不死殺しのイドラ

彗星無視

文字の大きさ
51 / 163
第3章 断裂眼球

第49話 幻影たちのレシプロシティ

しおりを挟む
「……生と死はサイクルだ。それがあんたの言う、神が作った自然の摂理だろう。いたずらに人の命だけを永遠にすれば、人が住むための土地も、人が食べていくための食糧も、あらゆるリソースが足りなくなる。いつかこの世界は人で溢れかえることになるぞ」
「フン。下らん危惧だな……それさえ、無限の時間があれば解決できる。問題点が浮上することはあるだろう。壁に突き当たることもあるだろう。だが、いずれ乗り越える! あらゆる問題は解決される。人は愚かであっても、前には進んでいける生き物だ。私はそう信じる」
「信じる、だと」

 耳障りのいい言葉を吐く。これまでさんざん、その人間を踏み台にしてきたくせに。
 ふと赤い眼が、そしてそれと対の黒い眼が、探るようにイドラを視る。

「反対にお前は、神が敷いた法則になにがあっても殉じると?」
「イドラさん……近づいてきます!」
「ああ。ワダツミを抜いておくんだ」
「同じ川の流れの中に、二度は身を置けないように。自然を形作る神の摂理がヒトの命を定めているのなら——私は百年仕えた主にも背き、神なき荒野に救いを探そう」

 視線を向けたまま、悠然とレツェリは歩き出す。その手になにも握られておらずとも、ミロウを思えば、眼窩に収まるその赤い眼だけで充分すぎるほどに脅威だった。
 イドラはマイナスナイフを引き抜き、ソニアも背負ったワダツミを抜き放つ。
 レツェリのギフトの能力は依然、謎に包まれている。
 赤い眼球。ミロウの腕を刎ね飛ばした。また、彼女曰く防御をすり抜けた。

(だが……整理すればあと少しでたどり着ける気がする。あいつは同じく、ギフトの力で老化を抑えているんだ)

 ギフトに能力二つは備わらない。ならば——すべては同じ能力が見せる、別の現象なのだ。
 切断。斬撃を飛ばす、と捉えたのは早計だった。
 不老。若い姿を百年以上も保っている。
 二つの現象はかけ離れすぎている。応用が利く能力なのは間違いなくて、だからこそ読み取るのは難しい。
 それでも。客観的に見て根拠に乏しい推論ではあったが、イドラは、自分になら解けると漠然と考えた。
 それはひょっとすると、同じレアリティ1の天恵を持つ者としての、ある種の連帯感だったのかもしれない。百年に一度の同胞。二者が出会うなどありえない。その不可能は、不老という能力に破られた。

「時に不死殺し。貴様が洞窟から見つけたあの小瓶の底に溜まっていた砂がなんなのか、気が付いているか?」
「え?」

 思考に差し込まれる声。思わず耳を傾ける。

「あれは、マイナスナイフでイモータルを殺した際に出る砂だ。不死殺しの噂は二年ほど前から探っていてな。だから私としては、スクレイピーで試さずとも真偽のほどはわかっていたが……周囲はそうもいかん」
「砂——わざわざ、採取したってのか。僕が殺したあとに。それは……つまり」

 イモータルをマイナスナイフで殺した時には、かすかに積まれた白い砂だけが遺される。
 確かに、事実だった。三年前——故郷のメドイン村で、シスター・オルファが村に誘導したイモータルを殺した時。一番初めの不死殺しから、先日のヴェートラルに至るまで、ずっとそうだった。
 しかし三年間、そのことを深く気に留めたこともなかった。単なる魔物の死体と変わらない、いや、砂でしかないのだからそれよりも些事であるとしか考えていなかった。
 それを。この男は、密かに採っていた? いつ? どのイモータルで?
 研究に利用された? ならばそれは——

「ああ、本当に、心から感謝しよう。貴様のおかげで『不死宿し』は可能になった。あの白砂はくさを固めて形成する核《コア》を胎《はら》の中に埋め込むことこそが、人体にイモータルを宿らせる方法だ」
「ソニアが不死憑きだと呼ばれたのは——僕の、せい」

 あんな砂、地面に埋めておけばよかったのに。川や海にでも沈めてしまえばよかったのに。エクソシストたちの葬送のように。
 イドラの浅慮が不死憑きを、不死宿しを生んだ。
 自分勝手な贖罪の旅のせいで、ソニアの人生が損なわれた。オルファの正気が失われた。
 僕のせいで——

