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【10】白雪姫のホワイトバーグ
第31話 白雪ましろの願い事
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さて、気になっていたことがまだ残っている。りんごおじさんと小折シェフの関係についてだ。
ましろがその真相を知ったのは、御伽祭の当日だった。
少し蒸し暑い夕方に、ファミリーレストラン《りんごの木》の前に、かき氷の屋台が完成した。看板の色をぬったり、メニュー表を書いたりしたのはましろと恩田さん、かき氷を考えたのはりんごおじさんとアリス君だ。
「いらっしゃいませ! 《りんごの木》の【雪の女王のかき氷】はいかがですかーっ⁈」
「可愛い店員さん。キウイ味をひとつもらえるかな?」
元気に呼びこみをしていたましろに、ナンパするかのように注文をしてきたのは小折シェフだった。小折シェフはお祭りを満喫しているようで、涼しげなジンベイ姿だった。
「こっ、こんにちは!」
「元気そうでよかったよ。あの日から、私も君のことを心配していたんだ」
あの日とは、ましろがお父さんに会った日。つまり、小折シェフがりんごおじさんに告白をするはずだった日だ。
「小折シェフ、ごめんなさい。あの日、わたしのせいで台無しになっちゃいましたよね。えっと……、告白が」
ましろは気を遣って、ひそひそと小折シェフに耳打ちした。けれど、小折シェフは「はははっ!」と大きな声で吹き出したので、ましろは思わず驚いてしまった。
「な、なんで笑って⁈」
「あはは……。すまない、お嬢さん。そんな勘違いをさせていたなんて。……凛悟君。姪っ子さんのなかで、私は君に首ったけらしいよ」
「それは、ちょっと嫌ですね」
りんごおじさんまで、クスクスと笑いをこらえている。
なに、この状況⁈
ましろが助けを求めてアリス君を見ると、アリス君は「言うの忘れてたーっ!」と、申し訳なさそうに縮こまっていた。
「僕と花衣里さんは、同じ料理の専門学校の同期で、フランスでも同じお店で働いた仲です。でも、恋仲ではないですよ」
「あぁ。私と凛悟君の関係は、戦友やライバルといった表現がふさわしいかな」
りんごおじさんと小折シェフの言葉に、ましろは戸惑わずにはいられない。そんなバカな、聞いていないと大慌てだ。
「えぇーっ! 待ってよ! あの名刺のメッセージは⁈ 『約束の場所』で『君を手に入れてみせる』ってやつ! 告白じゃないの⁈」
「あははっ! 面白い発想だ。それはね、私が凛悟君を東京の店に引き抜くための、料理勝負の話なんだ。場所は、おとぎ料理専門学校」
「料理勝負⁈」
そういえば、りんごおじさんを尾行していた時、料理の専門学校を見た覚えがある。どうやら、あそこが「約束の場所」だったらしい。
「フランス時代は、凛悟君に歯が立たなくてね。料理コンテストも三年連続で私が二位。ようやく優勝した時には、凛悟君は日本に帰ってしまっていた」
「僕は、競い合ったところで、花衣里さんのお店で働く気はないんですが」
「いやいや。勝負に負けたら、何かひとつ相手の要求を飲む約束だからね。……だから、私はあきらめずに日本でも勝負を挑んだのさ」
「日本での勝負の場所は、母校と決めていたんですよね」
な、何それ!
小折シェフとりんごおじさんの会話に、ましろは頭がくらくらしてきた。
そんな重大な勝負を、あんな紛らわしいメッセージで予告するなんて!
