母と約束したことの意味を考えさせられる日が来ることも、妹に利用されて婚約者を奪われるほど嫌われていたことも、私はわかっていなかったようです

珠宮さくら

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公爵家に生まれたミュリエル・ゼノスは、妹のトレイシーのことを溺愛していた。

母が、その命をかけて産んだ2つ下の妹。危うくなるからと再三に渡って産むことについて、父と話していたようだが、詳しいことはミュリエルは知らなかった。それ以外にも、言い争っていたようだが、それについてもミュリエルは知らされることもなかった。

ただ、妹か。弟が生まれると言われて喜んだのを覚えている。そして、生まれたのが、妹だった。ミュリエルは自分よりずっとずっと母に似て生まれて来たように見えたのは、母と同じ瞳の色をしていたのを知った時より前だった。

雰囲気が似ていると思ったのだが、それをすっかり忘れて同じ瞳の色を持って生まれたからだと思うようになって、雰囲気が似ていると思ったことすらミュリエルは思い出すことはなかった。

成長して、似たことを言うのを聞いた時でも、そのことを思い出すことはなかった。

瞳の色を見た時にこんなことを言った。


「おかあさまとおんなじ」


生まれてすぐにはわからなかった。でも、しばらくしてぱっちりとしたトレイシーの目を見てミュリエルは、感激したのを覚えている。

ミュリエルの髪も瞳も父譲りで、母に似たところのまるでないミュリエルには、それだけで特別なものを妹が受け継いだかのように見えてならなかった。

だけど、父が嫌いなわけではない。ただ、ミュリエルにとって、好きな色が母の瞳の色の方だった。

その瞳を妹だけが引き継いだことにミュリエルは嫉妬することも妬むこともなかった。ないもの強請りをするような子供ではなかった。

この国では、とても珍しい色合いだった。それを受け継ぎたかったのは事実だ。それに髪の色も、珍しいものだった。父の伯父がそれを引き継いでいて、トレイシーは珍しい組み合わせを引き当てた女の子となっていた。それだけで、特別なのだと言っているようだった。

そんな母に似ているのと珍しい組み合わせを持って生まれたからこそ、妹までも母と同じく儚く脆い印象をミュリエルは最初の頃、持っていた。珍しいものを持つ者は、その分、やっかみを受けやすいのもあった。

母も、珍しい髪の色を持っていたから、色々と言われて大人になったようだが、その話を娘たちにすることはなかった。

だからこそ、母はミュリエルが珍しい色をまとわずに生まれたことを逆に喜んでいた。それにミュリエルは複雑な思いをしたことがある。それを母に伝えたことはない。

そして、トレイシーを産んでから悲しげな顔を母はよくするようになった。命を縮めてまで産んだからこその悲しげなものとは違っていた。


「……受け継いでしまったのね」


それが何を意味するのかなんて、ミュリエルは知らなかった。それだけで、誰の子供なのかがわかってしまったのだ。

そうでなければいいと母が思っていたことも、それを見て激怒した者がいたことも、ミュリエルもトレイシーも知りもしなかった。

そして、その珍しい髪色を持つ者も、この家の中をめちゃくちゃにしたとも知らずにいた。

妹を産んでから弱っていく母を見ながら、ミュリエルは珍しい色を複数持つとその分、幸せになるのが難しいと言うジンクスが、この国にあることをそもそも知らなかった。

知っていても、そんなのただの妬みや嫉みだと思っていたことだろう。数年してジンクスが本当だったと知ることもなかったのは、ジンクスの話を知らないままだったからだ。

それは、この国でのみのもので、隣国ではそんな話をすることはなかった。珍しいものを持つがゆえにちやほやされたりして人生が狂ってしまうだけだと思っている者が多かったのもあるようだ。

