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第三章 最終決戦
奏でる音は心を揺らす
しおりを挟む湧き上がる好奇心が、彼への恐怖心を飲み込んでしまうまでに時間はかからなかった。
武者震いとでも言うのだろうか、何度か手のひらを握り直し、炎を練り上げた剣を作る。
「朱己、お前の最強の技を使わんのか? ほら、使ってみろ」
「……」
最強の技。
業火。
今使えば、間違いなく師走も葉季ももたない。先程玄冬に消され、体を復元させた師走はぎりぎりの状態だ。顔の痣は極限まで濃くなっている。
葉季も同じく、肩で息をしているというのに。
「ほら!」
玄冬から放たれる一撃を剣で薙ぎ払う。
続けざまに放たれる禍々しい靄へ飛び込み、一気に炎で相殺した。
散り散りになる闇は、やがて上空を満たしていく。
「お前も俺も同じ。自分の理想のためなら手段は選ばない、そうだろう」
「いいえ、私と貴方は違う」
玄冬が闇を携えて殴りかかってくるのを剣で受け止めた。聞いたことのない音が剣から放たれ、今にも折れそうなほどだ。
額が触れ合うほどの至近距離で睨み合いながら、互いに歯を食いしばる。
「何故、何故お前ら朱色の雫は認めない! 自分たちの腹の底を!」
「貴方のように、利己的な考えで世界を混沌に陥れる趣味はないわ!」
「戯言を!」
禍々しい空気に満たされた上空は、金切り声のような音を立てて風が吹き荒れ、闇の力に包まれるようにして無数の顔がうごめいていた。
「ならば思い知れ、一番利己的な存在は誰かということを!」
剣と触れ合っていた彼の腕が爆発し、剣は砕け私の腕が巻き添えを食らう。すぐに修復しながら、蠢く顔たちを見つめた。
ーー恐れたら負けだ。
「お前を作るために犠牲になったすべての御霊だ」
「……」
「罪もなき者たちの怨念だ。償え、そしてこの世界を作り直せ。朱色の雫」
彼の言う利己的とは、そういうことか。
私のセンナに関わった命たちがある。私が生きている限り、彼らは救われやしないのだ。私が生きている限り、私は利己的だと言いたいのだろう。
だからこそ、私が、朱色の雫が作られた元々の意味――殺戮のために使われてこそ意味がある、と言いたいのだろう。
左手に炎を練り上げながら、握りしめた。
肺に息を流し込んだ瞬間、脳みそに直接届くような声。
「罪を償うのは、あたしとあんたよ」
思いもよらぬ声が後ろから聞こえ、反射的に振り返る。
「ヴィオラ……!」
「はあ、本当面倒くさい男ね、相変わらず」
「……紺碧の弦……お前のことは呼んでない」
相変わらず腹の傷を押さえながら真っ青な顔をしている彼は、私の横まで来るとため息をつきながら私の肩を叩いた。
「あたしとあんたで始めたことなんだから、あたしとあんたが終わらせることでしょおが。この子たち巻き込むのおかしくない?」
「終わらせるための駒。それが朱色の雫だろう」
「いつまでそんなこと言ってんのよ、この脳味噌筋肉が」
口調だけはいつもどおりの彼が、くつくつと笑った。
「朱己に解除させた罪は重いわよ」
ヴィオラは腹に当てていた手を掲げると、開いた手を強く握った。
「チェルト」
ヴィオラの手から滴り落ちた血が、瞬きをする間に楽譜を描くかの如く玄冬へ巻き付いていく。激しく斬りつける血の糸は、さらに溢れ出る彼の血を使って拘束を強めていく。
「お前……」
「聴かせてみなさいよ、あんたの声」
握りしめた手を開き、弦となった血の糸を弾く。
玄冬の体は裂け、頭が割れそうになるほどの超音波が耳を突き抜けた。反射的に耳を塞ぐが間に合わない。師走と葉季の腕を引き、超音波より早く駆け抜け距離を取るとすぐに空間を作った。
「思えばあんたに使うのは初めてだったわね」
「お前……なんだこの技は……ぐっ」
ヴィオラの痣は極限。師走も同等だが、玄冬はまださして濃くはない。彼の力が後どれだけ残っているのか、そればかり気にしていた。
荒れ狂う大地さえも苦しそうに、動きが鈍りヴィオラが玄冬へ近づく。血まみれになる玄冬と、弾き続けるヴィオラ。そして、何かが呻く声。
「師走」
「……死ぬなよ」
「わかってるわ。二人が頑張ってくれたから、私は大丈夫。……あれを使う。この空間からけして出ないで」
ヴィオラが足止めをしてくれている今が機だ。
玄冬の体力を大幅に削ることができる、最大の技。
空間を蹴って飛び出せば、先程よりも鋭く耳を突き抜けていく超音波に顔が歪む。逃げ出したくなるほどの衝撃の中、少しでも前に進むための道を見つけ出すために手を伸ばした。
なにか聞こえる。
誰かの、声が。
ーー見くびるなよ。
誰の声なのか、はたまた超音波のせいで言葉に聞こえているだけなのか。風の中で糸をつかむように、ただ必死にヴィオラへの道を手繰り寄せる。
「ヴィオラ!」
「やりなさい!」
最早目は開けていない。
構えて、手のひらを突きだす。
「……業火!」
突き抜けていく業火が、世界中を焼き尽くすように赤く包み込む。さながら、見たこともない景色へと変貌を遂げていく世界を想像して、私はただ安堵することもなく、駆り立てられる不安ばかりが迫り上がってくるのを、必死に握り潰した。
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