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“好き”の理由
“好き”の理由1
しおりを挟むUS区に用事があって行くと、知り合いのヘレナに遭遇した。
どうもヘレナは彼氏のトラヴィスが仕事で、今日のデートがおじゃんになったらしい。
適当に話を終わらせて帰ろうとしたが、もっとちゃんと話を聞けとヘレナに引き止められた。
「だいたい彼氏いんなら俺といたらまずいだろ」
「トラくんには事後報告で許可取るから大丈夫」
何も大丈夫ではない。
俺は顔が引き攣った。
「いいから大人しく家帰れよ」
「ヤダ~~ブラッド先輩奢って~~」
「たかんな」
腕にひっついてくるヘレナを引き剥がして呆れた目を向けると、何を思ったのかヘレナは俺の手を握った。
「相談したい事があるから聞いてよ~~」
「あぁ? んだよ一体……」
「トラくんがエッチしてくれないの!!!」
「はしたねェ事でかい声で言うな」
スパンと軽めにヘレナの頭を叩く。
セットが崩れただのやいやい言われたが無視した。
「つーかお前それ……あー……俺に相談する前に彼氏のアイツに相談すべきだろ」
「言ったけどあーしらにはまだ早いって言われた」
「じゃあ諦めろ」
「諦め切れないから言ってるんじゃん!!」
言ったと同時に腹に拳を入れられた。
俺の周りに暴力的な女が最近増えている気がする。
痛ェなと文句を言いながら腹をさすると、ヘレナは恨みがましく俺を見上げた。
「そりゃあーしが二十歳になるまで待ちたいトラくんの気持ちはわかるよ? でもさぁ……でもさぁ……なんかこう……あるじゃん!! でしょ!? 違う!?」
「いや知らねェけど……」
「あ・る・の!!!」
「お、おぉ……」
俺はヘレナの気迫に押されて、思わず首を縦に振った。
胸倉を掴まれた俺は傍から見れば彼女にキレられている情けない男で、この状況も修羅場だと思われているだろう。
通行人達の視線がその証拠だった。
兎にも角にも、込み入った話をするなら場所を移動したい。
「あー……話ぐれェなら聞いてやっから他行くぞ」
「奢り?」
「あー奢り奢り」
「やったぁ!! ブラッド先輩ありがとう!!!」
さっきの表情から一変して、ヘレナは笑顔になった。現金な奴である。
行き先はヘレナの希望でファストフード店になった。
もう少しいい店選んでもいいぞと言ったが、ヘレナはハンバーガーの口になっているから今回はいいらしい。
近くの店まで歩いて行くと、昼時だというのに店はかなり空いていた。
俺は二人分の支払いを済ませると、ハンバーガーセットをヘレナがいるテーブル席へと運んだ。
「こういう店のポテトめっちゃ好き」
「わかる」
揚げた芋は美味いとヘレナの言葉に同意して椅子に座ると、俺はウエットティッシュで手を拭いてからポテトを口に放り込んだ。
ポテトは王道のシューストリングで、食べ慣れた美味さのものだった。
「……んで? 結局お前はどうしたいんだよ」
「トラくんとエッチしたい」
「だからそういう事軽々しく言うなっつの」
「軽々しくないもん~~重々しく言ってるもん~~」
ヘレナはぶーぶー文句を言いながらハンバーガーに齧り付いた。
この店のハンバーガーは具が多く、一口が小さいヘレナは綺麗に食べるのに苦戦している。
「じゃあもう一回言ってみればいいだろ」
「もう十回くらい言ってる」
「そんな言ってたのかよ」
「……あーし、魅力ないんかなぁ」
ヘレナは眉を下げると、自信なさげに呟いた。
俺はコーラを一口飲むと、ハンバーガーの包み紙を剥いた。
「それはねェだろ」
「なんで? だって男の人って"そう"じゃん」
「そりゃお前が出会ってきた男共の話だろ。今話してんのはお前の彼氏のトラヴィスの話だ」
「え~~……でも、だってさぁ……」
「アイツはお前の事養いたくて仕事してんじゃねェの?」
俺の一言にヘレナは黙り込んだ。
どうも思い当たる節があるらしい。
「お前の気持ちもわからなくはねェけど、アイツはアイツなりにお前の事想ってんだろ」
「そう、だけどさぁ……」
「けど何だよ?」
