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そんなことが日常となってしまった学園で、固唾をのんで見守られていたのは、リュシエンヌと婚約者のテオドールだ。
放課後、話があると言われてから、リュシエンヌは胃がキリキリしていた。放課後なんて永遠に来なければいいと思っていたが、そうはいかなかった。
(あと少し。あと少しよ)
リュシエンヌは必死にそう思っていた。この場から逃げ出したい気持ちになっていた。そんなことをリュシエンヌは、思ったこともなかった。ただの一度もなかった。
テオドールに呼び出されて、こんなにも消えてなくなりたくなったのは初めてのことだった。しばらく前までのことが走馬灯のように頭の中を巡った。
(とても、幸せだったわ。だから、何を言われても、この方を嫌いになることはない。コンスタンスのことも、そう。大事な幼なじみ。2人が幸せになれるのなら、それが一番いいのよ)
リュシエンヌは、一生懸命に潔さを求めていた。追いすがるなんてことをする気はない。泥棒猫と喚き散らす気もない。
それでも、しばらくは2人を見ると泣きそうになりそうだが、いぜれは慣れてみせる。
そんなことを思っていた。
「リュシエンヌ」
「はい」
テオドールに何を言われても受け入れる。リュシエンヌは、それに集中して泣くのを我慢した。
リュシエンヌは、この場面を夢で何度も見た。リュシエンヌにとって、悪夢だった。悲鳴をあげて目覚めることも増えた。
両親は、悪夢に魘されて具合がよくないと思い始めていた。なぜ、見るようになったのかも、何を見ているのかも誰にも話していないリュシエンヌは、ずっと寝不足だった。
そのため、愛らしい顔立ちなのに顔色が悪いのをお化粧で誤魔化しているのも限界になっていた。
それに食欲も減っていて、かなり痩せているため、病気ではないかと思われてもいたが、リュシエンヌは周りが心配しているのに気づく余裕などなかった。
そんな時にテオドールは、意を決したように言葉を紡いだ。
「誕生日おめでとう。やっと、この指輪を君に渡せる。私と結婚してくれ。愛しい人」
「……え?」
跪いて、テオドールが紡いだ言葉と指輪の入った箱を開けて、リュシエンヌに良く似合う指輪を見せた。リュシエンヌは、その全てにきょとんとした。
どれも、リュシエンヌは想像していなかった。不自然に固まるリュシエンヌにテオドールは……。
「リュシエンヌ?」
「誕生日?」
「あぁ、今日は、誕生日だ」
リュシエンヌは、初めて気づいた顔をした。
「え? もう、そんな時期ですか?!」
あれこれ悩んでいたせいで、もう誕生日が来たのかと驚いていた。
それにテオドールだけでなく、周りで固唾をのんで見ていた者たちが笑った。彼女は、時折こんなことをやる。これは、今に始まったことではない。
まずは、そこからなのかとテオドールは思ったが、それが彼女らしくて、ホッともしていた。そんな余裕がまだ彼女にはあるのだ。
ここ最近の彼女には、そんな余裕すらあるようには見えなかった。何をしても、大丈夫としか言わないのだ。
テオドールが、安堵してリュシエンヌを見上げている姿に令嬢たちは、ずっと目を輝かせていた。まさに令嬢たちの憧れだった。誕生日の日のみならず、リュシエンヌが生まれた時間も調べて、こうして休暇しているのだ。
子息たちは、こんなプロポーズを婚約者に期待されたら、自分たちもやらなければならなくなりそうだと若干、眉を顰めていた。
だが、それより目の前の成り行きが気になった。
「結婚?」
「そうだ」
「っ、」
「リュシエンヌ、なぜ、泣くんだ?」
リュシエンヌは突然、泣き出した。それが嬉し涙かと思いきや違っていたようだ。彼女は、こんなことを言ったのだ。
「よ、良かった~。婚約破棄したいと言われるものと思って、ずっと覚悟してました」
「は?」
テオドールは、そんなこと欠片も考えていなかったため、かなり凄い顔をしてしまった。
周りもそうだ。なぜ、婚約破棄なんてされると思っていたのか。相思相愛で、仲睦まじい姿を前までよく見かけていた。今は、リュシエンヌが具合を悪くさせていて、中々一緒にいるのを目撃しなくなっていたが、破棄されることになるとなぜ思うのか。
そんな覚悟をなぞしていたのかが、わからず聞いていたほとんどのものが、ぎょっとしていた。
でも、一番聞き捨てならないと思って確認しようとしたのは、テオドールだった。
「ま、待て。待ってくれ。誰が、そんなことを?」
「ぐすっ、お姉様です」
泣きじゃくりながら、リュシエンヌはそう言った。それにみんなこう思った。
「それ、ヴィクトワール嬢が婚約者から言われそうなことだと思うぞ」
「へ?」
テオドールだけでなく、周りも同じ意見のようで、みんな頷いていた。
それに慌てたのは、ただ1人だ。
「は? ちょっと待って。何で、そこで私が破棄されそうだなんて言うのよ!」
そこに心外だとばかりにヴィクトワールが物申した。
リュシエンヌに言ったことで、こんなことになっているのにヴィクトワールは、そのことで謝罪はなかった。まぁ、期待できないことだが。
「いや、みんな知っていることだと思うが」
「そんなわけないわ! 変なこと言わないでよ」
ヴィクトワールは、強気にそう言っていた。本当にヴィクトワールは、そう思っているのだ。
「だが、リュシエンヌに破棄されそうだと言ったのは、あなたなんだろ?」
「そう見えたから、伝えただけよ。妹が未練タラタラな姿さらしたら、私が恥をかくじゃない」
「……」
ぐすぐすっと泣くリュシエンヌは、そんなことを姉が言っているのも耳に入っていなかった。
(ううっ、破棄の話じゃなくて、良かった)
リュシエンヌの頭の中は、それに安堵する気持ちでいっぱいだった。
ヴィクトワールの言葉が聞こえた者たちは、みんな気分悪そうにしていた。これが、血の繋がった姉妹なのだ。
かたや天使。かたや悪魔のように見えてしまうほど、ヴィクトワールのやることなすことは、いつも悪意にまみれていたが、欠片も悪いことをしたと思うことはなかった。
だから、両親はリュシエンヌと2人っきりにしないようにした。今回の騒動も、ヴィクトワールが発端かと思うとまたやったのかと思う者ばかりだった。
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