「動揺したなァ。その十年も持たんなまっちょろい感傷が命取りだ」
「——ぁ」

 一瞬、頭が白に染められる。動揺を誘う、単純な手に引っかかったことを遅れて理解する。
 不死殺しが普段相手にするのは所詮、意思疎通など不可能極まりないイモータルと、後はやはり会話など望むべくもない魔物が主だ。このように対話で揺さぶりをかけてくる、人間の狡猾さには慣れていない。
 レツェリは赤い眼でイドラを捉え、五メートルもない間合いで酷薄に笑う。どんな動作アクションも武器も必要ない。
 その眼球さえあれば。

氾濫フラッディングッ!」
「む……水? はッ、それが不死宿し、ソニアのギフトの力というわけか」

 イドラとレツェリの間に割り込むようにして放たれた水流に、レツェリは素直にも後退して距離を取り直した。
 ソニアがワダツミで援護してくれた形だ。放っておけばイドラの腕か脚か、はたまた胴が切断されていただろう。

「ソニア……僕は。僕のせいで、ソニアは……」
「あの。もし謝ったら、イドラさんのこと本気で怒りますからね」

 尾を引く動揺に心を乱されるイドラに対し、ソニアはどこか拗ねたような声色で言った。

「わたし、イドラさんのせいだなんてちっとも思ってませんからっ。全部あの人が悪いんじゃないですか。それなのに、わたしを助けてくれたイドラさんが悔やむなんて、ばかみたいです!」
「馬鹿みたい、って」
「だってそうでしょう。わたしがイドラさんといて幸せで、感謝だってたくさんしてるのに、肝心のイドラさんがわたしのことで後悔するなんておかしいです」
「……そっか。そうかもな、また僕は自分本位な感情に沈みかけてた。ありがとう」
「いえっ。だってわたしたち、補い合う関係じゃないですか」
「ああ、そうだった。すまん——あ、謝っちゃった」
「ぁ。……い、今のはノーカウントにしておきますっ」
「助かるよ」

 なんとも間の抜けたやり取りに、思わずイドラは苦笑を浮かべる。だがそれで、心にかかった暗雲は晴れてくれるのだから不思議だ。
 後悔はある。イドラが一応、念のためにとイモータルを殺した後の砂を処分していれば、レツェリの研究はまだまだ難航続きだったに違いない。
 間違いは三年前からずっと続いていた。あるいはこれも、ウラシマがいれば起こらなかった過失なのか。だが、悔やんだからといってソニアが救われるわけでもない。ウラシマが還ってくるわけでもない。時計の針は戻らない。
 先生との決別は、もう済ませた。ヴェートラルを殺した日。あの、ソニアと同じ瞳の色をした陽が沈む谷で。

「仲睦まじいことだ。牢も相部屋がいいか?」
「……そうだな。お返しに、その余裕を剥いでやるよ。レツェリ」
「なんだと?」

 時恵の針は戻らない。しかし、遅らせることができる者がいた。問題はそれが、限られた空間に及ぶことだ。
 先のレツェリの行動を見て。これまでの情報と照らし合わせることで、イドラはついにその眼球の機能を理解した。
 そしてそれは——同じ能力でなくとも、同じ概念に影響を及ぼすものとして、自らのギフトへの理解を得ることにもつながる。
 マイナスナイフの青い切っ先を突きつけ、イドラは言い放つ。

「あんたのギフト。その眼球の機能はただひとつだ。『指定した空間の時間を遅らせる』。停止にほとんど近い状態にな」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!

ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。 ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!? 「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」 理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。 これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

『ミッドナイトマート 〜異世界コンビニ、ただいま営業中〜』

KAORUwithAI
ファンタジー
深夜0時——街角の小さなコンビニ「ミッドナイトマート」は、異世界と繋がる扉を開く。 日中は普通の客でにぎわう店も、深夜を回ると鎧を着た騎士、魔族の姫、ドラゴンの化身、空飛ぶ商人など、“この世界の住人ではない者たち”が静かにレジへと並び始める。 アルバイト店員・斉藤レンは、バイト先が異世界と繋がっていることに戸惑いながらも、今日もレジに立つ。 「袋いりますか?」「ポイントカードお持ちですか?」——そう、それは異世界相手でも変わらない日常業務。 貯まるのは「ミッドナイトポイントカード(通称ナイポ)」。 集まるのは、どこか訳ありで、ちょっと不器用な異世界の住人たち。 そして、商品一つひとつに込められる、ささやかで温かな物語。 これは、世界の境界を越えて心を繋ぐ、コンビニ接客ファンタジー。 今夜は、どんなお客様が来店されるのでしょう? ※異世界食堂や異世界居酒屋「のぶ」とは 似て非なる物として見て下さい

処理中です...