「ち、ちなみに勝敗の行方は⁈」
「もちろん、僕の勝ちですよ」
「よかったぁ~!」
ホッと安心したましろは、へにゃりと屋台にもたれかかった。それを見たりんごおじさんは、可笑しそうに笑っている。
「すみません。不安にさせてしまっていたんですね。でも、僕はどこにも行きませんよ」
「凛悟君。それは、絶対に負ける気はないということだね? 次は分からないよ~?」
小折シェフのいたずらっぽい言い回しに、ましろは「もう勝負しないでよ!」と叫ぶけれど、りんごおじさんはどこ吹く風。有名店のオーナーシェフに連勝して、なおかつ、まったく負ける気がないとは驚きだ。
「りんごおじさんって、本当はすごい人なんじゃない?」
「さぁ。どうでしょう」
「キウイかき氷、お待たせしました」
クスクスと笑い合っているうちに、アリス君が小折シェフのキウイかき氷を作り終えたようだ。
「ありがとう。おいしそうだ」
かき氷は、ふわふわの口どけの氷の上に、果肉たっぷりのキウイソースがかかっていて、見た目だけでもキラキラとまぶしい。実は、氷の中にもカットされたキウイが入っていて、二度楽しめるようになっているというお楽しみまである。
「いいねぇ! 甘さと酸味のバランスが絶妙だ」
「イチゴとパイン味も、もう食べますか?」
「りんごおじさん、いくらなんでもひとりで三つは無理じゃない?」
ましろは、りんごおじさんにしては、めずらしい冗談だと思ったのだけれど、違っていた。りんごおじさんは大真面目だった。
「料理勝負に負けた花衣里さんは、全味のかき氷を食べながら、お店の宣伝をして回るという任務があるんですよ」
「おなかを壊したら、凛悟君のせいだよ」
「うちの食べ物でお腹は壊れませんよ」
小折シェフを見つめるりんごおじさんの目は、笑っているけど笑っていない。
「ははは……。分かっているさ。残りの味は、商店街を一周してから食べに来るから。私が宣伝したら、お客が倍増するから覚悟しておくんだね!」
さわやかな捨て台詞を残して、小折シェフは去って行った。本当に、風のような人だ。
「面白い人っすね」
「きれいでかっこいい人だけど、面白さが上回るね」
「飽きなくていいですよ」
三人でそんな話をしていると、先ほどの小折シェフの宣言通り、お客さんがどんどん集まり出した。そして、知っている顔もチラホラと現れた。
「ましろー! 【雪の女王のかき氷】くださいな」
「いらっしゃいませ! 桃奈ちゃん家の果物を使ったソース、大好評だよ!」
「白兎。食べに来たぞ。イチゴ味を二つくれ」
「父さん……。ちょっと待っててくれよな!」
「白雪ぃっ! 父ちゃんと食うから、スプーン二つ付けてくれ!」
「琥太郎君こんにちは! どの味にする?」
「うわぁ~、おいしそうだね! 迷うね、愛華さん」
「すみません。大地君にかき氷全種類ください」
「大地君、リバウンドしてますねぇ」
「あたしと主人の分、くださいな」
「乙葉さん! 旦那さんもこんにちは! わぁ! まゆりちゃん会いたかったよ~っ!」
「白兎! ボクにもかき氷頼む」
「堂道! よく来たな!」
そして、なんとテレビまで来てしまった!
「は~い、こちらシエラ! 御伽祭を生中継してま~す! めーっちゃおいしそうなかき氷発見だよ!」
「うわぁぁ! シエラちゃん! また来てくれたの⁈」
「ましろちゃん、久しぶりぃ! リピートしちゃった!」
ここまで来ると、《りんごの木》への注目はすごかった。次から次へとお客さんがやって来る。
「あわわーっ! 忙しいよーっ!」
「あらあら。うれしい大盛況ね。これは、ボーナスがもらえちゃうのかしら?」
ましろが忙しさに目を回していた時、人だかりの中から、ひょっこり現れたのは恩田さんだった。旦那さんと、五人の子どもたちもいっしょだ。
「恩田さん。ご家族のみなさんも、こんにちは。いつもお世話になっています」
りんごおじさんは、すぐにサービスでかき氷を作り始めたけれど、恩田さんは「あ、いいのいいの」と、それをストップさせた。
「しばらくの間、私が店番を代わりますよ。だから、店長はましろちゃんとお祭りを回って来て」
「えっ」と、ましろは恩田さんを見上げた。
実は、ましろはお祭りの出店を見て回りたいと思っていたけれど、お店が忙し過ぎて言い出せなかったのだ。だから、恩田さんの心遣いが嬉しくてたまらない。
「いいんですか? ご家族で来られているのに」
「少しくらい、旦那に任せるわよ。それに、私だって、《りんごの木》の一員よ」
「恩田さん、オレは遊びに行っちゃダメっすか?」
「アリス君はダメよ。私が一人になっちゃうじゃない」
アリス君が「ちぇー」とむくれている一方で、ましろの胸はぴょんっと弾んでいた。
「お祭り、りんごおじさんと見てきていいの?」
「では、お言葉に甘えて、行きましょうか」
***
そうして、ましろはりんごおじさんと並んで、おとぎ商店街を歩き始めた。
人が多いけれど、はぐれないように手をつなぐのは恥ずかしい。だから、りんごおじさんのシャツをきゅっとつまんで歩いていた。
「すっごくにぎやかだね」
