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第3章 断裂眼球
第50話 続・不死殺しのイドラ
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「え……空間の、時間?」
「——。貴様」
いまいちピンとこないのか、ソニアは場にそぐわない可愛らしい仕草で首をかしげる。
しかし、不快げに眉間にしわを寄せたレツェリの反応こそ、イドラの考察が的中したなによりの証明だ。
——空間断裂。
レツェリのギフト、赤い眼球。万物停滞が繰り出す攻撃は、そう称するにふさわしい。
ミロウの腕を断ったその恐るべき不可視の切断は、単なる斬撃ではなかった。
三次元に広がる空間。その中で、仮想的な立方体を配置する。世界の中に、実際には存在しない『箱』を用意する。
そして——その箱の中身は、一瞬よりも短い、ごくごく短い刹那の間だけ時間がほとんど停止する。するとどうなるか?
仮想の箱。内側と外側、その境界が、流れる時間の差異によって断裂する。
空間に確固たる箱の範囲認識を保つのは非常に困難であり、訓練したレツェリであっても保てるのは先述の通り刹那の間だけではあるが、それでも動体を切断するには十分。
ミロウの腕はそうやって斬り落とされた。
肩の辺りを巻き込むようにして、空間に眼に視えない箱を配置され、その内側と外側で流れる時間の差によって、ひとりでに肉や骨といった箱の内外の境界にあったもののすべての結合が断たれたのだ。人間の体というのは完全に静止できるものではない。ごくわずかにでも動きがあれば、赤い眼が操る時計の針によって断裂する。
この箱による三次元的な範囲指定であれば、盾として手前に配置された輝糸も関係なくすり抜けられる。巻き込むこともできるが、ギフトは例外なく不壊の性質を持つため断裂による破壊まではできないだろう。
歳をほとんど取らないのも、同じことを連続的に行っているだけだ。違うのは、この場合の『箱』とはレツェリ自身の肉体。『箱の内側』はそのまま彼の肉体の内側——『内界』であり、『箱の外側』は『外界』であるということ。
眼窩に、肉体に埋め込まれたギフトを操作するのに、逐一肉体の形を認識する必要はない。自身の体に対してのみ、レツェリは箱の範囲指定なども必要なく、超越的に限りなく合間のない連続で能力を使用できる。その結果、肉体の老化は著しくゆっくりに抑えることができるという理屈だった。
「とんだイカサマだ。そこらのギフトとは、能力の範疇が違いすぎる」
もちろんイドラに、レツェリが感覚的に行う立方体型の範囲指定などはわからない。
けれど、空間の中に範囲を指定して、その中の時間を遅らせているところまでは読めていた。
歳を取らない時点で、初めから時間に関するものだというのは疑いを持つべきだ。そして空間に作用するというのは、地下の出来事と、さっきの氾濫から察することができた。
「わかったところでお前になにができる。私のギフトは破れない。完全な時間停止こそできないが、戦闘においてはどのエクソシストだろうが敵いはしない」
「かもな。だが、僕だけは例外だ」
「……聞き違いか? なにを言うかと思えば。不死殺し、イモータルを殺すのと傷を治すしか能のないお前になにができる? まだ身体能力もあり、殺傷力も高いギフトを持つソニアの方がよほどに厄介だぞ」
「だったら試してみるといい。一度だけ礼を言ってやるよ、あんたの……その空間を区切る眼のおかげで、長年使って来たギフトの本当の能力に気が付くことができた」
気になっていたことがひとつ。それから、思い出すことがひとつ。
聖殺作戦の折、イドラは二度、ヴェートラルの魔法を受けた。あの輪の魔法器官から放たれる光は、イドラどころかソニアの動体視力でさえ追うことのできない、絶対不可避の一撃だった。
一度目。イドラは本当に死にかけた。
光に胸を貫かれ、風穴が空き、地面に倒れた。限りなく死に近い怪我であり、通常であれば一分と経たず死に至る重傷だ。
それが助かった。当時、マイナスナイフを持つ右手は谷底で流れる沢に浸かったまま、動く気配もなく——目が覚めた時、マイナスナイフはミロウの手に握られていた。
状況が指し示す結論はただひとつ。ミロウが、イドラの手からマイナスナイフを取り、それでイドラを治したのだ。
大原則として、ギフトは当人にしか使えない。神より受け取った天恵は、その個人でしか能力を行使することは許されない。
例外がひとつ。ソニアの今まさに振るう、ワダツミがそうだ。ウラシマ、イドラ、ソニア全員に氾濫の能力の使用が可能だった。
ではマイナスナイフも同様に、誰にでも能力が使用できる特異にして異常なギフトだったのか?
