させ、ありとあらゆるものを破壊し巻き上げた。
まるで、時雨伯父上の最後の抵抗のように。
「くっ……!!」
このままでは、結界ごと潰される。
歪み押し潰されそうになる結界を必死に保ちながら、心のなかで早くこの爆発と爆風が終わることを願った。
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