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しおりを挟む(王太子視点)
ここまで来るとトレイシーより、男爵令嬢のオリーヴとの婚約の方が良かったように見えてならなかったが、誰もそんな愚痴を聞いてはくれはしなかった。
オリーヴがミュリエルと話していてもうんざりして聞こえていたのは仕方がないとしても、王太子の私が同じように聞こえてしまっていたのは、情けないという言葉しか返ってこない。
今更になって、トレイシーになぜ騙されてしまったのかと思うばかりとなっていたが、そんなことお構いなしに今日も今日とてトレイシーに追いかけられていて、恐怖を感じ始めていた。
執務をしていても、ノックもなしにやって来て入り浸るのだ。何を言っても話が通じないせいで、側近たちも同情するより、私の自業自得のようにしていて、私には理解してくれる者が側にいなくなっていた。
「殿下。ご自分の婚約者をどうにかなさってください」
「そうですよ。ここに入り浸れても仕事になりません」
側近たちは、そんな事ばかり言うようになっていた。側近なら、困ってる私の代わりをして、トレイシーを遠ざけてくれても良さそうなものなのに。
そんなことをしてはくれず、トレイシーを恐れつつ、執務もこなせと言われても無理がある。
「くそっ! 私にどうしろと言うんだ!」
そんな風に愚痴っても誰も私の気持ちなんてわかってはくれない。
それこそ、厄介でしかないトレイシーと婚約破棄したかった。ミュリエルの時よりも、色んなところからどうにかしろとトレイシーのことで言われないことがなくなっているのも頭痛の種になっていた。
側近たち以外からも言われる私の気持ちがわかるはずがない。
そのうち、どこまでも付きまとわれることになって、ミュリエルの良さが身にしみてわかって夜な夜な泣くまでになった。
彼女こそ、王太子という私の立場を理解し支えてくれていたのだ。一見、冷たそうに見えて情に厚い令嬢はいなかったのだと改めてわかったのだ。
勘違いしたことで責め立ててしまったが、男爵令嬢のことは完全なる誤解でしかない。
「そうだ。あれは、誤解でしかないんだ。トレイシーのせいで、こうなったんだ。私が悪いわけではない。騙されていただけなんだ」
後悔してもしきれない日々の中で、疲れ切っていた私は、そう思うようになった。そんなわけないと思わなかったのは、夜な夜な独り言を呟いていることを誰も知らなかったからだ。もう、私の言うことを真剣に聞いてくれる者など誰もいなかった。
そんな私が、そんな独り言によって自分は悪くないと自己暗示をかけ続けて、次第に元気になり始めた。
最近になって、現実逃避をするようになった。あろうことか、貴族令嬢となったばかりの娘がトレイシーに色々物申すようになって、それに本気で喜んでいた。
彼女こそ、救世主だとばかりになった。そんなことを周りは誰もしてくれなかった。みんな自業自得だとばかりにしていて見捨てられていたが、そんな令嬢が救世主に見えてしまうほどに疲れていたのは間違いない。
言い訳にもならないが、本当に心身ともに疲れてしまっていたようだ。まともな判断ができなくなるくらいに疲れていた。
だから、救いを求めてしまった。ただ、それだけだった。
それが、とんでもないことになるとは思わなかった。疲れ切っていた後でも、何がいけなかったかの中に自分が含まれることはなかった。
ただ、珍しい色合いを持っているのに勿体ない女に騙されただけでしかない。
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