「そうですねぇ。観光客の人もたくさんいるようです」
「ねぇねぇ、たこ焼き半分こしよう?」
「いいですよ。おいしそうですね」
「ベビーカステラがあるよ!」
「僕、あれ好きなんです。買っちゃいましょう」
「くじ引きしたい……。ゲーム機当たるかも」
「う~ん。その確率はしぶいですね」
同じ景色を見て、二人で食べて、二人で笑う。
他愛もない会話が楽しくて、心が踊った。
この時が、いつまでも続けばいいと思うけれど、この先の楽しいことも見てみたい。
ましろは、そんなことを思って歩いていた。
「ましろさん。ここが、土地神様がいらっしゃる神社ですよ」
いつの間にか、おとぎ商店街を抜けて、小さな神社の前に来ていた。いつもはひっそりとしていて通り過ぎてしまうような場所だけれど、今日はたくさんの人が参拝に来ているようだった。
「御伽ノ天月様という、食を司る神様らしいですよ」
「へぇ。御伽ノ天月様かぁ……」
たしか、御伽祭は土地神様にひとつお願い事をするお祭りだったはずだ。レストランをしているましろたちからすると、食の神様とは縁起がいい。
「お願い、していきましょうか」
りんごおじさんに促され、ましろは御伽ノ天月様の像と賽銭箱の前にやって来た。
お金を入れて、パンパンッと、りんごおじさんの真似をして礼と拍手をする。そして、目をつぶり手を合わせた。
御伽ノ天月様、お願いします──。
「りんごおじさん、何をお願いしたの?」
境内から出た後、ましろはりんごおじさんにたずねた。
すでに空は濃い藍色に染まっていて、月明かりがましろたちを照らしていた。その優しい明るさの中を、二人はゆっくりと歩んで行く。
「内緒ですよ。お願い事は、口にしたら叶わなくなってしまいますから」
「じゃあ、わたしもナイショだ!」
ましろは「ふふっ」と小さく笑うと、りんごおじさんの手を取り、ぐいっと引いて走り出した。
「《りんごの木》に戻ろう! お客さんたちが待ってる!」
「あっ! ましろさん、走ったら危ないですよ!」
ましろの願い事。それは、大切な願い──。
りんごおじさんと、ずっと『家族』でいられますように。
ましろがその真相を知ったのは、御伽祭の当日だった。
少し蒸し暑い夕方に、ファミリーレストラン《りんごの木》の前に、かき氷の屋台が完成した。看板の色をぬったり、メニュー表を書いたりしたのはましろと恩田さん、かき氷を考えたのはりんごおじさんとアリス君だ。
「いらっしゃいませ! 《りんごの木》の【雪の女王のかき氷】はいかがですかーっ⁈」
「可愛い店員さん。キウイ味をひとつもらえるかな?」
元気に呼びこみをしていたましろに、ナンパするかのように注文をしてきたのは小折シェフだった。小折シェフはお祭りを満喫しているようで、涼しげなジンベイ姿だった。
「こっ、こんにちは!」
「元気そうでよかったよ。あの日から、私も君のことを心配していたんだ」
あの日とは、ましろがお父さんに会った日。つまり、小折シェフがりんごおじさんに告白をするはずだった日だ。
「小折シェフ、ごめんなさい。あの日、わたしのせいで台無しになっちゃいましたよね。えっと……、告白が」
ましろは気を遣って、ひそひそと小折シェフに耳打ちした。けれど、小折シェフは「はははっ!」と大きな声で吹き出したので、ましろは思わず驚いてしまった。
「な、なんで笑って⁈」
「あはは……。すまない、お嬢さん。そんな勘違いをさせていたなんて。……凛悟君。姪っ子さんのなかで、私は君に首ったけらしいよ」
「それは、ちょっと嫌ですね」
りんごおじさんまで、クスクスと笑いをこらえている。
なに、この状況⁈
ましろが助けを求めてアリス君を見ると、アリス君は「言うの忘れてたーっ!」と、申し訳なさそうに縮こまっていた。
「僕と花衣里さんは、同じ料理の専門学校の同期で、フランスでも同じお店で働いた仲です。でも、恋仲ではないですよ」
「あぁ。私と凛悟君の関係は、戦友やライバルといった表現がふさわしいかな」
りんごおじさんと小折シェフの言葉に、ましろは戸惑わずにはいられない。そんなバカな、聞いていないと大慌てだ。
「えぇーっ! 待ってよ! あの名刺のメッセージは⁈ 『約束の場所』で『君を手に入れてみせる』ってやつ! 告白じゃないの⁈」
「あははっ! 面白い発想だ。それはね、私が凛悟君を東京の店に引き抜くための、料理勝負の話なんだ。場所は、おとぎ料理専門学校」
「料理勝負⁈」
そういえば、りんごおじさんを尾行していた時、料理の専門学校を見た覚えがある。どうやら、あそこが「約束の場所」だったらしい。
「フランス時代は、凛悟君に歯が立たなくてね。料理コンテストも三年連続で私が二位。ようやく優勝した時には、凛悟君は日本に帰ってしまっていた」
「僕は、競い合ったところで、花衣里さんのお店で働く気はないんですが」
「いやいや。勝負に負けたら、何かひとつ相手の要求を飲む約束だからね。……だから、私はあきらめずに日本でも勝負を挑んだのさ」
「日本での勝負の場所は、母校と決めていたんですよね」
な、何それ!
