鈴木さんちの家政夫

ユキヤナギ

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密かな決意

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 買い物を終えて家に戻ってきた智樹は、夕飯の支度したくに取りかかった。
 米を研ぎ、魚の切り身をグリルに入れ、味噌汁と野菜炒めを作る。

 魚の焼ける良い匂いがグリルから漂い出した頃、和葉が仕事から帰ってきた。
 キッチンに顔を出した和葉が、智樹に声をかける。

「ただいま。すごく美味しそうな匂いがするね」

「あっ、おかえりなさい。魚を焼いたら部屋に匂いが充満しちゃって。後で窓開けて換気しときますね。夕飯は出来てるんで、いつでも食べられますよ」

「嬉しいな、お腹空いてたんだ。すぐに着替えてくるね」

 和葉が着替えている間に、智樹は味噌汁を温め直して食卓の準備を整えておく。

 彩葉を連れて二階から降りてきた和葉は、食卓の上に並んだ料理を見て顔をほころばせた。

「普段はスーパーの惣菜とかコンビニの弁当ばかりだから、家でちゃんとした料理を食べるのは久しぶりだよ。こんなに作るの大変だったでしょ? ありがとうね」

 和葉から大袈裟おおげさに感謝されて、智樹は恐縮する。

「いや、そんな……全然たいしたものじゃないんで、逆に申し訳ないくらいです」

「そんなことないよ。仕事から帰ってきてすぐに温かいご飯が食べられるってだけでも、本当にありがたいんだから」

 二人のやり取りを冷めた目で見ていた彩葉は
「俺、魚より肉の方が好きなんだけどなー」
 と不満を口にしながら、椅子に座る。

「おい、せっかく作ってもらった料理に文句つけるなよ」
 和葉は彩葉に注意してから
「ごめんね、智樹くん」
 と代わりに謝り、席に着いた。

 智樹も一緒に食卓を囲み、料理を口に運びながら会話を楽しむ。
 と言っても喋っているのは彩葉ばかりで、和葉と智樹は聞き役という感じだったが、三人で過ごす時間はとても居心地が良かった。

