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しおりを挟む王太子は、その頃にはすっかりその令嬢のことを許しているかのようにしていたが、それを初めから咎めない王太子もどうかしていた。だが、そちらをミュリエルはどうこう言うことはなかった。何か考えがあるのだと思っていたからだ。
ミュリエルが思っていたのとは違う方向に向かうとは思いもしなかった。勘違いとすれ違いの果てにとんでもない方に向かうとは、思っていた者は少なかったはずだ。
ミュリエルは、そんな日々を送っていながらも、きちんと王太子妃に相応しいことだけはきちんとしていた。どんなに忙しくしながらも、頑張ることをやめることはなかった。
そんな、ある日のことだ。王太子にこんなことを言われてしまった。それは、予期せぬことでしかなかった。ミュリエルだけでなくて、他の令嬢や子息たちの多くが同じ気持ちだったことが起こることになった。
「ミュリエル。君との婚約を破棄する。理由は言わなくても分かると思うが、男爵令嬢の彼女に対して度重なる嫌がらせをしているからだ」
「え?」
王太子に嫌がらせをしたと言われたミュリエルは、頭の中が真っ白になった。そんなことをミュリエルはした覚えがない。あまりにも突然のことすぎたが、何かと一緒に話しているのを見ていたから、そんな男爵令嬢の心惹かれて彼女とオリーヴ・ダルトと婚約するのかと思いきや王太子の心を射止めたのは、別の令嬢だった。
「君のやることに心を痛めた妹のトレイシーが、男爵令嬢にどれだけ謝罪していたかを知っているか? 姉が申し訳ないと泣いて謝っていたんたぞ」
「トレイシーが……?」
なぜ、泣いて謝るのだろうか。ミュリエルには、わけがわからなかった。だって、そもそも、指摘していたのはトレイシーの方からだった。オリーヴに謝罪する必要などないはずだ。
「お姉様に悪気はないんです」
そう言って目を潤ませる妹が、そこにいた。それを見てミュリエルは、この子は、誰だろうか?
そんな風に思ってしまった。ミュリエルは、そこにいるのがトレイシーに似ているが、全く知らない令嬢に見えてならなかった。
何を言ってもノックもなく突撃してくる時よりも更に酷く人を嫌な気分にさせずにはいられない令嬢が、そこにいた。
ほんの少し前に人を気遣える令嬢になったのだと感激した妹は、どこかに消えてしまっていた。いや、元からいなかったようだ。
「それでは済まされませんわ。トレイシー様が亡きお母様に似ているからって家では、彼女のことをいじめているなんて、そんなのあんまりです!」
「っ、!?」
その頃には、妹は泣きながら姉は悪くないと言い始めていた。そんなトレイシーと王太子とオリーヴに妹に謝罪しろと言われて、ミュリエルは頭の中が真っ白になっている状態から、トレイシーが全然違うことを王太子とオリーヴに言っていた事に気づいてしまった。
そんな必要があったのかと思えば、そんな妹がちゃっかり王太子の婚約者になったのを見ることになり、その一部始終を見ていれば一目瞭然のことだった。
トレイシーは、最初からこうするために姉を利用していたのだ。自分が王太子と婚約したかったのだ。そのために姉を引きずり下ろしてでも、そうなりたかったことがわかって、何とも言えない気持ちをミュリエルは味わうことになった。
ミュリエルなりに可愛がっていた妹にそんな仕打ちをされたのだ。可愛がっていたから、煩く言わなかった。伯父を独り占めしているのも、好き勝手にしていても、周りには自分が謝っていれば済むと思っていた。
でも、トレイシーはそんな風にして可愛がっていた姉の気持ちなんて歯牙にもかけていなかった。腹が立ってもいいはずだが、ミュリエルはただ悲しくて仕方がなくなっていた。
そこまで、トレイシーに嫌われていたのかと思うとどこからそんなに嫌われていたのだと考えるも、全く見当がつかなかった。
一緒に遊べなかったが、それでもミュリエルよりも伯父を独り占めにして遊んでいるトレイシーは、毎日楽しく過ごしていて、その邪魔をしたこともないミュリエルをそんな風に嫌っているとは思いもしなかった。
少なくとも、あの家には他に子供がいないのだ。頑張っていれば、父もいずれは認めてくれるなんて考えは、トレイシーには最初からなかったようなものなのは、伯父に懐きすぎていると自覚したのかもしれない。
今更、伯父から距離を置いても公爵家の跡継ぎとしては父は認めはしないとわかって、ミュリエルの婚約者を奪うことにしたのだとしたら、それを入れ知恵したのは、伯父なのではないかとこの時のミュリエルは思っていた。
それでもなお、こうなることをしたブレーンはトレイシーではないと思いたかった。
そんな気持ちを持つことになったミュリエルの気持ちなど、トレイシーに届くことはないとは思いもしなかった。
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