——否。
そもそも。『傷を治す』、『イモータルを殺す』。
この二つの性質は、文字通りギフトが帯びる単なる性質であって、能力でさえなかった。
二度目。ヴェートラルの魔法が、二回目に放たれた時のことを思い出す。
音よりも速いその一撃は、今度はイドラに当たらなかった。イドラはその時、ヴェートラルが魔法を当てられなかったのかと思ったが、そばにいたソニアは「イドラが避けた」と主張した。
事実、回避していたのだ。その、青い負数を帯びたナイフの、負数を持つ性質とは異なる固有の能力によって。
「本当の能力だと……? ハッ、苦し紛れだ! 私の眼から逃れられる者などいない、万物停滞こそが最も稀有で最も強力な天恵なのだ。それをわからせてやろう……!」
もはや能力の行使に、なまじ視界を共有する生来の眼球は邪魔なのか。レツェリは片手で眼窩にギフトの収まっていない右目を抑えながら、イドラをにらみつけた。
赤い眼球が起動する。彼の中だけで、仮想の箱が出現する。時間による断裂が行われる。
——直前、イドラは獲物をくるりと手の内で半回転させると、なにもない空間に向け、逆手に持った青い水晶の刃を降り抜いた。
「イドラさんが……後ろに?」
「な……ッ!?」
それだけでイドラは、レツェリにのみ視える『箱』の範囲内から逃れていた。二、三メートルほど後方に下がる形でだ。
信じられない、とレツェリは赤い眼を剥く。
「なんだその能力は……不死殺しッ! 不死を断ち、傷を治す——それがお前のギフトの、マイナスナイフの能力のはずだ! お前は……お前は今、なにを斬った!?」
「僕のギフトのATKはマイナス六万五千五百三十五。傷を治すのもイモータルを殺すのも……ただそれだけによるものだ。ひとりで旅をしていた僕はずっと、何年もそんな簡単なことにも気付けなかった」
空間斬裂。レアリティ1のギフトに備わる能力は、地平に伸びる三方向の広がりにこそ作用する。
優れたエクソシストとして数多のギフトを見てきたミロウは、スクレイピー討伐の後、イドラに対してこう言った。
——もしかしてあなたのギフトは、イモータルを殺すためのものではないのでは?
いかにもそうだ。マイナスナイフの本質は、『空間を斬る』能力にある。ただその通り、刃を空間に干渉させるだけの力。
しかしATKが負数の刃は、空間さえも傷つけない。もとより決まった形を持たない空間というあやふやな入れ物は、負数に斬られて膨張する。傷が癒えるのと同じで、負数で減算が行われるのだ。
「なにがマイナスだッ、私のギフトは負けはしない! その持って振るうだけのチャチな短剣とは違う……! 私は百年以上前、天より賜ったこの眼球を収めるべく! 生まれ持った左眼をくりぬいた日に決めたのだ——すべての天恵を上回ると!!」
かつて『箱』の範囲認識を習得するのに、どれだけの時間を要したのか。己が鍛錬と信念にかけ、レツェリは再度眼球に力を注ぐ。
だがイドラが無造作に腕を振るうと、それに合わせてイドラの座標が移動し、箱の範囲内から逃れていく。さながら掬う直前でテレポートする金魚すくいのように。
「すごい……消えたみたいに移動して、まったく目で追えない……!」
能力が発動するたび、イドラのマイナスナイフの刃が触れている空間が膨張し、イドラの体は押し出されるように移動する。ズレているというのが正確なところだ。
それは不死憑きの動体視力でも追いきれないスピードだった。無理もない。空間が膨張する速度など誰にわかるものでもないが、ヴェートラルの魔法ともそう変わりはしないだろう。
単純な身体能力などこうなれば関係ない。ソニアが割って入るには戦いの次元が違いすぎた。しかしいざという時に備え、ワダツミの柄をぎゅっと握る。
「く……」
レツェリが何度箱を空間に展開しても、イドラはことごとくそこから逃げていく。
次第にレツェリの顔から余裕が失われ、息も荒くなる。空間を把握し、それを立方体に区切るというのは相当の集中力を強いる作業だった。
「もちろん僕の目には時間を遅らせる力なんてないが……空間を視る。識別する。その一点において、僕とお前の眼は同等だ」
「抜かせ! 同じなものか……ッ! 二十年も生きていない小童がァ!」