 楽しそうに話す彩葉と、穏やかな表情で耳を傾ける和葉。
 時々二人から話を振られて、智樹も会話に参加しつつ、なごやかに夕食を終える。

 食器を片付けて食後のお茶を用意していると、和葉から声をかけられた。

「あっ、そうだ。明日は梨花りかの家に泊まるから、俺の分の夕飯はいらないよ」

「わかりました」

 智樹は、返事をしながら二人にお茶を出す。
 すると、彩葉が不機嫌そうな声で和葉に噛み付いた。

「また? しょっちゅう泊まりに行くよね」

「別にいいだろ、婚約者なんだから」

「結婚したらずっと一緒なんだから、今のうちに独身生活を楽しめばいいのに」

「独身生活は、もう十分じゅうぶんだよ。結婚式の準備も進めたいし、これからも泊まりに行くことは増えると思うから、毎回そうやって不機嫌になるのはやめてくれよ」

 和葉にたしなめられて、彩葉は苛立ちをあらわにした。

「はあ? 別に不機嫌になんかなってないだろ!」

「梨花の話になると、いつも怒り出すじゃないか。何がそんなに気に入らないんだよ」

「そっちこそ、あんな女のどこが良いんだよ!」

「梨花は誤解されやすいけど、正直で裏表の無い、優しい人だよ」

 和葉の言葉に、彩葉は荒々しく席を立って部屋を出て行く。

 その場で立ち尽くしている智樹に、和葉が申し訳なさそうな顔で謝罪した。

「みっともないところを見せちゃってごめんね。梨花のことになると、いつもあんな感じで……。どうしてあんなに嫌うんだろうなぁ」

「……梨花さんのことを嫌ってるというより、和葉さんを取られたみたいで寂しいんじゃないですか? やきもちいてるのかなって——」

 智樹が最後まで言い終わらないうちに、後ろからグイっと腕を引かれた。
 振り向くと、険しい顔をした彩葉がこちらを睨んでいる。

「あれ、自分の部屋に行ったんじゃないの?」

「ビール取りに来た。それより、適当なこと言って勝手に俺の気持ちを決めつけんなよ! ちょっと話したいことがあるから、こっち来い!」

 あまりの剣幕けんまくに驚いて
「ごめん……」
 と謝ったが、彩葉は強い力で腕を引っ張り、智樹を部屋から連れ出そうとする。

「彩葉!」
 止めに入ろうとする和葉に
「大丈夫です。僕も彩葉とちゃんと話したいんで」
 と告げて、腕を引かれるまま階段を上がり、彩葉の部屋へと入る。

 ドアを閉めると、彩葉はベッドにドサっと音を立てて座り、智樹を睨みつけた。

「余計なこと言うなよ。俺の気持ちを、和葉は知らないんだから」

「彩葉の気持ちって……」

「俺が和葉のことを好きだってこと、気付いてるんだろ?」


 彩葉に言われて、喫茶店で話した時の違和感がよみがえる。
 あの時も彩葉の言葉や態度から、和葉に対する特別な想いを感じた。

 でも、血の繋がりが無いとはいえ、二人は兄弟として育ったのだ。
 そんな相手に対して、恋愛感情をいだけるものだろうか。


「彩葉の言う“好き”って、どういう意味? 憧れとか親愛とかってこと? それなら別に、隠す必要なんて無いと思うんだけど」

 智樹の質問に、彩葉は真剣な眼差まなざしで答えた。

「俺は、和葉を恋愛対象として見てる。本気で好きだし、出来ることなら誰にも渡したくない。だけど、この想いが絶対に叶わないってことも、よく分かってる。だから、俺の気持ちに気付かれるようなことは、二度と言わないでほしい」

 智樹は、打ちのめされたような気持ちで突っ立っていた。
 鉛を飲み込んだように、心が重い。
 返す言葉もなくうつむいていると、彩葉が再び口を開いた。

「バカみたいだろ? 同性の兄弟を好きになって、婚約者に嫉妬して、告白して振られる勇気もないくせに、諦めることもできずにいる。同じ屋根の下で暮らす弟から恋愛感情を持たれてるなんて、和葉にしてみたら気持ち悪いだろうなって思うよ。だけど、どうやっても好きって気持ちが消せない。好きでいても苦しいだけなのに、どうしても……どうしてもこの気持ちが消えてくれない」

 苦しそうに感情を吐き出す彩葉の姿に、智樹は心を打たれた。
 そして、体の内側から湧き上がる想いが、言葉になって口からあふれ出す。

「好きな気持ちを消す必要なんて、ないと思う。相手に気持ちを押し付けたり、見返りを強要したりするなら話は別だけど、心の中で相手を大切に想い続けるだけなら、そのままでいいんじゃないかな。叶わない想いを抱え続けるのは、確かに辛いけど……でも、その苦しい恋の経験だって、彩葉の心を形作かたちづくる大事な要素になると思うんだよね」

 話しながら、自分でも何を言っているのかよく分からなくなってくる。
 それでも、智樹は突き動かされるように言葉をつむいだ。

「上手くいえないんだけど……とにかく、彩葉が和葉さんを好きだって思う気持ちは全然気持ち悪いことなんかじゃないし、恋心を無理に消し去る必要もないと思う。辛くて苦しい気持ちが抑えきれなくなったら、僕に吐き出してよ。いくらでも話を聞くから。それと……さっきは和葉さんの前で余計なことを言って、本当にごめん。もう二度とあんなことはしないって約束する」

 思いのたけを全てぶつけた智樹は、はっきりと自覚した。


 彩葉のことが、好きだ。
 この気持ちを押し付けるつもりはないし、見返りも求めない。
 成就じょうじゅすることのない恋だとしても、彩葉への想いを大切にはぐくんでいきたい。


 ひそかな決意を胸に、智樹は彩葉の目を真っ直ぐに見据みすえた。

「僕も彩葉の仲間だよ。同じように、叶いそうもない恋をしてるんだ。だから、苦しい時はお互いに支え合おうよ」

 智樹の言葉に、彩葉は小さくうなずいた。
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