小折シェフとりんごおじさんの会話に、ましろは頭がくらくらしてきた。
そんな重大な勝負を、あんな紛らわしいメッセージで予告するなんて!
「ち、ちなみに勝敗の行方は⁈」
「もちろん、僕の勝ちですよ」
「よかったぁ~!」
ホッと安心したましろは、へにゃりと屋台にもたれかかった。それを見たりんごおじさんは、可笑しそうに笑っている。
「すみません。不安にさせてしまっていたんですね。でも、僕はどこにも行きませんよ」
「凛悟君。それは、絶対に負ける気はないということだね? 次は分からないよ~?」
小折シェフのいたずらっぽい言い回しに、ましろは「もう勝負しないでよ!」と叫ぶけれど、りんごおじさんはどこ吹く風。有名店のオーナーシェフに連勝して、なおかつ、まったく負ける気がないとは驚きだ。
「りんごおじさんって、本当はすごい人なんじゃない?」
「さぁ。どうでしょう」
「キウイかき氷、お待たせしました」
クスクスと笑い合っているうちに、アリス君が小折シェフのキウイかき氷を作り終えたようだ。
「ありがとう。おいしそうだ」
かき氷は、ふわふわの口どけの氷の上に、果肉たっぷりのキウイソースがかかっていて、見た目だけでもキラキラとまぶしい。実は、氷の中にもカットされたキウイが入っていて、二度楽しめるようになっているというお楽しみまである。
「いいねぇ! 甘さと酸味のバランスが絶妙だ」
「イチゴとパイン味も、もう食べますか?」
「りんごおじさん、いくらなんでもひとりで三つは無理じゃない?」
ましろは、りんごおじさんにしては、めずらしい冗談だと思ったのだけれど、違っていた。りんごおじさんは大真面目だった。
「料理勝負に負けた花衣里さんは、全味のかき氷を食べながら、お店の宣伝をして回るという任務があるんですよ」
「おなかを壊したら、凛悟君のせいだよ」
「うちの食べ物でお腹は壊れませんよ」
小折シェフを見つめるりんごおじさんの目は、笑っているけど笑っていない。
「ははは……。分かっているさ。残りの味は、商店街を一周してから食べに来るから。私が宣伝したら、お客が倍増するから覚悟しておくんだね!」
さわやかな捨て台詞を残して、小折シェフは去って行った。本当に、風のような人だ。
「面白い人っすね」
「きれいでかっこいい人だけど、面白さが上回るね」
「飽きなくていいですよ」
三人でそんな話をしていると、先ほどの小折シェフの宣言通り、お客さんがどんどん集まり出した。そして、知っている顔もチラホラと現れた。
「ましろー! 【雪の女王のかき氷】くださいな」
「いらっしゃいませ! 桃奈ちゃん家の果物を使ったソース、大好評だよ!」
「白兎。食べに来たぞ。イチゴ味を二つくれ」
「父さん……。ちょっと待っててくれよな!」
「白雪ぃっ! 父ちゃんと食うから、スプーン二つ付けてくれ!」
「琥太郎君こんにちは! どの味にする?」
「うわぁ~、おいしそうだね! 迷うね、愛華さん」
「すみません。大地君にかき氷全種類ください」
「大地君、リバウンドしてますねぇ」
「あたしと主人の分、くださいな」
「乙葉さん! 旦那さんもこんにちは! わぁ! まゆりちゃん会いたかったよ~っ!」
「白兎! ボクにもかき氷頼む」
「堂道! よく来たな!」
そして、なんとテレビまで来てしまった!