赤い眼球と青い短剣、二つのレアリティ1が起動する。空間断裂と空間斬裂。
仮想の箱、境界を断つ立方体はまたしてもイドラを捉えきれない。
「なぜだ……なぜ! 私の眼は、貴様よりも遅い——!?」
「無駄だ。立体的な範囲の指定が難しいのか、その眼は発動に一瞬だけタイムラグがある。僕がナイフを振るう方が、一歩早い」
同等の眼。そうイドラは評したが実際のところ、同じく空間に作用する能力を持っていても、使い方は同じではなかった。
イドラは『壁』——より正確に言えば、『面』で空間を捉えている。幼き日に大陸の果てで、果ての海に囲まれながら、村の向こうで聳える山を世界の果ての壁なのだと思っていた、果て尽くしの頃のように。
対しレツェリは『箱』、立方体を空間の中に描き出し、その範囲内の時間を刹那の間だけ遷延させる。
言うなれば二次元と三次元。やり方としてはレツェリのそれの方がより高度ではあったが、単純なぶんイドラの方が処理に時間がかからない。
その差が、決定的な隔絶となっていた。
「馬鹿な……私のギフトを打ち破るだと!? 数百年誰にも触れさえさせなかった、このギフトを! 天の神に選ばれた無敵の力を!」
「完全なものなんてこの世にはない。朽ちないもの、終わらないものなんてないんだよ。——不死殺しがそれを教えてやる」
赤い瞳が起動する。もはや急所を逸らす余地がレツェリにあるはずもない。狙いは頭か首か肩か腕か胸か腹か腰か脚かそれとも全身か、イドラは自身が立方体の範囲で捕捉されていることを理解し、今度は前ではなく後方へと逆手に持った青い刃を向けて振るう。
空間が斬られ、その負数のATKによって瑕疵は反転する。背後の空間が膨張したことで、イドラはこれまでと違い、一気に前方へと移動した。
つまり、手を伸ばせば届くほどに近い、レツェリの眼前へと。
「——。貴様」
いまいちピンとこないのか、ソニアは場にそぐわない可愛らしい仕草で首をかしげる。
しかし、不快げに眉間にしわを寄せたレツェリの反応こそ、イドラの考察が的中したなによりの証明だ。
——空間断裂。
レツェリのギフト、赤い眼球。万物停滞が繰り出す攻撃は、そう称するにふさわしい。
ミロウの腕を断ったその恐るべき不可視の切断は、単なる斬撃ではなかった。
三次元に広がる空間。その中で、仮想的な立方体を配置する。世界の中に、実際には存在しない『箱』を用意する。
そして——その箱の中身は、一瞬よりも短い、ごくごく短い刹那の間だけ時間がほとんど停止する。するとどうなるか?
仮想の箱。内側と外側、その境界が、流れる時間の差異によって断裂する。
空間に確固たる箱の範囲認識を保つのは非常に困難であり、訓練したレツェリであっても保てるのは先述の通り刹那の間だけではあるが、それでも動体を切断するには十分。
ミロウの腕はそうやって斬り落とされた。
肩の辺りを巻き込むようにして、空間に眼に視えない箱を配置され、その内側と外側で流れる時間の差によって、ひとりでに肉や骨といった箱の内外の境界にあったもののすべての結合が断たれたのだ。人間の体というのは完全に静止できるものではない。ごくわずかにでも動きがあれば、赤い眼が操る時計の針によって断裂する。
この箱による三次元的な範囲指定であれば、盾として手前に配置された輝糸も関係なくすり抜けられる。巻き込むこともできるが、ギフトは例外なく不壊の性質を持つため断裂による破壊まではできないだろう。
歳をほとんど取らないのも、同じことを連続的に行っているだけだ。違うのは、この場合の『箱』とはレツェリ自身の肉体。『箱の内側』はそのまま彼の肉体の内側——『内界』であり、『箱の外側』は『外界』であるということ。
眼窩に、肉体に埋め込まれたギフトを操作するのに、逐一肉体の形を認識する必要はない。自身の体に対してのみ、レツェリは箱の範囲指定なども必要なく、超越的に限りなく合間のない連続で能力を使用できる。その結果、肉体の老化は著しくゆっくりに抑えることができるという理屈だった。
「とんだイカサマだ。そこらのギフトとは、能力の範疇が違いすぎる」
もちろんイドラに、レツェリが感覚的に行う立方体型の範囲指定などはわからない。
