朱色の雫

弦景 真朱(つるかげ しんしゅ)

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第三章 最終決戦

千草色

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 どうすれば、荷物にならずに済むのか。右往左往しながら、深手を負っているヴィオラに守ってもらうことしかできないなんて、どうかしている。

 葉季が必死に抵抗しているが、操られるままに風を巻き起こす。すべてを切り刻む彼の風は、どんどん威力を増していった。

「朱己! 見誤るな、わしらの目的は漆黒の牙ニゲルデンスを倒すことだ!」

 葉季が叫ぶ。わかっている。
 もう、躊躇していられない。
 覚悟を決めろ。私が今しなければならないこと。

「朱己! 止めなさい!」

 ヴィオラの制止も耳をすり抜けていく。
 彼の風を刀で叩き切ると、通り道ができた。彼まで一直線だ。一瞬で駆け抜ければ、彼に触れられる距離。

 一つだけ、伝えたかった。奪う前に。
 愛していると。私も貴方が大切だと。
 本当は、同じ傷なんてほしくなかった。これじゃ、こうちゃんの時と全く同じだ。私はまた、奪うことしかできないのか。

「……っ」

 絞り出すように口にしたはずの言葉も、喉で引っかかって出てこない。
 私が振り下ろす刀をただ見つめる彼の目は、僅かに揺れていた。

ーーー

 わしにとっての宝は、何かと言われたら恐らくもう答えは一つだ。朱己以外にない。朱己を守るためならなんだってする。この身さえ捧げよう。だが、朱己が望まないことはしない。それが、わしの信念だ。光蘭の墓、そして深層心理で誓った、わしと光蘭の約束だ。

 操られたわしは、きっと朱己にとって一番苦しい記憶を呼び起こす存在。そして、殺せと叫べばきっと朱己は絶望する。同じ傷など要らぬのだ。
 なのに。
 わしは、殺してくれと願っている。足手まといにはなりたくない。だが、朱己を悲しませたくないという葛藤がずっと渦巻いている。

 どうしたらいい。
 なにが最善の道だ。わしらにとって。

 次第に支配され遠のく意識の中で、遠くから聞こえてきた声はある男の声だった。

「……得たわけではない」

 誰だ。
 聞いたことのない声が脳内を駆けめぐる。声音は弱く、どこか悲観したような儚さがある。いつの間にか目の前に、背を向けた男が立っていた。

「お主……誰だ?」

 わしの声に反応したかのようにゆっくりと振り返る彼は、物憂げにわしを見つめてきた。

「俺は、千草ちぐさ

 千草。初めて聞く名前だ。だが、感じる闇の気配、何より視えるセンナがすべてを飲み込むような漆黒であることから、漆黒の牙ニゲルデンスであることは間違いないだろう。

「わしは葉季。お主、漆黒の牙ニゲルデンスか?」
「その名で呼ぶな! 好きでその名を得たわけではない!」

 突然の剣幕に意表を突かれ、しばらく瞬きも忘れて固まったわしを見て、眼の前の青年ははっとしたように視線を逸した。

「すまない。俺が漆黒の牙ニゲルデンスであることは確かなんだが」
「いや、気にするでなしに。……先程好きで得たわけではないと言っておったが、どういうことか聞いても?」

 漆黒の牙ニゲルデンスの過去の人格なのだろうが、先程までわしを操っていた玄冬とはかけ離れた表情と声音。邪悪な子どもではなく、本当に何かを悔やんでいるような、恐れているような青年。彼は、いつの漆黒の牙ニゲルデンスなのだろうか。
 背筋を這い上がる気持ち悪さを誤魔化しながら、眼の前の青年の言葉を待った。

「俺は普通に生きていた。両親の元に生まれ、何事もなく。なのに、ある日夢の中で会ったんだ、奴に。奴の名前は知らんが漆黒の牙ニゲルデンスだと言った」
漆黒の牙ニゲルデンスに乗っ取られたということか?」
「いや、違う。俺のことを生まれ変わりだと言っていた。認めたくない。引き継いだ記憶が重すぎる。俺は……漆黒の牙ニゲルデンスは罪深過ぎる」
「引き継いだ記憶……」

 彼は頭を抱えながらうずくまってしまった。なんと声をかけたらいいやらと迷っている間に、彼は僅かに顔を上げた。

「俺は、記憶を引き継いでから一変してしまった」
「一変?」
「そうだ。周りが馬鹿に視え、阿呆に視え、支配して……無能に見える奴らは殺してやりたくなる。だが」

 彼は立ち上がると深呼吸しながら、空を仰いだ。

「支配して、本当に俺は満たされるのかがわからない。俺の力を恐れる奴ばかりだ。結局、力があるから心を開いてもらえなくなる」
「力が強すぎるのか」
「そうだ、俺は恐ろしい。あんなに大切だった家族さえ、支配の対象に見える。愛などで腹は膨れない。支配してこそだと脳内に囁くんだ」

 震える腕を組むように掴み俯く彼は、本当に漆黒の牙ニゲルデンスなのかと疑いたくなるほどだ。紛れもなく、漆黒のセンナを持つ者であることは確かだが。
 少しためらいつつも、口を開く。

「お主は、漆黒の牙ニゲルデンスの……自身のセンナにあらがっておるのか? 大丈夫なのか、お主自身の心は」
「俺の心?」
「そうだ。漆黒の牙ニゲルデンスの記憶が重いと言っておっただろう。背負うには重すぎると」
「重い。……お前には、見えるかもしれない」

 そう呟くと、彼はわしの額に手をあてがい、何かを口にした。
 気がつけばわしは視界が真っ暗になり、やがて光がさしたかと思えば、そこにはまた、誰かが立っていた。
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