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しおりを挟む(さぁ、言って。ちゃんと受け止めるわ。それまで、絶対に泣いたりしない)
とある令嬢が、とっくに覚悟ができていたはずなのにそんなことを思いながら、既に泣きそうになっていた。
(泣いたりしないんだから。ううっ、もう、泣きそうだわ。どうしよう)
彼女の名前は、リュシエンヌ。ジョルジア国のサヴィニー伯爵家に生まれた次女で、幼い頃から愛らしく、色んな男の子の心を鷲掴みにしてきた。
彼女が楽しそうにはしゃぐ姿を見るだけで、男の子たちは途端に間抜けなことをしたりした。
「わっ!?」
リュシエンヌに見惚れすぎて噴水に突っ込む男の子も多かった。
「大丈夫?」
「っ、」
「これ、良かったら、使って」
「あ、ありがとう」
噴水に突っ込んだ男の子に何度かリュシエンヌはそんなことをした。顔を真っ赤にしてリュシエンヌを噴水の中に座り込んで見上げるのだ。中々周りから見ると間抜けな光景だが、リュシエンヌがそれを笑うことはなかった。
本人は、そんなことになっていることを全く知らないまま今に至るが、ジョルジア国では初恋泥棒と呼ばれていた時期もあった。
今は呼ばれなくなったのは、婚約者がいるからだ。相思相愛、仲睦まじい2人を知らないで、恋に落ちる方が悪い。だから、初恋泥棒とは呼ばれなくなった。彼女の心を掴まえた子息が既にいるのに恋に落ちる方が野暮だ。
そうは言っても、リュシエンヌの魅力溢れる令嬢で恋に落ちてしまった面々の中には、その恋をひた隠しにしている者も未だに多かった。
そんな彼女が、泣きそうになっているのは、あることを言われたことが発端だった。
随分前に伯爵家の長女である3歳年上の姉、ヴィクトワール・サヴィニーから、こんなことを言われたのだ。
何気ない日、リュシエンヌはサヴィニー伯爵家でのんびりしている時に突然、姉が思い出したかのように話しかけてきた。
「そうだ。リュシエンヌ」
「はい。何か?」
きょとんとしながら、なんだろうとリュシエンヌは、ヴィクトワールを見た。両親も、使用人も、たまたまいないタイミングだった。
この家で、2人っきりになることは滅多にない。姉妹の仲が悪いからというわけではない。少なくとも、リュシエンヌは姉のことを嫌ってはいない。
姉の方が色々と問題で、2人っきりにさせないようにしていることにも、リュシエンヌは気づいていなかった。
ヴィクトワールとリュシエンヌを2人っきりにさせない理由は……。
「あなた、婚約破棄されそうよ」
「え?」
ろくなことを言わないからだ。ここに両親がいたら、まあろくでもないことを妹に言っていると怒っていただろう。
使用人がいたら、両親にすぐに知らされて、やはりヴィクトワールは怒られていたはずだが、そうはならなかった。
婚約破棄されそうな感じを全く察知していなかったリュシエンヌは、姉の言葉に頭の中が真っ白になった。
それもそうだ。他の誰もが、この話を聞いていたら、あり得ない!と言っていたはずだ。
相思相愛で、どこで見かけても仲睦まじい2人だ。そんな気配、微塵もない。ましてや、ヴィクトワールが言っているのなら、それはでたらめなことが多いから信じる者などいなかった。
でも、この妹は、唯一違っていた。姉の言葉にショックを受けた。
(そんな、まさか、ありえない。あの方に限ってそんな、そう、ありえない、はず……? あ、でも、最近、こそこそしているかも)
そう、何やらリュシエンヌの幼なじみのコンスタンス・クレティエンと婚約者のテオドール・キュヴィエが一緒にいるのをよく見かけていた。
テオドールは、忙しいと言っていて買い物もままならないから、頼みごとをしているのを見たが、コンスタンスみたいに令嬢にしてはいなかった。
ちょっとでも勘違いされることは控えていたはずが、最近は何やらコソコソしていることが増えている。
リュシエンヌでも気づくレベルだ。他の人たちも気づいているに違いない。
(まさか、幼なじみと……?)
浮気しているとしても、リュシエンヌは幼なじみとは仲良くしている。お互いのことをよく知っていて、リュシエンヌは親友だと思っている。なのにそう思っていたのは、リュシエンヌだけのようだ。
思い当たることがあって顔色を悪くさせたリュシエンヌ。するとヴィクトワールは……。
「あら、やっぱり、心当たりあるのね」
「……お姉様、どうしよう」
「どうも、こうもないわ。心が、他に移ってしまっているのだもの。潔く、諦めるしかないわ」
「……」
ヴィクトワールは、悪あがきせずに受け入れろとリュシエンヌに言って、意地悪い顔をして部屋に戻った。
残されたリュシエンヌは、それから暗い表情をしていた。姉の言葉の通りにリュシエンヌは、いつもしていたが、それでも悪あがきせずにはいられなかった。
それは、リュシエンヌには珍しいことだった。
「リュシエンヌ。どうした?」
「いえ、何でもありません」
「そんなことないでしょ。あなた、顔色が真っ青よ」
両親が戻って来て、部屋に1人いるリュシエンヌの顔色が真っ青なのに驚いた。
リュシエンヌは、何でもないの一点張りで、部屋に戻るリュシエンヌを心配そうに見た。
「ヴィクトワールは?」
「お部屋におられます」
「また、何かしたのでは?」
「誰か、知っている?」
使用人たちは、誰も知らないと答えたのを見てサヴィニー伯爵夫妻は違うのかと思った。
いつも、何かをやらかすのはヴィクトワールだと思っていた。でも、誰も知らないなんてことはないはずだから、そうではないと思った。
まさか、一瞬の隙をつかれているとは思いもしなかった。
学園を休むことなく、リュシエンヌはいつも通りに過ごしていた。
「リュシエンヌ、大丈夫か?」
「具合悪いんじゃない?」
テオドールとコンスタンスが、何かと一緒にいるのを見て、リュシエンヌは顔色を悪くさせていると2人して、リュシエンヌのことを心配してくれた。
それで、益々リュシエンヌは悲しくなった。気遣ってくれるからだ。顔色の悪さを心配しているのは、この2人だけではない。みんな、どこか悪いのではないかと気にかけていた。
でも、話しかけて気遣うのはリュシエンヌに近しい者ばかりだった。
(2人とも、優しいのよね。それにお似合いだわ。私が、諦めればいいのよ)
顔色を悪くしながらも、リュシエンヌは2人のことを祝福しようとした。どっちも嫌いになれそうもなかったのだ。
だから、心から心配してくれる2人にリュシエンヌは、久々に笑った。
「大丈夫」
「リュシエンヌ?」
「私なら、大丈夫です」
「っ、」
ちゃんとリュシエンヌは笑っていたはずだが、どうにもうまく笑えていなかったようだ。2人が悲しそうにしていたが、それに気づく余裕はリュシエンヌにはなかった。
リュシエンヌの頭の中は、姉に言われたことが正しかったと思っていた。潔さを求めて必死になっていた。
その間、ヴィクトワールは妹が顔色悪くして元気なくしているのを楽しそうに見ていた。
実の姉妹のはずなのに。この姉が、妹のことを気遣うことはない。そんな姉は、学園で知らない者がいないほど有名だった。
「妹さんが、具合悪そうに見えるのに。あの人、喜んでない?」
「あなたも、そう思った。私もよ」
「見ていると凄く嫌な気分になるわ」
周りにそんな風に言われているのも気づくことなく、ヴィクトワールの視線の先はリュシエンヌたちだった。
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