「……不安になるじゃんか」
ヘレナの目には涙の膜が張っていた。
無言でポケットティッシュをヘレナの手元に置くと、ヘレナは鼻をかんだ。
……いや、そっちかよ。
「まーアイツいい男だもんな」
「でしょ!? ブラッド先輩とは大違い!!」
「おいどういう意味だよ」
「だって先輩女の子取っ替え引っ替えなんでしょ? 見かける度違う子といるって話聞いた事あるもん」
「あー……」
ヘレナの言っている内容はおおかた事実である。
下手に否定するのも変かと思い直して、俺は適当な返事をした。
「別にあーしは気にならないけどさ」
「ならいいだろ。放っとけよ」
「先輩本命いないの?」
「ブッ」
「うわきちゃな」
唐突な質問に動揺して、飲んでいたコーラを吹き出した。最悪だ。
ヘレナは彼氏からそっちの話題に興味が移ったようで、目を輝かせている。
「ていうかえ? マジ?」
「……」
「無言は肯定とみなす!」
「……」
「……先輩大丈夫? ハンカチいる?」
「いらねェ」
俺は紙ナプキンで濡れた口元を拭きながら上手い言い訳を考えたが、何も思い付かなかった。
ヘレナはヘレナで面白いおもちゃを見つけたと言わんばかりに俺をじっと見つめている。
さっさと帰れば良かったと、少し後悔した。
「ねねっ、誰? あーしの知ってる人?」
「知らねェ人」
「えー誰だろ? 取っ替え引っ替えの中の一人?」
「な訳ねェだろ」
「じゃあ職場の人?」
紙ナプキンをクシャクシャに丸めてプレートの上に置いた。
ヘレナの問いにはそうだとも違うとも言えなかった。
沈黙のままポテトを食べていると、ヘレナはうんうんと頷いた。
「職場の人なんだ~」
「何も言ってねェよ」
「も~さっき言ったじゃん! あーし無言は肯定とみなすって」
「……」
「ねー教えてよセンパ~イ! 誰にも言わないから~!」
「絶対言わねェ」
——からかわれるのが目に見えてるのに言う訳がねェ。
しばらく無言で食事を摂るのに専念したが、その後もヘレナはしつこく俺に色々聞いてきた。
「年上?」
「……」
「年下?」
「……」
「同い歳?」
「……」
「ね~ね~ブラッド先輩ってば~」
「いいから早く食えよ」
「もー……」
頑なに答えない俺にヘレナは諦めたのか、食事を再開した。
そのまま諦めて二度と話題に出さないでほしい。
ヘレナは食事を終えると、不満げな顔でジュースのストローを噛んだ。
「ねー先輩教えてよ~」
「嫌だって言ってんだろ」
「なんで? あーし協力するよ?」
「いや、それで上手くいくならとっくに俺がお前に言ってんだろ」
「なるほど。実らない恋なのかぁ」
……墓穴を掘った気がする。
ヘレナは勝手に一人で盛り上がっている。
まだ軌道修正は可能だろうが、コイツの場合揚げ足取って自分に都合のいい解釈をしそうだ。
慎重に言葉を選ぼうと思った矢先、スマホから着信音が鳴った。
相手はマリアさんだった。
「出ないの?」
「うるせー出るよ」
通話ボタンを押して応答すると、明日の集合場所が変わったという業務連絡だった。
本当はメッセージを送ろうとしたが、間違えて電話をかけてしまったらしい。
通話を切ると、テーブルから身を乗り出したヘレナと目が合った。
「ちょっとしか聞こえなかった……」
「聞こうとすんな」
「でも優しそうな感じの声だった! お姉さんみたいな!」
「まあ……それに関しては合ってるっちゃ合ってる」
コイツのイメージの姉という生き物は優しい声をしているらしかった。
実際マリアさんは弟のアイツがいるからヘレナの言う事は間違ってはいない。
俺は溶けた氷で少し薄まったコーラを飲み干すと、席を立った。
すると慌てた様子でヘレナが立ち上がった。
「待って!? もう行くの!?」
「もう話終わっただろ。帰るぞ」
「え~~」
「えーじゃねェ帰るぞ馬鹿」
トレーをダストボックスの上に置いて、ゴミを捨てる。
ヘレナはまだ話したいだの何だのとごねていたが、気にせず出入口のドアをくぐって外へ出た。
「つーか彼氏の仕事先知ってんなら弁当でも作って持ってきゃ良かったんじゃねェの?」
「そりゃ行きたいけどさぁ……邪魔するのやだし」