けれど、空間の中に範囲を指定して、その中の時間を遅らせているところまでは読めていた。
歳を取らない時点で、初めから時間に関するものだというのは疑いを持つべきだ。そして空間に作用するというのは、地下の出来事と、さっきの氾濫から察することができた。
「わかったところでお前になにができる。私のギフトは破れない。完全な時間停止こそできないが、戦闘においてはどのエクソシストだろうが敵いはしない」
「かもな。だが、僕だけは例外だ」
「……聞き違いか? なにを言うかと思えば。不死殺し、イモータルを殺すのと傷を治すしか能のないお前になにができる? まだ身体能力もあり、殺傷力も高いギフトを持つソニアの方がよほどに厄介だぞ」
「だったら試してみるといい。一度だけ礼を言ってやるよ、あんたの……その空間を区切る眼のおかげで、長年使って来たギフトの本当の能力に気が付くことができた」
気になっていたことがひとつ。それから、思い出すことがひとつ。
聖殺作戦の折、イドラは二度、ヴェートラルの魔法を受けた。あの輪の魔法器官から放たれる光は、イドラどころかソニアの動体視力でさえ追うことのできない、絶対不可避の一撃だった。
一度目。イドラは本当に死にかけた。
光に胸を貫かれ、風穴が空き、地面に倒れた。限りなく死に近い怪我であり、通常であれば一分と経たず死に至る重傷だ。
それが助かった。当時、マイナスナイフを持つ右手は谷底で流れる沢に浸かったまま、動く気配もなく——目が覚めた時、マイナスナイフはミロウの手に握られていた。
状況が指し示す結論はただひとつ。ミロウが、イドラの手からマイナスナイフを取り、それでイドラを治したのだ。
大原則として、ギフトは当人にしか使えない。神より受け取った天恵は、その個人でしか能力を行使することは許されない。
例外がひとつ。ソニアの今まさに振るう、ワダツミがそうだ。ウラシマ、イドラ、ソニア全員に氾濫の能力の使用が可能だった。
ではマイナスナイフも同様に、誰にでも能力が使用できる特異にして異常なギフトだったのか?
——否。
そもそも。『傷を治す』、『イモータルを殺す』。
この二つの性質は、文字通りギフトが帯びる単なる性質であって、能力でさえなかった。
二度目。ヴェートラルの魔法が、二回目に放たれた時のことを思い出す。
音よりも速いその一撃は、今度はイドラに当たらなかった。イドラはその時、ヴェートラルが魔法を当てられなかったのかと思ったが、そばにいたソニアは「イドラが避けた」と主張した。
事実、回避していたのだ。その、青い負数を帯びたナイフの、負数を持つ性質とは異なる固有の能力によって。
「本当の能力だと……? ハッ、苦し紛れだ! 私の眼から逃れられる者などいない、万物停滞こそが最も稀有で最も強力な天恵なのだ。それをわからせてやろう……!」
もはや能力の行使に、なまじ視界を共有する生来の眼球は邪魔なのか。レツェリは片手で眼窩にギフトの収まっていない右目を抑えながら、イドラをにらみつけた。
赤い眼球が起動する。彼の中だけで、仮想の箱が出現する。時間による断裂が行われる。
——直前、イドラは獲物をくるりと手の内で半回転させると、なにもない空間に向け、逆手に持った青い水晶の刃を降り抜いた。
「イドラさんが……後ろに?」
「な……ッ!?」
それだけでイドラは、レツェリにのみ視える『箱』の範囲内から逃れていた。二、三メートルほど後方に下がる形でだ。
信じられない、とレツェリは赤い眼を剥く。
「なんだその能力は……不死殺しッ! 不死を断ち、傷を治す——それがお前のギフトの、マイナスナイフの能力のはずだ! お前は……お前は今、なにを斬った!?」
「僕のギフトのATKはマイナス六万五千五百三十五。傷を治すのもイモータルを殺すのも……ただそれだけによるものだ。ひとりで旅をしていた僕はずっと、何年もそんな簡単なことにも気付けなかった」
空間斬裂。レアリティ1のギフトに備わる能力は、地平に伸びる三方向の広がりにこそ作用する。
優れたエクソシストとして数多のギフトを見てきたミロウは、スクレイピー討伐の後、イドラに対してこう言った。
——もしかしてあなたのギフトは、イモータルを殺すためのものではないのでは?