「は~い、こちらシエラ! 御伽祭を生中継してま~す! めーっちゃおいしそうなかき氷発見だよ!」
「うわぁぁ! シエラちゃん! また来てくれたの⁈」
「ましろちゃん、久しぶりぃ! リピートしちゃった!」
ここまで来ると、《りんごの木》への注目はすごかった。次から次へとお客さんがやって来る。
「あわわーっ! 忙しいよーっ!」
「あらあら。うれしい大盛況ね。これは、ボーナスがもらえちゃうのかしら?」
ましろが忙しさに目を回していた時、人だかりの中から、ひょっこり現れたのは恩田さんだった。旦那さんと、五人の子どもたちもいっしょだ。
「恩田さん。ご家族のみなさんも、こんにちは。いつもお世話になっています」
りんごおじさんは、すぐにサービスでかき氷を作り始めたけれど、恩田さんは「あ、いいのいいの」と、それをストップさせた。
「しばらくの間、私が店番を代わりますよ。だから、店長はましろちゃんとお祭りを回って来て」
「えっ」と、ましろは恩田さんを見上げた。
実は、ましろはお祭りの出店を見て回りたいと思っていたけれど、お店が忙し過ぎて言い出せなかったのだ。だから、恩田さんの心遣いが嬉しくてたまらない。
「いいんですか? ご家族で来られているのに」
「少しくらい、旦那に任せるわよ。それに、私だって、《りんごの木》の一員よ」
「恩田さん、オレは遊びに行っちゃダメっすか?」
「アリス君はダメよ。私が一人になっちゃうじゃない」
アリス君が「ちぇー」とむくれている一方で、ましろの胸はぴょんっと弾んでいた。
「お祭り、りんごおじさんと見てきていいの?」
「では、お言葉に甘えて、行きましょうか」
***
そうして、ましろはりんごおじさんと並んで、おとぎ商店街を歩き始めた。
人が多いけれど、はぐれないように手をつなぐのは恥ずかしい。だから、りんごおじさんのシャツをきゅっとつまんで歩いていた。
「すっごくにぎやかだね」
「そうですねぇ。観光客の人もたくさんいるようです」
「ねぇねぇ、たこ焼き半分こしよう?」
「いいですよ。おいしそうですね」
「ベビーカステラがあるよ!」
「僕、あれ好きなんです。買っちゃいましょう」
「くじ引きしたい……。ゲーム機当たるかも」
「う~ん。その確率はしぶいですね」
同じ景色を見て、二人で食べて、二人で笑う。
他愛もない会話が楽しくて、心が踊った。
この時が、いつまでも続けばいいと思うけれど、この先の楽しいことも見てみたい。
ましろは、そんなことを思って歩いていた。
「ましろさん。ここが、土地神様がいらっしゃる神社ですよ」
いつの間にか、おとぎ商店街を抜けて、小さな神社の前に来ていた。いつもはひっそりとしていて通り過ぎてしまうような場所だけれど、今日はたくさんの人が参拝に来ているようだった。
「御伽ノ天月様という、食を司る神様らしいですよ」
「へぇ。御伽ノ天月様かぁ……」
たしか、御伽祭は土地神様にひとつお願い事をするお祭りだったはずだ。レストランをしているましろたちからすると、食の神様とは縁起がいい。
「お願い、していきましょうか」
りんごおじさんに促され、ましろは御伽ノ天月様の像と賽銭箱の前にやって来た。
お金を入れて、パンパンッと、りんごおじさんの真似をして礼と拍手をする。そして、目をつぶり手を合わせた。
御伽ノ天月様、お願いします──。
「りんごおじさん、何をお願いしたの?」
境内から出た後、ましろはりんごおじさんにたずねた。
すでに空は濃い藍色に染まっていて、月明かりがましろたちを照らしていた。その優しい明るさの中を、二人はゆっくりと歩んで行く。
「内緒ですよ。お願い事は、口にしたら叶わなくなってしまいますから」
「じゃあ、わたしもナイショだ!」
ましろは「ふふっ」と小さく笑うと、りんごおじさんの手を取り、ぐいっと引いて走り出した。
「《りんごの木》に戻ろう! お客さんたちが待ってる!」
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