母は、その色さえ現れなければ、隠し通せると思っていた。夫に怪しまれても、知らぬ存ぜぬを貫けると思っていた。

そこまでして、産んだ子なのだ。罪の意識を思わせる色を持って生まれて来るとは思いもしなかった。

でも、ミュリエルは初めての対面の時から、そんなこと何も知らずにただ、妹ができたことが嬉しくて仕方がなかった。何も知らないまま、珍しい色合いを持つ妹が、特別な子に見えて仕方がなかった。

そうやって、ちやほやされて人生を狂わせる者が多かった過去をミュリエルは知りもしなかった。


「ミュリエル。この子を守ってあげてね」
「うん!」


生まれたばかりの赤子を抱く元気のない母は、ミュリエルにそう言ったのを今も覚えている。妹を出産して疲れているのかと思っていたが、そうではなかったのだ。罪の意識も相まって、命がけで産んだ代償は大きかった。そのせいで、弱っていっているなんてミュリエルは知りもしなかった。

でも、母のことよりミュリエルは、妹に釘付けになっていて、そう返事をしてからトレイシーはすっかり守るべき対象となった。

小さくて母に似て儚い妹。そんな妹に会いに行くのと同じく、母のところにも行くことが、いつの間にか日課になっていたが、具合がよくない日が増えていくのに日々ミュリエルの心配は募るばかりになるまで、そんなにかからなかった。







そんな日から、数年が経った。


「おかあさまにあえないの?」
「今日は、ご気分が優れないそうです」
「……そうなの」


具合がよくない日に会えないことも増えていくことになったのは、5歳を過ぎた頃だろうか。

トレイシーが生まれてから、父はあまり公爵家に帰って来なくなった。いや、帰って来なくなったわけではない。子供たちが起きている時に帰って来なくなっていた。

何やら言い争っていたようだが、ミュリエルは眠たかったから聞き間違えたのだと思っていた。

ミュリエルは、父が怒鳴り散らすなんて聞いたことがなかったから、聞き間違えたとしか思っていなかった。

でも、その後から公爵家の中が、何やらいつもと違うことになっているのにもミュリエルは気づかずに父に会えなくなってしまったのを寂しく思うばかりだった。

仕事が忙しいからと、トレイシーに会うこともなく、ましてや具合を悪くしている母を見ていられないのか。仕事に没頭していて公爵家に帰って来ても、朝早く出て夜遅くに帰って来ているせいで、ミュリエルが父を見かけることはないようなものとなっていた。

まさか、父が母にも末娘にも会いたくないから、そうしているなんてミュリエルはちっとも知らなかった。

母にも会えず、父にも会えなくても、ミュリエルが寂しいと暴れることも、泣くこともなかった。寂しいとは思わなかったわけではないが、父からは毎日、手紙が届いていた。

文字が読めない時は、側にいる使用人が代わりに読んでくれた。


「なんてかいてあるの?」
「おはよう。昨日は、勉強をとても頑張っていたそうだね。先生が褒めてくれたよ。流石は、私の娘だ。今日も、よい1日を」
「っ、ほめてくれたわ!」
「えぇ、そうですね」


使用人たちは、微笑ましそうにミュリエルを見ていた。その手紙をいそいそと飾るミュリエルが、そこにいた。それが、日課になっていた。

文字を必死に覚えたのは、父に手紙の返事を書くためだった。そして、ミュリエル同様に手紙の返事が来てからの父が、同じように手紙をいそいそと飾っていたのもミュリエルは知りもしなかった。そんなところが、そっくりな親子だった。

トレイシーも、ミュリエルも同じことをしていると思っていた。だって、父がそれをしたのは、トレイシーの歳の頃のからだったから、同じにしていると思っていた。でも、父はトレイシーに対して、ミュリエルと同じことをしてはいなかったようだ。それこそ、何一つとしてミュリエルと同じことをしようとしてはいない理由をミュリエルは知りもしなかった。

それを使用人たちが悟られないようにしていたなんて、この時のミュリエルは知りもしなかった。

そうでなければ、どうしてそんなことをしているのかを手紙で聞いていただろう。でも、そんなことを手紙に書くことはなかった。


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