いかにもそうだ。マイナスナイフの本質は、『空間を斬る』能力にある。ただその通り、刃を空間に干渉させるだけの力。
しかしATKが負数の刃は、空間さえも傷つけない。もとより決まった形を持たない空間というあやふやな入れ物は、負数に斬られて膨張する。傷が癒えるのと同じで、負数で減算が行われるのだ。
「なにがマイナスだッ、私のギフトは負けはしない! その持って振るうだけのチャチな短剣とは違う……! 私は百年以上前、天より賜ったこの眼球を収めるべく! 生まれ持った左眼をくりぬいた日に決めたのだ——すべての天恵を上回ると!!」
かつて『箱』の範囲認識を習得するのに、どれだけの時間を要したのか。己が鍛錬と信念にかけ、レツェリは再度眼球に力を注ぐ。
だがイドラが無造作に腕を振るうと、それに合わせてイドラの座標が移動し、箱の範囲内から逃れていく。さながら掬う直前でテレポートする金魚すくいのように。
「すごい……消えたみたいに移動して、まったく目で追えない……!」
能力が発動するたび、イドラのマイナスナイフの刃が触れている空間が膨張し、イドラの体は押し出されるように移動する。ズレているというのが正確なところだ。
それは不死憑きの動体視力でも追いきれないスピードだった。無理もない。空間が膨張する速度など誰にわかるものでもないが、ヴェートラルの魔法ともそう変わりはしないだろう。
単純な身体能力などこうなれば関係ない。ソニアが割って入るには戦いの次元が違いすぎた。しかしいざという時に備え、ワダツミの柄をぎゅっと握る。
「く……」
レツェリが何度箱を空間に展開しても、イドラはことごとくそこから逃げていく。
次第にレツェリの顔から余裕が失われ、息も荒くなる。空間を把握し、それを立方体に区切るというのは相当の集中力を強いる作業だった。
「もちろん僕の目には時間を遅らせる力なんてないが……空間を視る。識別する。その一点において、僕とお前の眼は同等だ」
「抜かせ! 同じなものか……ッ! 二十年も生きていない小童がァ!」
赤い眼球と青い短剣、二つのレアリティ1が起動する。空間断裂と空間斬裂。
仮想の箱、境界を断つ立方体はまたしてもイドラを捉えきれない。
「なぜだ……なぜ! 私の眼は、貴様よりも遅い——!?」
「無駄だ。立体的な範囲の指定が難しいのか、その眼は発動に一瞬だけタイムラグがある。僕がナイフを振るう方が、一歩早い」
同等の眼。そうイドラは評したが実際のところ、同じく空間に作用する能力を持っていても、使い方は同じではなかった。
イドラは『壁』——より正確に言えば、『面』で空間を捉えている。幼き日に大陸の果てで、果ての海に囲まれながら、村の向こうで聳える山を世界の果ての壁なのだと思っていた、果て尽くしの頃のように。
対しレツェリは『箱』、立方体を空間の中に描き出し、その範囲内の時間を刹那の間だけ遷延させる。
言うなれば二次元と三次元。やり方としてはレツェリのそれの方がより高度ではあったが、単純なぶんイドラの方が処理に時間がかからない。
その差が、決定的な隔絶となっていた。
「馬鹿な……私のギフトを打ち破るだと!? 数百年誰にも触れさえさせなかった、このギフトを! 天の神に選ばれた無敵の力を!」
「完全なものなんてこの世にはない。朽ちないもの、終わらないものなんてないんだよ。——不死殺しがそれを教えてやる」
赤い瞳が起動する。もはや急所を逸らす余地がレツェリにあるはずもない。狙いは頭か首か肩か腕か胸か腹か腰か脚かそれとも全身か、イドラは自身が立方体の範囲で捕捉されていることを理解し、今度は前ではなく後方へと逆手に持った青い刃を向けて振るう。
空間が斬られ、その負数のATKによって瑕疵は反転する。背後の空間が膨張したことで、イドラはこれまでと違い、一気に前方へと移動した。
つまり、手を伸ばせば届くほどに近い、レツェリの眼前へと。
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