「お前人に気ィ遣えたんだな」
「えっあーし今馬鹿にされた?」
「してないしてない」
「してんじゃん! 腹立つぅ~」
歩きながら俺の腰辺りにパンチをしてくるコイツは、先輩である俺を全く敬ってないと思う。ここまで清々しいと最早怒る気も失せる。
ヘレナは反応の薄い俺が気に入らなかったようで、走って俺の進行方向へと回り込んだ。
「ね~先輩!! 教えてってば~!!」
「だーっしつけェな! 離せ!!」
「ヤダヤダヤダーー!!!」
——バシッ。
振り回したヘレナの腕が通行人に当たった。
「あ! ごめんなさい!」
「何やってんだよお前は……すんませんコイツが」
「いいえ、大丈夫ですよ」
落ち着いた声の主を見れば、そこには姐さんがいた。しかも私服姿である。
俺は処理落ちしそうな脳内を無理矢理再起動させて、動悸を落ち着けようと試みた。
「あれ、ブラッド?」
「先輩知り合い?」
「あ、あぁ……いや、すみません姐さんぶつかって……」
「いやそれは大丈夫なんだけど……どうした? 顔色悪いぞ?」
——ヤッッッッッッベェ。
俺の普段が普段だからそういう扱いには慣れているが、流石に目の前で誤解されるのはキツイ。
俺はヘレナを妹分みたいなものだと思っている。
だが客観的に見ればこれはデートで、ヘレナは俺の恋人に見えるだろう。
弁明しようと俺が口を開くより先に、姐さんが口を開いた。
「あ、ごめんねデートの邪魔しちゃって」
「「違います!!!!!」」
——やっぱり誤解された。
全力で恋人関係を否定すると驚かれたが、こっちは絶対に誤解されたくないから必死だった。
ヘレナの方も俺と同じで誤解されると困るみたいで、姐さんに詰め寄っていた。
「あーしにはトラくんっていう彼氏がいるんで!!」
「そ、そうなんだ……」
「はい!! ブラッド先輩顔はいいけど恋人とかフツーに有り得ないです!!!」
「「……」」
いやなんで俺が振られた感じになってんだよふざけんな。
姐さんは気まずそうな顔で、俺と目が合うと苦笑を浮かべた。優しさが痛い。
ヘレナへの反論は山ほどあったが、俺はその全てを飲み込んで腹の奥へと押しやった。
「あの……姐さん、コイツただの知り合いなんで……」
「ヘレナって言います! ブラッド先輩とはいいお友達です!」
「ヘレナね。私はシェルア。ブラッドとは仕事仲間なんだ」
姐さんはヘレナと握手を交わした。
ヘレナは姐さんの手を握ったまま無邪気に顔を近付ける。
「シェルアさんシェルアさんっ!」
「なあに?」
「シェルアさんとこの職場は職場恋愛OKですか!?」
「禁止はしてないけど……どうして?」
「なんかブラッもむむむむむむむ」
俺はヘレナの口を手で押さえると、瞬時に姐さんから引き離した。
頼むから余計な事を言ってくれるなとヘレナにだけ聞こえるように言うと、ヘレナは首を勢いよく縦に何度も振った。
「なんでもないです! 気のせいでした!」
「そ、そう? それならいいんだけど……」
「あ、あー……姐さんはなんで此処に?」
「友人と会ってて。今はその帰りなんだ」
「へー男の人ですか?」
プライベートに深く突っ込むんじゃねェと思いはしたが、正直一番気になっていたため、内心拍手喝采だった。
「いや、女の人。パン作りを教えて貰ってて」
「そーなんですね! でもパン作りって難しそう……」
「そうでもないよ。良かったら今度一緒に行ってみる?」
「えっ!? う、うーん……行ってみたいけど……迷惑じゃないです? それにあーしお金そんな持ってないし……」
だんだんと声が小さくなるヘレナに、姐さんは穏やかな顔で笑みを浮かべた。
「お金の事は大丈夫だよ。友人も子供にたかるような大人じゃないから」
「じ、じゃあ……ちょっと、行ってみたい、デス……」
普段の調子はどうしたのか、ヘレナは蚊の鳴くような声で姐さんに返事をした。
限られた人間関係しか知らないコイツだから、初対面の人間に誘われて驚いたのだろう。
ヘレナの目は終始泳いでいた。
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